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履歴!(E2)

 セントラルキャピタルを後にした三人は品川駅から山手線内回りに乗り込み、次の目的地である東京昭和AFJインベストメントの最寄駅である東京駅に向かう。次のアポイントメントは十五時。スマートフォンのディスプレイは十四時二十五分を表示している。車両のドア上にある二つのディスプレイのうち、右側に表示されている東京駅までの所要時間は十一分。間もなく田町に到着することから、実際には十分で到着するだろう。

「ところではじめ君、さっき酒々井さんから何を言われたんです?」

 わかばがはじめに質問してくる。

「わかばっち、分かってないなぁ。いや、ピュアピュア系おねえさんに分かれと言っても無理な話か。あの女、はじめのことを誘ってたんだよ。私の思った通りとんでもないビッチだな」

「別に誘われてませんよ! それに公共の場でBから始まる単語は止めてください」

「じゃあ、何て言われたんですか?」

 わかばは軽く首をかしげながら再びはじめに問う。

「バレてました。おれが高校生だってこと」

「うーん、うまくごまかせたと思ったんですけどねぇ……」

「わかばっち、本気でごまかせると思ってたのか? こんなカワイイ会社員がどこにいるんだよ」

「な、何ですか、カ、カワイイって……」

「はじめも分かってないなぁ。見方によっては若い男の子のカワイイも強力な武器になるよ。願わくば、このまま顔つきが変わらなければいいんだけど」

「無茶言わないで下さいよ!」

 わかばとみのりは周囲に気を遣っているのか、声を殺しながら笑っている。はじめはみのりの発言に呆れながらも、この調子で行けば次もおそらく大丈夫だろうとは思っていたが、一方セントラルキャピタルの社長が言い放った『意味がよく分からない』が脳内でこだまし、少し複雑な気持ちになっていた。


 大手町にある都市銀行、東京昭和AFJ銀行本店ビル七階のワンフロアに、東京昭和AFJインベストメントはオフィスを構えていた。藤高の生徒会室にも似た、ダークブラウンを基調とした内装だが、引越をしたばかりなのか、室内の至る所に水色の養生シートが敷かれている。

「今日は遠いところからご足労様なのです。どうぞこちらへなのです」

 制服姿の女性が三人を社内に案内する。身長は目測で一四〇センチメートルと成人女性にしては小さく、肩のあたりで切り揃えられた黒髪ショートボブに童顔と、尼削ぎの稚児のような風貌だが、頭の先にはウサギの耳を思わせるほど異常に大きな赤いリボンが乗っかっている。パッと見、はじめの脳裏に『ドジっ娘OL』という単語がよぎり、思わず吹き出しそうになるが、ここは腹に力を入れて我慢する。わかばとみのりに目をやると、わかばの視線はウサミミリボンに奪われ、みのりは苦笑している。どうやら考えていることは二人と同じようだ。

「では、こちらでお掛けになって待っててくださいなのです」

 応接室の扉が締められた瞬間、三人は耐え切れなくなり、思わずクスクス笑ってしまう。

「なんかリボンでっかい! それにちっちゃい!」

「ダメですよみのりちゃん、背がちっちゃいのを笑っちゃ! やーん! 抱きついてほっぺをすりすりしたーい!」

「フフッ、語尾に『なのです』って……。でも、制服着ている以上はここのOLさんなんでしょうから、笑うのはあまりよろしくないかと」

 はじめは必死に吹き出すのを押さえながら、わかばとさつきを諌める。

「あー、緊張感抜けるわー」

「何だかいい意味で肩の力が抜けましたね」

「それより、さっさと準備しちゃいましょう。もう担当者さんが来られるでしょうから」

「そうですね。笑ってばかりじゃ悪いですものね。背が小さい方は本気で悩んでいるケースが多いらしいですから。私は気にならないですし、むしろカワイイとすら思っているくらいなんですけどね」

 案内された応接室は六畳ほどの広さしかなく、プロジェクタが使えそうにないため、はじめは先方への説明用にMacBook Proを起動し、パワーポイントのファイルを開く。

 数分後、数回のノック音とともに応接室に入って来たのは、見た目は七十歳を超えていると思われる、『好々爺』という言葉が似合う温厚そうな老人と、先ほど三人を案内したウサミミOLの二人だった。この組み合わせを見て『祖父と孫娘』と紹介されても誰も疑うことは無いだろう。

 はじめは気持ちを切り替え、わかばとみのりに続き、二人と名刺を交換する。老人の名刺には『顧問 前原明鏡』とある。おそらく定年後も嘱託として会社にとどまり、時折若手にアドバイスなどをしているのだろうと勝手に想像する。セントラルキャピタルは社長自らが出てきたことを思うと、はじめは心の中でため息をつく。しかし、次にウサミミOLの名刺を見た瞬間、はじめは思わず目を大きく見開き、何度も名刺を確認する。確かに彼女の名刺には『投資運用部 部長 立石しず』とある。思わずわかばとみのりを見ると、二人とも名刺を見て目を丸くしている。一方、ウサミミOL改め投資運用部部長立石しずは、想像どおりのリアクションを目にしたと言わんばかりにニヤニヤしている。

「そ、それでは、まずは簡単に概要をご説明したいと思いましゅ」

 はじめは必死に動揺を隠しながらスライドパッドをタッチし、パワーポイントのページをめくる。先ほどのセントラルキャピタルの時とは異なり、はじめが現状を簡単に説明しては、わかばとみのりがそれを補足するというスタイルで進行していく。前原顧問と立石しずは静かにうんうん頷きながら、はじめの説明に耳を傾けている。

「あの、これでひととおりお話しさせていただいたのですが、前原さんと立石さんからは何かご質問はございませんか?」

「マエじい、何かあるのですか?」

 はじめの呼びかけに対し、立石しずは前原顧問に声を掛ける。

「いや、特にないよ。しーちゃんの好きなようにやればいい」

「うん。わかったのです。ところでおにーちゃん!」

 お、おにーちゃん? はじめは慣れない呼び方に一瞬戸惑う。はじめの『本物の妹』であるつくもは、はじめのことを『にい』と呼ぶ。特に呼び方を決めたわけでは無いが、物心ついた時から、気が付けばつくもははじめのことをそう呼び、はじめもまたそれに一切の疑問を抱かず今日まで来たが、一般的にはスタンダードな呼ばれ方であろう『おにーちゃん』という言葉に、はじめは一瞬ドキッとする。しかしどう考えても、一企業の部長職たるこの子……いや、この人がはじめより年下のはずなど無い。

「は、はい。何でしょうか」

「しーちゃんのことは『しーちゃん』って呼ぶのです」

 いくら彼女の求めとはいえ、馴れ馴れしく『しーちゃん』と呼ぶことははばかられる。

「あっ、分かりました。しーちゃん……さん……」

「本当なら『さん』もいらないのですけど、まあいいのです」

「あの、ご質問は……」

「一つだけあるのです」

「はい」

「うち以外で、この話に興味を持ったVCはいるのですか?」

 しーちゃんは、セントラルキャピタルの酒々井しおりと同じ質問を投げかけてくる。

「はい。セントラルキャピタルさんからもお話を頂いてます」

 はじめの回答に、しーちゃんは十数秒間、床に届かない両足とウサミミリボンを同時にブラブラさせながら目を瞑り、物思いにふけるしぐさを取ると、急に大きく目を見開き、はじめの目をまっすぐに見つめる。

「うちはVCなのですから、儲かりそうなお話にお金を出すのがしーちゃんたちのお仕事なのです」

 立石しずことしーちゃんの言葉に、はじめは胸中で冷汗をかく。わかばとみのりの表情が一瞬にして曇る。言葉遣いは幼稚だが、しーちゃんの言うことは正論だ。ビジネスは慈善事業では無いのだ。

「でも、それは別に、何だか楽しそうだというのだけは分かったのですけど、日本でEBOがうまくいったケースはあまりないのです。でも、FMあさまの規模とか状況とかを考えたら、何とかなりそうな気がするのです。EBOにはこだわらず、しーちゃん個人としてはこの案件はゴーアヘッドなのですけど、マエじいはどうなのです?」

「しーちゃんがいいなら、別に構わないよ。楽しさがあるかどうかも重要な要素だからね」

「なら、交渉成立なのです」

 しーちゃんがはじめに右手を差し出す。はじめは迷うことなく両手でしーちゃんの右手を握る。

「ありがとうございます。しーちゃんさん」

 わかばとみのりも、両手ではじめとしーちゃんの手を握り、しーちゃんは左手をその上に乗せる。

「そうと決めたら、早速来週から動くのです。あと、今日はおにーちゃんとおねーちゃんたちにお土産を用意したので、帰りに受け取るのです」


 十八時。三人を乗せたあさま五三七号は、時速二四〇キロで熊谷を通過している。あと三十分もすれば軽井沢に到着するだろう。

「いやぁ、行きが大変だった分、新幹線の速く感じること感じること!」

 みのりはチューハイ片手に顔を少し赤らめている。

「そうですね。それに、少し光が見えてきたような気がします」

 わかばはアルコールではなく、ミネラルウォーターを飲んでいる。

 帰り際、しーちゃんと同じ制服を着た投資運用部の女性社員から手渡された封筒には、東京‐軽井沢間の新幹線グリーン回数券が三枚入っていた。東京昭和AFJ銀行本店ビルを出て、丸ビル前で封を切って中身を確認した瞬間、三人は思わず大声を上げてしまった。周囲の人たちが怪訝そうな表情をしながら自分たちに視線を集中させたことに気付くと、急に恥ずかしくなり、思わずビルの窓際まで寄り、小さくなって再び新幹線グリーン回数券を確認する。三枚ということは、これだけで二万円はしたはずだ。グリーン車に乗ることができるとキャッキャと大喜びする二人の横で、生徒会の『代替わりの儀』の帰りに、メルセデス・ベンツで美緒とともに学校から自宅まで帰った時のことを思い出す。これは推測に過ぎないが、もしかしたらグリーン車もメルセデス・ベンツも、人心をつかむための手段なのかも知れない。いや待て。どうしてしーちゃんは新幹線グリーン回数券をプレゼントしてくれたのだろう。小田井や軽井沢から東京に行く場合、普通真っ先に思いつくのは車か新幹線で上京することくらい容易に想像できるうえに、普通車とグリーン車の違いはあれど、わかばが軽井沢駅のみどりの窓口で往復分を買ってしまう可能性を考えなかったのだろうか。

「わかばさん、川越でタクシーに乗った時、渋滞で遅れそうみたいなことを東京昭和AFJインベストメントに連絡しました?」

「ううん。電話したのはセントラルキャピタルだけですよ。でも、どうしてそんなことを聞くんですか?」

「いや、聞いてみただけです。それより、わかばさんは飲まないんですか?」

「ええ。私は家のワインなら少々嗜むんですけど、あんまり飲めないんです。それに帰りは運転しなきゃいけないですし。さっ、そろそろ軽井沢に着きますからデッキに移動しましょうか」


 小田井駅に着いたのは十九時前。三人は駅舎の前で解散し、みのりはタクシーに乗り、わかばはFMあさまの駐車場に停めた自分の車で自宅に帰る。はじめは独り徒歩で家に向かう。家に戻ると、誰にも会わないように二階の自分の部屋に入り、大急ぎでスーツからTシャツ短パン姿に着替え、何食わぬ顔で一階の居間に入ると、つくもがソファの上でアイスバーを咥えながらアニメのDVDを観ている。はじめも冷凍庫からソーダ味のアイスバーを取り出し、ソファに座ると、袋を破ってアイスバーを一気にかじる。疲労が蓄積しているせいか、アイスバーの甘みが大脳へダイレクトにアクセスしているかのような感覚に陥る。言わずもがな、アニメの内容は全く頭に入らない。

「にい……」

 遠い意識の向こうで、誰かが自分のことを呼んでいるような気がする。

「にい……」

 はじめは辛うじて、自分のことを呼んでいるということを認識するが、疲れのせいか己の身体が動かない。

「おにーちゃん!」

「ヒーッ!」

 普段呼び慣れぬ言葉に、はじめは思わず飛び上がる。一瞬、しーちゃんこと立石しずの姿が頭をよぎる。

「ど、ど、どうしたんだよ!」

「にいこそ何びっくりしてるの?」

「ほら、いきなり『おにーちゃん』なんて言うからさ」

「何度呼んでも反応無いんだもん。にい、アイスの棒と袋はそのままにしないでよね。放っておくとアリがたかっちゃうんだから」

「分かってるよ。後でちゃんと水ですすいでおくから。それだけか?」

「ううん。さっきお父さんから電話があって、今日は帰れそうにないから、七チャン深夜のビジネス何とかっていう番組を録画しておいてって言ってたよ」

「それくらいお前がやっておけよ」

「やり方よく分からないからできないよ」

 はじめは軽くため息をつき、新聞を取り出し、テレビ欄を確認する。おそらくつくもが言いたかったのは、二十三時半から始まる『グローバルビジネスプラネット』のことだろう。他局のニュース番組と異なり、経済ニュースを重点的に扱う一方、政治や三面記事的なニュースはあまり扱わないことで有名な番組で、都市部のビジネスマンに支持されているらしい。

 はじめはDVDを一旦止め、レコーダーのEPGを呼び出し、録画予約を入れる。

 過去の経験から、つくもから『ちょっとにい! 私が観終わってからやってよ!』という猛抗議を覚悟していたが、どういうわけか、つくもは黙ったまま兄が録画予約をする様子をじっと見つめている。

 はじめは予約を完了させ、DVDの再生を再開させると、再びソファに身体を沈め、ゆっくりと目を閉じた。

 はじめが次に目が覚めたのは、短パンの右ポケットの中に突っ込んだままになっていたスマートフォンのバイブレーションが機能した時だった。寝ぼけた状態のまま壁の時計を見ると、針は十一時五十五分を指している。はじめはスマートフォンを取り出し、スクリーンロックを解除すると、画面にはメールの受信通知が表示されている。


二三:五三

From:和田ゆい

To:三里塚わかば

CC:佐倉みのり, 関谷はじめ

Subject:(no subject)

Body:テレビの7チャンを観てくれ。今すぐだ。


 はじめは重たくなった身体を動かし、アニメのDVDの再生を停め、地上七チャンネルに切り替え、『グローバルビジネスプラネット』に見入る。映像は父親が経営する工場の外観を映し、次に内部を一部モザイク処理を施した状態で紹介している。つくもは黙って画面を見つめている。

『ここは長野県北佐久郡にある、とある工場。ここでは家電や産業機械に必要不可欠なな水晶デバイスの生産と開発を行なっており、新製品の開発資金を調達するため、ベンチャーキャピタルを活用することにした』

 ナレーションのあと、作業服姿の父親と、見慣れぬスーツ姿の大人たちが契約書と思しき書類に押印し、握手を交わしている。

『我々の業界は、五年先、十年先を見据えて開発や生産を行なっているのですが、従来の銀行や信用金庫からの資金調達ですと、どうしても短期的な結果を求められてしまうきらいがありまして、資金調達の手段が増えるのは、我々にとっても大きなメリットがあるかと考えています』

 父親が取材班のインタビューに答えている。そうか。先日弁当を届けに工場に行った時に話していたことはこれのことだったのか。

 父親の会社の紹介は二分足らずで終わり、船の上で撮影したと思われる映像に切り替わる。

『一方こちらは別のベンチャーキャピタル。このベンチャーキャピタルは泉州沖に眠るメタンハイドレートに注目し、調査のため、採掘会社の担当者とともに部長自ら調査船に乗り込んでいる』

『採掘が本格化すれば、エナジーの九十六%を輸入に頼っていた日本は一躍資源大国になる可能性があるのです。ガスや火力発電のコストも下がって、家計のおサイフにも優しくなるのです! でもでも、今は試掘レベルなのですが、今のLNGの生産コストを考えたら、それでも十分採算が取れるのです。しーちゃんはどんな案件でも、一度実物を見なければ気が済まない性分なのです』

 画面に映った人物に、はじめは思わず後ろに仰け反る。

 時化で船が上下に揺れる中、海の男たちに交じり、つい数時間前に会ったばかりの、OL制服姿にクリムゾンレッドの大きなウサミミリボンという、明らかに場違いな格好をしたしーちゃんが取材班のインタビューに答えている。会った時と異なるのはリボンの色と、OLの制服に似合わない黄色いライフジャケットを装着していることだけだ。

『このベンチャーキャピタルは会場ガス田の建設や試掘に使う資金の一部として数十億円規模の投資を行ない、採掘権の一部を取得し、軌道に乗ったら大手商社や電力会社に権益を再販する意向だ』

 数十億円という言葉に、はじめの動きが固まる。

『LNGが終わったら、しーちゃんはNGKに行って新喜劇を観に行くのです!』

 しーちゃんの無邪気な言葉に、周囲の男たちが大声で笑いだす。

「ダジャレかよ」

 思わずはじめは画面に向かって突っ込む。

『このように近年、ベンチャーキャピタルによる資金調達の金額は年を追うごとに右肩上がりだ。この傾向について、前日経連会長で、現在は東京昭和AFJインベストメントで顧問を務める前原明鏡氏はこう語る』

『昨今、今の日本には元気が無いなどと言われて久しいですけど、私はあまりそうは思っていませんね。いつの時代にも元気な若者がいて、うちも血眼になって面白そうな事業や楽しそうな事業を探していますし、彼等から自ら売り込んでくることもあります。そんな彼等の背中を押してあげるのが私のような年寄りの最後の仕事かなと……』

「マ、マエじい!」

「にい、知り合い?」

「いやいやいやいや、違う!」

 はじめは全力で否定する。テロップには『日本経済連合会・前会長/東京昭和AFJインベストメント・顧問 前原明鏡』と表示されている。

 日本経済連合、通称日経連はニュースでその名前を聞かない日は無い、日本を代表するあらゆる産業の大手企業が会員として名を連ねる、政財界に強い影響を及ぼす経済団体で、その会長は『財界総理』と呼ばれ、日本の民間人で唯一、閣僚並みにSPが付くほどの超VIPであることは、中学三年の時の公民の授業で習った記憶がある。どこかで見たことがあると思ったら、前の日経連会長だったのか……。

 はじめはダイニングテーブルの上に置いてある富士通の赤いノートPCの存在に気付く。

「これ、つくものか?」

「うん」

「ちょっと借りるぞ。ちょっと調べたいことがあるんだ」

 はじめはノートPCを起動すると、百科事典サイトで『前原明鏡』を調べる。

 東京都生まれ。東京大学を卒業後、昭和銀行に入行し、サンパウロ、香港、ロンドンと海外畑を歩んだのち本店に戻って取締役となり、昭和物産専務、帝國ケミカルホールディングス副社長、昭和自動車CEOを歴任し、今年の三月末まで日経連の会長職を務めていた云々といったことが書かれている、素人にも分かりやすいビジネスエリートだ。

 はじめは口を真一文字にしながらノートPCをシャットダウンする。今年の三月末まで、何度もニュースで見かけていたはずなのに、自分も含め、どうして誰も気付かなかったのだろう。

 はじめが自身の目の節穴ぶりに愕然としていたその時、スマートフォンがSMSの着信を告げる。


〇〇:四五

From:和田ゆい

To:関谷はじめ

Body:ところで、あのガキみたいな女は、一度実物を見なければ気が済まないと言っていたが、いつFMあさまに来たんだ?


 しーちゃんはFMあさまに来ないまま出資を決めた。ゆいの指摘通り、確かにテレビでの発言と矛盾する。信州の田舎くんだりまで足を運ぶのが面倒だったのだろうか。それとも億単位の金を動かす彼女にとって、三千万円など取るに足りない金額なのだろうか。はじめはすぐさまSMSを返信する。


〇〇:四八

From:関谷はじめ

To:和田ゆい

Body:いえ。来てないです。詳しいことはよく分かりませんけど、他に重要な案件でもあったんじゃないでしょうか。部長職みたいですし。

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