彼女でもライバルでもないんですけど
少し短いです
翌日、あたしは睡眠不足のまま学校に向かった。
「おはよーございます……」
教室に入ると、進藤はまたすでにいた。眠気眼のあたしを一瞥し、眉を顰める。
「何だ、田原。夜更かしか?」
「はい、読み始めたら止まらなくて……」
言い訳しながら、かばんから借りた本を取り出す。それを進藤に差し出した。
「ありがとうございました」
「もう読んだのか?」
「読めるかどうか自信なかったんですけど、意外に読めました。時間はかかったけど」
すると、進藤が言葉を濁した。
「まぁ……中学生対象の本だからな」
ち、中坊向きかよっ!
これ読めなきゃ、あたし中坊に負けたってことになるじゃん!
何とか中学生にはギリギリ勝てた(?)小町です。
前回から、遅い補習の最中。意外に面白い日本史に、俄然興味が出てきたところです。
席に着くと、同じく椅子に座った進藤に本の感想を訊かれたので、思ったままのことを口にした。
「身分が低い人なのに努力して偉い人になったのはすごいけど、率直に言えばエロい猿みたいなオッサンって感じですかね」
「ほう……。何故だ?」
「だって奥さんいるのに、すっごい年下の姫とか未亡人とかとヤリまくってたんでしょ。浮気しまくりで、ムカつく」
「あー……秀吉は当初は子供がいなかったし、若いほうが妊娠する確率も高いし……。あの時代は一夫多妻制だからそういうのが普通で、側室も妻に変わりないからな。だから別に、浮気というわけでは……」
何だか男の言い訳に聞こえる。ハーレム? 何それ。女、なめんな!
「じゃあ先生も若い子が好きなんですか?」
「俺は別に」
「性別が女なら誰でもいい、と?」
「そうは言ってねぇだろ。それより女子高生が『ヤリまくり』とか言うな」
「ぶー」
「ぶー、じゃねぇ」
ごめんなさいね。精神年齢、女子高生じゃないもんで。
「そもそもこの本には、側室云々なんて書いてないはずだが?」
「兄が言ってました。『小町はこういう男と関わっちゃ駄目だ』って」
「……そうか」
昨日、力説してたよ。「いくら金や権力があっても、女好きな男はお兄ちゃん認めません!」だって。
兄貴に言われるまでもなく、そんな男お断りだから。浮気男、滅亡しろ!
今日も昨日と同じように、進藤が偉人の話をしてくれた。日本史って意外に面白いじゃん、なんて思う自分がいる。
授業もこういうのだったら、あたしは勉強嫌いにならなかったのに。あたしが馬鹿なのは日本の教育制度のせいだな、うん。
なんやかんやで補習終了。昨日のプリントを提出し、今日の分を受け取る。
進藤の話は面白いけど、こういうプリントは面白みがなくていかんね。詰め込み式、反対。
「補習は明日までだから、もう少し我慢しろよ」
「こういう補習なら、むしろ受けてもいいんですけど」
進藤はフッと笑った。大方調子のいいやつ、とでも思っているんだろう。
「いい進歩だ。この調子で、授業中も俺の話に耳を傾けてくれたら言うことなしなんだが」
「そりゃ無理ってもんでしょう」
「自信満々に言うな」
だって事実だし。授業は寝るもの。これ、常識。
口を尖らせて若干拗ねていると、教室に電子音が鳴り響く。もちろん、あたしのではない。
「あ、先生いけないんだ。校内で携帯は……」
「悪い。見なかったことにしてくれ」
ばつが悪い表情を浮かべながら、携帯電話を取り出す。画面を見た瞬間、進藤の表情が強張る。
ん? 何だろう……。
進藤は何やら操作し、曇り顔のままそれをしまった。
「田原……」
「はい」
「お前、この後暇か?」
「暇ですけど」
「ちょっと付き合ってくれないか」
「……はい?」
制服姿のまま進藤に連れられてきたのは、学校の裏にある公園だった。
その中央にある噴水の前のベンチに、何もせずにただ座っている。進藤はあたしの横に立ち、無言で微動だにしない。
なんじゃ、この光景。あたしはなぜ、こんなところにチャラ男と二人……。
座っているだけでも、体力は少しずつ奪われていく。汗もダラダラ流れ、べたついた肌や服が不快指数を上昇させる。
そりゃそうだ。だってここ、日向だもん。直射日光ガンガン当たるもん。真夏の太陽、あんたマジ無敵。
蝉はミンミンうるさいから無駄にイライラするし、噴水があっても水は太陽光のせいでもはやお湯状態だから、涼しさの欠片もない。
それに肌はピリピリするし。日焼け止めは塗ってるけど、確実に日焼けする。メラニン、イヤ。だって程よく美少女だもん。しみそばかす、駄目。
「先生」
「…………」
「先生!」
「……何だ?」
「誰か待つならそれでもいいんですけど、せめて日陰にしませんか? 熱中症になります」
「……ああ、悪い」
反応がイマイチだな。さっきまでの華麗なるツッコミはどこへ行った?
無事日陰へ移ってその場にしゃがみ込み(ベンチがないもので)、あたしは借りた本を読む。
今日は織田信長。読めば読むほど変態保険医とカブってしょうがない。
……いや、織田さんに失礼かも。織田さんは変態でもヤンデレでもなさそうだし。
すみません、織田さん。あんな変態とあなたを一緒にしてしまって。平に謝ります。
読み始めて少しすると、一人の女性がこちらに近づいてきた。進藤を見上げると、その表情はどこかつらそうだった。
女性は進藤に視線を留めると、話しかけてきた。
「進藤くん、久しぶりね」
「……ああ」
誰だ、この人。進藤の彼女か?
チャラ男の彼女だからてっきり派手~な感じの人かと思ったけど、全くそうではなかった。どっちかって言うと清楚なお嬢様系。白いワンピースが似合いそう。
「ごめんね。急に呼び出したりして」
「いや。……それで用件は?」
「譲さんがね、進藤くんがなかなか顔を出さないから、様子を見てきてほしいって。私もこの近くで用事があったから、忙しいとは思ったんだけど……」
「兄貴が?」
ほう。兄が『譲さん』で、弟は『進藤くん』か……。――チャラ男の片思いか?
「ご両親も心配しているわ。お盆もお正月も帰って来ないって。きっと寂しいのよ。だから、少しでいいから……」
「帰らなくてもおのずと会うことになるだろう? ……お前らの結婚式で」
な、なんと! 進藤兄とこの娘さん、結婚するのか。つーことはチャラ男、失恋!?
「それはそうだけど……」
「話がそれだけなら、もういいか? 人を待たせてるから」
そう言って進藤がこっちを見るから、つられるようにこっちを向いた娘さんと視線が合う。って、こっちに振るなよ!
あたしは渋々、挨拶をした。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。ええと……生徒さん?」
ええそうですよ。意味もわからず連れられてきた、ただの教え子ですよ。
なんて思っていたのにこの娘さん、とんでもない勘違いをし始めた。
「でも連れてくるのはおかしいか。……まさか、彼女?」
はぁあ!? どうしてそうなる?
「ち、ちが……」
「そういうことだ。……行くぞ」
否定をさせてもらえぬまま、進藤に腕を掴まれて、娘さんの前から立ち去った。
ちょいと! 誤解させちゃマズイでしょ? あんた、あの人好きなんでしょ? ……予想だけど。
公園を出てしばらくしても、進藤はあたしの腕を掴んだままだ。力が入っていて、ちょっと痛い。歩幅も合わなくて、あたしは小走り状態だ。足の長い奴、キライ。
「先生! ちょっと止まってください!」
声をかけると、ようやく立ち止まってくれた。それでも腕は依然掴まれたまま。
歩道の真ん中、アスファルトのむわっとした熱気が気力と体力を奪っていく。
額の汗を空いている手で拭い、あたしに背を向けたままの進藤に視線を向ける。
いつもの軽そうな感じが一切しない。その背中はどこか小さくて、哀愁が漂っている。落ち込んでいるのがよくわかる。
「先生、どうしたんですか?」
「悪い、田原……」
謝るだけで、こちらを見ようとしない。もしかしたら顔を見られたくないのかもしれない。
無関係なあたしが、立ち入ったことを聞いていいんだろうか……。
考えていると、前方から「進藤さ~ん」と大声で叫ぶ女性がこちらに向かって走ってきた。彼女はそのまま進藤の胸に飛び込んだ。
「進藤さん。急に会ってくれなくなるから、どうしたかと思った。ちょっとムカついたけど、許してあげるっ」
今度の人は、あたしが思い描いたチャラ男の彼女そのものだった。派手、かなり派手。
どれだけ盛っているんだと言わんばかりの髪型。
キラキラ(むしろギラギラ?)な濃いメイク。
キャミソールとミニスカ(乳とパンツ見えそう)。
まさにギャル。日焼けを恐れていないこの感じ、ある意味尊敬。
「……許すも何も、お前とは別れたはずだ」
進藤は驚いたようだが、それを全く聞いていないギャル。
「そんなの認めてないもん。ねぇ、進藤さん。これから遊びに行かない?」
うわぁ、兄貴ばりの人の話聞かない人種。進藤、女の趣味悪っ。
「……あんた、誰?」
ここでようやく、進藤の後ろにいたあたしに気が付いたようだ。
さっきまでの少しぶりっ子な声色とは違う。低くて、あたしを敵視するような鋭い声。
いまだに進藤に掴まれたままの腕を一瞥し、ギャルは眉を顰めた。
「進藤さん。その手、離して。彼女である私の前で、他の女に触らないで」
ところが、より力を入れる進藤。ちょ、痛いって!
「お前とは別れた。だからもう関係ないだろう」
「……その女のせいなの? だから私と別れようとしたの?」
あたし、無関係ですから。勝手にライバル認定しないでください。
「あたしは何も……」
「だったらどうだっていうんだ?」
おいぃ――!! 否定をさせろよ、さっきから!
見る見るうちに表情を歪ませるギャル。進藤から距離を取りながら、あたしと進藤を険しい顔で睨み付けた。
「私より、そんな色気のない女を選ぶなんて……許せない……」
色気がないのは余計なお世話。あんただって言うほどでもないぞ。
「人を馬鹿にして……。覚えてなさい。絶対に許さないんだから!」
怒鳴り、走り去っていくギャル。
その背を眺め、途方に暮れる。
これはもしや、また何かのフラグを立ててしまったんじゃねーのか!?
小町に巻き込まれフラグが立ちました




