第四話
「おふろ、ありがとう」
律斗は風呂を上がり凌の服を借りた。
「いーえ、どういたしまして。服、きつくない?」
と凌は問うたが、むしろ凌の服はぶかぶかだった。
「うーん、ちょっと大きい」
「じゃあ、かた、ピンでとめるね。」
「リツ、かみはちゃんと、かわかさないといけないんだよー」
リツの捲ってもなお長い袖を、くいくいと引っ張り佳が言った。
みると、色素の薄めの髪はまだしっとりと濡れ、毛先から雫が垂れている。
「あ、ほんとだ。…リツ、ここ座って」
「ん?うん」
律斗は言われるままに凌の前に座った。
すると、ゴォォォ…といきなり強い温風があてられた。
律斗がびっくりして動こうとすると佳が律斗の手をとり動かないようにしゃがみ込む。
「うごいちゃだーめ」
渋々、座り直す律斗。その間も凌は手際よく乾かしていく。
「はい、かわいたよー」
カチッとスイッチを切り、ドライヤーをおく。
「え、もう?はやっ!」
律斗はびっくりして目を丸くした。
「んー?まぁ毎日けいのかみかわかしてるのおれだしねぇ」
「りょうにぃはなんでもできるんだよー」
仲良さげな兄妹の姿をみて、律斗は少しずきっと胸が痛んだ気がした。
そんな律斗の様子を察したのかなんなのか、いきなり佳が律斗の頭に手を乗せた。
「?」
「きれいだねー」
律斗の髪を触りながら佳が言った。
「ほんとだ、きれいな色。眼もおんなじだね」
凌もそう言った。
そう言われて律斗ははっとした。
少し長めの色素の薄い茶髪は、光に当たると毛先が淡い金に輝いた。そして、眼も同様だった。
しかし、凌と佳が綺麗だ、と褒めたその髪は律斗にとっては不幸の象徴でしかなかった。
律斗の母は自ら命を絶った。
その当時律斗は4歳。
母の自殺の原因など、幼い律斗には分からなかった。
しかし、一つだけ分かった事がある。
もはや顔も思い出せない母から受け継いだ忌わしき髪色、眼色は、父を追い詰めている。
追い詰められ続けた父の心は、壊れた。
心を失った父親は、狂気を律斗に向けるようになった。
『 暴力 』という形で。
虐待は律斗が4歳の時からつい半年前まで続いていた。
今は遠縁の親戚の家に預けられている。
しかし、父と離れて、預けられた親戚の家でも虐待の恐怖は律斗に付きまとった。
大人の男性に見下ろされると呼吸が出来なくなる。
低い声を聴くと身体が動かなくなる。
大きな物音を聞くとパニックになる。
律斗が倒れていたのも、家で食器が割れる音が聞こえてパニックになり無我夢中で家を飛び出してしまい、どこにいるのかわからずに歩き続け疲れ果てたからだ。
そんな自分の髪色、眼色を2人はお世辞ではなく綺麗だと言った。
大嫌いなはずの自分の髪と眼が初めて少しだけ誇らしく思えた気がした。
見ず知らずの他人のはずなのに、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
そして、『リツ』と呼んでくれた。
家に閉じ込められていたために全く外の世界を知らない律斗にとって初めての『ともだち』
「…っなんで…っ。なんでっ…」
こんなにも、たくさんの優しさをくれるのだろうか。
その思いは嗚咽の交じった声に出されることはなかった。
しかし、何かしら伝わったのだろう。佳はしゃがみ込んで声を殺して泣く律斗を小さなからだで抱きしめた。
「ねえ、リツ。泣いていいんだよ」
佳はゆっくりとそう言った。
凌も、ガバリと律斗を佳ごと抱きしめた。
みれば、佳も凌も涙を流していた。
「今はがまんしたらだめだ」
「っぅうあぁっ…ひくっ、ああぁぁっ…っ!」
律斗は堰が外れた様に泣いた。
三人はただただ、疲れて寝てしまうまで泣き続けた。