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喧嘩!(Expect)

 はじめは月明かりの下、葡萄畑の中の農道を歩いている。五分ほど歩き、広い町道に出た時、はじめは自転車とガソリン缶をわかばの車の後部座席に置き忘れたことを思い出すが、夜遅いのと、どうせまた明日わかばと会うからという理由で三里塚邸に戻ることなく、そのまま徒歩で自宅に向かうことにする。

 なし崩し的にFMあさまを手伝うことになってしまったが、自分にできることはあるだろうか。はじめは今日一日に起きた出来事を反芻しながら歩き続ける。生徒会役員も、FMあさまも自ら望んで飛び込んだものでは無いし断ろうと思えば断ることもできた話だ。さりとて特に班活動をしているわけでも、やりたいことがあるわけでも無い。

「これも何かの縁だろう。やるだけのことはやってみるか」

 はじめは独り小声で呟くと、家への歩みを少し速めた。


 家に着くなり、はじめは居間を経由して台所に行き、冷蔵庫からアイスバーを一本取り出して包装フィルムをはがし、口に咥えた状態で居間に戻り、ソファに腰を下ろす。

「にい、遅かったじゃん。それに、自転車はどうしたの?」

 ソファに座ってテレビを観ているつくもから『職務質問』を受ける。

「帰りにタイヤがパンクしたから、自転車を谷自転車店に預けてたんだ」

「そうなの? って言うか、この時間じゃ開いてないじゃん」

「まあ開いてなかったけど、家まで持ち帰るのが面倒だったから、隣の谷夫婦の家をピンポンして、無理矢理預かってもらったんだ。作業は明日の午前中にやるみたいだから、午後にでも取りに行ってくるよ」

「ふーん……そっか。私もアイスたーべよっ」

 つくもは一旦台所に消えると、すぐさまバニラのカップアイス片手にはじめの隣に座る。

 テレビの中では八人ほどの芸人たちがサイコロを振っては自分が持っている鉄板のエピソードを次々と披露し、別室でモニタリングしている観客たちを笑いの渦に巻き込んでいる。

 はじめはある芸人が紹介する、自分の母親の天然エピソードに、不覚にも声を出して笑ってしまうが、当のつくもは意味が分からないのかクスリともしない。

 その一方で、はじめはつい小一時間前まで、自分が年上のきれいなおねえさんと『接近戦』を繰り広げていたことをつくもが知ったらどんな顔をするだろうなどと考えている。

「どうしたのにい? なんか顔がニヤニヤしてるよ。何かあったの?」

「そりゃそうだろ。今の話、おれとしては結構好きだけどな」

「そうじゃないって。笑ってるんじゃなくて、にやついてるって言ったの!」

「にやついてる? そ、そうかぁ? 別に何もないぞ。何も。そもそも笑った顔とにやついた顔ってどうやって見分けるんだよ」

 つくもは一瞬疑うようなそぶりを見せるが、にやついた兄の顔よりも芸人たちの話のほうに強い興味があるらしく、今はテレビに集中している。

 はじめはアイスバーを咥えながら洗面所の鏡で自分の顔を確かめる。なるほど。確かにニヤニヤしている。はじめは妹からのこれ以上の詮索を未然に防ぐため、そのまま二階の自分の部屋に戻っていった。


「いらっしゃい。お待ちしてましたよ」

 翌日、日曜日の午後一時。はじめがFMあさまのオフィスを訪ねると、わかばがひょうたん型の大きなテーブルにあらゆる資料とティーセットを準備してはじめを迎える。

「わかばねーちゃん、どうしたんだよぅ」

「こんなにたくさん荷物置いちゃってさぁ」

 テーブルを占拠され、カードゲームをプレイする目論見が外れた千原あいとまいの双子が、各々のデッキをシャッフルしながら代わる代わる不満を口にする。今のところこのフロアに他のスタッフの姿は一切見当たらない。

「いや、今日はそんなにたくさんの資料は使わないと思うんで……」

「そうなんですか?」

「ええ。今日はわかばさんから色々な話を聞きたいと思っていますし、おおよその方針を決めるだけですから。ところで、今日はここに役員とか幹部みたいな立場の人が来る可能性ってありますか?」

「うーん、今日は日曜なんで、来る可能性は低いかと思いますけど、ゼロではないかな」

「わかりました。ここからはIMインスタントメッセンジャーを使いましょう。あらゆる可能性があるかもしれないので」

「あらゆる可能性って?」

「あらゆる可能性はあらゆる可能性です」

「ところで、わかばさんのPCは個人所有のものですか?」

「ええ、そうですけど、あらゆる可能性って何です?」

 はじめは詳細の言及を敢えて避ける。ここで言う『あらゆる可能性』とは、情報漏洩や盗聴のことを指す。謀反の相談をお館様の城の本丸でするのは愚の骨頂だが、昼間、わかばがここを離れることができない以上、止むを得ないことだろう。そこで、リスクを最小限に抑えるためのIMインスタントメッセンジャーである。

 はじめは鞄から、高校の入学祝いに買ってもらったMacBook Proを取り出して起動すると、あいとまいが目を輝かせながら驚きの声を上げる。

「すごいなぁ、最新機種じゃん!」

「触らして触らして!」

「悪い。今からわかばさんと仕事だからダメだ。でも、仕事が終わったらいいぞ」

「「ぶー」」

「あいちゃん、まいちゃん、はじめ君はお仕事で来てるからね」

 わかばは自分のノートPCを開きながら双子をたしなめる。

「ふぁーい」

 双子は再びカードゲームに戻る。

 IMアプリを起動すると、わかばのアカウントIDである『young_leaf』からの招待を受け、カンファレンスモードに入る。


sekiya1さんがカンファレンスに参加しました。

young_leaf:それじゃ、始めましょうか。

sekiya1:はい。

young_leaf:今、はじめ君と面と向かっているのに、黙ってチャットしてるなんて何だか不思議ですね。

sekiya1:たしかに。

young_leaf:ところで……。 せっかくチャットするならもう一人招待したい人がいるんですけど。

sekiya1:誰です?

young_leaf:ゆいさん。和田ゆいさんです。

sekiya1:どうして?

young_leaf:ゆいさんは信頼できますし、たくさんの知識と知恵と経験をお持ちです。


 確かに、二人であれこれ考えるより、誰かの知恵を借りるのはいいやり方だ。問題は、彼女がわかばに対して協力的かどうかだが、確か自宅の離れに篭もっているゆいとFMあさまは、週一回彼女がラジオでしゃべる代わりに、食料の調達やゴミ出しなどで彼女に協力するという持ちつ持たれつな関係を築いていたはず。廃局後、外に一歩も出ずして過ごすことはかなり困難になるだろうし、両者の利害は一致しているはずだ。


sekiya1:了解です。

yui_wadaさんがカンファレンスに参加しました。

sekiya1:こんにちは。関谷です。

yui_wada:ああ、君か。What's up?

sekiya1:ちょくちょく話題になってた廃局の件なのですが。

yui_wada:そうか。君もかかわることになったのか……

sekiya1:なりゆきですけど、お役に立てればと思いまして。

yui_wada:実は言うとおおよその方針は決まっていて、次回、役場と話し合いをするときに彼奴等に提案するつもりなのだが。

sekiya1:わかばさんからききました。確かEBOだかMBOですよね。

yui_wada:そうだ。だが先立つものが無くて、私は三百万、わかばは百万、みのりは五十万、他のメンバーからかき集めても六百万も無い。会社の資本金が三千万円だから、あと二千五百万どうしても足りない。

sekiya1:ここの土地と建物を担保にして銀行とかから資金を調達するのは?

yui_wada:LBOのことだな。それも考えたが、こんな田舎町の土地建物にあまり高い評価はつかないよ。せいぜい一千万ってところか。仮にLBOができたとしても、担保を差し出すことになって放送できなくなったら本末転倒じゃないか。

young_leaf:あの、宝くじとかは……

yui_wada:君は少し黙ってろ>young_leaf

young_leaf:ごめんなさい……


「気にすること無いですよ。悪気は無いんでしょうから」

 はじめは昨日のわかばの言葉を思い出し、目の前でチャットの文字を追っている彼女に声を掛ける。

「うん。ありがと。私は大丈夫だから続けて」

「はい」

 はじめは再びMacBook Proのディスプレイに視線を戻すと、昨晩から描いていたある一つの考えを実行してみることにする。


sekiya1:あの、ちょっと話は変わるんですけど、もしFMあさまの買収に成功したらやりたいことってあります?

yui_wada:今からたらればの話をしてもしょうがないだろう

young_leaf:鬼が笑いますよ

yui_wada:それは来年の話だ

sekiya1:FMあさまを失くしたくないと思っているということは、お二人だけじゃなくてみのりさん、目の前で遊んでいる双子には、FMあさまで何かをやりたいとか、実現したいみたいなことがあるから、今こうやって動いているんですよね。

yui_wada:まあ、確かに。最初、わかばからパーソナリティの話を持ちかけられた時、正直面倒でも、背に腹は代えられないと思っていやいや始めたのだが、いざ始めてみると、自分の気持ちが少し軽くなったような気がするというか、自分自身が潜在的にアウトプットを求めていることを知ったのは一種の発見だったと思う。ギブアンドテイクの関係性が基本だが、町民にはFMあさまのことをもっと知ってもらいたいし、一企業としても利益を上げるような組織になってもらいたいと思っている

young_leaf:私も、みなさんにはFMあさまのことを知ってもらいたいし、いつも聴いてもらいたいです。でも、今は人もいないし、お金も無いですから自社制作は一日数時間程度しかできて無いですけど、一日十八時間、いや、二十四時間自社制作の番組だけで回していきたいんです


「なぁ、あい、まい」

 はじめはカードゲームに興じる双子に声を掛ける。

「どーしたにーちゃん」

「わたしたちのスリーサイズでも知りたいのか?」

「このろりこんめ」

「こんめ」

「違うわっ。二人がFMあさまで何をやりたいとかってあるのか訊きたくて」

「オニキス・スコーピオンと対戦したい。リアルで」

「あっ、それいいっ!」

 漆黒のオニキス・スコーピオンって何だ?

 今度ははじめが右斜めに首をかしげる。

「ふたりがやってるカードゲームのオンライン部門の日本チャンピオンのことですよ。実力は通常対戦のチャンピオンよりも強いらしいんですけど、決して表に現れないので『ファントム』とか『幻のチャンピオン』とも渾名されてるみたいです」

「わかばさん、結構詳しいですね」

「私も最近あいちゃんとまいちゃんから少しずつ教わってるんですよ。二人から初心者の割に筋がいいって褒められちゃって」

 子どもに手ほどきを受ける大人の画がはじめの頭に浮かぶ。

「さいですか。って、いや、そうじゃなくてラジオでの夢とか目標のことを言ってるんですよ。あい、まい、それはどうなんだ?」

「それはねー。全国ネットかなぁ……」

 無理言うな。

「あっ、それいいっ。あと、映像も一緒に流したいよね」

「番組でマッチするときには便利そーだし」

 かなり遠回りしたが、何となく双子の意図は分かったような気がする。はじめは三たびMacBook Proの画面に視線を戻し、チャットを再開する。


sekiya1:今、双子にも夢とか目標を訊きました。わかばさんとゆいさんのものも合わせた上で、提案書に盛っていきましょう

young_leaf:えっ? 合わせるとか盛るとかってどういう意味です?

sekiya1:自分たちのお金がないなら、他人のお金を用意すればいいんですよ

yui_wada:まさか、あの手を使うのではあるまいな

young_leaf:はんざい?

yui_wada:違うぞ。いいからもう黙ってくれ>young_leaf

young_leaf:ごめんなさい。やっぱり私……

sekiya1:Don't worry.>young_leaf

sekiya1:積極的にリスクを取る投資家ですよ。つまりはベンチャーキャピタルのことです

young_leaf:ベンチャーキャピタル?

sekiya1:ええ。彼らに出資してもらうんです

yui_wada:そんなこと言っても、潰れかけた田舎のコミュニティFMに価値を見出すVCなんてあるのか?

sekiya1:そんなの、やってみないと分からないじゃないですか。うまくいくかどうかは分からないですけど、少なくとも提案書を書いて送れば、確率はゼロじゃなくなりますよ。うちの実家の会社も、コストがかかる新しいパーツの開発の資金調達に活用してますし、おれたちが思っている以上に意外とハードルって低いんじゃないんですか?

yui_wada:そんなこと言っても、FMあさまは君の父親の会社と違って目に見えるものじゃなくて、すごく抽象的なものなんだぞ。彼らがうちに興味を持つなんて、本気で思っているのか? だとしたら君の考えは甘いと言わざるを得ないぞ。

sekiya1:父親の会社とFMあさま、一体どこが違うんです? おれから見たらどちらも宝の山に見えますよ。確かに甘いのかもしれないし、未熟と言われても仕方がないと思います。でも、それを言うのは自分たちがやれるだけのことをやって、ダメだったらその時また考えればいいじゃないですか?

young_leaf:けんかですか。ダメですよ

sekiya1:ケンカじゃない!>young_leaf

yui_wada:喧嘩じゃない>young_leaf

young_leaf:ごめんなさい

yui_wada:そうか。君がそこまで言うのなら最後にもう一あがきしてみるか

sekiya1:ええ

young_leaf:決まりましたね


 細部を詰めた結果、はじめ、わかば、ゆい、みのりの四人でたたき台となる下書きを持ち寄り、皆で下書きのファイルを共有して一週間程度で提案書を作っていこうという話となり、この日は散会となった。

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