曇り、のち大嵐
巻き込まれフラグ成立、どうする小町!?
自分の置かれている状況にげんなりしたが、とりあえず掴まれたままの手を離してもらおう。
「先生。手汗が気になるので、離してもらっていいですか?」
「……ああ、悪い」
進藤はあっさりと手を離した。
掴まれたところを見ると、ちょっと赤くなっている。この馬鹿力め。
「先生。ミネラルが不足しているんで、何か飲み物奢ってください」
「…………」
「奢ってくれますよね?」
力強く重ねて言うと、進藤は無言で近くにある自動販売機に向かって歩き出した。
ぶっちゃけ、ジュース一本でも安いよね。
巻き込まれフラグ成立の気配を、ひしひしと感じている小町です。
前回、補習終わりにチャラ男に頼まれてついてきました。
が、そこでチャラ男の片思いの相手(推定)に彼女認定され、次に現れた元カノ(断定)にライバル認定されました。いい迷惑です。
進藤がジュースを手にして戻ってきて、それをあたしに差し出す。お礼を言って受け取り、ラベルを見て舌打ちが出そうになったのを寸でのところで止めた。
……ミネラル不足って言ったよね? それなのにどうして炭酸? 普通、スポーツ飲料買ってくるでしょうよ。もしくは麦茶。夏はミネラル補給しなきゃ、マズイでしょう!
心の中で文句を言いながら、キャップを開けて喉に流し込む。シュワッとした爽快感があるものの、カラカラに乾ききった口の中は、ジュースの糖分でべたべたして少し気持ち悪い。無性にお茶が飲みたくなった。
チラッと進藤を見ると、俯きがちに黙り込んでいる。
薄々感じてはいるが、もうはっきりさせよう。見ているだけで苛つく。
「そんなしょぼくれた顔を見せるために、あたしを連れてきたんですか?」
「…………」
シカトかい! どうせ一人であの娘さんと会いたくなかったからだろうけどさ。
あたしの言葉に棘を感じたのか、進藤が申し訳なさそうに口を開いた。
「……悪い。もう帰っていいぞ」
「そんなつらそうな顔で言われて、『はい、そうですか』って帰れるはずないでしょう」
お節介? ええ、そうですとも。お節介ババアです。悪いかっ。
でもね、ギャルの去り際の一言、覚えてる? あれは確実に拉致・ボコボコフラグの片鱗だよ。
この流れからすると、捕まるのは十中八九あたしだろ? 事情も知らずにただ巻き込まれるなんて、我慢できるか! どうせ巻き込まれるなら明確な理由が欲しい。それならまだ納得できる。
「一人で悩んでても、解決しないってこと多いと思いますよ。かといってあたしが解決できるかと言われたら、無理だと思いますけど。でも話を聞くだけなら、あたしでもできます」
そう言ったものの、進藤が口を割る気配はない。教師として、生徒に弱いところを見せたくないってか? 気持ちはわからなくもないが。
「まぁ無理強いはしません。言いたくないなら、もう聞きませんし。じゃあ帰ります。ジュース、ごちそうさまでした」
ぺこりと頭を下げて、進藤に背を向けて歩き出した。すると、
「待ってくれ!」
あたしの背に声がかかる。
ふっ、かかったな。押して駄目なら引いてみな作戦、成功。振り返って、進藤を見る。
「……話、聞いてくれるか?」
ええ、もちろん。今からお節介小町になりますよ。あたしは頷いた。
それから学校に逆戻りし、例の空き教室に腰を落ち着けた。重い話のときは、いつもここに来ている気がする。多分、人が来ないからだろうけど。もう常連さんだ。
あたしは目の前に座る進藤を、ジュースを飲みながらチラ見する。話すことを決めたものの、まだ戸惑いがあるようだ。早く言っちゃえよー。
……今、全然関係ないけど、もうジュース温い……。夏は冷気がもたなくていかんね。苦い顔でキャップを閉めた。
ペットボトルを机に置くと、進藤がようやく決意したようだ。話を始めた。
「公園で会った女、いたろ? あれは俺の同級生で、兄貴の婚約者だ」
ここまでは予想通り。ふむふむ、それで?
「俺は……あいつが好きだ」
ビンゴ! 小町予想、的中。流石だ、あたし。
「それをあの人は知ってるんですか?」
「知らない。言えるはずないだろう」
別に言ってもいいと思うんだけどなぁ。あたしの勝手な見解だけど。
「いつからですか?」
「大学のときからだから、もう十年以上か」
一途! そんなに引きずってんの? やっぱ人は見かけによらんなぁ。
「兄貴は同じ大学の一つ上で、あいつは兄貴に一目惚れした。それで兄貴との仲を取り持つように頼まれて……」
「協力したんですか?」
「ああ。それから二人は付き合いだして、今年の冬に結婚する」
バッカじゃねぇの? むしろ邪魔してやればよかったのに。
あれ、待てよ。好きなのは、あの娘さん。じゃあ……。
「あのギャルは?」
「前の彼女だ」
他の人を想ってるのに、違う女と付き合ってんのか! やっぱチャラ男だ。
あたしの非難の視線に気づいたようで、今度は気まずそうに言い訳をし始める。
「あいつへの気持ちを過去のものにしたくて、いろいろな女と付き合ったけど……駄目だった。一緒にいても楽しくないし疲れるし、抱いても虚しいだけだった」
だーかーらー、あたし純な乙女なの。もっといろいろオブラードに包もうよ。あけすけ過ぎだよ!
もう呆れるしかなかった。多分、顔に出まくっている。
「だから別れたんですか。でも全然通じてないみたいですけど」
「ああ。面倒だな」
哀れ、ギャル。あれは兄貴と同じく厄介な人種だな。自分の都合のいいようにしか解釈しないタイプ。まったくもって面倒。そこは同意する。
でもギャルもちょっとかわいそうだよね。だって自分の彼氏の心の中に他の女がいるとか悲し過ぎる。あたしなら絶対許せん。
「先生は自分の気持ちを伝えなくて、後悔してないんですか?」
そう訊くと、進藤は目を伏せた。
「後悔がないといえば嘘になる。でも今さらこんなことを言っても、困らせるだけだ」
「でも先生はずっと悩んできたんですよね? いいじゃないですか、困らせたって。ちょっとくらい先生の苦しみを知るべきでしょう?」
そりゃ、あの娘さんの立場からしたら困るかもしれない。でもあたしはチャラ男のことしか考えてないから、そんなことは知ったこっちゃない。
すると進藤は困ったように笑った。
「……ありがとな、田原。でも言うつもりはないんだ」
ああ、自己犠牲が甚だしい。やっぱお兄さんのことも気にしてんのかな。そりゃこのままだと娘さんとはいずれ親戚になるから、気まずさが半端ないだろうけど。
まさに昼ドラ的展開。兄嫁に横恋慕する義弟の図。まだ結婚前だけど。
しかし補習のときはドロドロ話を聞きたくてウズウズしていたはずなのに、いざ知り合いのそういう話を聞くって、何だか生々しいね。歴史上人物は所詮、遠い彼方の人だから平気ってことか。うん、ある意味勉強になった。
「そもそも、どうして協力なんてしたんですか。協力しないで、押して、押して、押しまくればよかったのに」
そんでもってスッと引いたら、うまくいくかもしんないのに。さっきのあたしみたいにさ。
でも進藤は、力なく首を横に振るだけだ。
「無理なんだ。……兄貴もあいつに惚れてた。俺のつけ入る隙なんて、初めからなかったんだ」
「そんなのわかんないじゃないですか。最初から諦めてちゃ、隙なんて見えるはずないのに。先生の方が先に出会ったんですよね? そうじゃなくても、チャンスはいっぱいあったはずです」
「諦めたら、そこで試合終了」って、某有名監督も言ってたじゃんか!
「俺じゃ駄目なんだ。……兄貴のことを話してるあいつ、すげーいい顔で笑ってさ……。それを見てるだけで、俺は十分幸せで……」
……笑っていいですか? もちろん嘲笑。すげームカついてきた。何だ、コイツ。
「それは、それは立派な考えですこと。でも逃げてるだけじゃん。あの人から拒絶されることを恐れて、自分の殻に籠って、一歩も前に進めないだけじゃん」
あたしの言葉に、進藤はあからさまに表情を歪めた。
「全部ただの綺麗ごと。兄貴のため、彼女のため――そう言い訳して、自分の気持ちに蓋をして、見て見ぬ振りをして、でも指を咥えて羨んで……。結局自分でドツボにはまってるだけじゃん」
もう知らね。堰を切ったように出てくる言葉は、もはや止められない。
あたしは構わず続けた。
「現実から目を背けてウジウジ悩んで、他の女に逃げて、でも駄目で……。そんなんで前に進めるとでも思った? 十年以上経ってるのに、まだ時間が解決してくれるとでも? どっちも無理に決まってるじゃん。そんな簡単なこと、まだ気付かないわけ? 当て馬にされた歴代彼女もいい迷惑だよ」
あー、マジ止まらねぇ。まぁいいや。あとのこと考えるの、めんどい。
「忍ぶ恋をあたしに正当化してもらいたかった? 同情してもらいたかった? 不幸ですアピールのつもり? ――ハッ、笑っちゃうんですけど。褒められたことじゃないけど、自分の欲望に忠実な門倉の爪の垢煎じて飲んだら?」
あの人は前世で琴子さんに自分の気持ちを伝えられなくて、すごく後悔した。だから今世では同じ失敗を繰り返さないように、迅速に行動したんだ。その心意気は買うよ。やってることキモいし、ドン引きだけど。
「心配して損した。時間の無駄、超無駄。こんな胸糞悪い、卑屈で、自己犠牲の甚だしいこと聞かされるぐらいなら、さっさと帰ればよかった」
きっぱりと言い切ると、黙っていた進藤が立ち上がり、ものすごく低い声で言った。
「……ちょっと待ってろ」
進藤は教室から出ていき、しばらくして大量のプリントを持って戻ってきた。それをあたしに押し付ける。そして怒り顔で、あたしを見下ろした。
「補習は今日で終わりだ。明日は来なくていい。そのプリントは出校日に提出しろ」
つまりあたしに会いたくないってことね。図星を指されて職務放棄するってことね。上等じゃんか。あたしだって、あんたの顔なんか見たくないっつーの!
あたしはそれをかばんに押し込み、笑顔で進藤を見上げた。
「ではさようなら、進藤先生。これからもせいぜい一人で、ウジウジウジウジ悩んでください」
ぺこりと頭を下げ、あたしは走って教室を出た。
帰り道を全力で走りながら、猛烈に苛ついていた。
あのチャラ男、全然チャラくねー。どっちかっていうと根暗じゃん!
あたしには何も関係ない話なのに、ムカつく。すっげームカつく。人生は自分で切り開かなきゃいけないってこと、あいつ何もわかってねー。行動しなきゃ、何も変わらねーのに。
あたしだって努力してなきゃ、今頃生きてないと思う。だから受け身過ぎる進藤にイライラするんだ。
くそっ。あいつ一発、ぶん殴ればよかった!
息を切らしながら家に戻ると、呑気な兄が出迎えた。
「おかえり、小町! 補習っていつまでだっけ?」
「……今日で終わり」
テンション高めの兄は、キッチンへ向かうあたしの後をついてくる。
「本当? じゃあ、今度こそドライブに……」
あたしは立ち止まり、振り返って兄を見た。
「いいよ。その代わり……」
兄に近づき、上目づかいで見上げた。
「日本史のプリント、代わりにやって?」
すると兄は笑顔であたしを抱きしめた。
「もちろん。お兄ちゃん、何でもやっちゃう!」
ふっ、ちょろいな、兄貴。
誰があんなウジウジ弱虫の担当教科の勉強なんぞするか。バーカ。
しばらく進藤のことでイライラしていたが、せっかくの夏休みにそんな気持ちでいたらもったいないと、なるべくあの男のことは考えないようにした。
あれから一週間ほどたった、ある日。
あたしは琴美ちゃんとデート。最近港のそばにできた、ショッピングモールにやって来た。
「今日ね、すごく楽しみにしてたんだ。夏休みに入ってから、せんせ―とはあまり会えなくて……」
ふーん、そうなんだ。哀れ、変態。ぷぷぷぷぷ。
「そっか。……とにかく、今日は目一杯楽しもう!」
それから買い物して、おいしいもの食べて、もちろんスイーツは外せない。あたしは彼女と楽しい時間を過ごした。
思う存分満喫し、そろそろ帰ろうかと話していた夕方。とある方向を見て、琴美ちゃんが声を上げた。
「あれ、進藤先生じゃない?」
ビクッ。後ろめたいことなんてないのに、身体が震えた。
その方向を見ると、確かにチャラ男がいた。でも一人じゃなかった。
「小町ちゃん……。あれ、ちょっとマズくない?」
チャラ男は、ガラの悪い男数人に囲まれるように歩いていた。うん、あれはただ事じゃない。
あたしたちは顔を見合わせ、チャラ男の後を追った。するとどんどん人けのない方へ歩いていき、港のすぐそばにある倉庫に入って行った。
琴美ちゃんがオロオロしながら訊いてくる。
「どうする?」
「……近くまで行ってみる?」
入口ギリギリまで近寄ると、中から怒鳴り声と何かが倒れる音、そして金属の音と微かに呻き声が聞こえた。
「琴美ちゃん。門倉先生に電話して」
彼女は真っ青な顔で頷き、携帯電話を操作した。
「もしもし、せんせ? 今、小町ちゃんと一緒なの。でね、進藤先生を見たんだけど、ガラの悪い男の人たちに囲まれて、倉庫に連れて行かれて……、――えっ!?」
目を見開いて絶句する彼女。あたしは尋ねた。
「琴美ちゃん、どうした?」
「せんせーが、今すぐそこから離れて逃げろって……」
「ごめん、貸して」
あたしはひったくるように電話を受け取り、声を荒げた。
「もしもし。あんた、何言ってんの?」
『田原さん。今すぐ琴美さんを連れて、そこから離れてください』
「チャラ男どうすんの? かなりヤバイの。助けなきゃ」
『あなたたちに何ができるのですか。今すぐその場を離れ、警察に通報してください』
言ってることはわかるし、正論だ。でも、このまま放っておけない。
「わかってる。でも……」
『進藤なら自力で何とかします。でも琴美さんに何かあったら、僕は生きていけません。進藤より彼女が大切なんです』
ああ、そうだろうよ。でもさ、だからって友達を見捨てるのは違うんじゃない?
「……もういい。あたしが助ける。行こう、琴美ちゃん」
『ちょ、待てっ!』
引き留める声を無視して、電話を切った。あたしは電話を渡しながら、彼女に訊いた。
「琴美ちゃんはあたしが絶対守るから。……一緒に行ってくれる?」
彼女は青い顔をしながらも唇をキュッと引き締め、頷いてくれた。
こうしてあたしと琴美ちゃんは、こっそりと倉庫の中へ侵入した。
緊張感を持ちながら、ゆっくりと倉庫内を進んでいく。頼りは響き渡る騒音。それは進んでいくにつれ、どんどん大きくなっていく。
あたしの少し後ろでは、不安そうにあたしの手を握ってついてくる琴美ちゃん。
大丈夫。琴美ちゃんだけは絶対に守るから。彼女に傷一つでもつけたら、あたしが変態に消される。それは避けたい。
奥に進むと、ようやく人の姿が目に入ってきた。進藤の姿も確認できた。
悲鳴を上げそうになった琴美ちゃんの口を手で塞ぎ、落ち着かせるように頷いた。物陰に身を隠し、そっと状況を確認する。
周囲に人は六人。ボスっぽい男、下っ端っぽいの男が三人、女が一人、そして進藤。
進藤は殴られ蹴られ、男たちにされるがままのようだった。意識はあるようだが、とてもじゃないけど自力で逃げ出すのは無理そうだ。
女が動き、顔が見えた。それは進藤の元カノのギャルだった。
やっぱりフラグ立ってたかぁ。でも通常なら進藤とあたしのポジションは逆のはずなのに。
……そんなことはどうでもいい。あたしは自分のかばんをあさり始めた。
武器になりそうなもの……あった!
あたしが出かけるとき、ウザいぐらい過保護な兄は、無断でかばんに防犯グッズを入れてくる。いつもは邪魔だけど、今日はよくやった、兄貴!
それを自分の身体に装備する。今日のあたしの服装は、スニーカーにショートパンツ。うん、動きやすくて完璧。
たとえスカートでも、あたしは平気だけどね。命のやり取りの最中に、羞恥心など必要ないっつーの。見たきゃ見ろ。減るもんでもないし。
あたしは琴美ちゃんに視線を移し、小声で言った。
「今から行くけど絶対にここから動かず、声も出さないで。たとえあたしや進藤に何が起ころうともね。――約束できる?」
不安そうに瞳が揺らいだが、彼女は頷いてくれた。
それを確認し、あたしは身を隠しながら進藤のところへ近づいて行った。
皆さんは危険なことを目撃したら、警察に通報しましょう。
小町の真似は厳禁です。
でもそうじゃないと話が続かんのです。
次回、第二章完結。




