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第十七話

「ったぁ・・・」


ずきりとした鈍い痛みで佳の意識は浮上した。


「目ぇ覚めたか。体起こせそうか?」


耳に心地いい声が上から降ってきた。


「ぅ…ん、大丈夫」


佳はなんとか声に返答すると、ゆっくり体を起こそうとした。そんな佳の首と背中に大きな手がまわり、佳を助ける。

眼の前で心配そうな顔をしているのは、青みがかった黒髪のえらく男前な少年。


「ありがとう」


気を失っている時はまるで人形のようだった佳が、少しはずかしそうに笑うとそれはそれは庇護欲をそそられるような可愛さだ。


「…っ!いや…悪かったな、手荒な真似したあげく女の子に気ぃ失わせちまって。洸河にはきつく言ってあるから」


赤くなったりしょぼんとなったり忙しい少年をみて、佳はくすくす笑う。


「気にしないで?ちゃんと処置してくれただけで十分だよ。

それに、私の方こそごめんね?仲間の人たちに結構ひどいことしちゃったし…皆、大丈夫?」


「あぁ、喧嘩強いんだってな。あいつらなら平気だよ。日々俺が鍛えてるんだから」


「えと、ここはクロウのホーム、であってる?鍛えてるってことはもしかして…」


「悪ぃ、まだ言ってなかったな。ここは『 クロウ 』。俺は総長のよいだ。拉致っといてこんなこと言うのもなんだがよろしく、佳」


ニカっと笑う少年は、噂に聞いたような悪逆非道な族のかしらには見えなかった。


「拉致られたのは困るけど…まあ乱暴されるってわけでもなさそうだし、別にいいよ?噂と違って、なんか良い人そうだし」


自分をさらった元凶を目の前に、なんでもない風にそう言う佳は、肝が座っているのか能天気なのか。宵は心底驚いた。


「ったく、本当に噂知ってんのか?んなのんきなこといって襲われたらどーすんだ」


「ふふ、噂通りならもう気絶してる間に襲われてるでしょ?

それに…襲ってきてもそんな簡単に襲われてあげないから」


それまでの可憐な愛でたくなるような様子を一変させた。口角をあげ艶やかに笑う佳は、危険でありながら人を魅了する紅いバラのようだ。宵はその雰囲気に圧倒された。

が、唖然とした顔の宵に気づくと佳はすぐにその表情を崩して、いたずらが成功した子どものようにころころ笑った。そんな佳につられて宵も吹き出した。


「ぶっはは!おっもしれぇヤツだなぁ。流石、狼帝の『姫』なだけあるわ」


『姫』という単語が聞こえたその途端、佳の表情がくもった。


「?…あー、そういや自分は姫じゃないって言ったらしいな。

クロウの情報屋なめんなよ?姫は、佳だ」


姫の話をしたときの佳の様子がおかしかったと聞いていた宵は、あくまで軽く、だが断言する。


「なめてる…わけじゃ、ないけど…」


「けど?狼帝が大切にしてるヤツなんて佳くらいだぞ」


「リツが…私を大切にしてくれるのは、私が小さい頃からずっと一緒にいて、妹みたいに思ってるから…っ」


言葉も涙もいったんこぼれたら止まらなくなった。


「私は、ずっとずっと、リツが…リツだけが好きなのにっ…

妹でも、良いって思ってたつもりだったけど、やっぱり他の人にとられるなんてやだよ…ずっと側にいてよ…っ」


脳裏を掠めるのは、美人な女の人と楽しそうに笑って歩く律斗の姿。


苦しくて、悲しくて、辛くて、情けなくて、そんな自分がイヤで…


「佳、自分の気持ち言ってないんだろ?なんで諦めてるんだよ」


宵は突然泣き出した佳に驚きはしたものの、佳にハンカチを渡しよしよしと優しく撫でた。


「直接、言われたの。『姫は佳のことじゃなねぇ』って…その時は姫の事なんて知らなかったけど。

それに、好きな人が知らない綺麗な女の人と楽しそうに歩いてるのを、見間違えだと思う?」


ハンカチに顔をうずめた佳がかすれた鼻声で呟く様に言う。


「それは…本人に聞いてみるしか、ねぇよなぁ」


優しくで、全てを包み込むように暖かい声が余計に涙を誘う。



結局、宵は佳が泣き止むまで優しく見守っていたのだった。







「落ち着いたか?」


ようやく佳の涙がおさまった頃。


まだ眼が潤み、目尻が紅くなっている佳に手渡されたのは暖かくて甘いココア。


「…ありがと」


佳は泣いた事が恥かしいのか、宵と眼を合わせようとしない。


「いんだよ、泣きたきゃ泣け泣け」


投げやりに言っているようだが、宵の優しい声は失恋したばかりの心を癒してくれる。


「そういやぁ、佳をクロウの連中に紹介したいんだが…会えるか?」


「うん、もちろん!」


「よっし、実はもう集まってるんだよ。早速行こう」





「でぇ、そいつが絡んできやがったわけよ」

「そいつもちろん?」

「ぼっこぼっこ☆」

「ぎゃっははははは」

「さすっが!!」

「おっまえ、それ俺のだって」

「あ?いちいちこまけぇんだよっ!この馬面乙女野郎うまづらおとめやろう!!」

「乙女なのに野郎って、矛盾してるじゃねぇか!」

「ツッコむところ、馬面じゃなくていいのかよ」


まさに、阿鼻叫喚。酒やらつまみやら菓子やらが散乱する広い部屋にぎっしりつまった色とりどりのいかにもな不良たち。

佳はあまりの騒がしさに眼が点になる。宵はやれやれと頭をかいた。


「ったく…おい、ちったあ静かにしやがれ」


決して大きくはないその一言で、不良達はぴしッと姿勢を正した。


「総長ちわーす!!」

「「「ちわー…っっ!? 」」」


馬鹿みたいに揃って口をあんぐりあける。その視線の先はもちろん佳だ。


「・・・」


「…あのー、なにか変、ですか?」


佳が困ったように眉を下げる。ブハッと数人鼻血を出したようにみえたのは気のせいではないだろう。


「ちょーかわいぃ…」


一人が思わずこぼした。すると、おさまっていたはずの騒がしさが倍になって復活した。


「いやもうこれはかわいいとかそういう問題じゃないだろ!」

「ほんとに同じ人間か…」

「いや、天使だ」

「おお、その通りだな!」

「天使!」

「天使ー!!」


いきなりの天使コールにきょとんとする佳。宵のこめかみがピクピクと痙攣した。


「うっせーっつってんだろうが!」


優しいとばかり思っていたが、さすが大派閥の総長。不良さん達が直立不動に立ち並ぶ様子は壮観である。


「ほらほらぁ、そんなに怒鳴らないのぉ。全く、うちのそーちょーさんは怒りっぽいんだからぁ」


「そーだよ。そんな怒りっぽいから、いつまでもカノジョできないんだよ?」


声の方をみると洸河と、眼鏡をかけた可愛い顔の少年が立っていた。


「あ“あ??っせー!だいたい、作れねぇんじゃねぇ、作らねぇんだよ!!

あー、佳。この緩いやつは、知ってるよな?副総長で俺の右腕、洸河。その隣のやつがクロウの情報屋、なつだ」


「そうなんだ。荒槻 佳です、よろしくお願いします」


「うわー、可愛い上に礼儀正しい子とか!宵、もしかしてもう食べちゃ…」


その後の言葉は、宵が捺の口を、洸河が佳の耳を塞いだことで佳にはわからなかった。


「もー、捺黙ってろ!

悪りぃ、佳。こいつ頭も顔も良いんだが、どーしようもない下半身魔人でな…」


そう言って遠い眼をする宵には一体何があったのだろうか。


「捺さんって呼んだらいいですか?」


「あれ?俺、いくつにみえる?」


「うーん、正直よくわかんないです。ぱっと見、小学生にも見えるけどなんか…しゃべり方とかが宵と似てるなぁって。だから私よりは年上だと思ったんですけど、違いましたか?」


「ふふ、年下にみられなかったのはじめてだよ。ちなみに、立派な高1男子でーす。俺にはもちろん、クロウの奴に敬語とかいらないからね!

やっぱ、君、ちょー可愛い!捺って呼んでよ、佳ちゃん。敬語もいらないよ?

ねぇ、宵なんかやめて、俺にしとかない?俺の方が上手いよ」


「??」


佳は、楽しい人だなーとにこにこし、何が宵より上手いのだろうかとハテナを増やした。

またもや、すかさず宵は捺の口をふさいだ。


「も、ほんと黙っててくれ!」


「もがもがー!!…ぷは、じょーだんだってばー」


「お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ!」


「もー、宵のばーか!」


「あ“??馬鹿はお前だ、ばーか!!」


むぅ、とむくれる捺はどこからどうみても小学生男子である。


「やー、まったくこの二人はぁ。どこの小学生だってのぉ」


呆れて苦笑いする洸河。どうやら、洸河が暴走する宵と捺のストッパーらしい。


「にしても、佳ちゃん?気絶させちゃってほんと、ごめんねぇ」


洸河の眉が困ったようにハの字に下がった。そのシュンとした様子に、垂れ下がった犬耳としっぽが見えたのは気のせいだろうか。


「(っかわいい〜!!)ううん、こっちこそいきなり蹴ったりしてごめんなさい。…クロウって噂と違って皆すごく良い人なんだね」


「あー、それは…俺たちも気にしてるんだよぉ?やっぱ規模が大きいからねぇ…負けたチームが有ること無いこと言いふらすことも多いんだよぉ。それに、むかーしすごくやんちゃしてた時期があったからねぇ、そのときの噂がまだ残ってるんだよねぇ」


そう言ってはぁ、とため息をついた洸河はとても色っぽかった。美形というのは何をしても様になる。


「強いといろいろ大変なんだね。あ、ひとつ聞いてもいい?」


「なあにぃ?」


「宵がリツを狙ってるのは昔負けて恨んでるからだって聞いたんだけど…ほんとう?」


「んーとね、それは本当でもあるし、嘘でもある、かなぁ」


「え?どういう…」


「あー、それは俺からちゃんと話すから」


捺を右腕で締めながら宵が2人の間にはいってきた。



「四年前・・・」


そういって宵は話し始めた。クロウの、宵の過去を。


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