第七話
こうして、凌と佳、律斗は一緒に育ってきたと言っても過言ではない程たくさんの時間を共にした。
しかし、今では、片や皆の人気者、片や最強不良。この差は一体なんなのか。
佳は小さな頃からその可愛さゆえ危ない人から狙われる事が多々あった。律斗が喧嘩が強い不良である理由の一つとして、そんな危ない人たちから佳を守り続けたというのもある。
まぁ、律斗の目つきが悪いのとか体格が良いのとか言葉使いが荒いとか、律斗自身にも色々あるのだが。
しかし、律斗は周囲の評価の差に劣等感を抱いたりしていない。
それはなぜか?
二人が律斗にとっての『親友』だからだ。そして、凌と佳にとってもそれは同じことだった。
「あ、ケイ。おかえり」
佳が家に帰ると、律斗が来ていた。顔が見れただけて嬉しくなってしまうが、にやけないように顔を引き締める事に毎回苦労する佳であった。
「ただいま。リツ、凌にぃから聞いた?」
「ああ、CDだろ?ちゃんと持ってきたぞ。ほら、さんきゅーな」
そういってCDを差し出したので佳が受け取ろうとして手を伸ばすと手を引っ込められてしまった。
む、として律斗をみると、人が悪そうにニヤリと笑っている。佳はその勝負、うけてたつ!といわんばかりにかまえると、CDめがけて突進した。
「ほれほれ、こんなもんか?ケイ」
「まだまだいけるよ!」
律斗が手を頭上に高く上げると佳は必死にぴょんぴょん跳んだが、なにぶん小柄なもので全く届かない。
「ぶはっ…お前、身長全然足りてないぞ。かっわい〜」
律斗は噴き出し肩を震わせて笑っている。
「〜〜〜っリツみたいに大っきくならなくても困らないもん!」
「おーおー、いうようになったじゃねぇか。まだまだちっこいガキのくせに」
きっと律斗は気づいていないのだろう。律斗が佳を妹のように扱うたび心が痛むことを、年齢差があることを感じるたびにこの恋は叶わないのだと絶望していることを。
そんな律斗の無意識の言葉が、佳にとっては苦しく辛い。それと同時に律斗に関わっていられることが嬉しいと感じるのもまた事実だ。
「ガキだと思ってるんだったらもうちょっと優しく扱ってくれてもいいんじゃないの?お兄ちゃん?」
だから、気持ちを気づかれないよう、ごまかすために、佳は笑う。自分の心を殺して。
でも、律斗は怪訝な顔をした。他人の気持ちに敏感な律斗には、佳の笑顔が不自然な事が分かってしまうのだ。
「佳?どうかした…」
「あ、洗濯いれなきゃ」
律斗に質問されれば自分の気持ちを隠し通す自信なんかない。だから、律斗がしゃべるのを遮って律斗に背を向けた。
そんな佳を見つめる律斗の視線にも気づかず──
前は、もっと上手くごまかせてたのに。
一緒にいる時間が増えれば増えるほど、好きが増えていく。それと同時にごまかすための笑顔が下手になっているのが分かった。
ごまかせなくなるのも時間の問題かもしれない。
自分の気持ちをリツが知ってしまったら、気まずくてきっと今のような関係には戻れない。長い時間をかけて得た、親友 兼 妹という立場。この関係を崩したくはない。
それに、気まずくなれば凌も気まずくなってしまう。
いや、結局はフられるのが怖いだけなんだ…
など悶々と考えていたため、後ろから伸びる大きな影に気づかなかった。
「っ!?」
「なーに、ぼうっとしてんだ。洗濯、落っことすぞ?」
落ちそうになった洗濯を後ろから佳の手ごと支える律斗の大きな手、背中に感じる律斗の体温に照れて後ろを振り向けない。
「あのな?佳」
わりと耳の近くで律斗の心地いい声が響く。
「悩みの一つや二つあるんだろうけどさ、お前が言いたくない事なら俺は聞かねぇから。でも、お前が助けて欲しいと思った時は、いつでも言えよ?全力で助けるからさ…なーんて・・・っ!?」
佳は洗濯を放り出して、律斗に抱きついた。律斗の胸にも届かない頭をぐりぐりと押し付ける。
「ありがと。リツ大好き!」
私の気持ちに気づいて、とも、気づかないでとも願って、この一言に全ての気持ちを込めた。