第十話
「ね、リツ。あいつらが言ってた『 姫 』ってなんのことー?」
荒槻家に着いた。手を洗いながら佳は首を傾げる。
「あ?あー、佳のことじゃねぇから。気にすんな」
「ふーん」
少し突き放すように言われた事が不満で、鏡ごしに律斗に向かってむくれてみせる佳。
それでも、鏡の中で優しく頭を撫でられたら微笑まれたら惚れた弱みで機嫌を直すしかない。
無意識に甘々な空気をだす2人を止める者はいない。
「うっわ、これおいしー!」
「ほんと、うまいな」
手を洗い終わったら、すぐに食卓について食べ始めた二人。
「リツのそれ、なに?」
「ベーコンのバケットサンド。一口食うか?」
佳は、差し出されたサンドウィッチを隣に座る律斗の手から直接かじった。
「ん〜、おいしい〜!このベーコンすごい分厚い。
じゃあ、はい私のも。メープルクロワッサンだよ」
美味しさのあまりとろけるような笑みを浮かべた佳はクロワッサンを差し出した。
律斗は佳の手首を掴むとさっき佳がしたように直接かじった。
触れている部分から律斗の低めの体温が伝わってくる。佳は、照れてない照れてないと自己暗示をかけて赤面するのを防いだ。何年も片思いをしていると、慣れたものである。
「ん、うまいな。サクサクなのにしっとりしてる」
そういいながら口元を親指でぐいっと拭った律斗は、自分を見つめる佳の視線に気づいた。
「ん?なんかついてるか」
「・・・」
「佳?どうかしたのか?」
「…は!!い、いやなんでも…」
まさか、カッコ良すぎて見つめていた、なんて言えるわけもなく口ごもってしまう佳。律斗は眉を顰めると佳の額に手のひらを当てた。
「体調悪かったのか?なんか若干顔赤いし…」
「いや…べつに大丈夫だよ?」
佳は心臓が飛び出そうな程驚いたが次第にその手の温かさに安心してきた。
佳の額をすっぽりと覆ってしまうほど大きな、喧嘩ばかりで傷の耐えない手。ドキドキする以上に心が落ち着くその温もりを感じ、佳は気持ち良さそうに閉じた。
その途端、律斗の手が離れて行こうとするのを感じ、眼を閉じたまま律斗の手首を掴んだ。
「やだ。このままがいい」
佳はとっさにそう言ってしまったものの、律斗の反応を見るのが怖くて眼を開けることができなかった。しかし、律斗が呆れたように笑ったのが分かり、次は頬を包むようにして温もりが戻ってきた。
手が戻ってきたことに安堵して眼を開けて笑いかけると、律斗も優しい眼差しで笑っていた。
「春、だね♪」
「っ!!??」
「凌にぃっ!?」
律斗と佳が声のした方を見ると、にやにやと笑っている凌が立っていた。
「や〜、お邪魔でしたか?」
またニヤッと笑って凌は問いかけた。
「あ〜、凌うっせぇよ!!」
「そうだよ!凌にぃは何も喋んないで!」
凌は同時に顔を赤くする二人を見て、相変わらずからかいがいがある、とS気味な事を思っていた。




