第二十一話
いまだもぐもぐと口を動かし続ける佳に律斗は近づき佳に影が落ちる。
座っている佳からは電気の逆光で律斗の表情は見えない。が、何も言わずに佇む律斗をみて、これは凌にぃに気をつけろと言われたのにあっさり捕まっている自分にすごく怒っている…と佳の背を冷や汗が流れる。
これは早く謝った方が得策だと、律斗を見上げた。
「あー、のね?リツ・・・っ!?」
これは、いったいなにが起こっているんだろう?
暗くて、あったかくて・・・
佳はただ呆然とするしかなかった。
おもむろに伸びてきた長い腕が、律斗の体が、佳を覆っている・・・つまり、息苦しさを感じるくらい力いっぱいに抱きしめられているというこの事実に。
「リ…ツ…?」
しかもふれている部分から律斗が震えているのが伝わってくる。
「佳…佳…っ
無事で、良かった…っ」
「・・・っ!!」
泣きそうに震えている律斗の声が、頭に直接響くような距離で届けられた。
こんなに必死に抱きしめられたら、勘違いしたくなる。ねぇ、リツ。すごく苦しいよ、妹なんかじゃ、親友なんかじゃもう嫌だよ。
きっと、リツはそんなつもりじゃないんだろうけど…お願い、一瞬だけでいいから自分勝手な気持ちでいさせて。
大好きだよ、リツ ──
決して口には出せない…出さない思いを心に隠して、佳は律斗の広い背中に手を回す。
より強く感じる律斗の温もり。前はあんなにも嬉しかったのに、それなのに今は温もりを感じることができる嬉しささえ苦しくて、涙が出そうになった。
「・・・ごめんね、リツ。私は、大丈夫だから」
そう呟いて律斗から離れようとすると、より一層強い力で抱きすくめられた。
「佳…っ」
あまりに必死な縋るように、行くな、というその声を聞いて、佳はあの光景が目に浮かんだ。美人な女の人と親しげに歩く律斗の姿。
佳は全てが分かってしまった。
小さい頃の、母親から置いて行かれたことで父親から虐待を受けたという経験で、律斗は置いて行かれることに、親しい人が自分から離れて行くことに恐怖する。
離れて欲しくないと、リツが本当に願っているのは・・・
そして、全てを理解した佳の感情のリミッターは
───崩壊した
「・・・んで・・・の?」
「え?」
「なんで、私なの?」
感情の見えない…冷たさすらない声が響いた。
その無機質さに驚き、律斗は佳から体を離して顔を見た。
佳の綺麗すぎるくらい綺麗な顔は、声と同様に感情が見えない。綺麗さもあいまって、精巧に造られた人形のようだ。
佳の真っ黒な瞳には律斗が映っている。律斗は鏡をみている気分だった。
「おい、佳…」
「なんで私なの」
私を選んで
「私のことなんかなんとも思ってないくせに」
私のことを想って
「『妹』で『親友』に、そういうこと言わないで」
『妹』でも『親友』でもない、リツの『特別』になりたい
「リツが離れて欲しくないのは私じゃない」
リツから離れたくないのは私
「リツの『姫』でしょう」
リツの『姫』になれたら良いのに
「何も知らないくせに」
この気持ちは何も伝えられない
それでも───
それでもずっと
「リツなんか」
リツのことが
「大嫌い…っ」
大好き…
溢れる嘘と閉じ込められた本当が佳を蝕んで、瞳から流れた涙はもう止められない───




