口は災いの元とはこのこと
不穏な雰囲気……
美少女主人公と変態保険医の極秘交際を知って、早二週間が過ぎました。
部活後に保健室に行くのが憂鬱になって、「誰か保健室を襲撃しろ。あたしが許す」とありえない願望を抱いてしまう小町です。
前回、ひょんなことから変態に見込まれたせいでこの二週間、あたしはこのカップルの惚気を耳にタコができるほど聞かされています。
昼間は美少女から、放課後は変態から。
昼間はいいのだ。かわいい少女が頬を赤く染めながら話すだけだから。
「リア充爆発しろ」と思わなくもないが、それ以上に心のツッコミセンサーが過剰反応してしまうところをどうにかしなければならない。
「……それでね、せんせーったら親と約束したことをくそ真面目に守って、チューすらしてくれないんだよ。チューぐらい減るものじゃないし、いいと思わない?」
「あー、そうだねぇ……」
実際、ファーストキスはとっくに終えていると思います。
「もう付き合って半年も経つんだよ。手を繋ぐのも抱きつくのも、いつも私なんだよ。チューしてくれないなら、せめてせんせーからギューってしてほしいなぁ~って」
「そうだねぇ……」
あなたが眠っている間、抱きつくどころか太もも撫でまわされてますよ。それはいやらしい手つきで。
「それにいつまでたっても『琴美さん』って呼ぶんだよ。呼び捨てにしてほしいな~って思うの」
「ふーん……」
ちゃんと「琴」って呼び捨てで呼ばれていますよ。ただ琴美ちゃんだけではなく、きっと琴子さんを含んでいると思うけど。
……これってちょっと酷いな。
そんな心のツッコミをしていることを当然知らぬまま、彼女はしょぼんとして落ち込み始めた。
「……やっぱり私みたいな子供だと、せんせーはその気になれないのかな?」
いやいやいや、そんなことないから! アレ、飢えきった危険なケモノだから!
隙あれば、最後まで突き抜けるぐらいヤバイから!
「そ、そんなことないんじゃないかな。律儀な人じゃん。今どきそんな誠実な人、珍しいよ」
あーっ。嘘つきまくって、言いたくないことペラペラしゃべって、もぉー口が腐る!
「そうかな?」
「そうだよ」
くそー、事実しゃべりてぇ。あの変態がしている変態行為、ひとつ残らず告げ口してぇ。
「でもばれたのが小町ちゃんでよかった。せんせーは他人に知られるのを嫌がってるから」
控えめにはにかみながら、彼女は呟く。
本来なら、彼女が自分の所有物だと周囲に知らしめたいだろう。きっと虫よけの意味も込めて。
あの独占欲の強さたるや、ちっとやそっとじゃ動じないあたしも引きまくりですぞ。
それを裏付ける出来事があった。あの変態野郎は深く眠り込む彼女にディープなキスをかましたのだ。もちろんあたしの前でだよ!?
しかも一人で興奮し、一人で目をトロンとさせながら、非常に物騒なことを呟きやがった。
「琴が望むなら、今すぐ世界を滅ぼせそうです」
キモい、怖い、鳥肌っ。ああっ、思い出しただけで吐き気する。
マジでこんな男でいいの? 琴美ちゃん! お勧めしないよ!?
さて、魔の放課後です。
今日からテスト週間で部活がありません。なので、はじめて彼女と一緒に保健室へ向かいます。
扉を開け、彼女は変態に駆け寄り、その胸に飛び込んだ。
「せんせー、会いたかったよー」
それを抱き留め、変態は表情を綻ばせる。
「僕も会いたかったですよ、琴美さん」
彼女が起きているときの変態は、目の保養になりうる優男である。本性を知らなければ数多の女子を虜にするだろう。もちろんあたしは騙されんがね。
二人の世界を作り上げているバカップルを入口から眺めることおよそ五分。ようやくあたしの存在に気付いた変態が声をかけてきた。
「田原さん、そんなところに立っていないで中へどうぞ」
「あ、小町ちゃん、ごめんね。私、お茶入れるね」
変態の言葉で、あたしがいることを思い出した様子の美少女。顔を真っ赤にしながら変態から離れ、慌ててお茶を入れ始めた。
テーブルにはお茶と、変態が用意した得体のしれない混入物のあるマドレーヌ。それを囲み、表面上は穏やかなお茶会が始まった。
瞳をキラキラさせながら変態に話しかける美少女、その話を穏やかな笑みを浮かべて聞き入る変態、そしてそれをただただ黙って見ているあたし。
……明らかに邪魔じゃね? いなくてよくね? もう帰っていいですか?
しばらくすると、彼女がおもむろにマドレーヌに手を伸ばした。
ああっ! 食べちゃダメェェェ!!
心の叫びもむなしく、彼女はそれを口にしてしまった。
その結果、机に突っ伏して寝息を立て始めた。
それを一瞥し、変態は表情を一変させた。
「人を疑うことを知らない琴……。本当に愚かでかわいいですね」
クスクス笑うその様子から、先程までの穏やかさはない。笑みを浮かべているものの、それはどこか狂気じみたものだった。
うわぁ、キモっ。イケメンが台無し。
いや、あたしは言うほどイケメンだとは思ってないけど。ここ、強調。むしろ虫唾が走る。土に還れ。
でもこの変態の言うことも一理あると思う。
こうも頻繁にこの男の作ったお菓子を食べた後に寝入ってしまうのに、毎度夜更かしという苦しい言い訳を疑いもせず信じ込んでしまう彼女。この男への警戒心の無さは問題だ。あと薬の身体への影響はないのだろうか。
それに彼女はれっきとした受験生。いくら付属の大学があるとはいえ、試験の成績によれば内部進学すら危うい。現にこの男と付き合い始めてから成績が落ちたらしいし(それでもあたしよりはるかに頭いいけど)。
せっかくの機会だ。これまで静観していたが、今日はガツンとかましてやろうじゃないか。
この男のしていることはゲームの中なら嫌悪感があるものの、所詮ゲームだからと一応納得ができる。
でも実際に変態行為が行われているとなると、許せない気持ちでいっぱいになる。その被害者が友達なら、なおさらだ。
「先生、聞いてもいいですか?」
「はい、何でしょうか」
「毎回こうも琴美ちゃんが眠り込んでしまうの、ちょっとおかしくないですか」
その言葉に門倉は笑みを浮かべたまま黙り込んだ。その表情から、何を思っているのかは読み取れない。
「それも先生の作ったお菓子を食べて、」
「田原さん」
あたしの言葉を遮り、門倉は口を開いた。その声の低さに、思わず身震いしてしまう。
無言で立ち上がり、一歩ずつゆっくりとこっちに近づいてくる。
あたしは逃げるように椅子から立ち上がり、距離を取るため後ずさる。
しかし、あれよと言う間に壁際に追い込まれてしまった。
「田原さん、どうぞ続きを仰って下さい」
言葉はやけに丁寧なのに、口調は威圧感が半端ない。
「言えるもんなら言ってみろ」と喧嘩を売られているように錯覚してしまう。
売られた喧嘩は買うのがあたし。でも正直言って、滅茶苦茶怖い。
この男、これまであたしが敵対してきた不良なんかとは違い、得体のしれない何かがある。もしかしたら、ただの変態ではないのかもしれない。ゲーム設定をはるかに超える恐ろしさを持っているように感じる。
黙っていると、あたしと門倉の距離がほぼなくなる。あたしを見下ろし、門倉はいまだ不気味な笑みを浮かべている。
「田原さん、遠慮しないでください」
「……先生は彼女をどうしたいんですか?」
「どう、とは?」
「こんなに毎回寝入ってしまうほど、彼女が夜更かしをしているとは思えません。それなのにこうなってしまうということは、先生が何かしているということですよね」
沈黙を貫く門倉。あたしはさらに続けた。
「お菓子に何か入れてますよね。睡眠薬、とか」
「…………」
「先生がどうしてそんなことをするのかは知りません。でも薬の副作用とか危険じゃないですか」
「…………」
「それに先生に、……恋人に薬を盛られてるなんて琴美ちゃんが知ったら、」
「田原さん」
ようやく口を開いた門倉の表情を見て、あたしは凍りついた。
もはや笑みはなく、冷酷な視線であたしを射抜く。それに直面し、身体がぶるりと震える。
「あなたは少々おつむが弱いようですね」
「え?」
「馬鹿正直に忠告してくるなど、利口ではないと言いたいのです」
馬鹿にするなと怒鳴り散らしたいのに、恐怖で声が出ない。
それでも隙をついて、この状況から抜け出そうと一歩踏み出す。
その途端、ドンと背中が壁に打ち付けられる。
「ぐっ……」
痛みで呼吸が乱れる。それから右腕に痛みが走った。門倉の左の指が力いっぱい腕に食い込む。右手はあたしの肩を押さえつけ、身動きができなくなった。
これは恋愛で憧れシチュエーションの壁ドンだ。
でもそんな甘ったるい雰囲気は皆無。非常に危機的状況です!
「あなたの言う通り、僕の作ったお菓子には睡眠薬が入っています。そんなことをして、僕が琴美さんをどうしたいかが知りたいのですね?」
問いかけに反応できなかったが、門倉は構わず続けた。
「教えて差し上げましょう。僕は彼女の親御さんに、結婚まで彼女に指一本触れないと約束しました。が、僕は聖人君子ではありません。愛する女性に触れたいのは至極当然のことです。彼女も僕が触れることを望んでくれています。もしその通りにしたとしましょう。しかし、彼女がそれを親御さんに隠し通せるとは思えません」
それは言えてる。多分、無理だろうな。彼女は素直すぎる。
「ですから彼女の知らないところで、彼女の望みを叶えることにしました。それがいけませんか?」
「駄目に決まってます」
「そうでしょうか。たとえ意識のないときでも、彼女は僕が触れると喜んでくれていますよ。身体がそれを示していますから」
その意味を瞬時に理解し、全身が真っ赤に染まる。でもそれは羞恥だけではなく、怒りも含む。
肩を抑える手を力一杯振り払い、あたしは門倉を睨み付けて怒鳴った。
「あんたのしてること、性犯罪者と一緒よ! この変態! あんたなんかに琴美ちゃんは任せられない!」
言い切ったその瞬間、急に息苦しくなった。
「ぐっ……」
門倉の右手の指が、あたしの首に食い込む。
「そうですか……。あなたは僕から琴を奪うのですか……」
酸素を求めて喘ぐあたしにかけるその声には、何の感情もない。
それがさらに恐怖を増幅させる。
「残念ですね。あなたに惚気ることは非常に楽しかったのですが……」
少しずつ指に力を籠め、門倉はゆっくりあたしの首を締め上げていく。
必死にその手を離そうと腕を上げても、力ではこの男に敵うはずもない。力なく腕を引っ掻くだけで、なんの抵抗にもならなかった。
「さようなら、田原さん。邪魔をするなら――――」
微かに口角を上げる門倉が、あたしの耳元に顔を近づける。
そして――
「俺と琴の前から消えろ」
ドスの効いたその声を最後に、あたしの意識はブラックアウトしていった。
小町、フラグ回避できず




