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認識対象  作者: 虹月映
第一章 未央
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未央の結論(中)

 次に二人はデパートを見ることにした。それぞれの階層と広い売り場を歩きながら状況を考察する。


「人がいないのはとりあえず置いておくとして、それ以外にもここでの問題があるんだ」

「どんなこと?」

「今まで欲しいものがあったら適当に取って、そのまま家に持ち帰ってたでしょ?」

「うん。いっぱいある時は重くて大変だよね」

「そのまま持ち帰るっていうのが変なの。ほら、あれを見て」


 ある一点を未央は指差した。その先を見て、伶奈は首を傾げる。


「あれがどうしたの? ただの機械じゃないの?」

「私も前はそう思ってた。でも違うみたい。あれはレジって言って、欲しいものを持ち帰るにはあそこでお金を払わないといけないはずなんだ」

「お金って何?」


 純粋な疑問を投げる伶奈に、はっとさせられる未央。


「そっか……そこまで都合良く作られていたなんて」

「未央、どうしたの?」

「いや、ちょっとね。お金っていう概念をなくすと、色々なことが簡単に改変できるんだなって気付いてさ」

「また難しい話する……」

「あー、ごめん。つまりね、欲しいものを手に入れるにはワンクッションあったはずなんだけど、ここではそれがないってだけ。その方が楽だし、このことについてはもういいや」

「えっと、これからも色々ここから取ってもいいの?」

「いいんじゃない? 誰に咎められるわけでもないんだし。世界がそのルールを押しつけてくるなら、それに従うまでよ」


 有言実行とばかりに必要な物を選別して、二人はデパートを後にした。






「この駅と電車もよく考えたらおかしい……」


 二人がホームへの階段を上り終えると、すぐに電車が姿を見せた。


「あ、電車来てるよ」

「まずはそれ。毎回こんなにタイミング良く電車が来るはずがないよ」

「そうなの? てっきりそういうものだとばかり思ってたけど」


 開いた扉から一番前の車両に乗り込む。運転席の様子が見えるが、当然のように誰もいない。それでも電車はゆっくりと動き出す。


「誰もいないのは他もそうだけど、一番の疑問はこれからだよ。電車に乗ってるとさ、いつの間にか眠くなってきて絶対に寝ちゃうでしょ?」

「そういえばそうだね」

「電車に揺られてると眠くなるのはわかるよ。でも、あんなに強烈なのは普通じゃない。なんで寝てしまうのかはわからないけど、今回はそれに逆らってみようと思う」

「つまり、寝ちゃわないように頑張るってことだね」

「そういうこと。と言っても、どうすればいいか決めてないんだけど」

「うーん、必死に耐えてみる?」

「それか、眠気から気を逸らすようにするか……どうすればいいかな」


 二人は席に座って考えた。しばらくすると、伶奈が未央にしなだれかかる。


「じゃあさ、お互いに眠らないように見張り合わない?」


 未央の体に手が回され、伶奈との距離が埋められる。


「寝ちゃ駄目だからね」

「未央こそ」


 揺れる車内で見つめ合う二人。首を傾けて角度を変えてみたり、唇で互いの顔に触れてみたり、体に回した手の位置を変えてみたりする。

 それでも眠気は容赦なく二人を襲う。立ち上がって動き回ろうとするが、体に力が入らない。椅子に全身が沈み込むような感覚に溺れる。


「伶奈、起きてる?」

「うー……無理かも」


 二人の声は力なく、呂律もはっきりとしていなかった。

 暗闇に包まれる前に、未央は伶奈を抱く腕に可能な限りの力を込めた。それが睡眠前の最後の記憶となった。






「──ここは、確か」


 目を覚ますと、窓の外には山奥の田舎が広がっていた。見覚えのある風景と変化した車内の様子が、未央の意識と記憶を呼び起こす。


「そっか……潜在意識を引っ張ってきたってわけね」


 そう呟いて、未央は伶奈の肩を叩いた。抱き締めたまま、体も少しだけ揺さぶる。


「んー……結局、寝ちゃったみたいだね。あれ、ここってもしかして」


 伶奈も一目見て気付いたようである。


「そう。この前来た温泉だよ」


 駅舎から見える旅館は、紛れもなく二人が以前に利用した温泉宿だった。当時と変わらぬ姿で来客を待ち続けている。


「だよね。記憶違いじゃないよね」


 伶奈が確認するように未央と旅館を交互に見た。


「とりあえず旅館に入らない? せっかく来たんだしさ」

「いいの? ふふっ。また未央と温泉に入れる」


 前回と同じように旅館へ入り、無人のフロントに置かれた鍵を取る。そこに刻まれていた番号は、今回も602号室だった。


「さて、また質問とお勉強の時間だけど、準備はいい?」


 部屋に入って椅子に座り、未央はすぐに伶奈と向き合った。


「いいよ。また何かに気付いたってことだよね?」


 伶奈は興味津々といった様子で未央の言葉を待っていた。


「まずは二つだけね。じゃあ初めに、なぜここに辿り着けたのかってこと。伶奈は気付いたかな? 電車が最初に乗ったのと違ってたこと」

「言われてみれば違ったような気もするけど……」

「明らかに違う電車だったよ。まあ、それはそういうものなんだろうって思うしかないし、問題はそこじゃない。一番気になったのは、本当に言葉通りの意味で『なぜここに来たのか』ってこと」

「それはつまり?」

「そもそも電車に乗ってどこかに行こうなんて考えてなかったでしょ? それに、眠ってたんだから最初と違う電車に乗るなんてこともできない。でも私たちは今こうして温泉に来ている。目を覚まして周りを見た時に、もしかしたらって考えたんだ。私の深層心理みたいなのを読み取って、この温泉に移動させたんじゃないかなって。実際、この温泉もいつかは調べたいなって考えてたし」

「はぁー……なんか難しい話だね」

「少しずつ理解していこうね。私だってただ推理を並べてるだけで、自信なんてこれっぽっちもないんだから」


 柔らかく微笑みながら、未央は一瞬だけ次の言葉に詰まる。それが意味する重大性に気付いてしまったのだ。


「さて……次がちょっと大きな問題なんだけど、伶奈はこの前ここに来たのはいつ頃か覚えてる?」


 未央の質問を受けて、伶奈は視線を落として首を傾げる。


「うーん……そんなに前じゃないはずなんだけど、なんかうまく思い出せないや。ごめん」

「ううん。それでいいの。私もいつだったかはっきり覚えてないから。伶奈もそうだってことを確認したくてさ」

「未央も忘れちゃったの? そんなに昔のことじゃないと思うんだけど」

「忘れたとは少し違う気がする。多分、時間の流れが変なんじゃないかなって思うんだ。今日の次が必ずしも明日だとは限らないって言えばいいのかな。だから記憶が所々ぼやけたりするのかも」

「そういえば昨日の夕食はなんだったっけ……」

「揚げ出し豆腐とカボチャのいとこ煮だったね。ごく最近のことは思い出せるけど、もっと昔に遡って、時間軸のある一線を越えると曖昧になってくるみたい」

「ねえ未央。あたしも気になって昔のことを思い出そうとしてみたんだけど……」


 伶奈の顔が不安で染まっていく。


「今からする質問は、多分その核心を突いてると思う。それでもいい?」

「いいよ。でも未央はどうなのか、あたしが答えたら教えてね」


 未央は頷き、質問を投げかける。自身の存在すら揺らがせかねない一言を。


「伶奈は、一番昔の記憶ってある?」


 しばらく間があって、伶奈は首を横に振る。


「たぶんあるんだろうけど、どれが一番昔なのかわからない」

「私も同じだよ。もっと言うと、いつからあの家に住んでいるのか、その前はどこに住んでいたのか、いつどこで生まれたのか、全然思い出せない。それに──」

「──あたしたちが、いつ出会ったのかもわからない?」


 言おうとしていたことを伶奈に告げられ、未央は目を見開く。


「じゃあ、やっぱり伶奈も」

「うん。気付いたら未央と一緒だったって言えばいいのかな。出会う前とか後とか、そういうのが全部どこかにいっちゃった感じ」


 伶奈は無理に明るく振る舞おうとしているが、未央の目には不安を掲げて見せつけているように映っていた。

 このまま調査を続けることが正しいことなのか。それとも真実に対し、見て見ぬ振りをし続けることが幸せなのか。この気持ち自体が作られたものなのか。それなら何故自分は伶奈と共にいるのだろうか。

 揺らぐ未央の思考は平衡を失い、果てしなく広がる闇に向かって坂を転げ落ちていく。


「伶奈、あのさ」


 声をかけると、続く言葉を待たずに伶奈が未央の袖を掴んでくる。薄手の生地に力を込める指が、赤を通り越して白くなっていた。


「……未央は、ここにいるよね?」


 震えた声に共鳴するように、未央の体が突き動かされた。伶奈を包み込むように抱き締め、互いの温もりを伝え合う。


「いるよ。偽物なんかじゃない。私は未央で、伶奈は伶奈だよ」


 抱擁で偽りが打ち消せるのならば、二人の姿はとうの昔に消滅していただろう。不安な心を共有した二人は、また一つ強い絆で結ばれた。

 そして未央は考える。自らの存在までもが作り出されたものなのか、その確証を得るには何をどうするべきなのか。未央の頭脳は答えを導き出そうと稼働し続けていた。

 すべては二人の世界を守るために。

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