第八話
「ふんふんふーん、ふふーふん♪
あ、依月、有穂。おはよっ」
佳は靴箱前で依月と有穂に出くわした。
「おはよ、佳。朝っぱらからご機嫌だねぇ、鼻歌なんか歌っちゃってさ。いい事でもあった?」
「あらやだ、依月ったら。佳の機嫌が良くなるのなんて、あの人絡みにきまってるでしょ。
一緒に帰ろうとかでも言われた?」
「ななななんで分かったの?有穂、さては心読んだでしょ」
有穂の言葉にあからさまにどきりとし威嚇するように言った佳に向かって、有穂はうふふとそれはそれは上品に微笑んだ。
「佳、私をなんだと思ってるの?私に喧嘩を売ってるのかしらねぇ?
売られた喧嘩はちゃんと買わせてもらうけど、どうする?私を敵に回したい?」
あくまで上品に、しかし真っ黒な笑顔でゆっくりと佳に歩み寄る有穂。
外面は上品なお嬢様だが、実は腹黒度MAXなのである。佳と依月は何度背筋の凍る思いをした事か。
「売ってません売ってません!(有穂に喧嘩とか売れないから!)出来ればずっと味方がいいな?」
「笑ってごまかさない。・・・これからは注意するよーに」
にへらっ、とごまかすように笑う佳の右頬をつねったが、結局はつねられた佳の可愛さに負けて早々に折れた有穂であった。
「お、以外と早くお説教タイム終わったじゃん。佳、良かったねー?」
そう言う依月に佳は、口は災いの元だと言いそうになるのをぐっと堪えて頬をさすりつつ頷いた。
「で、話それちゃってたけど、飛鳥先輩に帰り誘われたんだって?」
「そうなの!駅前に彩屋ってパン屋あるでしょ?凌にぃが彩屋でバイト始めたから、リツと二人で行って凌にぃ驚かせようって…えへへ」
佳が頬を薄っすらと赤らめて笑うと、見慣れているはずの依月と有穂でさえも顔を背けてしまったのだ。運悪く(?)佳のそれを目撃した生徒達はそろいもそろって気絶しそうになった。
「佳、その顔やめなさい」
「え、そんなひどい顔してた?ごめーん」
「・・・」
その逆だよ、と二人は思ったが自分の美形さを自覚してない佳に言ってもむだだとわかっていたので、非難の目を向けるだけで何も言わなかった。
放課後
「リツ!ごめん、まった?」
佳は中等部の正門にもたれかかっている律斗を見つけ、子犬のごとく駆けよった。
律斗の威圧的な存在感にびくびくとしていた中等部の生徒達は佳の登場にほっとする。
「いや、全然。そんな慌ててこなくても良かったぞ」
佳を見た瞬間、律斗の鋭い眼光がふとやわらかくなったことに、佳以外の誰もがきづいていた。
「ううん。私が早く行きたかったから、急いできたんだよ」
「じゃあ、早速行くか。ほら、カバン貸せ。俺はどうせ置き勉してるから軽いんだよ」
「置き勉してるくせに頭いいとか不公平だよ」
そう、律斗は誰もが恐れる不良だが、その実凌よりも頭が良いのだ。
「頭良けりゃ、よっぽどのことしないかぎり大人は何にも言わねぇからな」
佳のカバンを奪いニタリと笑う律斗。その笑顔を見て悪魔だ、と思ったのは佳以外の全員である。
「それはそうだけどー。かばん、ありがと」
佳は背の高い律斗を見上げるようにして微笑んだ。周りの者が頬を赤くさせたのはもはや言うまでもない。
「はいはい、ほら行くぞ」
「うんっ…ぅわぁ!」
「っ!?」
歩き出そうと一歩を踏み出した佳の足元に、突然一匹の猫が飛び出してきた。
佳は持ち前の反射神経で猫を避けたが、雨上がりで足場が悪かった。バランスを崩し近づく地面の衝撃に耐えようと目をつぶったが、佳に訪れたのはふわりとしたぬくもりだけだった。
「っと、あぶねー」
上から抱え込むようにして律斗が佳を支えていたのだ。間近に迫った律斗の恐い顔に驚いて、佳はみるみるうちに赤面した。
「のわっ!ごごめんっ」
「大丈夫か?…ったく、気をつけろよ?」
律斗を突き放すようにぱっと離れると、なんとも言えない顔で佳を見つめてきた。
「うん、大丈夫。…リツ、ごめんね?」
少し落ち込んだ声色で謝ると頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
「ばか、怒ってるわけじゃねぇぞ。ま、けがなくて良かったよ」
律斗の一挙一動に上下する自分の気持ちについて行くのが大変だった。
いっそすべてを言ってしまえれば楽なのに…
そうは思っても到底できるはずはない。
「…佳、今日の夜久々に三人でゲームしようぜ?だから元気だせ」
最近三人で遊ぶことの少なくなった事を淋しく思っていた佳にとってそれはそれは嬉しい言葉だった。
「え、ほんと!?絶対だよ?」
「はいはい。ほら、もう行くぞ」
「有穂、依月!またね、ばいばーい!」
律斗の一言ですぐさま元気になった佳は、手を振ると律斗にぴったりと寄り添って歩いていった。
律斗と佳が仲むつまじく帰ったあと、有穂と依月は、はぁとため息をついた。
「佳はもちろんだけど、飛鳥先輩もなかなかのたらしよね」
「うん。転びそうなの助けてもらうとか自然にされたら、一発でオチるわ。…にしても、二人そろって鈍感でたらしって」
「全くなんなの、あの純愛カップルは。みてるこっちが恥ずかしくなるわ」
「「はぁ〜…」」