夜に葬る 2
【7月16日 放課後】
「なぁに、とぼとぼ歩いてんのよ」
事務所からでてきたところを、カレンに待ち伏せされていた。
「落ち込んでるの? あんた、意外と繊細で打たれ弱い性格してんのね」
「べつにそんなじゃないさ。ただ、いろんなめんどくさい事が次々やってくるんで、疲れてるだけ」
「そ」
カレンはそっけなく返事をすると、僕の隣を歩く。
「カレンも大原さんから僕のこと言われてるんだろ?監視しろ、とか、あんまり関わるな、とか」
「ご想像にお任せするわ。でもね、あたし、大原のこと、元々好きじゃなかったけど、今回でますます嫌いになった。
あたしは、あんたが今回の件の犯人でないことは知ってるし、安在とかいう馬鹿女の尻拭いをあんたがするなんて納得いかないって思ってる」
「わかんないだろ。僕が安在を刺した犯人で、僕はカレンの記憶を消したのかもしれない。
僕が【記憶を消せる】ってことは事実なんだし」
「可能性はあるわね」
とカレンは笑う。
「でも、そんな馬鹿馬鹿しい可能性のお話は嘘で、あたしは自分の直感を信じるわ。なんていうか、あんたがそんな激情的な人間だと思えないもの。それに、今の「疲労具合」も演技じゃあなさそうだしね」
さあ、どうだろう。僕は江原さんを殴るほどには激情的だと思うけれど。
「それで、あんたどうするつもりなの?」
「どうするつもりって?」
「いろいろとっ散らかってるじゃない。何かするの?何もしないの?」
「さあどうだろう。盗難事件も起きてるっていうのは気にかかるけど……まあ、僕に関係ないし、大原事務所とのことも、結局、大原さんが決めることだからなぁ」
「あたしは、たとえあんたが何にもしなくても真犯人を見つけて、安在に謝罪させてやるわ。それから大原にもね。慰謝料くらい請求できるわよ」
「なにもカレンがそう頑張ってくれなくても」
「別にあんたのためじゃない。あ・た・し・が!腹が立ってるの。アホの安在や安いゴシップに惑わされる愚衆だちや部下を少しも信用しない大原に」
そういって歩くカレン。
僕は――
僕は自分の幸せくらい――
「なあ、カレン。
僕も真犯人を探すよ。
それで、折角手に入れた安寧な日常を取り戻してみせるから」
そして、今、夜の公園。
お年頃な僕と、お年頃な女子が2人。――一人は透明人間だけど。
どうしてこんな青春過剰な状況になったのかというと。
そもそも僕はカレンと共に帰宅した。自宅でカレンと作戦会議ならぬ、真犯人を見つけてやるための相談をしようと思って、だ。
カレンを巻き込むのは気が引ける、と告げたが、
「成功報酬、4万」
と、言って引いてくれないので、協力をお願いすることにした。
正直言えば、超能力者が、いや、カレンがただの女の子であったとしても、彼女が味方でいてくれるというのは4万以上の価値があった。
僕も柔な人間だ、とつくづく思う。
家までカレンと歩いていたわけだが、家の前には想定外の来客がいた。
白いワンピースに、髪を「お嬢様結び」にした、静井さんだった。
いつも以上に儚げで清楚に見える静井さんは意を決した表情をしている。
「相田くん」
告白でもされるのか、僕。このタイミングで?
「話があるの」
そんなわけで、僕は静井さんを連れ、それと、静井さんが見えた途端に透明になったカレンもひっさげて、近所の公園に来たわけである。
「これ」
静井さんが小さなノートを差し出す。
中を見てみると、人の名前やら小さな文字がぎっしりと書いてある。
僕が顔を上げると、静井さんはまくしたてるように言う。
「怪我をしたっていう記者の安在さんが取材してた生徒が、うちの学校には3人いたみたい。
一人目は【篠原紫苑】さん。彼女は三年生。そんなに有名ではないけれど、中学の時からモデルとかの芸能活動をしている女の子よ。
2人目は【藍沢葵】くん。同じ2年生でB組なのだけど、バスケ部のエースで、去年の地方大会でうちの学校が優勝した立役者なの。……って、相田くんも元バスケ部だったから、私なんかよりよく知っているわよね。
3人目が【一之谷一黄】くん。彼も同じ2年生でB組の男の子。相田くんも聞いたことがあるかもしれないけれど、去年クラスのお金を盗んだり、学校に火をつけてボヤ騒ぎを起こしたりしたのよ。だから、なんというか少し問題行動のある生徒だったのだけれど、実はお父様がもと市長でこの辺じゃあそこそこ名の知れた方らしいの。だから、安在さんとしてはとても興味があったみたい」
「静井さん」
「だからね、昨日、安在記者が会いに来たのはこの3人のうちのだれかなんじゃないかって思うの。
それから、知ってるかもしれないけど、今日の1限と2限の間に隣のB組で、クラスの11人の持ち物が急になくなったらしいの。だれの何が無くなったかは、このノートに書いておいた。
B組の教室にいた人で、その時間のことを覚えているひとがいないみたいなの。それで、教室の周りにいた人に聞いてみたんだけど、あんまりわかることが無くて。
休み時間の後半5分に教室を出入りした人はいなかったらしいってことと、それから、私が覚えてるのはこっちの教室まで聞こえてくるような叫び声がしたこと。
なんて言ってたのかわからないけど、あれはB組の教室から聞こえたと思うわ。
それから――」
「静井さん、これ、わざわざ調べてくれたの?」
暗がりのせいで静井さんの顔は見えない。
「私ね、今日、クラスの子たちが相田くんのことあれこれ言うの聞いて悲しかったし悔しかったの。
それにね……前に助けてもらったでしょう?」
「『呪いの手紙』のときのこと? 助けたってほどのことしてないよ」
「でも、私が手紙を貰っちゃったって気が付いて、声をかけてくれたに、すっごく救われたの。
だから、ちょっとだけでもお返しさせて?」
今日一日すっかり疲れたせいもあって、隣にカレンでもいなかったら、僕は静井さんを――。
【7月17日】
翌日の学校。
周囲が、僕を刺傷犯と、あるいは盗難野郎と、あるいは得体の知れない超能力者と、居心地悪い目で見てくることに変わりなかった。
しかし、今日の僕のために、透明人間で4万で雇った相棒が働いてくれている。
静井さんからもらった情報をもとに、「事情聴取」でもしてみようってわけだ。
最初に会ったのは【篠原紫苑】。実はモデルだという、先輩女子。
目鼻がくっきりしていて、日本人離れした美女だった。化粧が濃いのか、はたまた本当に美人なのか。
美人だがしかし、どこかとっつきにくい雰囲気を出している。
「なにかしら?」
「突然すみません。安在茜っていう記者の件で」
「ああ。そういえば、貴方、安在を刺したって噂の人じゃないの」
Oh、直球。
「良くやってくれたわ。あたしあの女、大っ嫌いよ」
「どうしてですか?」
まあ、僕もですけど。
「だって、私が雑誌の編集者と寝てるだとか、目が整形だとか、とっつきにくくて性格わるいだとか、化粧が濃いだけだとか、書こうとしてるんですもの!」
「先輩がお綺麗だから嫉妬してるんですねぇ」
篠原は肩をすくめて満更でもないという顔をする。
「ちなみに、15日に安在と会う予定はありました? 放課後は何をしてたんですか?」
「なによ、アリバイ確認?
15日は雑誌の仕事で一日東京を離れてたから学校には来てないわよ。もちろん、安在と会う予定もない。
ねえ、それより、安在が大した怪我でもなかったって本当? やだわ、誰かとどめを刺してくれないかしら」
次に会ったのは、【一之谷一黄】。親御さんが地方のお偉いさんだが、本人は問題児な、同学年。
校則とは何ぞや、という明るい金髪。身体は痩せて骨ばっていて、目のしたには赤黒いクマがある。
印象は、「心身ともに、不健康」。
「なんだよ、エスパー」
「エスパーではないんだけど、安在のこと聞いてもいい?」
「安在? あぁ、お前が殺したババアか」
僕は殺してないし、生きてるババアだよ。
「安在と面識はあった?」
「面識?ああ、時々帰りとかに付きまとってきたなぁ。俺がこんな『良く出来た息子』だから、親父にとっちゃ『ステキ』な話だったんだろ」
「15日に会う予定は?」
「あるわけねえだろ」
「ちなみに、15日放課後、何してた?」
「だまれ、チビ」
と、傷心の僕の携帯が鳴る。相手はカレン。
カレンには3人の部屋に忍び込んでもらっている。何か手がかりがあるかもしれないからだ。
『ナントカ一黄の部屋で、女子のものっぽい携帯を何台も見つけた。
盗難されたものじゃない?』
最後に会ったのは、【藍沢葵】。同学年の、バスケ部のエース。
何を隠そう、僕も『七夕』以前はバスケ部だった。葵のことは、良く知っているつもりだ。
『バスケ部エース』らしい奴。さわやかで、運動もできて、頭もよくて、おまけにイケメン!性格もそこそこ。
「ああ、相田じゃんか。元気か? 足の怪我は大丈夫か?」
「うん、ああ、まあね。
ところで、安在って記者と面識あった?」
「安在?」
「15日に刺された記者」
「あー……地方大会終わったあとからときどき、取材したいって言って来てたな。2、3回会ったよ」
「15日に会う予定は?」
「15日? 無かったなぁ」
「15日の放課後って何してた?」
「バスケの練習。
なに、犯人捜してるのか? 大変だよなぁ、お前も」
葵は声を落としていう。
「でも、静井さんだっけ? かわいい女の子がお前の味方なんだろ?
彼女が『相田くんがそんなことするわけないでしょう?』とかなんとか叫んでるの、隣のクラスまで聞こえてきたぜ」
「まあ、心強い味方だよ」
苦く笑っておく。
【7月17日 放課後】
僕とカレンは、駅前の焼肉屋で落ち合った。
カレンに3人への事情聴取のあらましを話す。
話終わると、肉を頬張ったカレンが、
「犯人わかったんでしょう?」