予想!(Expectation)
「ただいまぁ」
「おかえりぃ」
はじめが自宅に戻ると、妹のつくもがダイニングテーブルに、父親のお下がりのヒューレット・パッカードのノートPCを持ち込んでネットサーフィンに興じている。つくもは小田井中学校に通う中学二年生だ。
はじめは冷蔵庫に保存してある作り置きの麦茶を一杯飲み干し、自分の部屋に戻ろうとすると、つくもがはじめを呼び止める。
「勝てるの?」
「何が?」
「『何が?』って、選挙のことだよ。美緒ちゃんと一緒に出馬するんでしょ」
「話が早いな。どうしてそれを知ってるんだ?」
「だって、これ見てみてよ」
つくもがノートPCのディスプレイを指差す。はじめが覗き込むと、藤井高校のウェブサイトにアップロードされている、生徒会役員選挙の公示を伝える学校新聞『藤高週報』のPDFが表示されている。
「にいって、こういうのあまりやりたがらなかったのに、一体どんな風の吹き回し? ああっ、もしかして美緒ちゃんも出るから一緒に出たんでしょう?」
「成り行きでこうなったんだ。おれの意思じゃない」
「ふーん。でも、どっちにしろにいが当選するのはかなり厳しそうだね。これも見てみて」
つくもがブラウザのタブを切り替えると、『第六〇回藤井高校生徒会役員選挙完全予想』のタイトルとともに、はじめと美緒を含む候補者の氏名が役職別に並んでおり、競馬新聞よろしく、候補者名の頭にそれぞれに◎やら○やら▲などが並んでいる。画面上方のURLを見る限り、ドメインが学校のそれとは違うため、物好きな生徒が開設した『裏サイト』なのだろう。会計の『出馬表』には、二年生の現職である東御市出身の小室のぞみに本命を意味する◎が打たれており、美緒には対抗を意味する○が打たれている。
「誰の主観かは知らないけど、美緒が対抗なんだな」
「そりゃそうだよ。美緒ちゃん、高校でも人気ありそうだからなぁ。おっぱい大きいし、中学の卒業式には男子に告白されたらしいから」
「おい、何だよそれ」
自分の知らない情報に、はじめは一瞬ドキッとする。
「あれぇ? もしかしてにい、動揺してる?」
「してない。してないぞ」はじめは必死に動揺を隠す。
「ま、結局断っちゃったらしいけどね。どう? 安心した?」
「あ、あんまりからかうのはよせ。それより、おれはどう書かれている?」
はじめはつくもからマウスを奪うと、ホイールをくるくる手前に回転させる。一番大きなスペースを割いている書記の『出馬表』には、二年生の現職である千曲市出身の秋山あやに本命を意味する◎が打たれている一方、関谷はじめの頭には×が打たれている。
「バツ? どういう意味だ?」
はじめはブラウザの新しいタブを開くと、検索サイトに飛び、『競馬予想 記号』で検索をする。すると『ウマでもわかる競馬のイロハ』なるサイトが上位に表示され、ハイパーリンクをクリックすると、記号とその意味が掲載されているサイトに飛ぶ。サイトの記述によれば――
×(注意):展開次第では上位に食い込む可能性がある馬
と書かれてある。
「何だよ。おれは『穴馬』ですらないのかよ」
はじめは思わずため息をつく。
「ほうら、担ぎ出されたとか言ってる割には気にしまくり」
つくもはそれ見たことかと言わんばかりの表情をしながら両手をはじめの両肩に乗せる。
「そうじゃないけどさ、いざ人から指摘するとなんだか凹むって言うか、ちょっとイラってしただけだ。とにかく、上で着替えて少し休んでるから、夕飯になったら呼んでくれ」
はじめは椅子から立ち上がると、ダイニングルームを出て二階に上がろうとする。
「うんわかった。にい、当選したら美緒ちゃんと生徒会室でラブラブするの?」
「つくも。いい加減にしろよ」
「ふあーい。ごめんごめん」