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夜に葬る 1

【簡単な 登場人物 紹介】

・相田アキ:主人公。男。

江原さんという女子を殴り、周りから冷たい目で見られている状況で【七夕】を迎える。

結果、【他人の記憶を消す】能力を授かり、能力で、自分が江原さんを暴行した記憶を周りから消している。

・霞野原カレン:隣の御嬢様校の女子。

【七夕】に【他人の見えるものを消す】能力を授かる。

その能力を使い、しばしば透明人間のように行動している。

痩せの大食いで、おそらく胃下垂。

・大原さん:大原事務所の美人。アキとカレンの雇用主。

【七夕】以降、能力を授かったものの起こす問題を解決する仕事を請け負っている。

超能力は超能力で制せ、の考えで、アキとカレンを自分の元で働くようスカウトした。


・静井さん:アキの前の席の女子。

大人しくて、カレン曰く「いかにも男好きしそうなキャラ」。

・飯田:アキのクラスメイト。男。

・江原さん:【七夕】以前にアキに殴られ、顔に大きな痣を負った女子。


【用語?説明】

【七夕】七夕に、「願い」を持った者のなかに、能力を授かる形で願いをかなえてしまった人がいるという。アキ、カレンもそのうちの一人。


【7月15日】

「おはよ」

僕が言うと、飯田は一瞬固まった。そして気まずそうに、小さく会釈をし、慌てたように別の友人のところへ行く。

「あ」

前の席の静井さんと目があう。彼女が何か言う前に、他の女子が来て静井さんを僕から遠ざける。

「静井ちゃん、相田と関わらない方がいいよ」

「何考えてんのかわかんないし」

 霧のかかったような頭に、何かが浮かびかけた。僕の前に江原さんが――頬に赤黒い痣のある女子が、立ちはだかる。僕の目をぴんとj指差す。そして声を上げる――

「私はこいつに殴られたのよ!この人、おかしいわ。みんな、関わらないで!」

皆が、僕を遠巻きに。

ああそうか、僕は江原さんを殴ったんだ――


――――――――相田くん。

肩をぽんぽんと叩かれ、目の前には、くりくりの目。

長い睫毛に、そこそこ値が張りそうなシャンプーの香り。

「静井さん?」

「やっと起きた。もう授業も、ホームルームも終わっちゃったよ?」

そう言われて身体を起こすと、教室は帰宅ムードになっている。僕が寝始めたのは5限が始まる前で……。いやあ、我ながらお疲れだったんでしょう、相田くん。

「顔色悪いけど、大丈夫?」

 静井さんが優しい。

そうか、さっきのは夢かあ。

僕は他人の記憶を消す能力と、僕が江原さんを殴っていないかのような毎日を手に入れたんだったなあ、と。


校門まで降りていくと、清楚な制服の、姿勢の悪い女子高生が立っていた。霞野原カレンだ。

今日は大原事務所に二人で行く約束だ。

と、隣を歩いていた静井さんが

「あ、彼女さんと待ち合わせしてたんだ?」

と、上目遣いで訊いてくる。驚いた。

 何に驚いたって、

「見えるの?」

「え? あ、彼女に? 違うの?」

「いや、その、彼女とかではないんだけど」

 そうじゃなくって、最近はカレンが僕には見える透明人間と化してることが多かったから。

「お邪魔してごめんね、それじゃ!」

静井さんが慌てたような表情で、手を振り去っていく。

カレンは腰に手を当て「貴方の恋路を邪魔してやったわ」と。

「なによ、ぱっとしない顔じゃない」

「僕がぱっとした顔だったことあったか?」


と、そこで、

「相田アキくん?」

と、声をかけられた。

声の主は女性。スーツを着ていて、度のきつそうな眼鏡を掛けている。仮面みたいにばっちり固まった化粧。前髪までひっつめたように束ねた髪。

肩には黒光りする鞄をかけている。

ここの高校の生徒ではないし、僕の知り合いでもない。

彼女は隣にいるカレンをちらりと見て

「やっぱり相田アキくんね。いや、なんというか、元気そうで――興味深いわ」

 僕の体調の何が興味深いのだろうか。やだ、変態。

「えっと――」

「あら、忘れてた。私、こういうものです」

そういって女性が名刺を差し出す。


薪冬新聞社 週刊エブドマゼル 記者

安在茜あんざい あかね


新聞社名はなんとなく知っていたけど、エドブなんたら、知らない雑誌だ。

「まあ、3流の雑誌なんだけどね、私は今、教育問題をあつかう連載をしてるのよ。あんまり好評ではないんだけどね」

「はあ」

一体僕に何の関係が?

「記者さんなんかが、高校に何の用があるのよ」

とカレンが言う。

「ちょっとね、取材よ、取材」

カレンは訝しそうな目を向けるが、安在は彼女にはさらさら興味がないらしい。

くるっと僕の方に向き直る。

「とくに少年少女の心の闇と非行なんかを扱ってるの。それで、相田アキくんの名前はちょっと、小耳に挟んだのよ」

 奥を見透かそうというような安在の目にどきりとする。心の闇と非行――いや、そんなはずはない。

僕が江原さんに手を上げたことを覚えている人はいないはずなのだから。

「よく意味がわかりませんが」

「本当に、みんな忘れちゃってるのね」


 こつん、と隣にいるカレンにド突かれて、我に返った。

 安在は既に校舎の方へ歩いて行った。

「どうかした?」

「いや別に」

『いや別に』なんて、本当は『どうかした』事情があるけれど、敢えて言わない、常套句だろう。

 カレンはそれ以上は深入りしてくることもなく、

「行きましょ」

と僕を促す。

 今日の夢といい、安在の登場といい――

 まあ、ともかく、僕もカレント共に学校を後にしようとして――


小さな悲鳴を聞いた。


悲鳴そう大きくない。そんなに近くない場所からだ。しかしそれは校舎のほうから聞こえてきた。

僕とカレンは顔を見合わせ――言葉を交わしたわけではなかったが、悲鳴の聞こえた校舎の方へ向かった。


 東校舎の脇を通り、となりにある西校舎の脇も通る。

 そうすると、学校の門とは逆の側であり、人がほとんど訪れることが無い空間に出る。

対して手入れもされていない花壇があったり、何につかっているのかわからない倉庫のようなものが置かれていたりする。

 すぐにこの、人の少ない場所が悲鳴の出所だとわかった。

 地面にはスーツの女性が倒れていて、脇には1人の女子生徒が口を押えて座り込んでいる。

周りには僕ら以外に人はいない。

「どうしたの?」

 僕が言うと、座り込んだ女子は青ざめた顔を上げる。

「来たら…倒れてて…」

地面に倒れているのはスーツの女性。うつぶせで倒れているが、間違いなく【安在茜】である。

そして、安在の背中には包丁のような刃物が突き立っていて、そこから血が流れている。

 カレンは既に携帯を取り出し、救急車の手配をしていた。

 

 西校舎にいた教師を呼んできて、あとは教師に任せた。

 僕もカレンも、犯人が超能力者でなければ、面倒事に関わる義理も趣味もない。

 二人で大原事務所へ行き、新しい案件の書類を受け取り、帰路につく。

 惰性で歩みを進めていたが、ぐいと思いきりカレンに腕を掴まれて、我に返った。

 横断歩道。どうやら僕は赤なのに渡ろうとしていたらしい。

「今日、一段とどうかしてるわよ。なんなの?」

「いやあ、恋煩い」

カレンが聞こえないフリで応えてくる。

「あー…、さっきの安在の現場だけどさ」

「たぶん命に別状はないだろうって、救急隊のかた言ってたわよ」

「まあ、それはよかったんだけど」

そうじゃなくて、

「倒れてたところに鞄がなかった」

「鞄?」

「そう。校門で僕たちと会ったとき、肩に掛けてただろ、黒い、重そうなやつ」

「そうだったかしら?」

「そうだったよ。それが、倒れていたところにはなかったなぁって思ってさ」

「それって、信号が見えなくなるほど、心乱す問題?」

「さあ、どうだろうな」

 そうだ、ちょっとどうかしてる。


【7月16日】

 ところが翌朝、どうかしているのは僕だけではなくなった。

 ベッドから、目覚ましよりケタタマシク鳴る携帯に手を伸ばす。

「はい?」

聞こえてきたのはカレンの声。

『記事よ、記事みて』

「キジ?」

『寝ぼけてんじゃないわよ、ボケ。週刊エブドマゼルのサイトを見て。あのクソ記者がクソみたいな記事を掲載してるから』

「安在、意識もどったのか」

『少なくともネットでゴミみたいな文章を晒せるくらいには元気なんじゃない?』

 そうしている間に、僕はパソコンまで這っていき、週刊エブドなんちゃらのサイトを開いた。

コラムの欄。赤く新掲記事の印が光っている。


邪悪な超能力?! 記憶を消す少年

※予め、お断りしておかなければ、なりません。これは、紛れもなく、私の体験した真実なのです。 

私――安在は昨日、とある取材のために、○○市内の某進学校を訪れました。そこで、取材に協力してくれる方に会いに、校舎に足を踏み入れましたが、偶然、とある人物――ここでは少年Aとしておきましょう――と会ったのです。

少年Aはわたしのことを知らないようでした。

そして実は、わたしも少年Aの顔をみるのは初めてだったのです。

というのも、私の数日前の取材ノートには少年Aの名前と、彼の犯した凶悪な問題行為が記されていたのですが(私は高偏差値の学生の非行問題を扱っていますから、当然でしょう)、どういうわけか、わたしにはそのメモに関する記憶も、それどころか、その事件に関する記憶もないのです。

私は学校に問い合わせて見ましたが、そんな問題はなかったとの返答。

しかし、実際、学校に足を運んでみると、【被害者】とメモにあった少女Eの身体には生生強い傷が。

私は、学校の隠ぺいを疑いました。

しかし、少女Eに話を聞くと、なんと彼女もその傷について覚えていない、気が付いたら、あったのだ、と言うのです。

それから、その件はわたしの心に引っかかってはいました。けれど、今日某高校を訪れたのはその件とは別の取材でした。

そこで少年Aと偶然にも遭遇した私は、彼に問題をほのめかす言葉をかけました。

少年Aに後ろ暗いところが無ければ、何の意味も持たない戯言だったでしょう。しかし、彼の顔色が変わり、高校生のそれとは思えない目が私を睨みつけたように、感じました。

 少年Aを後にして、高校内に入った私は――じつのところ、何があったのか覚えていないのです。

 ただ、はっきりしているのは、その後、私がひと気のない校舎裏の土の上に、背中に包丁を突き立てられた状態で、捨てられていたこと。

 運よく、親切な女子生徒が私を見つけてくださらなければ、私がこうして記事を書くことも二度と叶わなくなるかもしれなかった、ということです。

 また、記憶がない。

 そして、私は鞄ごと、手帳も奪われてしまいました――そうです、それにはあの、少年Aの件も記されている、あの手帳です。

高校生が人を刺した可能性すら、信じたくない。

まして、記憶が消される、という不可解な現象。

しかし、超能力なんてあるはずないという現実にとらわれなければ、今回の私への攻撃の犯人も動機も――はっきり見えてくると私は思わざるをえません。

 そう、犯人の名は――


記事はそこで終わっている。

電話からカレンの興奮した声が聞こえる。

『読んだ?』

「でも僕の名前は出てないな」

『そりゃあ、こんな内容で一高校生の実名を載せたら大変なことよ。

でもあの安在ってメス豚、腐ってやがるわ。

その記事の掲載とほぼ同時に、匿名の掲示板に、記事の中の少年Aは「相田アキ」だって書き込みがされてたの。掲示板の管理人に削除要請を出したけど、次々書き込まれてて、完全には消せないわ。匿名だけど、間違いなく書き込んでるのはあの安在って女よ』


僕は学校に向かった。

校内で人が刺されたなんて大ニュースは瞬く間に広まっているらしく、さらにそれに付随して、僕の件も多くの人が知ってしまったらしい。

「大丈夫か?」

 ほとんどのクラスメイトが遠巻きに僕をみるなか、飯田が声をかけてくれる。が、奴もいつもとくらべれば心なしか僕を見る目が……ああ、被害妄想だろうか、情けない。

「大丈夫だよ」

そういって僕は机に伏せる。


正直、腫物扱いでもいいから、触らないでほしいかった。

1時間目が終わり、休み時間に入ると、好奇心と行動力溢れる女子数人が僕の方に近づいてくる。

「ねえ、この記事のことだけど」

そういって僕に例の記事を見せる。

「安在ってひとと知り合いなの?」

「知り合いではない」

「でもあったことはあるんでしょ? 昨日の放課後、校門で相田くんと記者っぽい女の人が話してたって聞いた」

 誰からだよ。

「ねえ、でもさ、相田くんが刺したわけじゃないんだよね?」

「え、でも、安在さんの第一発見者が相田くんなんでしょ?」

「ねえ、もしかしてほんとに『超能力』とか持ってるの?」

 わらわらと集ってくる質問に僕が辟易していたとき――

ばん、と大きな音がした。

 教室中が静まり返る。

 なんと、音を出したのはあのおとなしい、静井さんだった。教科書で思いきり、机を打ったらしい。

静井さんは僕の周りの女子に向かって声を上げる。

「なんなの、あなたたち、ちょっとひどいんじゃない! 相田くんがそんなことするわけないでしょう? むしろ、こんなでたらめ書かれて、嫌な思いして、困ってるのは相田くんの方なんだよ? そんな不愉快なこと、彼に言って、楽しい?」

 静井さんの静井さんならぬ行動は効果てき面だったらしい。「不愉快」女子―ズはわらわら(少し怪訝そうな顔で)僕の周りから去って行った。

「静井さん、ありが――」

 僕は立ち上がってお礼を言おうと思ったけど、静井さんは堅い表情で、僕とは目を合わせず、自分の席に着いてしまった。


放課後。

大原さんから『学校が終わったら至急事務所へ』と、穏やかでないメールを受け取った僕は、重い腰を上げる。居心地のわるい教室を出て、急ぎ足で校舎を下る僕に

「なあ」

と、追いかけてきた飯田が声をかける。

「B組の……話聞いたか?」

 B組とは隣のクラスである。

「?」

「ああ、なんだか、1限と2減の間の休み時間に、盗難事件があったらしい」

 そんなことを、わざわざ僕に話すために追ってきたのか?

「それが、10人以上のものが盗まれて、しかもB組の【誰もその休み時間の10分のことを覚えていない】んだそうだ」

 なるほど。【覚えていない】、ね。

「だからどうっつーわけでもないんだけど」

と、飯田が気まずそうに頭を掻く。

「いや、教えてもらってよかったよ、ありがとな」

「なあ、相田。おまえ――、いや、なんでもない。引き止めてすまなかったな」


 事務所で大原さんから告げられたのは、事態の真相がはっきりするまでの活動禁止令と、噂レベルとはいえ、超能力を公にしてしまうきっかけを作った責任を問うことが有るかもしれないという警告だった。

 さらに、「疑っているわけじゃないのよ」と前置きされて僕の動きを監視することも告げられた。

 大原さんにも見捨てられたか。


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