紛糾!(Embroiling)
当選の余韻冷めやらぬ翌土曜日の午後一時。はじめは選挙の合間を縫って修理し、プチプチで何重にも包んだCDプレーヤーを手に、FMあさまのエレベーターに乗り込み、三階へ上がる。エレベーターが静止し、ドアが開いた瞬間、いきなり強い熱気に当てられる。二週間前、三里塚わかば、佐倉みのり、千原あい・まいの四人しかいなかったのとは打って変わり、室内には彼女たちのほかに二十余人ほどの見慣れぬ人たちが詰めかけており、椅子に座りきれなかった人はダーツマシンやターンテーブルの前に立ち、ホワイトボードで何かを説明しているわかばに視線を集中させている。おそらく何らかの形でFMあさまにかかわっている人たちなのだろう。
「あのっ、あくまでまだお話を頂いた段階で、正式に決まったわけではないんです。これから役場の方々とお話合いを重ねていくかと思いますので、追って進捗を報告します」
「わかばさん、ケーブルのコミュニティチャンネルでやってた町議会中継観ましたけど、町長があんなことを言っていたということは、もう廃止は既定路線なんですよね?」
「赤字である上に、債務超過になっているという話じゃないですか。本当のところはどうなっているんですか?」
「そもそも、何で大幅な赤字が発生しちゃったんですか? 広告収入が伸び悩んでいるとか、そういった類の話なんですか?」
参加者がわかばに次々と質問をぶつける。
「それはですね、まだ直接そのようなことを言われたわけではないですし、私もいち社員に過ぎませんので、まずはちゃんと確認しないといけませ……」
「いずれにしろあの話が本当なら、ここまで私たちが築き上げてきたものが全部パーになっちゃうじゃないですか!」
「全番組が打ち切りになる可能性だってゼロじゃないんでしょ?」
「この話が役場で秘密裏に進んでいたとしたら、町長と役場の横暴でしょ」
話の前後が分からないため、はじめは、わかばや参加者たちが何を言っているのか理解しかねていたが、FMあさまの経営不振により、会議が紛糾していることだけはすぐに理解できた。そもそもFMあさまの一社員でしかないわかばに対し、責任を追及しようとするのも酷な話だろう。会社において経営責任が追及されるべきは社員ではなく、役員である。
「とにかく、みなさんにはご心配をおかけしますが、まずは私たち社員で事実関係を確認した上で、その結果はメーリングリストを使ってご報告するという形で任せていただけますか?」
わかばが参加者に呼びかけると「わかばさんがそこまで言うなら取りあえず任せてみようか」「まぁ、たらればの段階であれこれ言っても議論が不毛になるだけだからね」などといった声があちこちから挙がり、参加者のうちボランティアと思しき三分の二が数回に分けてエレベーターに乗り込んで去っていった。
わかばは、はじめの姿に気が付くと、曇っていた表情が急に笑顔になり、右手を軽く振りながらはじめに近付いてくる。
「プレーヤー、直ったんですね」
「ええ。なんとかなりました」
「ありがとうございます。急に無理なお願いをしちゃったのに」
「こちらこそ、二週間もかかっちゃってすみません。本当ならもう少し早くお届けできればよかったのですが。それに、大事な会議のお邪魔をしちゃったみたいですね」
「ううん。もう終わりそうだったから、お気になさらずに」
「はい。ところで、今のは一体何だったんですか? どうやらかなりもめていたようですけど」
「ええ。ちょっとだけ。でも、会議って結局は落ち着くところに落ち着きますから、言い争いになっても、意外と大丈夫だったりするんですよね」
「そんなもんですか?」
「そんなもんですよ」
はじめとわかばはエレベーター前まで移動しながら会話を続ける。
「それじゃ、おれはこれで失礼します」
「あっ、ちょっと待って?」
ドアが開き、はじめがエレベーターに乗ろうとした瞬間、わかばが呼び止める。
「え?」
「いや、やっぱり何でもないです。また何かあったらよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ。何かあったら声を掛けてください。おれにできることがあれば手伝いますから」
「ええ。ありがとうございます」
ドアが閉まりかける中、はじめとわかばは互いに頭を下げる。はじめはドアが完全に閉まったことを確認すると、姿勢を元に戻して小さなため息をつき、来週実施される中間テストのことを思い出し、大きな欠伸をひとつすると、そのまま歩いて家へと向かった。