円盤!(Envelope)
「ただいま」
学校から帰ると、玄関先に宅配便の文書用エンベロープが置かれているのが目に入る。
「あっ、おかえり。にい宛に荷物が来てるよ。玄関に置いておくと邪魔だから、部屋に運んでおいてね」
「ああ」
エンベロープの前面に貼られた送り状を見ると、送り主は手書きで東京昭和AFJインベストメント、品名は文書と記されている。はじめはそれを自分の部屋に持ち込むと、ペーパーナイフで封を切って中身を確認する。
エンベロープの中には、何かを記録した痕跡がみられるDVD‐Rが一枚入っており、レーベル面には黒い油性ペンで『Read me!』と殴り書きしてある。はじめはMacBook Proを起動し、DVDをマルチドライブに突っ込み、DVDの中身を参照すと、そこにはパワーポイントのファイルと、かなりの数の画像ファイルが収められている。はじめはパワーポイントのファイルアイコンをダブルクリックして開いてみる。
「こ、これは……」
はじめは思わず声を上げる。もしかしたら、これは金曜日に使えるかも知れない。はじめはスマートフォンを取り出し、わかばに電話を掛けた。
金曜日。はじめはいつもより早く家を出て、上田駅のコインロッカーに荷物を預ける。荷物の中身はスーツ上下とワイシャツネクタイそしてMacBook Pro。
コインロッカーの鍵を施錠し、学校に向かおうとした刹那、右ポケットにしまったスマートフォンが震えだす。ディスプレイを見ると菅野美緒の名前が表示されている。おそらく寝坊したと思い込み、小田井駅から電話を掛けているのだろう。
「はい」
「はじめちゃん! 今どこにいるの? 今日が何の日なのか分かってるの?」
受話器の向こうの美緒の声のトーンは、明らかに怒っているときのそれである。
「分かってるよ。分かってるから今、上田駅の近くにいる」
「えっ?」
さっきまで勢いが良かった声のトーンが急降下する。
「ああ、気合が入りすぎて、思わず早く起きてしまった。用事はそれだけか?」
「あ……。うん……。ごめん。また後でね……」
はじめは心の中で謝りながらスマートフォンをポケットにしまい、学校に向かった。
十一時四十分。三時間目の授業が終わると、はじめは机上の教科書やノートをしまい、手ぶらのまま教室から出ようとする。
「はじめちゃん、どこに行くの? 次の授業も教室だよ」
教室後ろの出入口のところに差し掛かったところで、美緒に呼び止められる。
「どこ行くって、トイレだけど。男子トイレでよければ一緒に行くか?」
「ううん。遠慮しとく」
はじめはトイレに行くふりをしながらトイレの前を通過し、そのまま一階まで降り、誰にも会わないように慎重に動きながら学校の敷地の外に出る。そこから駅までダッシュし、コインロッカーから荷物を取り出すと、そのまま観光案内所の奥にあるトイレの個室に入り、制服からスーツに着替える。
はじめはトイレから出ると、新幹線の自動券売機で佐久平までの乗車券兼特急券を買い求め、自動改札を抜け、一番線で新幹線の到着を待つ。
あさま五二四号は十二時二十二分に上田を出発し、僅か十分で佐久平に到着する。ドアが開くや否やはじめは新幹線から飛び出し、階段を一段飛ばしで駆け上がり、自動改札を抜けると右に九十度ターンし、蓼科口の階段を一段飛ばしで駆け降りる。そしてロータリーで待機しているタクシーに乗り込むと、運転手にオクタゴンおたいに行くよう告げた。
後部座席に身体を沈め、しばし乱れた息を整える。タクシーのタコメーターに備え付けられている時計は十二時四十分を指している。今頃学校では昼休みに入ったはずだ。はじめはスマートフォンを取り出し、SMSを新規作成する。
一二:四一
From:関谷はじめ
To:菅野美緒
Body:三時半までには戻ります。
はじめは『相手にメッセージが届きました』の表示を確認すると、テザリング機能を有効にし、MacBook Proの電源を入れ、IMアプリを起動すると、すぐさまわかばのアカウントからカンファレンスモードへの招待を受ける。
young_leaf:今どこにいますか?
sekiya1:農協のガソリンスタンドのところです。あと5minくらい
young_leaf:りょーかいです。私たちは先に入ってます。はじめ君は隣の和室へ。鍵は開けてあります。
sekiya1:おkです。Good Luck.
画面には新しいウインドウが生成され、中会議室の映像と音声が流れ始める。カメラの前でみのりが両手で自分の胸を掴み、嬌艶な声を上げながら恍惚とした表情のふりをしている。この人には緊張感の欠片も無いのか。




