神に惑う 1
やっと本編、という感じです。
神に惑う1~3があります。
【7月9日】
「うわー。寝不足って顔してる」
うるせえ。と乱暴に言い返しかけて、声の主に驚いた。
席が前になったばかりの女子。名前は静井羽月。
席替えをするまでほとんど話したことのない女子だ。
「七夕以前」は事件のせいで他の女子同様、「危険な僕」とあまりかかわらないようにしているようだった。
つまり彼女とはあまり知り合いでない。
そして、彼女を形容するなら、「屈託のない」。
あまり親しくもない、そして「いい子そうな」静井さんに、うるせえ、と返すのはいかがなものか。
「夜遅くまで何してたの?」
と、屈託のない笑顔で訊いてくる。
「まあ、高校生らしいこと」
無難に返した僕の言葉に被せるように、飯田が
「へえ、最近の高校生は随分乱れてるなあ」
と茶化してくる。
「何がだよ」
「昨日の夜、お前が翠憐女子校の御嬢様とやらしい建物に入ってくところを目撃したって、俺は聞いた」
なんのことだ、と返しかけて、昨日のカレンとのことを思い出す。
そりゃあ、地元の駅だ、知人に見られていても不思議じゃない。
別にやましいことも無い。平然としらを切るつもりだったが、
「なによ、やらしい建物って」
と耳元でささやく声に、飛び上がった。
隣を見れば、なんとカレンがいる。庶民的な紺のブレザーばかりのこの高校内で、翠憐女子の、どことなく御嬢様感漂う茶色のブレザーは、間違いなく場違いだ。
「カレン?どうしてここに……」
「何だよ?カレンっつうの?その子」
にやつく飯田の顔と、好奇心を滲ませる静井さんの顔とを見て――さらに、ぺろりと舌をだしたカレンを見て――そうか、こいつは僕にしか見えていないのか、と思い出す。
「いや、なんでもない」
「なんでもないこたあ、ないだろ!俺は聞いたぞ!カレンって!お前の口から」
「どうかしてたんだ、ちょっと頭を冷やしてくる」
しつこくワーワー冷かしてくる飯田を置いて、僕は「透明人間」の腕を引いて教室を出た。
密会の場は、地下のゴミ集積場。
「ゴミくさい」
とカレンが唇を尖らせる。
そりゃあそうだ。
見えないカレンと話すには人目につかない所に移動する必要があるのだけど、いかんせん、学校という場で死角は限られている。
結果、ゴミ集積場。
「どうしたんだよ。高校に来なくてもいいだろ」
するとカレンは何故か少し黙ったが、すぐに
「……だって、なるべく早く片付けたいじゃない」
と言う。
「片付けるって?なにを」
カレンは呆れた、という表情をして、携帯を僕の顔の前に付きつける。
「まだ見てないの?大原から早速メールよ」
そう、結局、僕とカレンは、多少の現金と、『七夕以降の安寧』と引き換えに、大原事務所の仕事を引き受けることにしたのだった。
仕事――。
問題を起こす能力者の能力を奪うという仕事。
7年前の七夕の際は、その能力者が七夕に「そう願ったきっかけ」となった出来事を解決することで能力が消失したらしい。
だから今回もその方法で対処してみましょう!と大原さんに言われた。
例えば僕から能力を奪いたい、と思うなら、僕が江原を殴った件が解決されればいい、ってことらしい。
能力者を見つけ、彼や彼女が抱えていた問題に対処するってこと。
力づくで叩きのめして怪物を倒すって方がよっぽど楽だろう。
「メールに縛られるのは嫌だから大原さんにはPCのアドレスを教えたんだ」
「それじゃあメールが来てても気づかないじゃない」
「だからそれが目的だって」
別にちょっと遅れたって世界が滅びるわけじゃあないだろ、と加えると、カレンは何か言いたげに肩をすくめる。
「まあ、とにかく。これ、見てよ」
と大原さんからのメールを突き出す。
『霞野原カレンさん、
最初のお仕事です。
ある高校で呪いの手紙、なるものが出回っています。
実際その手紙を受け取って不幸な目に遭った人もいるそう。
どうやらそれに能力を持った方が関わっているみたいなの。
被害が広がらないうちに、片付けてくださいな。
大原
』
「ざっくりしてるな」
というのが僕の感想だった。
「大原のことよ。きっと、もっと情報は持っているはずだと思うの。私たちの仕事を増やそうっていうのよ」
「昨日から思ってたけど、カレンはあんまり大原さんもこと、好きじゃないみたいだな」
「あんたは好きなの?」
「別に好きでも嫌いでもない。まあ、美人は好きだよ」
「お気楽だこと。本当にあんたに七夕に願わないといけないような悩み、あったかしら?」
わざわざ話してやる義理もない。
僕が曖昧に笑ってごまかすと、カレンは溜息をつきながら
「でも、大原は『いい人間』ではないと思うわ。信用できないのよ」
と言った。
透明人間こと、カレンにはお帰り頂き、僕は教室に戻って早速事情聴取。
……なんてたいそうなものでもないんだけど。
「おい飯田、呪いの手紙とか知ってるか?」
「どうしたんだよ? 誰かを呪いたい悩みがあるなら聞くけど」
「僕が夜な夜な女子を連れてやらしい建物に入ってるってデマを流す男を呪いたいんだ」
「呪いの手紙ってどんな?」
「良く知らないんだけど、受け取ると不幸な目に遭う、的な」
「受け取ったら不幸になる手紙かあ。知らねえな。でもどこにでもありそうな都市伝説じゃねえか」
と、そこへ
「え?もしかして飯田くん、例の手紙、受け取っちゃったの?」
と静井さんが話に加わってくる。
「違う違う。アキが貰っちまったんだと」
いや違うって。
「まさか、アキくんが? ってそんなわけないよね」
「どうしてそんなわけないの?」
「だって、アキくん、他人に恨まれそうにないもん」
元気出せよ、飯田。
「静井さん、呪いの手紙の噂について知ってるの?」
「知ってるっていうか……」
と、屈託ない静井さんには似合わず、少し陰のある顔をしたが、すぐに顔を上げて、
「女子の間では結構有名だよ。……もう二人も犠牲者が出たんですって」
と言う。
おお、これぞ、灯台もと暗し……。いや、棚から牡丹餅……。いや……なんでもいいか。
とにもかくにも、呪いの手紙とか湧いちゃう「ある高校」とはここ、僕の通う陽華高校のことのようである。
【7月9日 放課後】
僕とカレンは駅近くのちょっと洒落た喫茶店で落ち合った。
僕とカレンは向かい合って座っていて、この状況、傍から見れば高校生カップルだろう。
なんちゃって。
「どうやら7月くらいからこういう手紙が回ってくるようになったらしい」
そう言って静井さんから送ってもらった写メを見せる。
白い封筒。中には同じく真っ白な紙が入っていて、『お前を絶対許さない。必ず報いを受ける』と印字してある。
「朝登校してくると机の中やロッカーの中に入っているらしい。
今までこれを貰った人は2人。
最初に貰ったのは須川良子って女子。須川は腹を立てて教師に相談。教師がホームルームで取り上げたが、誰も名乗り出ず、犯人わからず。
それで、その日の帰り道、須川が交通事故に遭った。命に別状はないが、足を怪我。女子テニス部の有力選手だった須川は大会で代表選手に決まっていたが怪我の所為で交代」
「ちょっと待って」
カレンは僕の話を遮ると、ウェイトレスを呼びつけ、ケーキを2つ追加注文する。
ちなみに、もう既に3つ平らげた後だ。
「……大丈夫か?」
「ちゃんと話は聞いてるわよ。続けて?」
「……。
で、この須川の件が7月8日、昨日だ。
それで翌日、つまり7月9日、今日の朝、千藤明理っていう女子が自分の机の中に手紙を発見。
須川の件は都市伝説的に女子の間で噂になっていたから、千藤の耳にも入っていた。それで怖くなった千藤が同じように教師や周りの友人に相談。手紙を入れたのが誰か、とかいろいろ考えてたらしいが、努力虚しく、1時間目の途中で、千藤の家が火事に遭ったと学校に連絡が来た」
「なるほどね」
「女子の中では結構噂になっているらしい。一説によると手紙を破いてしまえば呪いが無効になるとか」
と、これは静井さん情報。
カレンがケーキの最後の一口をペロリと平らげる。
「この手紙を入れた人が僕たちの探す超能力者の可能性が高いな」
「まあ、そうね」とカレン。「でもどんな能力かしら?『必ず報いを受ける』……悪人に天罰を下す能力?」
「神様かよ」二人で顔を見合わせて笑う。
「単に気に食わねえ奴に、自分の手を汚さず嫌がらせする能力かもしれないな。
とにかく、僕たちがすべきなのは3人目の被害者を出さないこと。それから、その『神様』を捜すこと、じゃないか?」
「じゃあ、そう言う事で」
カレンが伝票を手に取りつつ言う。
「今までの2件は両方とも朝、手紙が靴箱に入れられているのよね。だとしたら『神様』は明日もダレカさんの靴箱に不幸な手紙を入れる可能性が高いでしょ。
貴方の担当は情報収集。あなたの学校のことなんだから貴方がいろいろ聞いて回って。例えば、2人の被害者の共通点とかね」
「情報収集っつってもなぁ」
「なんだっけ、あの子。いかにも男好きしそうな、背の低い……」
「静井さん?」
「ええ、きっとそう。その子にでも聞いてみたら?」
そういうとカレンは自分のケーキ代を机に置いて、「それじゃ」と立ち上がる。
「じゃあお前は?」
どんな仕事を担当するんだよ。
「私は透明人間だもの」
静井さんの携帯番号を知らず、だからといって実家に電話する勇気もなく。
考えあぐねて、別に静井さんに聞く必要もないんだ、という当たり前のことに気が付く。
そういえば静井さんは西原から聞いたと言っていた。
西原というのは、なんというか、女子の群れのボス、という印象。去年同じクラスだったから、携帯に入っている彼女のアドレスにメールをする。