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儚げ少女は元不良様  作者: いとみ
敵は惚気たいだけの危険な変態
6/31

静観するも邪魔はする

主人公、頭を使う

 自分がどうするべきか、悶々と考えながら帰宅した。

 すると能天気な兄があたしを出迎えた。


「おかえり、小町。テスト週間で部活ないのに、遅かったね」

「ただいま……」

「どうした、小町。元気ないけど」

「うん……」


 兄の心配そうな顔を直視できず、逃げるように自分の部屋へ籠る。

 着替えを済ませ、あたしはベッドに寝そべった。





 一体どうしたらいいんだろう……。

 本当に久しぶりに、悩みに悩んでいる小町です。


 前回うっかり三途の川を渡りかけたものの、間一髪でチャラ男に助けられました。

 が、チャラ男は変態が美少女にしていた変態行為を黙認していた、いわば敵だということが判明しました。

 そんな敵に、その変態行為を美少女に黙っているように頭を下げられました。


 だけど黙っているのが正解か、真実を述べた方が正解か、馬鹿なあたしにはわかりません。





 テスト週間であるのに、勉強に全く手がつかなくなってしまった。もともとやっても大したことはないんだけどさ。人間、諦めも肝心。


 考えることを放棄してうとうとと微睡み、兄に呼ばれて夕飯を食べる。

 食もあまり進まなくて、箸を置いてはため息をつく。


「小町、何かあった? お兄ちゃんの作ったご飯、おいしくない?」


 今日両親は仕事で遅くなるため、兄と二人きりのご飯。

 普段は邪魔なぐらいウザいのに、弱り切った心には兄の気遣う言葉が温かくて身に染みる。なんて現金な女なんだろう。


「ううん、おいしいよ」

「…………」


 なぜか兄に凝視されている。何だろ?


「首、どうした」

「首?」

「赤くなってる」


 その指摘にビクッと身体が震えた。

 ……多分、絞め痕だろうな。


「痒くて掻いたからかも」

「そっか」


 うまく誤魔化せただろうか。兄は怪訝な表情を浮かべたままだ。


「……ねえ、お兄ちゃん」

「うん?」

「幸せって、何だろうね……」


 うわの空でした質問に、兄は驚きで目を丸くしていた。


 ……駄目だ。これ以上兄の顔を見続けて、ボロが出るのは避けたい。

 慌てて立ち上がる。


「ごちそうさま。これから勉強するから、片づけ頼んでいい?」


 了承の言葉を聞くと、そのまま逃げるように自室に籠った。






 あれからずっと考えている。でも結論はいまだ出ていない。


 次の日から保健室には行かなくなった。琴美ちゃんにはテスト勉強を口実に断っている。


 今はあの男の顔を見たくなかった。見てしまったら殴りたい衝動に駆られる。それ以上に、あのときの恐怖が自分に襲い掛かるのではと不安になる。認めるのは癪だが、あの男には敵わない気がした。

 ただ、あの男は保健室に行かなければ会うことがないからまだいい。


 でも進藤はそうはいかない。担任だし、日本史の授業もある。毎日嫌でも顔を合わせなきゃいけない。


 それに自意識過剰かもしれないけど、進藤がこちらを見ているような気がしてならない。あたしはとにかく視線を合わせないように必死だった。たまにバチッって合うと、不自然なほど目を逸らしてしまう。


 信じられなくて、軽蔑して、がっかりして……。チャラいけど、生徒想いのいい先生だと思っていたのに。

 あたしが勝手にいい人だって決めつけていただけかもしれないけど、裏切られた気持ちでいっぱいだった。





 テスト前日。さすがにこのままではマズイと思った。これ以上テスト勉強に手がつかないのは危機感を感じる。


 何とか一つの結論を出して、あたしは進藤を訪ねた。


「進藤先生、お話があります。お時間いただけますか」


 進藤はその申し出を了承した。




 前回も来た空き教室。ほとんどの生徒が下校し、人の気配のない校舎は静まり返っている。

 本来ならあの男に直接言うべきなのだろう。が、やはり今はまだ顔を見たくない。悔しいけど、自分の中にあのときの恐怖があることを誤魔化せないのだ。


 真面目な顔をしてあたしと対峙する進藤。この人とも久々に視線を合わせた。今度は逸らすことなく、真っ直ぐに彼を見た。


「先生、結論から言います」


 進藤があたしの言葉をじっと待ち、息を凝らす。


「門倉先生が琴美ちゃんにしたことは……言いません」


 進藤は安堵したように大きく息を吐いた。


「でも……」

「でも?」

「やっぱり許せないし、気持ち悪いし、もう本当にどっか行っちゃえ、二度と戻ってくんな、って思います」

「……そうか」


 もううじうじ悩んでるのも面倒くさい。この人に全部吐き出して、鬱憤を晴らしてしまおう。この人には聞く責任があると思う。


「うっかり犯罪が露見して捕まって、そんでもって次々に余罪が出てきて、一生刑務所暮らしすればいい。あと自慢の顔が見るも無残で残念な状態になればいい。絶対に消えないマジックで額に“肉”って書いてやりたい」


 進藤が笑いをこらえている。今にも吹き出しそうだ。最後は若干ウケ狙いで言ったからな。


「とにかくあたしはあの男が大嫌いだし、これからもその気持ちが変わることは絶対にないでしょう。本当はあいつがやったこと全部ぶちまけて、社会的に抹殺してやりたい。でも……」


 進藤から視線を逸らし、あたしは俯いた。


「琴美ちゃんが酷い目に遭うかもしれないって思ったら、言えない。あいつの本性を知って傷つく琴美ちゃんを見たくない」


 それからもう一度、顔を上げて進藤を見据えた。


「隠し通せば、あいつは琴美ちゃんに酷いことをしないんですよね?」

「ああ。俺が保証する」

「だったらあいつに伝えてください。絶対に本性をばらすなって。一生隠し通せないなら、今すぐ別れろって。この先ずっと本当の自分を出せなくて、せいぜい苦しめばいい」


 それができないような生半可な気持ちなら、彼女のことは諦めやがれ。バーカ。


「琴美ちゃんを幸せにしなかったら――――バリカン持って襲い掛かってやる」

「プッ……」


 とうとう進藤が吹き出し、笑い始めた。あたしは眉を吊り上げる。


「……笑うとこじゃないんですけど」

「悪い。……わかった。門倉には一言一句違えることなく伝える」


 ようやく言いたいことを吐きだしてスッキリした。

 それからこの人に、言わなきゃいけないことがある。


「先生」

「何だ?」

「助けてくれてありがとうございました。それから……最低、なんて言ってすみませんでした」


 言った瞬間、進藤の顔から笑みが消えた。


 冷静になってから、この人も苦しんだのかなって思った。

 あたしが「最低」って言ったときの傷ついた表情。あの顔があたしに罪悪感を植え付けた。


「いや。……俺が教師失格なのも、最低な人間なのも事実だ」

「でも先生、あたしのこと助けてくれたし」

「そりゃそうだ。誰でもそうする」

「あいつを殴ってまで?」


 進藤もあの男も細身。でも腕力で言ったらあの男の方が上だ。体つきを見れば大体わかる。


「反撃されるのも覚悟したけどな」

「先生とあいつ、どういう感じの友達なんですか?」

「俺とあいつは同級生で、夜遊び仲間だ」


 ほう……、夜遊びとな。


「あいつ、一時期すごく荒れててな。地元じゃ有名だった」

「先生も荒れてたんですか?」

「俺はそこまでじゃない。あいつに付き合っていただけだ」

「ふーん……」


 あの男の凶暴さ、そのときのものなのかな。あたしより絶対ワルだ。あたしは不良でも、心優しき不良様だからな。警察の世話になることは絶対しなかったし。

 門倉はばれていないだけで、逮捕されてもおかしくないことをやっていそうだ。


「どうしてそんなにあの男を庇うんですか?」

「庇う?」

「だって犯罪まがいなことをしているあの男のことを、黙っていてほしいって頭まで下げたじゃないですか。普通そこまでしないと思いますよ」


 率直に感じたことを伝えれば、進藤は大きく息を吐いた。


「本当はこんなことしたら駄目だってことはわかっているんだ。昔のあいつは何に対しても無気力だった。それが九条に会った途端、変わったんだ。人間らしくなった。そんな生き生きとしたあいつを見たら、もう何も言えなくなった……」


 人間らしく、ねぇ……。でも男としても人間としても、ありえない凶暴さだと思う。

 チャラ男は変態に甘いな。まるで子供の成長を見守る親だ。馬鹿親。


 納得していると、進藤がおもむろに立ち上がった。


「さ、話はここまで。明日からテストなんだから、早く帰って勉強しろ」

「期待はしないでください。このこと考えてて、勉強どころじゃなかったんで」


 そう言うと、苦笑された。


「俺のせいでもあるが、できるだけ頑張れよ、受験生。試験の結果は内部進学に関わるからな」

「はーい……」


 んじゃ、帰って勉強でもしますかな。無駄だと思うけど。






 必死に一夜漬けし、何とかテストを終えた。結果は散々だったが、まぁいいさ。二学期に取り返すもん。


 それからのあたしは、夏の大会へ向けて全力投球。

 だからあれっきり保健室には行っていない。


 ただ、あたしは言わずと知れた負けず嫌い。だから仕返しはする。


 夏休みまであと少しとなったある日の昼休み。

 あたしはいつものように琴美ちゃんと一緒に、人があまり来ない中庭で昼食をとっていた。


「ねぇ、琴美ちゃんさぁ」

「なぁに?」

「最近、太ったんじゃない?」


 あたしの指摘に、彼女は凍りついた。何かを考えるように無言になり、しばらくして口を開いた。


「……やっぱりそう思う? 私もそう思うの。最近ちょっとスカートがきつくて」

「まずくない? 夏だし、薄着になるし」

「ダイエットしなきゃいけないかなぁ」


 あたしは用意していた言葉を彼女に贈った。


「でもご飯減らすのは駄目だよ。減らすなら、やっぱりお菓子でしょう」


 すると彼女も頷いた。


「そうなんだよね。せんせーのお菓子食べ始めてから、絶対太ったもん。でもせっかく作って来てくれたから、食べなきゃ悪いし……」

「駄目だよ、琴美ちゃん。太るのは簡単だけど、痩せるのは大変だよ。脂肪じゃなくて筋肉落ちるしさ。太らないように予防しなきゃ」


 畳み掛けるように力説すれば、彼女は「そうだよね」と納得した。


「私、今日からせんせーの作ったお菓子食べるのやめる。ぶくぶく太ったら、せんせーに嫌われちゃうもん」

「そうだよ。やっぱり女はいつも綺麗でいたいもんね~」


 ふはっ、洗脳成功。ざまぁ、変態。くくくっ。


「でもさ、どうやって断ろう。せんせー、悲しむよね……」


 しゅんとした彼女にアドバイスをした。これならあの変態でも何も言えないだろう。





 次の日。授業が終わり、部活に向かう途中のこと。


「田原さん」


 その声にビクッと身が竦む。

 声のした方を見れば、門倉が壁に寄り掛かって立っていた。


「何ですか?」


 平静を装い、訊いた。すると不気味なほど笑顔を返された。


「僕はあなたを見くびっていたようです。さすが女性といいますか、目の付け所が違いますね」


 訊けば、琴美ちゃんとこんなやり取りがあったらしい。



※※※



「せんせー、あのね。今日からダイエットすることにしたの。だからお菓子は食べられない。ごめんね」

「琴美さんはダイエットなどする必要はありませんよ。十分細いです」

「駄目なの。太ったの。これ以上太る前に予防する。だからお菓子は食べない」

「琴美さんはもっとふくよかになったほうがいいと思うのですが」

「もう! せんせーは乙女心がわかってない。女はいつも綺麗でいたいの。せんせーの隣にいられるように、かわいくなりたいのっ」

「琴美さんは今のままでも十分かわいらし……」

「お世辞なんかいらない! せんせーがわかってくれないなら、私、当分保健室に来るのやめるっ!」

「えっ、わ、わかりました。お菓子を作ってくるのはやめます」

「せんせー、わかってくれてありがとう。大好きっ」



※※※



 ふふふふふ、ふははははっ。大成功じゃん。あたし、天才!


「そうですか。かわいらしい乙女心ですね」


 ニヤッと笑って、余裕ぶっこいて言い放つ。すると少し顔を引きつらせる変態。


「まぁ、確かにあなたの言うことも一理ありましたからね。アレは副作用の少ないものの、ゼロではない代物ですから。ここが潮時でした。彼女を壊すのは本意ではありませんから」

「話がそれだけなら、部活があるんで」


 立ち去ろうとしたら、引き留められた。


「進藤から聞きました。理解していただいて、助かりました」

「別にあなたのためじゃないですから」

「わかっています。では、あらためて誓いましょう。生涯彼女に本性を隠し通します。それが僕の罪ですから。そしてあなたの友人を必ず幸せにしますよ」

「その言葉、一応信じてあげます。でも全部が全部、あなたの思い通りにさせるつもりはないです。あたし、あなたのこと許すつもりは毛頭ありませんから」


 すると門倉はフッと鼻で笑った。嫌な感じ。


「宣戦布告ですか。いつでも受けて立ちますよ」

「約束を破ったら、どんな手を使っても破滅させますから」

「ほう、お手並み拝見ですね」


 その余裕綽々な様に腹が立って、プイッと顔を背けて足早にその場を立ち去る。


 やっぱりこいつ、大嫌いだっ。

 絶対、地味に邪魔してやるんだから!!





 弟よ

 変態は予想をはるかに超えた狂人でした

 挫けかけたけど、やっぱり負けるのは嫌

 だからこれからも邪魔はし続ける

 つーことで姉の武運を祈ってろよ

                    敬具





次回、新章に入ります。

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