第六話
母の自殺、父からの虐待・・・
話している最中、涙は出なかった。
「父親はさ、俺をなぐるとき、いっつもいってたんだ。『なんでそんな目でみるんだ!ゆるしてくれよっ!』『お前が生まれてこなけりゃ…っ!!』」
父親は、律斗に母を重ねては殴り、律斗の存在を否定しては殴った。
律斗の眼に浮かぶのは八歳の子どもには相応しくない自嘲の笑み。
ふと、凌と佳を見ると、稜の顔が哀しく歪んでいた。佳は流石にまだ話がよく分からないのか、少しきょとんとしていた。
「・・・ごめん」
本当はこんな顔をさせると分かっていた。
それでも、人との心の結び方を知らない律斗は、どんな手を使ってでも離れたくなかった。
「なぁ、リツ。俺たち、家族にはなれないけどさ、友達だろ?
・・・言いたくないことは言わなくていいし、言いたいことはなんでもいってほしい。
ほんとさ、むり、すんな?」
凌は困ったように笑って言った。凌は律斗の話が哀しくて、あんな顔をしたわけではない。
必死に心を殺して話す律斗をみているのが辛かったのだ。
「…っごめん…
でもさ、二人には聞いてほしかったんだとおもうよ。言って、後悔してないし。これは本当だからな?」
「ん、そっか。
あのさ。一つ聞いていいか?」
「うん?」
「今、おばさんとおじさんの所にいるって言ってたよな。ちゃんと、優しいか?」
「ほんと、いい人だよ。…本当のお母さんとお父さんだったら良かったのに…って思うくらい」
ほんとに、そうだったら良かったのに…
思ってもどうしようもない事だと分かっていた。でも、親が子どもを選べないのと同じように、子どもは親を選べない。
幼い律斗は知らない、理不尽という言葉がぴったりだ。
「リツ、あそぼう?」
重い空気を、澄んだ声が払拭した。佳は満面の笑みで凌と律斗の手を握っている。
「うん、遊ぼう!」
純粋な真っ黒の瞳がキラキラと輝いた。
「なにする?かくれんぼ?」
「するー!かくれんぼー!!」
「けい、ころぶぞー」
「ころばないよー」
ぴょんぴょん跳びながらはしゃぐ佳。と、つまづいて転んだ。びたーんっ!と大きな音が響く。
「だ、だいじょうぶか?」
律斗はうつ伏せて起き上がらない佳を抱えおこす。むくれた顔の佳のおでこが赤くなっている。
「ほら、いったのに」
凌がそう笑うと、
「ちがうもん!こびとさんがあしひっかけたんだもん!」
さらに頬を膨らませた。
「ぶはっ!はははっ」
佳の顔が可愛いやら言い訳が面白いやらで律斗は思わず吹き出してしまった。すると、つられるように凌と佳も笑った。
何が面白いのか分からなくなるくらい、三人はずっと笑い続けた。
遊び終わって時計をみると、もうすぐ6時を差そうとしていた。
「そういやさ、リツ。おじさんとおばさんに連絡しなくていい?」
「あー…じゃあ電話かしてくれる?」
「ほい」
つい最近覚えたばかりの番号のボタンをおす。
『はい、飛鳥です』
相手はワンコールで出た。
「あの…律斗、です…」
『律斗っ!?今どこにいるの!無事!?怪我とかしてない??』
なんといっていいのか分からず、つっかえながら名乗ってみると、おばさんに一気にまくし立てられた。後ろからはおじさんの声も聞こえる。
心配されるという経験をあまりした事のない律斗は心配されていた事にびっくりしながら、友達ができて、その子の家にいると伝えた。
おばさんはすぐ行くわ!と言って飛び出したらく、おじさんに凌から教えてもらった住所を伝えた。
10分くらいして、玄関からピンポーンと呼び鈴がなった。
扉を開けると、泣きそうな顔をしたおばさんとおじさんがたっていた。
「律斗っ!心配したんだからね!?」
強く抱きしめられて少し苦しかったが、その苦しさが、温かかった。今まで知らなかったそのぬくもりに鼻の奥がツンとなる。
「無事で良かった」
おじさんがそういって微笑んだ。律斗が怖がらない様に、少し離れた所に立ってくれていた。
ずっと、ずっと欲しかった。この温もりが、優しさが、愛が。
でも、律斗はやっと気付いた。もうすでに自分は持っていたんだ、と。
「心配かけて…ごめ…んなさい。裕子さん、文也さん…」
初めて、二人の名前を呼んだ。裕子は大きく眼を見開くとぼろぼろと涙を零した。そして、無言で首を横に振ると今まで以上の力で律斗を抱きしめた。
律斗は耳元で聞こえる裕子の嗚咽と自分を包み込む温もりを感じながら涙を流した。
凌と佳は、一歩進み出した家族を静かに見守った。
「本当、ありがとうね、凌君、佳ちゃん。もし良かったら、また遊んであげて」
赤くなった目尻を下げて裕子は笑った。
「うん、いつでも遊ぼう!」
「楽しかったー!」
「…俺も、楽しかった」
「これからもよろしくね」
「もちろん!」
凌と佳は車が見えなくなるまでひたすら手を振り続けた。