表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

神に惑う 2

神に惑うの2話目です。


【7月10日】

 少し早めに学校に行こうと家を出る。

 家を出て、家の前で半分寝ているような目でこちらを見ているのは「カレン?」

「ああ、おはよう」

「……待ってた? んだよな?」

カレンは頷くでもなく目をこする。

「メールでも良かったのに」

「朝早く行って昇降口を張るんでしょう? だったら私も行くわよ。仕事だもの」

律儀なもんだ。


 学校に近づくと、女子テニス部の声。テニスコートは校門に一番近いから。

「カレン、自分の学校はいいのか?」

「どうにでもなるわよ」

「そういえば昨日、女子のボスに電話した」

「何よ。ボスって」

「西原。

 静井さんから聞いてた話と殆ど変らなかった」

「そう。じゃあ、収穫無しってことね」

「それどころか、1年ぶりに電話してそんなことだけ聞いたもんだから、僕がボスに気があるみたいな空気になった。大損害だ」

「あらそう」

「それで、カレンは?昨日は何してた?」

「ここにいて、見張り」

 僕たちは昇降口に着き、カレンがそこを指して言う。

「放課後。怪しい動きをしている生徒いないかって。それから、学校中の鍵を閉める日直の教師が回ってくる直前にここの靴箱の中は調べて、靴しか入ってないことを確かめた」

 つまり、昨日学校が閉まる時点では呪いの手紙は入っていなかったってことか。

「それは……よく、がんばったな」

「でしょう、褒めて」

 平坦な口調でそういうと、くるりと向き直って昇降口を見る。

「学校が開くのって何時だっけ?」

「6時」

「じゃあまだ10分しか経ってないわね。これから『神様』が登場する可能性が高い」


それから5分。カレンは透明人間なわけだから、一人昇降口の前に佇む僕はさぞかし変だっただろう。

集団で登校してきたサッカー部の男子連中。吹奏楽部だろう、楽器のような大きな荷物を背負った女子2人。

 登校してくる生徒に透明カレンが付き添って挙動をチェックするが、みな自分の上靴を出して、履いていた靴を入れるだけ。


そして6時17分頃、小さな悲鳴があがった。

登校してきたのは、小柄な女子と、長身の女子。二人とも女子テニス部らしくラケットを背負っていた。

二人はきゃっきゃと談笑していたが、小柄な女子が靴箱を開けて、何かに弾かれたように床に座り込み、短く刺さる悲鳴をあげた。

「どうかした?」

 僕は彼女にかけよる。

「これ」そういって青い顔をした彼女が差し出したのは白い封筒。長身の友人が彼女に寄り添い慰めるように肩を抱く。

「開けてみていい?」僕が訊くと、あんただれだよ?と聞かれる――なんてことはなく、怯えた彼女はこくこくと頷く。

 これが助けを求める目ってやつか。

 封筒を開くと中には紙。

『お前を絶対許さない。必ず報いを受ける。

 人を陰で笑う醜いお前は天罰を受ける。』

 待ちに待った呪いの手紙だ。

 顔を見合わせて、若干「やったな」みたいな顔をしている僕とカレンとは違って、手紙の受け取り主はすっかり取り乱していた。

「やだよ、私が何したっていうの? 私、須川さんたちみたいになるの?呪われるの?いやよ。どうにかしてよ」

まさにヒステリーという感じの彼女。

とにかく、彼女から情報をひきださないと。おっと。それと、彼女を守らないと。

「大丈夫だよ。僕がなんとかするから」

え?と、涙目で上向く彼女に、

「僕が君を守る」

などと、吐き気のするセリフを送った。


 小柄な被害者の名前は添田水穂といった。ついでに、彼女と一緒に登校してきた長身の女子は反田素子というらしい。

「相田くんだっけ? あなたに何かできるの?」

 反田さんに冷徹に、いや冷静に言う。

ごもっともな疑問。

「僕に、というか、僕、実は探偵事務所でバイトしてて。この悪質な嫌がらせ、今、事務所が懸ってる案件なんだよ。だから、ちゃんと何とかする、僕と僕の雇い主が。

 あ、この話、ここだけの秘密にしてね」

 反田さんは訝しげな目をしていたが、一方の添田さんは溺れる者の掴む藁発見!という感じで、目を輝かせる。

「それで。こんな手紙を受け取る、その、身に覚えはある?」

「ないよ! 私、普通の女子高生だもん!」

「け」

僕にしか見えていないカレンが盛大に舌打ちする。

「『人を陰で笑う醜いお前は天罰を受ける。』……って書いてあるけど」

僕は手紙の一文句を指す。添田さんは、何のことかわからない、と首を横に振る。

 ものわかりの悪い子供に話してるみたいだ、と僕は思う。

「素直に読むと、他人の陰口を叩いたことを言われてるみたいだけど……覚えは?」

「他人の悪口ですって? そんなの私に限らずみんな言ってるわよ! どうして私だけこんな目に遭わないといけないの?」

 そう声を荒げたかと思えば、ぽろぽろと涙をこぼしすすり泣き始める。

「け」っと再びカレンの舌打ちが聞こえるが、僕は大人だ。

冷静でかつ紳士的に振舞える。「理不尽だよね」と添田さんの頭を撫で、

「昨日は? 昨日、具体的に誰かの噂話をした、とか」と問う。

「昨日? ……ああ、テニス部の同期の千鶴の話はしてたわ。放課後、練習が終わった後、更衣室で。

だってあの子、たいして練習もしてないくせにコーチに媚び売って贔屓されてるのよ、悪口じゃなくて、文句よ」

「それは文句も言いたくなるね。

放課後の更衣室か。テニス部のメンバーと?」

「そうよ、千鶴以外のね。素子もいたわよね」

と反田素子に振ると、反田素子も頷く。

「じゃあ、テニス部のメンバーはその話を聞いてたんだね。他には? 他に更衣室にいた人はいた?」

「いないんじゃない? 私たちの学年だけ居残りで練習だったから他の学年の部員はいなかったし。それにテニス部の更衣室よ、他の人は入ってこないわ」


【7月10日 放課後】

一日、カレンに守護霊の如く添田さんに付いてもらったが、彼女の身には何も起こらなかった。

 僕はテニスコート脇で女子テニス部が放課後の練習を終えるのを待ち、着替え終わるのを待つ。

 あたりが暗くなり始めた頃、やっと女子テニス部のメンバーがぞろぞろと更衣室から出てくる。

 僕は後ろに不機嫌なカレンをくっつけた添田さんを見つけ駆け寄る。

「練習お疲れ様。一緒に帰ろうか?」

「そんな、いいよ。素子も咲子も同じ方向だもん」

 そういって隣にいる二人を見る。一人は朝も一緒に来ていた反田素子で、もう一人は今時珍しい三つ編みの女子だった。白い肌に切れ長の目、真っ黒な髪。日本人形みたいだ。

「あ、この子は月島咲子。テニス部の部長。テニス部で家が同じ方向なの、私と素子と咲子だけなの」

「いつも登下校一緒なんだ?」

「いつもはね。今日はあたしが寝坊しちゃったから咲子には先行ってもらったの」

「あたしには一緒に遅刻していこうって言ったくせに」

反田素子が唇を尖らせる。

「だって咲子は部長だもん。遅刻したらみんな困るじゃん?」

「あたしはいいっていうのぉ?」

「素子はいいでしょ、この前素子の遅刻にも付き合ってあげたんだから」

 じゃれ合う添田さんと反田素子と、横に立つ月島咲子を見ながら、3人での登下校は月島咲子にとってはそんなありがたくないんじゃないか、なんて思う。

「わざわざこんな時間まで残ってくれたなんて。本当にありがと」

 添田さんがそう言って手を握ってくるので、僕も笑顔で手を握り返す。

「結局なにも起こらなかったわ。アキくんのおかげ」

いやいや、カレン様のおかげなんだけどな。

 その他にも、これでもか!というくらいに感謝の言葉を浴びた後、3人を見送る。その後ろを不満が顔に滲み出たカレンがついていく。

カレンたちが見えなくなってカレンにメール。


『たぶん『犯人』は月島咲子だ。

彼女についてくれ。添田さんは手遅れかもしれないけど、明日の被害者は出さずに済むかも』

『いたわりの言葉は?労いの言葉は?感謝の言葉は?』

とカレンから。

『偉い。素晴らしい。尊い。貴い。

大原さんに増給してもらえよ』

『なにが悲しくてうるさい女子に一日憑いてなきゃなんないのよ。

どうして月島咲子が『犯人』なの?』

とカレンから。

『呪いの手紙には添田さんが悪口を言ったことが指摘してあった。で、それを知ってるのは彼女が言ってた通り、女子テニス部のメンバーだけだ。

 それから、朝のこと。カレンが昨日調べてくれた通り、放課後にはまだ呪いの手紙が入っていなかったのなら、入れられたのは朝、門が開いてからだろう。

 僕たちが朝来たとき、もう女子テニス部はコートで練習してたから女子テニス部のメンバーなら朝来て添田さんの靴箱に手紙を入れられる。

 でも、今日添田さんは6時17分頃に、遅刻してきた。遅刻してきた理由は寝坊だと彼女が言っていた。

 犯人が女子テニス部のメンバーだとして、添田さんの靴箱に朝、手紙を入れられた理由は、添田さんが遅刻してきて、自分より昇降口に来るのが遅いとわかっていたからだ』

 もし添田さんが寝坊せず、普通に来ていたら手紙を入れる隙はない。

『でも、添田の遅刻理由は寝坊』

『なるほどね。朝、添田が遅刻してくるとわかったのは、テニス部で家が同じ方向で、登下校を共にしている反田素子に月島咲子。反田は添田と一緒に遅刻してきたから、朝早く来て手紙を入れたのは、月島咲子ね』


【7月10日 夜】

カレンから

『肉を奢れ』

とメールが来たので、僕は家を出た。

疲れた顔で僕を待っていたカレンはまだ制服のままだった。

「やっと月島咲子の家を出られたのよ、彼女が窓を開けたときにね。私、透明になれるだけなんだから!」

 てっきり透明になれるといえば、壁をすり抜けられるものかと。それじゃ幽霊か。

「それで収穫はあった?」

 事務所の近くの焼肉屋に向かいつつ訊く。

「月島咲子が呪いの手紙を書くとこをばっちり見てたわ、彼女の真後ろに立ってね」

 それは恐ろしいな、想像すると。

「じゃあ、とりあえず、明日の朝、月島咲子と一緒に登校して、その手紙を回収することだな。あの手紙に宛名はないから、朝靴箱に入れられると呪いがかかる可能性が高い」

「それで4人目の被害者は救えるかもしれないけど、根本的な解決にはならないわね」

「月島咲子が『神様』だってわかったんだ。彼女の過去を探ればいいな。とりあえず彼女に近い人物に話を聞いたり……彼女の日記でも盗み見れれば早そうだけど」

「私に不法侵入して、おまけに他人様の日記を盗み読めって言うの?」

「大原さんに増給してもらわないとな」

「金の問題じゃないのよ」

 遠くから聞こえていた救急車の音が大きくなる。駅前の病院に緊急搬送されるんだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ