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儚げ少女は元不良様  作者: いとみ
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旗がない!

二作目主人公の話。長いです。

本編に比べるとシリアス度&BL度高め、および一部不快な表現があります(作者比)。

苦手な方はご注意ください。


 もしも願いがかなうなら、たった一人の人に深く深く愛されたい――――


※※※





 四月。

 桜の花びらが舞い散る校門前に、真新しいセーラー服に身を包むツインテールの美少女の後姿。門をくぐると目の前には大きな桜の木。そのそばに新入生を迎える先輩の姿。少女に向かって、リボンを差し出し、微笑んだ。


『入学おめでとう。さあ、僕たちと楽しいキャンパスライフを過ごそう』


 “私立青鞜学園恋物語~イケメンはあなたのトリコ2~”のオープニングスチルが今、再現されている。

 見たい。俯瞰で見たい。幽体離脱して、客観的にこの光景が見たい!!

 待ちに待ったこの瞬間。ああ、これから素敵なイケメンとのときめく恋が――――


「……なちゃん、かなちゃん。後ろが詰まってるから、早くリボン受け取りなよ」


 後ろから声を掛けられて、妄想から現実に帰る。

 目の前には困ったようにリボンを差し出す、平凡顔の男の先輩。後ろから声を掛けたのは、デカいだけが取り柄の幼馴染・戸辺睦月(とべむつき)


「わ、わかってるわよ。うるさいわね!」


 リボンを受け取り、そそくさと列から離れる。その私の後ろをついてくる睦月。

 夢にまで見たあの素敵な光景とのギャップに、大きなため息をつく。

 あーあ、やっぱり現実はゲームのようにうまくいかないものなのね。




 私の名前は小川奏(おがわかなで)。何を隠そう乙女ゲームの主人公、つまりヒロインである。

 あ、ちょっとまって! 逃げて行かないで! 痛い子認定しないで! ちゃんと説明するから!

 この世界は私が前世でやっていたゲームとそっくりなの。それに気づいたのは、中三のとき。志望校を決めるときにたまたまこの学校のパンフレットを見たときだった。「あ、何か見たことある」と思ったら、前世の記憶がパッと浮かんで来たの。

 自分がヒロインだって気づいたときは本当に嬉しかったな。だって前世は悲しいぐらい非モテだったし。現在はさすがヒロインって感じで美少女だけど、なぜかこれまで彼氏ナシ。こんなにかわいいのにどうして周りの男は私を放っておくのだろうと不思議で仕方がなかったけど、きっと高校で素敵な彼氏と出会うための布石だったんだと無理矢理納得させた。


 高校に入学したらイケメンを攻略して彼氏を作って、なんなら逆ハールートに乗っちゃうぞー、なんて意気込んでいたときもありました。そんな目論見は脆く崩れ去った。

 入学してすぐに起きるはずのイベントが、全く起きない。一学期が過ぎても夏休みに入っても、私の生活は中学時代と全く変わらず、友達とか睦月とか周囲は全く代わり映えしない上にイケメンと出会う気配さえない。

 一学期の間、何もしなかったわけじゃないの。攻略対象のイケメンの顔と名前はちゃんと憶えていたから、さりげなく周囲をうろついてみた。でも何も起きなかった。


 やっぱり現実は現実だと諦めた二学期も中盤に入った十一月、ようやく期待した展開がやって来た。

 立て続けに起こる、待ちに待ったイベント。選択肢もね、途中まではちゃんと覚えてる(前世ではゲームの攻略途中からその記憶がなくて、エンディングまでは知らないの)。だから覚えているだけ、その通りにイケメンたちと会話した。みんな優しくて、私はやっぱりヒロインなんだってこのとき確信したわ。

 でもね、途中から何かがおかしいことに気付いたの。


 きっかけは水泳部の元部長、田原光先輩とのイベントのときだった。

 二段階目までは完璧だった。先輩との仲もよくて攻略はうまくいっていた。

 第三段階も先輩の妹を褒めるだけで好感度は簡単に上がるはずだった。それなのに第三段階のイベントはいつまでたっても起きなかった。

 どうして? どうしてなの? すべてがうまくいっていたはずなのに……。

 どうしても納得できなくて、探しに探して、ようやく光先輩を見つけて呼び止めた。

 いつもみたいに優しく「やあ、小川さん」と微笑んでくれるはずだった。それなのに、


「……何か用?」


 嫌悪感を隠そうともせず、先輩の私を見る目は酷く冷たかった。


「せ、先輩。どうしたんですか……?」


 どうしてそんな目で私を見るの?

 先輩は私の問いには答えず、その場から離れようとした。


「待ってください!」 


 引き留めようとして腕を掴むと、パシッと振り払われた。触られたことが不快だと言わんばかりに私を睨み付ける。


「触るな。妹を悪く言う女とは口も利きたくない」

「えっ……」


 どういうこと? 私、先輩の妹の悪口なんて言ってない。言うはずがない。だってそんなことしたら先輩を攻略できなくなるもの。


「言ってない……。私、そんなこと言ってない!」

「嘘つくな。僕はそう聞いた」

「言ってません! 私を信じてください!」


 必死に無実を訴えると、先輩は私を馬鹿にするように鼻で笑った。


「僕が君と知り合ってまだ一カ月足らずで数回話しただけなのに、何を根拠に君を信じればいい? あいつとの付き合いは君より遥かに長いんだ。どっちを信じるかなど、言うまでもない」


 私はそれ以上反論できず、去っていく先輩の後姿を呆然と見送った。

 それから他の攻略対象者――私が所属する調理部の部長やクラスの委員長、放送部や体育委員会のイケメン――も途中までは上手くいっていたはずなのに、第三段階のイベントが起きていないことにようやく気が付いた。

 どうして、どうして、どうして!? わからない。どうして誰も攻略できないの?




 光先輩との一件があった日の放課後、私は中庭のベンチで落ち込んでいた。顔を両手で覆って俯き、肩を落として項垂れた。だからすぐ目の前に来た人の気配に全く気が付かなかった。


「小川さん? どうしたの、こんなところで」

「……沢村先輩」


 顔を上げると、そこにいたのは光先輩の幼馴染で同じく攻略対象者の沢村昭二先輩だった。沢村先輩も第二段階までは進んでいる。でも、やっぱり第三段階が起きない。

 黙っていると、先輩は少し困った顔をして私の顔を覗き込む。


「小川さんが落ち込んでいるのって、もしかして光のせい?」

「え?」

「ごめん。妙に光の機嫌が悪くてさ。それで理由を」

「……わからないんです。ずっとうまくいっていたのに、どうして……」


 独り言のように呟くと、先輩が聞きづらそうな口調で尋ねた。


「……ねぇ、小川さん。君、光のことどう思っているの?」

「え?」


 私を探るような先輩の視線がぶつかる。


「光のこと、好き?」

「……好きです」

「そうかな」

「そうですよ」

「そうは見えないけど」

「沢村先輩、何が言いたいんですか!?」


 一体私の何を知っているというのだろう。思わずカッとして叫ぶ。


「……君さ、光が好きとか言いながら他の男にも声を掛けに行っているよね? 対して面識もなさそうな人にもさ」


 呆れたようでどこか刺々しい物言いが、グサッと胸に刺さる。


「一年生の間ではどうか知らないけれど、上級生の間では結構有名人だよ、君。よくない方で。もし無意識でやっていて分別があるなら、ここらで自重しておいた方がいいと思うけど」


 思ってもいない言葉に呆然とした。よくない方で有名って、


「私が尻軽とかビッチだってことですか」

「さぁ。僕が言っているわけじゃないし」

「……ここは私のための世界なのに。どうして? どうして何もかもうまくいかないのっ!?」


 ヒステリックに叫べば、急に先輩がクスクスと声を上げて笑い始めた。その顔に浮かんでいるのは嘲笑だ。


「思い上がりもいいところだね。ここは君のための世界なんかじゃないよ」


 急に先輩の周囲の温度が冷えたような気がした。いつもは優しげな先輩の、人でも刺すような険しい顔を見たことがなくて、ゾクリと背筋が凍るような恐怖に襲われる。先輩は私が怯えているのを承知で、容赦なく追い込んでいく。


「光が好きだと言うのならさ、教えてよ。君が光と付き合うとして、その代償で光が一体何を犠牲にするか、君は知っていてそう言うの?」

「先輩……何を言ってるの?」

「もしかして知らないのかな? 知っていてそんなことを言うのなら、僕は君の神経を疑うね。僕が君なら、光だけは絶対に選ばないよ」


 先輩の言葉に一つの仮定が浮かび、ハッとして彼を見る。


「もしかして、あなたも……?」

「最後に一つだけ忠告してあげる。今君が好きだと思っている男達からは全員手を引いた方がいい。君みたいな現実と妄想を混同しているような子には手に負えない。彼らを選べば、君は必ず後悔する」


 そう言い切り、先輩はその場から去ろうとする。


「待ってください、沢村先輩!」


 立ち止まり振り返った彼は、微かに表情を和らげた。


「ちゃんと目を開けて、見て、考えるんだ。自分の本当の気持ちを」





 沢村先輩が去っても、私はその場から動けなかった。

 先輩はきっと転生者で、この世界がゲームの世界と同じだと知っているんだ。そして私が知らないゲームの結末も。

 先輩の言葉で目が覚めた。イベントが始まるまではちゃんと現実は現実だってわかっていたはずだ。それなのにイベントが始まった途端に自分はヒロインだから、きっとゲームのようにイケメンと素敵な恋ができると思い込んでしまったんだ。

 でもここはゲームの世界じゃなく、一人一人が必死に生きている現実の世界だった。攻略対象者もキャラクターではなく、一人の人間だということを忘れてはいけなかったんだ。

 それに、もともと逆ハールートだってそこまで望んでいたわけじゃない。一人の人に一途に愛されたいと思っていたはずなのに、どうして何人もの男の人の間をフラフラしていたんだろう。

 沢村先輩は私のことを馬鹿にしたけど、最後には助言してくれた。このままじゃ駄目なんだ。ちゃんと現実を見よう。

 はぁーっと大きく息を吐き、両手で頬をパチンと叩く。自分に気合いを入れて立ち上がった。


「……よし、部活行こう」


 こうして私は調理室に向かって歩き出した。

 最近サボりきみだったから、少し行きづらい。でも勇気を出して調理室の前までやって来た。様子を窺うように少しだけ扉を開けると、中には攻略対象者の部長しかいなかった。

 あ、部長だ。他のみんなは準備室かな?

 そう思っていると、先輩が妙な行動を始めた。急に果物ナイフで自分の親指を切ったのだ。


「っ!?」


 息を呑んで声を抑えた。部長は切り傷をギュッと押さえて血を絞り出し、それをボウルの中の生地に垂らしたのだ。ポタリ、ポタリと生地に部長の血が混じる。その後ニヤリと口元を上げて、じっと親指を見つめた後にペロッとそこを舌で舐める。エプロンのポケットから絆創膏を取り出して傷口に貼り、何事もなかったかのように生地を混ぜ始めた。

 それからすぐに準備室から何人かが調理室に入って来た。副部長と先輩、同級生たちだ。


「部長、生地できました?」

「ああ、あとは焼くだけだ」

「いつものごとくおいしいんだろうなぁ、部長のクッキー。私もあんな風に作れたらなぁ」

「あ、それって副部長専用のやつですか?」


 一人が血の混じったボウルを覗き込んだ。部長はさっきの不気味さを感じさせない爽やかな笑顔で頷いた。


「そうだよ。これは彼女専用のクッキーなの」

「やだー、超ラブラブで羨ましい~」


 私は音を立てないように扉を閉め、足早にその場から走って逃げた。

 部長が副部長と付き合っていたことは全く知らなかった。でもそんなことはどうでもいい。それよりも部長のあの行動がショックだった。

 気持ち悪い……。自分の血を混ぜたものを彼女に食べさせるなんて。あんな人だなんて知らなかったし、知りたくもなかった。


 すっかり部活へ行く気も失せて帰ろうと教室へ向かうと、誰もいない教室にただ一人、攻略対象者の委員長がいた。

 こっそり中を覗くと、委員長はクラスで一番大人しい女の子の席のそばにいた。

 あれ、何してるんだろう……。

 そう思った次の瞬間、委員長の行動に咄嗟に悲鳴を呑みこんだ。

 ――っっ!! な、何あれ……。

 委員長は彼女の椅子の前に跪き、座面に頬ずりし始めたのだ。ハァハァと荒い呼吸をし、椅子の足に下半身を擦りつける。

 見ていられなくて、すぐにその場から逃げ出した。

 キモい、キモい、キモい、キモい、キモいっ……!!

 気が付くと、走りながら泣いていた。委員長があんな人だったなんて。――やだっ、鳥肌が止まらない。


 走って、走って、辿り着いたのは体育倉庫の裏手だった。ものすごく嫌な予感がする。

 予感は結果的に的中した。倉庫の中からいわゆるエッチな声が聞こえたんだけど、その男の言葉がSっぽいというか変態っていうか、かなり無茶苦茶なことを言っているのだ。会話の内容から、声の主は攻略対象者である体育委員のイケメンだと判明した。

 無理、無理、無理っ!! 全員変態なの!? あのゲーム!!

 沢村先輩が手を引けと言った理由を、嫌と言うほど実感した。


 私は泣きながら、荷物を諦めて学校を飛び出した。

 全力で走って、家の側でドンっと誰かにぶつかった。


「っ、ごめんなさい」

「……かなちゃん?」


 顔を上げると、ぶつかったのは睦月だった。睦月は私の顔を見て、ギョッとして慌てた。


「か、かなちゃん、どうしたの? 何で泣いてるの!?」

「む、むつきぃ……」


 睦月の顔を見た瞬間、涙腺が崩壊したように涙が止まらなくなった。目の前の大きな胸にしがみつく。


「か、かなちゃん!?」

「むつき、むつき、むつきぃ……こわかった、こわかったよぉ……」


 泣きじゃくる私を睦月はギュッと抱きしめて、あやすように背中を撫でてくれた。


「かなちゃん、大丈夫だよ。僕がそばにいる。何も怖くないよ」


 ……知らなかった。睦月の腕の中は、こんなにも安心できるんだ。

 私は人の何を見てきたんだろう。ゲームの攻略対象者だからって外見だけで好きになって、あの人たちの本性を何も知らなかった。ただの木偶の坊で私の後をついて回るしか能がないと思っていた睦月は、こんなに優しくて温かいのに。いつもそばにいてくれた睦月のほうが、あんな人たちよりも何倍も何十倍も素敵な男の子なのに。

 馬鹿だ。私は本当に馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。


「むつき、ごめん……ごめんね」

「かなちゃん、大丈夫、大丈夫だから……」


 睦月はそのまま私を自分の家まで連れて行った。こんなグチャグチャな顔をしていたら心配させるからママには見せないほうがいい、睦月の家で少し落ち着いてから帰った方がいいと勧められて、その通りにした。

 睦月は私が泣いた理由も彼にどうして謝ったかも、結局何も聞かなかった。

 ホットミルクを入れてくれて、黙ってそばにいてくれた。泣き止まない私の手をギュッと握り続けてくれた。私が睦月を見ると、優しい笑顔を返してくれた。

 どうしよう。私、睦月のことが好きかもしれない。ついさっきまで攻略対象者が好きだとか言ってたのに。私、尻軽すぎる。それに散々睦月の前であの人たちのことキャーキャー言ってたのに、今更好きなんて言えないよ……。

 自分の行動を後悔して気落ちしていると、「ね、かなちゃん」と睦月が話しかけてきた。


「さっき言ったこと、本心だから」

「え?」

「僕、ずっとかなちゃんのそばに居る。好きだから、駄目だって言われてもかなちゃんのそばに居たい」

「睦月……」


 うそ……これって告白、だよね。


「で、でも私、散々他の人のことで騒いでたのに……」

「いいよ。僕がただかなちゃんのそばに居たいだけだから」

「尻軽とか言われてるんだよ」

「かなちゃんは尻軽なんかじゃない。ちょっとミーハーなだけだよ。アイドル好きな女の子と同じだよ」

「睦月。私、睦月のこと……好きになってもいいの?」


 おずおずと尋ねると、睦月は笑顔で頷いた。


「かなちゃんが僕のこと好きになってくれたら、すごく嬉しい」


 その言葉に堪らなくなって、私は睦月の胸に飛び込んだ。大きな背中に腕を回してギュッと抱きつく。


「好き、睦月、すきっ……」

「本当に? かなちゃん、僕のこと好き?」

「うん。好き、大好き」

「嬉しい。嬉しいよ、かなちゃん。ありがとう」


 あんな馬鹿なことをした私にもこんな身近に素敵な人がいたことにやっと気が付きました。もうゲームとかは関係ない。だってここはゲームの世界ではない、私が生きる現実の世界なのだから。





 あの日から一ヶ月が経った。

 睦月と付き合い始めてから彼以外の男の人が苦手になった。極力近づかないようにし、話しかけられないように気を配った(特に委員長)。

 睦月以外の男の人はどんな本性を隠しているのかわからないし、もう何も知りたくない。睦月だけでいい。睦月さえいてくれれば他に何にもいらないのだ。

 部活も辞めて、睦月と同じ帰宅部になった。朝も一緒に登校し、帰りももちろん一緒だ。

 睦月は優しいし、昔から知っているから気を遣わなくてもいいし、お互いの家族もよく知っているから今では親公認の仲だ。毎日睦月の家でおうちデートをし、帰りは私を家まで送ってくれる。きっとこの先、睦月以上の男の人になんて出会えないだろう。こんな素敵な彼氏だもん、大切にしなきゃ。


 ある日。睦月と昼ご飯を食べていると、沢村先輩が通りかかった。


「やぁ、小川さん」

「沢村先輩、お久しぶりです」


 男の人が苦手にはなったが、沢村先輩はいわば恩人みたいな人だ。もしかしたら変な趣味とか持っているのかもしれないけど、知る気もないから別に構わない。


「いいね、彼氏とお昼なんて」

「は、はい」


 て、照れる。つい睦月と見つめ合って、赤面してしまう。


「よかったね。この間より、ずっといい顔をしているよ」

「先輩のおかげです。ありがとうございました」


 ペコリと頭を下げると、先輩は笑ってその場を離れた。先輩の後姿を見ている私の服を睦月がクイッと引っ張る。


「かなちゃん、かなちゃん。僕以外の男の人をあまり見て欲しくないよ」

「ごめんね、睦月。でも先輩はそんなんじゃないの。……恩人なの」

「恩人?」

「うん、恩人」


 先輩がいなかったら私は今、きっとこんな風に笑えてない。



※※※




 かなちゃんが僕の彼女になってくれた。

 物心ついた頃からずっと、僕はかなちゃんだけを見ていた。でも距離が近すぎたのか、かなちゃんは僕のことを男だと思ってくれない。いつも他の男のことをキラキラした目で話すのを、胸が痛むのを押し隠して黙って聞くことしかできなかった。かなちゃんに何も言えない代わりに、かなちゃんに近づく男は一人残らず排除してやった。


 高校に入学してからも、かなちゃんは僕ではない男の話ばかり。

 辛い、辛くて頭がおかしくなりそうだった。かなちゃんを僕だけのものにしたい。だけど無理強いはしたくない。毎日、毎日、かなちゃんと顔を合わせるたびに、かなちゃんを無茶苦茶に犯す想像をして行き場のない想いに耐える。その一方で、かなちゃんを穢す自分の欲望の恐ろしさに吐き気を覚えた。

 そんな狂いそうな想いに葛藤していた僕の目の前に、あの人は現れたんだ。


「君、顔色悪いけど大丈夫?」


 かなちゃんの恩人は、僕にとっても恩人になった。




「かなちゃん、かなちゃん……」


 僕の腕の中で眠る、かなちゃんをジッと見つめる。散々学校でも放課後も一緒に居ていろんな話をしたのに、家に帰ってからも遅くまで電話していたせいで毎日夜更かしだ。三日連続でそんなことをしていたせいか、僕の家へ着くなりかなちゃんはうとうとして眠ってしまった。

 夢みたいだ。こうしてかなちゃんと一緒にいられるなんて。僕の腕の中に、恋焦がれたかなちゃんがいるなんて。

 そっと頬を撫でると微かに笑った顔をして、僕の手にすり寄る。かなちゃんの僕に対する親愛の行動に、じんわりと心が温かくなる。


 ああ、あの人の言った通りだ。他の男に夢中のかなちゃんは、じっと待っていれば絶対僕のところに堕ちてくるって。僕はただ、かなちゃんのそばにいて、かなちゃんを想い続けていればいいんだって。

 よかった。想像のようにかなちゃんを穢さなくて。そんなことをしていたら、きっと今かなちゃんは僕の腕の中には居なかっただろう。

 かなちゃんがいない人生――想像しただけで、死にたくなる。


「かなちゃん……ずっと僕のそばにいてね。離れていかないでね」


 君が僕から離れたら、僕はきっと――――




※※※




「はぁ……重い。どいてよ、光」


 自分の上に圧し掛かる恋人を押し退ける。恋人は不満そうに顔をムッとさせた。


「酷いよ、昭二。それが彼氏に対する言葉?」

「体格差ってものを考えて欲しいね。ああ、もう。身体中が痛い」


 シッシッと追い払えば、渋々ベッドから出て行った。毛布にくるまって、服を身につける男の広い背中に声を掛ける。


「ねぇ、いつものアイス買ってきて。プレミアムの方」


 振り返った男は眉を顰めて、かなり嫌そうな顔をする。


「は!? プレミアムって、走って十五分かかるコンビニにしか置いてないんだけど」

「うん。行ってきて」

「身体動かしたばっかりで疲れてるんだけど」

「それはこっちのセリフ。疲れたから甘いものが食べたい。それに光はもっと別のことで体力使ってきてよ。僕の身がもたない」

「嫌だ。普通の方にしろよ。そしたらすぐそばのコンビニで……」

「いいから行って。融ける前に帰ってきてよ」


 冷たく吐き捨てると、不貞腐れた顔の男は「昭二のバカ、鬼!」と捨て台詞を吐いて部屋から出て行った。

 それを見送ってから、軋む体を動かして服を身につける。


「っ……全く、少しは加減して欲しいね。ほんと体力馬鹿は……」


 ブチブチ文句を言いながら、ふと昼間学校で会った女の子とその恋人のことを思い出す。

 あの二人が恋人になって本当によかった。この結果が最善だったと自分は思う。


 彼女と光のルートだけは絶対に断たなければならなかった。自分が“沢村昭二”である限り、彼女と光のルートも二段階目以上は進まないとはわかっていても、念には念を入れて少しの可能性も残すわけにはいかなかった。

 彼女はどうやら、あのゲームの結末を全く知らないようだった。そうでなければ特殊性癖でもない限り、逆ハールートなど狙わないはずだ。

 所属する調理部の部長はカニバリズムで、体育委員の男は鬼畜なドS、放送部の男は盗撮・盗聴マニア、そしてクラスの委員長はターゲットの持ち物で妄想し興奮する性癖の持ち主。

 そして僕と光は個別のルートに見せかけて、実は共通ルートなのだ。どちらか一方の好感度が足らないだけで攻略不可となるし、攻略できたとしてもあくまで三人一緒の交際となる。

 それに何より、ヒロインによる僕らの攻略には“田原小町の死”が必須になってくる。そんなこと絶対にあってはならないのだ。

 天は僕に味方した。一作目ヒロインの九条琴美の攻略が長引いたせいで、二作目ヒロインの攻略開始が遅れた。その間に二作目の攻略対象者達はヒロインとは別のターゲットを見つけたのだ。だから二作目ヒロインの攻略では友情ルートと共通の二段階目までしか起きなかった。彼女の攻略が始まった頃には、僕と光のルートともう一つしか残っていなかったのだ。


 小川さん。君の選んだルートは、あのゲームの中では最善のものだったよ。

 隠れキャラである、ヒロインの幼馴染・戸辺睦月。

 彼はずっとヒロインのそばでヒロインだけを想い続けていた、優しくて他の女には目もくれない一途な男。しかし恋人になった彼女が他の人間に関心を寄せたり、自分から離れたりしようようとすると、自傷行為を繰り返してヒロインを自分に引き留めるのだ。


 君が彼を裏切り離れて行かない限り、君はずっと幸福なんだろうね。攻略対象者以外の男を選ぶならそれが一番だけど、あの執着の強さだとそれも無理だっただろう。僕が彼に声を掛けた時点で、すでに限界ギリギリだったみたいだし。

 僕も君には何の恨みもないから、できれば幸せになって欲しかった。……偽善かもしれないけどね。




 ポスッとベッドに仰向けに横たわる。天井を見上げて右手を伸ばし、ギュッと拳を握りしめる。

 前世で掴めなかったあの手を、今世ではちゃんと繋ぎ止めることができた。


「今度はちゃんと守れた。だから幸せになりなよ、小町――――いや、姉さん(・・・)







★蛇足

奏が小町の悪口を言ったと光に嘘をついたのは昭二。

奏でが尻軽だと言ったのも昭二の嘘。

全部彼の仕業です。

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