表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
儚げ少女は元不良様  作者: いとみ
敵は惚気たいだけの危険な変態
5/31

恩人も共犯者

小町、危機一髪

 遠い意識の中で、あたしの身体は乱暴に揺さぶられていた。時折、頬に痛みが走る。

 そして誰かの必死な叫び声が耳に入ってくる。


「……い、田原! しっかりしろ! 田原っ!」


 うるさいよ、もう……。聞こえてるっつーの。


 ゆっくり目を開けると、目の前には必死な形相のチャラ男教師。あらら、男前が台無しじゃんか。


 ……あれ、息ってどうするんだっけ? つーか、あたし生きてるの?


 チャラ男をぼんやり見たまま酸素を求めて口をパクパクさせていると、焦っている様子の男が必死に叫んだ。


「田原、息しろ! ちゃんと息を吸え!」


 言われるままにそうすると、途端に大量の酸素が身体を巡る。


「う、ぇ……ゴホゴホッ! ゴホッ、ゴホッ!」


 激しく咳き込み、苦しさで滲み出た生理的な涙が視界をぼやけさせる。

 それでも必死に酸素を取り込んでいると、あたしを包む身体から力が抜け、頭上から安堵した声が聞こえた。


「よかった……。マジで焦った……」


 そう言いながら、自分の髪を掻き上げるチャラ男が目に入った。

 呼吸もようやく落ち着き、状況を把握しようとした。


 ――――あたし、なぜかチャラ男に抱きかかえられています。







 いやー、生きてるってスバラシイ!! 

 うっかり三途の川を渡りかけた小町です。


 前回「いっちょ言ってやりますかっ」という軽率な考えで、危険度MAXの変態に殺されかけました。でもまだ何とか人間やってます。

 ああ、危ない。せっかくゲーム時死亡フラグを回避したのに、自分でフラグをおっ立てるとは馬鹿じゃね、あたし。ちょっと反省。


 それから何気なく視線を動かすと、とんでもないものが目に入ってきた。 固く目を閉じ、ぐったりとして床に倒れている殺人未遂犯。その表情は青白い。


 これ、どういうこっちゃい!? 


 驚きながら、あたしはチャラ男に視線を戻して尋ねた。


「あ、の……先生、どうして……?」

「びっくりしたぞ、田原。たまたま保健室に用事があって来てみれば、門倉がお前の首を絞めてるんだからな」

「そう、ですか……」


 どうやら進藤が門倉をぶっ飛ばして、あたしに止めを刺すのを阻止してくれたってことのようだ。


 あっぶね~。チャラ男が来なきゃ、あたしマジで三途の川渡り切ってたじゃん。

 命の恩人サマ、ありがとう! チャラ男なんて軽く思っててごめん! 今度から真面目に授業受けます!! ……できるだけ。


 やんわりと抱えられた腕から抜け出ると、進藤は普段は見せない真剣な顔であたしを覗き込んできた。


「で、どうしてこうなった。説明できるか?」

「えっと……」


 どこから説明したらいいんだろう。まだ少しパニック継続中。

 というか本当のことを話して、果たして信じてもらえるのだろうか。だってこの人、あの変態の友達なんだよね? それに友達が犯罪まがいのことをしていると知ったら、きっとショックだろうなぁ……。


「うっ……」


 そうこうしているうちに倒れている門倉が唸り声を上げ、微かに身じろぎした。

 それを見た途端に冷や汗が吹き出し、身体が震えた。進藤が怪訝な表情であたしを見る。


「田原?」

「っ、痛ぇ……」


 門倉が起き上がったと同時に、あたしは慌てて進藤の背に身を隠した。服をギュッと掴み、進藤の肩越しに恐る恐る門倉の様子を窺う。

 門倉はお腹を押さえながら、こちらに視線を向けた。鋭い眼光であたしたちを射抜く。

 あたしは進藤の背を盾にして、小刻みに震えていた。


「進藤……てめぇ……」

「門倉、どういうことか説明してもらうぞ。お前、自分が何したかわかってんのか」


 進藤は向けられた殺気交じりの視線にも動じることなく、冷静に門倉を問いただす。

 その追及に対して、門倉は自分の行動に非がないと言わんばかりに言い放った。


「……もちろん。俺と琴の仲を邪魔する奴には消えてもらう」

「田原がそうだと?」


 さっきから門倉の口調が全然違う。きっとこれがあの男の本性なんだ。めちゃくちゃ怖いんですけど。数々の武勇伝を持つあたしですら、恐怖で縮こまってしまう。次元が違うぜ。


「田原。お前、何した?」


 チラリと後ろに顔を向けて訊いてきた進藤。

 あたしはなけなしの根性で門倉にメンチを切りながら、それに答えた。


「門倉先生の作ったお菓子を食べるたびに九条さんが眠ってしまうので、それを聞いただけです」

「そうか……」


 進藤は困惑したように目を伏せた。


 やっぱり友達がそんなことをしていたと知って、ショックを受けてるのかな。

 あたしは変態が琴美ちゃんを眠らせているってことしか言っていないけど、普通に考えたらその先にあるものなんて犯罪臭しかないもん。ちょっと想像すれば、軽蔑してもおかしくない。そんな男を友達に持って、かわいそうに……。


 そんなことを考えて進藤に同情していると、門倉が滑稽だと言わんばかりに声を上げて笑い出した。


「田原さん、その男に何を訴えても無駄ですよ」

「え?」


 突然戻った口調に驚き、そしてその言葉の意味に戸惑った。


「その男は全部知っていて黙っている。あなたの味方にはなりえませんよ。残念でしたね」


 それを聞いた瞬間、握っていた服を手放した。それに気づいて振り返った進藤から距離を取るため、座ったまま後ずさる。


「先生も……共犯、なの……?」

「…………」


 進藤は苦しそうな表情を浮かべ、唇を噛んで俯く。

 その様子を目に留めたまま、あたしは知らずのうちに呟いていた。


「……最低」

「そうです。進藤も僕も同じ穴のムジナですよ」


 あたしの軽蔑する視線にも、門倉はどこか楽しげだ。対する進藤は、酷く傷ついた表情をしている。


 もう大人なんて……誰も信用できない。


「……やっぱりあたし、」

「琴美さんに言いますか?」


 遮るように投げかけられた門倉の言葉に、口を噤む。


 言いたい。……でも、言えない。言えるはずがない。


 彼女からしたら、信頼を寄せる大好きな人が自分の知らぬところでイロイロしてるなんて、いくら「手を出してほしい」って普段から言っているとしてもきっとショックが大きいだろう。


 それだけじゃない。この男が、実は平気で人に手をかけようとする残忍さを持つ人物だったって、彼女はきっと知らない(ゲーム知識のあるあたしだって知らなかったわけだし)。そんな男だと知ったら、どう思う? 


 騙されたって思っても不思議じゃない。人間不信に陥るほどに。それだけ彼女はこの男を善人だと信じて疑わない。本当のことを知ったら、彼女は絶対傷つく。


 だが、このままこの男を野放しもできない。だってあたし、彼女の友達だもん。見過ごせないよ……。


 門倉は追い打ちをかけるように、冷たく言い放つ。


「言うつもりなら、僕は何度でもあなたに同じことをするでしょう」

「…………」

「先程は邪魔が入りましたが、今度は確実に消えてもらいます。あなたがこの世に存在していたことすら、綺麗に消して差し上げましょう」

「門倉!」


 何なの、この人。どうしてそんな穏やかな顔で殺人予告などできるのだろう。口調が丁寧な分、より一層凄味が増している。間違っても冗談には聞こえない。


「アンタ、狂ってる……」


 その呟きに、門倉は再び声を上げて盛大に笑い始めた。


「ええ、僕は狂っています。この世が僕と琴の二人きりの世界になってしまえばいいと思っています。僕たちを邪魔する者など、跡形もなく消えればいい」

「門倉、もうやめろ」


 進藤が厳しい口調で諌めるも、それを聞き入れるような男ではないのは明白だ。悪びれもせず、門倉は続けた。


「田原さんが思い止まっていただけるなら、今後あなたに手を出さないと誓いましょう。どうしますか?」


 あたしは無言で門倉を睨み付けていた。ムカつく、マジでムカつく。

 この男に負けるのは癪だが、これはもはやあたしの勝ち負けの問題じゃないし、すぐに結論を出せるほど簡単な話じゃない。いくらあたしが馬鹿でも、それぐらいはわかる。


 沈黙が酷く重い。冷ややかな空気が保健室を覆っている。

 どれぐらい沈黙を続けただろう。ずっと黙っていた進藤が動いた。


「……田原、お前の荷物は?」

「これですけど」


 床に置いてあったかばんを指差す。それを手に取った進藤は無言であたしの腕を掴み、保健室から連れ出した。


「ちょ、先生! まだ話が……」


 しかし進藤は無言で保健室からあたし連れ出し、近くの空き教室に入って行った。

 手近な席に座らされ、あたしの正面に進藤も腰かけた。


 目の前の男は、金色に近いほど明るい茶髪。耳にピアス、首にチェーンのネックレス、指にはごついシルバーのリング。白シャツに紺色のスラックスは着崩して、ネクタイも中途半端に締めているだけ。

 いつもは気怠そうにしているが、今は緊迫しているからか、顔つきもどこか男っぽい。それ以上に目元の泣きぼくろがちょっとエロい。


 いつもこうやってキリッとしてればいいのに。精悍な顔立ちが男前度を押し上げている。……いや、今それ関係ないぞ、小町。


 自分に突っ込んでいると、進藤はあたしに言い聞かせるような口調で話し始めた。


「お前が九条のことを心配しているのはわかるし、言いたいこともわかる。だがこれ以上門倉を怒らせるな。それがお前と九条のためだ」


 普段の軽さは微塵も感じぬその口調。真剣さは窺えるが、この男は敵なんだ。「はい、そうですか」と聞き入れられるわけがない。


「先生、あなたの言うことなんて聞きません。生徒が酷い目に遭ってるのに、見て見ぬ振りするような人が教師やってるなんて最悪。あんな変態、琴美ちゃんには似合わない。即刻別れるべきです」


 あたしの非難を、苦悶の表情で黙って聞き入れる目の前の男。そんな顔するなら告発でも何でもすりゃいいのに。友達だからって、黙ってることがいいことだと思ってるわけ?


 そりゃあたしも、琴美ちゃんがあいつに何かしらされていたことは知ってるよ。

 でもそれをあたしが大っぴらに話すことはできない。だってそれは前世のゲーム知識だもん。本来あたしが知るはずのない情報なのだ。指摘すれば不審に思われる。……まぁ、結局ちょっと口走っちゃったけどさ。


 それにゲームでの門倉の変態行為は、こんなに頻繁じゃなかったはず。それにキスシーンぐらいしかなかった。だから現実でもそんなもんだと信じて疑わなかった。


 この二週間であいつが彼女にしたことは、キスして抱きしめて、太ももを撫でまわしただけ。百歩譲って、そこまでは許そう。

 だが、あの男はそれ以上のことをしていると認めたのだ。いくら愛があっても、それ以上は絶対許さん。知ったからには黙ってなんていられないよ。


 進藤は後ろめたいのか、目を伏せた。


「……お前の言うことは正しい。確かに俺は教師失格だ」


 そこまで言い切り、今度は顔を上げてあたしと視線を合わせた。


「だがな、田原。お前が真実を明らかにして、九条がちゃんと門倉と別れられるならそれでもいい――――が、恐らく無理だ」

「無理じゃないです。あんな変態、警察に突き出せば終わりです」

「お前はあいつを知らないから……」


 そう呟き、進藤は口を閉ざす。


 ああ、イライラする。回りくどいこと言うなよ! つーか、あんな男のことなんて知りたくもないし。


「何が言いたいんですか?」

「……ヤンデレって知ってるか?」

「やんでれ……?」


 何その言葉。

 首をかしげると、進藤は説明を始めた。


「ヤンデレっていうのは、『病む』と『デレる』の造語だ。つまり、病的に相手に執着するほど惚れているってことだ」


 うわぁ、キモい。あいつ、本当にただのエロい変態じゃなかったんだ。まぁゲームにはそこまで出てこなかったからな。裏設定には微塵の興味もない。


「門倉はそれだ。九条に対して、異常なまでの執着を持っている。仮にお前が真実を話し、それによって九条があいつから離れてみろ。あいつはどんな手段を使ってでも、九条を囲い込むだろう」

「囲い込むって……」

「まず監禁するな。誰にも会わせず、頼れるのは自分だけ、という状況を作り出す。それから既成事実だな。籍を入れて自分の監視下に置き、それから孕ませる。子供ができれば逃げることも難しくなるからな。それで済めば、まだいい方だ」


 全然よくないんですけど。つーか、うら若き乙女に監禁とか既成事実とか孕ませるとか、もうちょっと発言に配慮してくれよ。


「最悪の場合、恐怖心を植え付けるために暴力で支配するか、薬を使って自力で動けなくさせるか。あとは考えたくないが、精神が壊れるまで犯し続けるか……。いずれも九条にとって地獄だな」


 淡々と述べる進藤の言葉にカッとなり、あたしは怒鳴り散らした。


「ますます任せらんない! 今すぐ別れるべき! そんな危険人物、捕まっちゃえばいいのに!」

「九条が何も知らずにそばにいれば、門倉は絶対そんなことをしない。俺が保証する。だから頼む。あいつのことは黙っていてくれないか」


 進藤は今まで見たことがないほど真剣な表情で、あたしに頭を下げた。

 それを見て、二の句が継げなかった。


 ……あたしはどうするべきだろう。


 琴美ちゃんのことを思えば、即刻別れさせるべき。でもあの男の本性を告げてしまえば、彼女の身に降りかかる地獄から逃れることは、進藤が言うように困難だろう。

 あの男はきっとやる。彼女を手に入れるためなら、笑いながら平然と残虐なことをやり遂げるだろう。たとえそれが愛する琴美ちゃん相手でも……。


 だったら黙っていればいいの? そうすれば、何も知らなければ、彼女はきっとあの男を信頼し続け、愛し続けるだろう。その方が彼女にとって、幸せなんだろうか。


 幸せって、何だろう……? 

 あたしのお節介な正義感は、ごみ箱に捨てた方がいいのだろうか……?


 あたしは進藤に返答をしないまま、逃げるように家に帰った。




次回、この章ラストです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ