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コミュ障エルルの召喚魔法  作者: Abel
第三章 家族の絆と向こう側のボク
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失われた絆




 あれ、ダメージ受けてないみたい。

 おっかしいなー。普通の生物だったら絶対に壊れるくらいの魔力で放ったはずなんだけど。

 ううーん。

 爆発と煙の中からドラゴンさん――バハムートが姿を現した。

 心なしか怒ってるみたいな。どうしてだろ。


『なぜ、です。何故ですか、――様!』


 誰かの名前を呼んでいる。いったい誰だろう。

 その視線はボクに向けられている。

 ボク? ボクはハデスだよ?


「ねえ、バハムートさん」


『……――様』


 また、誰かの名前を呼んだ。誰のことなんだろう。誰に何を求めているんだろう。

 バハムートさんがその名前を口にするたびに、心がざわつくというか、安心するというか。

 ……安心? それはおかしい。

 だって、安心するってことはボクが少なからず平静を保てていないってこと。

 おかしいよね。これ以上ないくらいすっきりしてるのに。

 やるべきことも成すべきことも思い出しているボクが、名前を呼ばれたくらいで何かが変わるわけが無い。

 だから、気のせい。


「ボクさ、帰りたいから。どいて?」


『帰る場所はあの森です。私たちの家がある』


 バハムートさんの言葉に、森の奥にひっそりと立つ家が連想された。

 かすかな日差しと、そよ風が良く吹き込む家。裏には泉は畑もある。

 どこかで見たことあるってことだよね。ボクの記憶の中にあるってことは。

 でも、よくわからない。


「退いてくれないなら、退かすだけだよ?」


『っ!?』


「―――っ!!」


 あ、バハムートさんの頭に乗ってたセルシウスが飛び降りてきた。

 バハムートさんと同じ人の名前を呼んでいる。ボクに向かって。


「もー。人違いだって。セルシウスもバハムートも。勘違いしちゃだめだよ?」


「何を……言ってるの?」


「ボクはハデス。かつて戦女神に破れた者……君たちだって存在くらいは知ってるでしょ?」


 というか。

 バハムートさんとはよく戦ったし、忘れられてるって結構寂しいんだけど。

 まあ仕方ないよね。今のボクと昔のボクとじゃ姿かたちも性別も何もかもが違うんだから。


「違うっ! 貴女は―――よ! ―――・ヌル・ナナクスロイでしょ!?」


「ナナクスロイ? まだその名前が残ってたの?」


「……え」


「懐かしいなぁ。ほんと」


 彼女が愛した。そして、彼女を愛した一族の名前。ボクにとっては最も憎くて最も憧れた一族たち。

 全部ぜーんぶ。壊したはずなのに。蘇ることすらできないように、全部黒の力で壊し尽くしたはずなのに。

 どうしてその名前が残ってるんだろう。忌々しいその名前が。


「あ、じゃあボクもナナクスロイって名乗っちゃえばいいのかな」


 そうすればボクも彼女にもっと見てもらえるかな。有り得ないことだけど。

 考えただけで身体が震える。あんな名前なんて、一度や二度死んでも名乗りたくない。

 彼女に愛してもらえるから、その代わりに彼女を敬愛しただけの奴らの名前なんて。


「テュポン」


「っは」


「すぅーーーーっごく気分が悪い。どうしようか?」


「奥にベッドを用意させてあります。そこでお休みになられてはいかがでしょうか」


「そうだねー。そういえば、この船はどこに向かっているの?」


「かつてのハデス様の居城が残る、冥界に」


「そうなんだ。じゃあやっぱり君たちが『シン』の末裔なんだね」


 濁流の中から単語を引っ張り出してきて、それに付随する記憶を思い出す。

 かつて戦女神を求めたボク。そんなボクをずっと支えると敬ってくれた友達の名前。

 懐かしいなぁ。彼はもういないけど、彼の志を継いでくれたテュポンたちがいる。

 彼の名前もおぼろげだけど、かつてのボクも一人じゃなかった……気がする。


「―――っ!!」


 またセルシウスが、ボクに向けて誰かの名前を呼んだ。

 言葉としてその名前を認識出来ない。名前だって推測するくらいは出来るけど。


「ああもう。五月蝿いなぁ。ボクはハデスだって言ってるでしょ?」


「……そんな………」


『セル、やはり力づくでも―――』


 座り込んでへたり込むセルシウスと、空中に佇むバハムート。未だにボクの進路を塞いでいる非常に邪魔な存在。

 やっぱり邪魔だよね。排除しちゃおう。


「銀に告げる。赤に告げる。青に告げる。八の星よ天に昇れ。有するは、三」


 ボクの言葉に合わせて甲板が剥がれていく。少しでいい。

 金属を操作する。鋼鉄で出来たこの船は、もうボクの支配下だ。

 その一部を使う。ひしゃげた甲板の一部を浮かび上がらせる。

 金属片が熱を持つ。赤の魔法は火を操るだけではない。その真髄こそ熱量の操作。

 金属片が形を変える。青の魔法は水や氷を操るだけではない。流体動作こそその真髄。

 金属片が溶ける。溶けた金属は液体となる。


銀幕(ミラージュ・ゾワート)


 銀の液体が、ボクの刃となり盾となる。

 空中に浮かんだ銀幕(ミラージュ・ゾワート)を操作する。伸びたり縮んだり、固くなったり柔らかくなったり。

 触れると熱いけど冷たい、三つの属性を合わせて出来上がる固有の魔法。


『―――!?』


「あれ、避けられちゃった」


 あれだけの巨体だからもうちょっと動きは遅いと思ったんだけど、予想外。

 足元を狙った銀幕(ミラージュ・ゾワート)は簡単にかわされて、ボクの手元に戻ってくる。


銀幕(ミラージュ・ゾワート)・モード・ブレイバー」


 液体金属が横に広がる。半円上に広がり、いくつもの槍を生み出していく。

 一斉発射。魔力で指向性を制御。バハムートへ追尾。

 触れると同時に、硬質化。


『っ!』


「つーかまーえた」


 槍の一本がバハムートの足の近くで液体として広がり、動きを止める。

 振り払おうとするよね。それを待ってたんだよ?


『っく、この!』


「ハム!」


 セルシウスがバハムートの頭に飛び乗った。そして拳を突き出すと槍がいくつか凍ってしまう。


「――燃えろ」


 でも、銀幕(ミラージュ・ゾワート)は赤の魔法を混ぜている。凍ったところで溶かしてしまえば問題ない。

 抵抗は無駄。大人しくボクの帰る道を開けておくれ。

 そうすれば、命は奪わないから。


銀幕(ミラージュ・ゾワート)闇錠(ナラカロック)


 次々と液体金属の槍がバハムートの動きを封じていく。

 これでもまだ浮力を維持してるんだから、凄いよね。バハムートと……ファフニールが融合したのかな。そんな感覚がある。

 まあでも、これで終わる。

 闇の魔法を重ねる。力を奪い喰らい尽くす闇の力を液体金属へ混ぜる。


『が、あ、あ……!』


 必死に羽ばたいてる。凄い凄い。もう魔法で身体を飛ばすこともできないはずなのに、その大きな翼だけで飛んでいる。

 まあ、竜種だから出来て当然なんだけどね。だからそれも、奪う。

 槍を翼へと飛ばす。槍は翼を貫いて、動きを封じ力を奪う。


「―――、―――っ!!!」


「そんな目で見ないでよ」


 ゆっくりと落下を始めたバハムートの上から、同じように身体を液体金属に包まれかけたセルシウスがボクを見る。

 泣きそうな表情で。止めてよ。君たちがボクを邪魔しただけじゃん。ボクじゃない誰かをボクに重ねて勘違いしただけでしょ。

 だからもう、さよならだ。もう会う事もないだろう。


「さようなら、せるちゃん」


 ――ズキリと、酷い頭痛がボクを襲う。

 ダメだ。頭が痛い。記憶が濁流となって押し寄せてくる。しっかり整頓したはずなのに、押し寄せてくる。

 思わず何か言葉が出て来そうになる。それを口にしてはいけない。そんな気がして。

 とにかく、ボクがかつて暮らしていた世界までは時間がかかる。今はゆっくり寝かせてもらおう。

 ああ、そういえば……。ハムちゃん、生きてたよ。よかった。

 ハムちゃんって、誰だっけ。うーん。

 まあ、いいか。生きてた。よかった。そのことをボクは喜んでいるようだ。

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