頂点たちの宴
「……揃ったようね」
王都アルトリア。人類の最大の国家であり王の居城、その中心に存在する玉座の間。
そこに用意された円卓には、暗闇を照らす蝋燭だけがゆらゆらと揺らめいている。
明かりが、金色の髪を照らす。ぽつぽつと次々に蝋燭に火が灯り、円卓に座った九人の男女。
黄金色の髪の少女―――現国王、ミリアリア・ハイゲイン・ウォルスタン。
整った顔立ちと、少女らしさを残しつつもしっかりと大人への成長を始め丸みを帯びた身体。
少女の美貌はあらゆる人を虜にし、並び立つものさえ居ないとまで例えられるほどだ。
「それではこれより、『エルルちゃんとお友達なかよし作戦』の会議を行うわ。挙手!!!」
勢いよく挙げられた手は十。両手を挙げてる人も居た。ミリアリアも手を挙げていた。何故。
「まず召喚決闘で全力で戦い合い心を通わせては!!!」
「あの子のバハムートに勝てるんだったらいいわよ無理でしょはい次!」
最初に出た意見を一蹴する。彼とて召喚士として計り知れない実力を持つ『色』の最高峰、第一位だというのに。
「お菓子で釣る」
「知らない人から出されたものを食べるほど子供ではないわよ!」
「最高級羽毛布団を用意!」
「あの子寝ちゃうじゃない!」
「寝顔を眺めましょう」
「採用っ!」
いいのか、それでいいのかと、いきなり招かれて状況が理解できないでいるユーゴ・マトウはツッコミを必死に我慢していた。
ここではまだ新参者。金属魔法を表す『銀』の第一位を与えられた都市ラングルスの新チャンピオンは、矢継ぎ早に繰り出される意見を右から左へ聞き流すことしか出来ない。
「とりあえず賄賂でも!」
「汚い金を受け取るほどあくどい子じゃないわよ!」
「違法賭博はしてるのに!?」
「エルルはまじめでいい子だからよっ!」
ミリアリアが円卓を力強く叩くと、後ろで控えていた側近たちが握っていた手綱を引く。
引かれた手綱に引き摺り下ろされて、彼女の後ろの暗幕が落ちる。
「おぉ……!」
「はぁ……可愛い」
「いいよなぁ。やっぱり」
「……わけがわからん」
困った反応を見せたのはユーゴだけだった。暗幕の下から出てきたのは壁一面を支配する巨大な肖像画。
本来であればその代の王の肖像画、今であればミリアリアの絵が飾られる場所は、何故かエルル=ヌル=ナナクスロイの絵が飾られていた。
伝え聞いた話とは全くイメージの違う、ペンギンのぬいぐるみを抱いてまばゆいばかりの笑顔を見せる絵が。
「ユーゴ、貴方さっきから全然発言してないけど、貴方それでもエルルちゃん大好き仲良くなりたい同盟、通称EDDのメンバーなの!?」
「いつ入らされた!?」
我慢の限界が来てしまったのか、机を叩いて抗議してしまった。
はぁ、とため息をつくミリアリア。他のメンバーたちからも呆れた声が聞こえてくる。
「これだから新参者は……」
「田舎ものは……」
「男色は……」
「童貞は……」
「わかった貴様ら全員相手してやる俺は男色でも童貞でもねぇ!!!!!!!」
ユーゴはからかう声に激怒した。女性経験はないけど男色ではないからだ。恋も知らずただただ修行に明け暮れた少年時代の自分を恨む。
不退の騎士を封印したカードを取り出しながら立ち上がるユーゴとそれに応えて椅子を蹴りながら立ち上がる『赤』の第一位。
げらげらと大声で笑う者もいる。ミリアリアは愉快そうに微笑んでいる。
己此処には味方はいないのか、とユーゴは歯噛みする。
「ほらユーゴ、落ち着きなさい。貴方の好きな緑茶よ。ほら、アンタも」
「っ……仕方ない」
ミリアリアに制されてしぶしぶ着席して、出された緑茶を口に運ぶ。
緑茶特有の香りと少々熱めの温度に思考が引き戻される。
「……何故お前たちはエルル=ヌル=ナナクスロイを慕っている。彼女は『黒の狂背者』と呼ばれ怖れられているのではないのか」
この国に来て、ラングルスでの激闘を制し位階を与えられた時に受けた説明。
人類の最高点ともいえる『色の一位』。八人の偉大なる召喚士。
その誰もが勝てないといわれる強大な存在。それこそが、例外の色である黒の例外の位階零位を名乗る少女、エルル。
ラングルスより離れた深き迷いの森に住んでいる彼女は、普段は外界との接触を断ち恐ろしき異界との交信を図るべく暗躍していると聞く。
エルルの素顔を見たことは無い。肖像画によって初めて顔も、少女であることも今知った。
ユーゴの疑問に、少し悲しそうにミリアリアが答えた。
少しの怒気を交えて。
「エルルが怖れられているのはね、私たちの所為なのよ。不甲斐ない我がアルトリア聖王国と、恐怖に支配された民衆の、ね」
彼女の口から出てきたのは、感情を捨てた事実の言葉。今までの喧騒が嘘のように静まり返り、沈黙に支配される。
「始まりは十年前、隣国が多数の召喚士を引き連れて我が国家に宣戦布告した時」
「まだ位階制度も魔法学院も出来たばかりで、召喚士の力を過信した隣国に、アルトリアは窮地に立たされたわ」
「そもそも私たちは殺しあうために召喚決闘を学んでいたわけではないわ。切磋琢磨し、競い合うための召喚魔法」
「だから、我が軍は敵軍に敗走を重ねた。負けて負けて負け続けて、そして大半の領土を奪われ、疲弊しきった我が軍はついに王都にまで攻め込まれた」
「王都が陥落すると思われたとき、彼女は現れたわ」
「我が居城よりも巨大な、皇帝竜バハムートを従えて」
その言葉に息を呑む。チャンピオンが繰り出したラグナロクよりも巨大な竜など、存在するのかと疑ってしまう。
だがミリアリアが嘘を付いているようには見えない。信じられないことである。
「バハムートは、『強すぎた』わ。たった一騎で迫り来る全ての敵軍を蹴散らし、王都を守りきった。その圧倒的過ぎる力に、敵軍は侵攻を止めて自らの国に帰るほどに、ね」
「……それならば。それならば彼女は英雄ではないのか。救国の英雄ではないのか?」
「そうね。普通だったら、そうだったわ。でも、当時は普通じゃなかった」
「どういう―――」
「考えてみて。自分たちじゃどうしようもない相手を、自分より遥かに幼い少女が、理不尽を形にしたような存在をつれていたら」
その言葉に黙り込んでしまう。
連日の敗走と疲弊から来る絶望感。そこに現れたエルルは確かに救国の英雄だ。
「強すぎる力は人を孤独にするわ。人々はその力を恐れ、家族を失った人たちはエルルに罵声を浴びせたわ。どうしてもっと早く来てくれなかったのか、って」
両手で自分自身を抱き締めるミリアリアは、まるで過去の己を戒めるかのように、言葉を続ける。
「始めは石を投げられた。度重なる罵声を受けた。そして民衆はエルルの家を焼いたわ。王都から追い出すように。流行り病でエルルも母親を失ったっていうのに。それ以来、彼女は誰とも関わらなくなった。普通の人間では近づくことの出来ない結界を森に施して。外界との接触を全て拒絶したわ」
その事実に、ユーゴはただただ黙るしかなかった。
「だから私が王となり、その事実が少しずつ薄れてきた今、今こそエルルを私のお嫁さんとして迎えるためにもこの会議は重要なのよわかったユーゴ!?」
「すまん最後ので台無しになって理解できなくなった」
「この童貞野郎がっ!!!」
ユーゴは激怒した。ブチギレだった。逃げるミリアリアと追いかけるユーゴの死闘が終わったのは、それから三時間も経ってのことだっ
やりたくてやった。後悔はしていな……うっ……して、いない!(清々しい笑顔