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帰還!(Excessiveness)

 十七時。三人を乗せたあさま五三三号は雨の中、時速二四〇キロで熊谷を通過している。シートピッチが広いグリーン車のリクライニングシートが気持ち良いのか、みのりはシートに身体を沈めると、上野の地下トンネル付近で眠りに入ってしまった。はじめはみのりの寝顔を見て、下品なことさえ言わなければ結構カワイイのになと、年上の女性に対して少し失礼なことを思っている。

 この新幹線は大宮を出ると軽井沢まで停車しないタイプのため、先週よりも数分早く軽井沢に到着するだろう。

 セントラルキャピタルからの帰り際、はじめたちは、交通費はちゃんと払うと申し出たものの、しーちゃんから「今はFMあさまの経費として切ることができないなら、うちの調査費として切ればよいのです。それよりも宿題を何とかするのです」と言われ、わかばが差し出した交通費が入った封筒を一切受け取ることは無かった。

「やってみるとは言ってみたものの、どうやって自分たちの目論み通りに話を進めたら良いのか、全く見当がつかないですよ」

 はじめは大きめのため息をつく。

「そうですね。私は今日の話はさっぱりでした。はじめ君、覚えてる?」

「ええ、それじゃ、簡単におさらいしましょうか」

 はじめは手帳の白紙の部分を広げ、ペンを取り出すと、図を描き始める。

「今、FMあさまは債務超過状態になっています。言い方は悪いですけど、もはや死に体です。そんな会社をどうするか? 色々方法はあるみたいですけど、しーちゃんさんが考えたのは、しーちゃんさんたちやおれたちが共同で出資する新しい会社を作ります。そしてFMあさまから新会社にFMあさまの放送免許とスタジオがある土地建物を引き継がせて、借金から身軽になった上で一からやり直すんです」

「それじゃ、何もかも失った前のFMあさまはどうなるんですか?」

「うーん、おれも詳しくはよく分からないんで、後で調べようとは思ってますけど、確か特別清算とかいって、会社を解散させる筈ですよ」

「それじゃ、借金はどうなるの?」

「ええっと、確か裁判所や弁護士が現れて、旧FMあさまに出資したり、お金を貸した人は、もう諦めて泣きなさいみたいなことを言うはずです。普通の倒産だったら、土地とか建物とか、倒産した会社の資産を売ったお金をみんなで分け合うみたいですけど、新会社に免許やスタジオを引き継がせた後なので、借金しか残ってないですからね」

「そんなやり方があるんですね」

「ええ。しーちゃんさんがおれたちに出した宿題は簡単に言えば、町長たちを泣かせろと言っているんですよ」

「はじめ君ってホントすごいですね。まるでうちのかけるちゃんみたい」

「いや、駈ほどじゃないですよ。うちの父親が本屋で買ってきた『マンガでわかる会社六法』とかの受け売りですから」

「でもすごいよ。マンガだろうと文字ばっかりの本だろうと、手を出さない人は手を出しませんから」

「とにかく今日のところは休んで、ゆっくりアイディアを練りましょう」

「ところではじめ君」

「はい」

「これは真面目な話なんですけど」

「おれはさっきからずっと真面目ですけど」

「いや、そうじゃなくて……」

 わかばはいきなり両手ではじめの両肩を掴み、顔を近づけ、両眼をまっすぐ見つめる。

「あのね。ずっとかけるちゃんのお友達でいてね」

「藪から棒に、いきなりどうしたんですか?」

「あの子、小さな頃から私よりも頭が良くて、歳の割に大人びた振る舞いをしたり、いつもは誰にでもニコニコする、すごくいい子なんだけど、時々悲しそうな顔をする瞬間があるの」

 わかばの言葉にはじめは、中学時代、口元は笑っていても、一瞬だけ目元が悲しそうに見える駈の姿を何度か目にしたことがあったことを思い出す。しかし、悲しげな目元は、はじめが瞬きする間に柔和な表情に戻り、はじめや美緒と他愛のない冗談を言い合ったり、あまり実生活に役に立ちそうにないカーリングの起源や、『ひょんなこと』の『ひょん』の語源についての話を始めるのだ。

「その理由を聞いたことはあるんですか?」

「ううん」

 わかばは、はじめの問いにかぶりを振る。

 さすがにはじめは親友のプライベートにそこまで足を突っ込むことはしないが、もし同じことを駈に訊いたとしても、はぐらかされてしまうだろう。とも思う。

「もしかしたら、あの子にお母さんの記憶が無いからあんな悲しい顔をするのかなって……」

「悲しげな表情の理由は、お二人のお母さんのことかどうかは分かりませんけど、たぶん、はぐらかされているうちは、駈の中で悲しいという感情を一人で処理できているから問題は無いと思います。それでも処理できなくなったら、駈は誰かに助けを求めると思います。だから心配しなくても大丈夫ですよ」

 はじめは両手をわかばの両肩に乗せる。

「それにおれは時々、駈のことが羨ましいって思う時があるんですよ」

「どうして?」

「こんなに優しくて素敵なおねえさんがいるんですからね。おれにもわかばさんみたいなおねえさんがいたらなぁって」

「はじめ君……」

「大丈夫ですよ。おれは駈のことを嫌いになったりしませんから。それは絶対です」

「ありがとう、はじめ君」


 小田井駅に着いたのは、前回よりも一時間早い十八時前。三人は駅舎の前で解散し、みのりはFMあさまの駐車場に停めた原付に乗り、わかばもFMあさまの駐車場に停めた自分の車で自宅に帰り、はじめは独り徒歩で家に向かう。

 家に戻ると、やはり先週と同じように誰にも会わないように二階の自分の部屋に入り、大急ぎでスーツからTシャツ短パン姿に着替え、何食わぬ顔で一階の居間に入ると、つくもがアイスチョコモナカをかじりながら、先週とは違うタイトルのアニメを観ている。

「あっ、おかえり。今日どこ行ってたの? 三時過ぎに美緒ちゃんが来て生徒会で使う資料持って来たけど、一緒に学校に行ってたんじゃなかったの?」

「学校って、今日は土曜日だろ?」

「美緒ちゃん言ってたよ。来週金曜日は生徒総会だから、休日返上で学校に行ってきたんだって。にいは行かなくて良かったの?」

 休日返上で学校に行ってきた? 確か今日は招集はかかっていなかったはずだが、もしかしたら連絡を見落としていたのか? スマートフォンのスケジュールや受信ボックスを確認するも、それらしきメールやSMSは一切来ていない。

「良かったのも何も、そんな話聞いてないぞ!」

「おやぁ? もしかして生徒会の中でハブられたぁ?」

「いや、それは無いだろう」

 はじめはスマートフォンの電話帳で美緒の名前を表示させると、名前をタッチし、美緒を呼び出す。

「あっ、もしもし、美緒か?」

「うん」

「家に資料持って来てくれたんだって? つくもから受け取ったよ。ありがとう」

「うん。今日どっか出かけてたの?」

「ああ、ちょっと軽井沢のほうに行ってたんだ」

 正確には、軽井沢駅を経由して東京に行っていたのだが、それでも軽井沢に行っていたことには変わり無い。

「だから家にいなかったんだね」

「そ、それからさ、もしかして今日って生徒会の招集ってあったの?」

「ううん無いよ。でも、資料の作成がちょっと遅れ気味だったから、自主的に行ってただけ。でも、つかさ会長たちもいたけどね」

「そうだったのか。で、間に合いそうなのか、資料作りは?」

「うーん、明日もう一回学校に行ったらめどがつくと思う」

「そっか。だったら明日おれも生徒会室に行くよ」

「うん。それじゃ、十二時に駅で待ってるから」

 電話を切った直後、はじめは自分が何かを忘れていたことを思い出す。しかし、具体的に何を忘れていたかは思い出せず、しばらくその場で目頭を押さえ、必死に思い出そうとする。金曜日。FMあさまの役員たちとの話し合い、生徒会、生徒総会……。んっ!

 はじめは急いで手帳を開き、今度の金曜日の項目を確認すると、自分の字で『一三:〇〇~FMあさま話し合い 於オクタゴンおたい』と記されている。

 一方、MacBook Proを起動し、学校のオンラインストレージにアクセスし、作りかけの生徒総会の資料を開くと、そこには、同じ日の十五時半が開始予定時刻として指定されている。

 しまった! 予定が被っている!

 はじめの身体に悪寒が走る。

 もともと、学校は午前中で早退するつもりだったので、時間通りに面会場所である町の多目的施設・オクタゴンおたいに行くことはできるだろう。しかし、話し合いが長引けば、生徒総会に間に合わないどころか、学校に戻ることすらできなくなる。それに、生徒総会への遅刻はまず許されない。なぜなら今年度の予算案の承認の前に、比較的早い段階で新役員の紹介があるからだ。更にオクタゴンおたいから高校までの所要時間も考えると、話し合い開始から九十分でけりをつけなければなるまい。生徒総会でいざ自己紹介の段になり、その場に自分がいなかったら、つかさ会長に赤恥をかかせることにもなる上、下手したらつかさ会長の、部下に対する管理能力も問われかねないだろう。

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