惚気は惚気でも精神衛生上許せないノロケ
小町にまた危機的フラグが立ちました
拝啓 そこらの女より乙女な弟よ
敵は精神的攻撃を繰り出してきます
正直キツイが、姉は負けない
だってツッコミどころ満載だから――――
「ふふっ、かわいい顔で眠っているでしょう。あなたに見せることももったいないのですが、女性で、その上彼女の友人なので特別に見せて差し上げましょう。男だったらとっくの昔に眼球を取り出して潰していますが」
「ニコニコしながらそういうグロいことを、か弱い少女に言うのはやめてください」
「こうして琴を僕の腕の中でしか生きられないようにしたいですね。くっついていないと呼吸もできないぐらいに」
「物理的に無理です。諦めてください」
「本気にしないでください。ただの願望です」
「あなたが言うと本気に聞こえます。願望すら実行しそうです」
「よくお分かりですね。隙さえあればそうするつもりです」
「……もう帰っていいですか?」
前回、せっかく「百まで生きる計画」を阻む危険を回避したにもかかわらず、詰めの甘さで新たな危機的フラグを立ててしまった小町です。
あたしは今、顔はいいのにめちゃキモい変態に惚気られています。
何故こんな目に遭うはめになったかと言えば――――
ドアの前で睨み合う、蛇とウサギちゃん(ちなみにウサギはあたしだ。反論は許さん)。
背中に嫌な汗を掻きながら、脳みそのない頭をフル回転させた。
どうする。校内で暴力事件は慣れっこだが、相手が悪い。大人の男との体格差もあるし、保険医とはいえ学校関係者の人間に手をあげるのはさすがにマズイ。
しらばっくれるか、頭部を強打して記憶を消すか。でも打ち所が悪いと困るしな。
それにこの男、医者だから何か隠し持っていてもおかしくない(例えばメスとか)。危険だ……。
「……君、聞いていますか? 君……」
考え事に夢中で、話しかけられていることに全く気付かなかった。目の前で、蛇が不気味なほど笑顔でたたずんでいた。
「あっ、えっと……何でしたっけ?」
「ですから、手当てするので中に入ってください」
何事もなかったかのように中へ誘う保険医。これは何かの罠だろうか?
しかし一刻も早く、この指から溢れ出す血液をどうにかしたい。たとえ罠でも、進むしかないのだ。
勧められた椅子に腰かけると、目の前のテーブルにはティーカップが二つにパウンドケーキ。どうやら彼女とまったりしていたようだ。肝心な彼女の姿は見当たらないけど。
それを凝視していると、それに気づいた門倉はニッコリ笑って言った。
「よろしければどうぞ? 残り物で申し訳ありませんが」
ケーキのことを言っているようだ。慌てて首を横に振る。
「せっかくですが、甘いものは苦手なので」
「……そうですか。残念です」
中にわけのわからんものが入ってそうなもん、食えるかっ!
確かゲームでは睡眠薬だったな。
つーか、あたしに一服盛ってどーするつもりよ!?
裸にひん剥いて、写真撮って、「ばら撒かれたくなければ……」みたいな?
このゲス野郎ぉぉっ!
妄想で怒りが沸いている間、真面目な表情であたしの指を凝視する門倉。
「……どうしたらこんなに深く切れるのですか?」
「竹刀が割れてグサッと刺さりました」
かなりの不注意だった。というか竹刀がぶっ壊れるまで打ち込むとか、明らかにやり過ぎだよね。でも夏の大会も近いから、熱も入るのは当たり前。
そしていつ、何時、何があるかわからんから、決して鍛錬は怠らない。
……でも今が一番そのときなんだけどな。頼む、あたしに竹刀を!
門倉はあたしを水道まで引きずり、ジャブジャブ傷口を洗った。そのあと棘が刺さっていないことを確認し、容赦なく傷口に消毒液をぶっかける。
「いっ……」
「我慢してくださいね」
うおぉ、痛いっ。もっと優しくしろよ!
絆創膏を貼ってもらい、手当ては終了。素直にお礼を言う。
「ありがとうござい……――っ!!」
くそ真面目な顔をしたまま、門倉が患部をギュッと掴んだ。
ギリギリと傷口を押さえられ、痛みで涙が出てくる。
「先生、何を……」
「どこからどこまで聞いていましたか?」
穏やかなその声があたしを追い込んでいく。背中の冷や汗が止まらない。
「何の、ことですか」
「おや、しらばくれる気ですか? 先程、『お取込み中すみませんが』と言いましたよね? なぜ取り込み中だと思ったのですか?」
くそっ、やっぱ医者だから頭いいのか。言質を取られていては、誤魔化すのも不可能。
「……『琴』って、九条さんですよね? 付き合っているんですか?」
「ええ。彼女の卒業を待って、結婚するつもりです」
もうそこまで話が進んでんのか!
「えっと、そのことについては言いふらすつもりはないです。九条さんは友達ですし。だから安心して……」
「それだけじゃないでしょう?」
畳み掛けるように遮られる。
ええぃ、そのままスルーしとけよ!
「えっと、それだけですよ。その後はよく聞こえなくて……」
うわ、視線が怖い。表面上は優しげなのに。この男、やはり侮れん。
追及する視線を向けられれば、向けられるほどに頭が回らない。
動揺するな、小町!!
「だ、だから前世とか何とかということは一切聞いてません!!」
口に出してしばし沈黙……。そしてハッとした。
うぎゃあああ! ペロッと口滑らせたぁあああ!
あたしは自分の不注意さにほとほと呆れて、つかまれていない方の手で額を覆った。
「やはり聞こえていましたか」
ううっ、フラグ回避、失敗か!?
落ち込みながら黙っていると、指を押す力がフッと緩む。驚いて門倉を見ると、彼はぼんやりと一点を見つめながら口を開いた。
「唐突なことを言いますが、僕には前世の記憶があります」
え? なんか独白入りましたけど?
「前世の僕は普通のサラリーマンでした。そして琴美さん――彼女の前世は僕の友人・琴子でした」
「そんなことわかるんですか?」
「わかります。僕に琴がわからないはずがない」
うーん、怖い。若干目がいっちゃってるよ。
「僕は琴を愛していました。しかしプロポーズしようとした矢先、事故に遭いました。転生してこの世に生を受けましたが、物心ついた頃には人生に絶望していました。琴がいないからです」
それはつらい過去かもしれないけど、それをなぜあたしに言う?
「ですからこの学園で琴美さんを見つけたとき、僕は生まれて初めて喜びを感じました。今世でも出会えたこの奇跡。僕と琴が結ばれるのは、もはや運命だと」
「一途なんですね」
言い方を変えれば、時空を超えた粘着質ストーカーだけどな。キモッ。
あたしの言葉に、門倉は当然だというように大きく頷いた。
「ええ。いまや琴がいない人生など考えられません」
「でもそれって琴子さんを愛しているんですか? それとも琴美ちゃん? 先生はどちらに惹かれているんですか?」
ふと感じた疑問をぶつければ、質問の意図が見えないと首をかしげる目の前の男。
「両方です。琴の魂を持った琴美さんが愛しい。どちらにせよ、琴は僕の愛する琴に変わりがありません」
もう言っている意味が分からん。馬鹿にはお手上げだ。スルー推奨。
「で、どうしてそんな摩訶不思議な話をあたしにするんですか?」
そう尋ねれば、またニッコリ笑みを浮かべる。嫌な予感……。
「君なら言っても平気だと直感したのです。僕は学校関係者ですので、彼女との関係をおおっぴらにはできません。でもね、僕は彼女の自慢がしたくて仕方がない。あの愛しい彼女のことを」
「惚気ですか……。気持ちはわかりますが、それは自分の友人にでもしてください」
「友人?」
門倉は不思議そうに首をかしげる。全く思い当らないようだ。
この人、彼女以外は本当にどうでもいいと思ってんだな。
「ええ。あのチャラ……っ、進藤先生とか」
あぶねっ。心の声がうっかり口から出るとこだった。さすがに担任をチャラ男呼ばわりはマズイな。
たしかこの男と進藤は、学生時代からの友人だって言っていた気がする。ちなみにこの学校出身らしいわ。どーでもいい情報だけど。
「ああ、進藤ですか。……駄目です。彼女のかわいらしい部分を、他の男が知ることなど耐えられません。しかし君は女性、それに彼女の友人です。彼女も本当なら彼氏のことを友人に言いたいでしょう。でも僕が学校関係者である限り、それはできない。だから君に琴美さんの話を聞いてあげて貰いたいのです」
うむ、後半は理解できる気がする。
「秘密の彼氏」――響きはいいが、高校生は惚気たい年頃だろうよ。
「わかりました。琴美ちゃんの話は聞きま……」
「そうですか。では明日もこのくらいの時間にここに来てください」
「……はい?」
「僕の惚気を聞いてください。誰かに言いたくて仕方がありません」
「嫌で……いででででっ!」
押すなよ、指ぃいっ! アンタ、笑顔が黒いよ!
「いいですね?」
「……はい」
くそっ、負けた。このあたしを負かすとは……。やはり侮れん!
がっくり肩を落としていると、カーテンの向こうに人の気配がした。
「うーん」という唸り声の後、カーテンがふわりと揺れる。
すると門倉がすっと立ち上がり、そっちの方へ向かった。
「琴美さん、お目覚めですか?」
「うん……、まだボーっとする……」
「夜更かしするからですよ」
いやいやいや、あんたが一服盛ったからだろーが! 医者の風上にも置けんわ!
心の中でツッコミを炸裂させていると、ふらつきながら彼女が姿を見せた。ぼんやりしながらこちらを見ている。
「あれ……。小町ちゃん?」
「琴美ちゃん、大丈夫?」
「うん。……怪我してるの?」
「まぁ、ちょっと」
彼女があたしに近づき、指を凝視して、それから門倉の方を見た。
「せんせー、手当てしてあげて。血が滲んでる」
さっきギューギュー押されたから、絆創膏が血で真っ赤に滲んでいる。
せっかく止まりかけたのに。クソ医者め。
「ええ、もちろんです」
自分でやったくせに。この鬼畜野郎。あんたの笑顔、胡散臭さ満載だよ。
「そうそう、琴美さん」
絆創膏をはがし、今度はガーゼを押し当てて包帯でぐるぐる巻きにしながら、門倉が口を開いた。
「彼女に僕たちの関係がばれました。だから彼女になら僕の話をしても構いませんよ」
その言葉に、彼女は目をキラキラさせながらあたしを見た。
「本当に? 嬉しいっ! 小町ちゃん、聞いてくれるの?」
「あ、うん。あたしでよければ」
「ありがとう、小町ちゃん。大好き!」
かわえーのう。さすが主人公。美少女加減が半端ない。笑顔が猛烈にかわいい。
彼女に抱きしめられた途端、彼女から見えない位置で門倉から、殺気バンバンの刺すような視線で睨みつけられた。
女に嫉妬すんなよ。器ちーせーなぁ。へへっ、役得。
琴美ちゃん、超いい匂いする~。
次の日、部活終わりに保健室へ寄る。嫌だったけど、無視した場合の危険度が恐ろしいから言われるままにする。
人の言いなりにならないのがあたしのポリシーなのに……。
ノックして中に入ると、二人は揃っていた。
ただ、やはり彼女の方はぐっすり眠っていた。彼女を自分の膝に座らせ、抱きかかえるように門倉は椅子に座っていた。
器用だな、おい。そして力持ち。
「お待ちしていましたよ、田原さん」
「どうも。……で、琴美ちゃんはまた眠っているんですか」
「ええ。本当に、言っても聞かない困った子です。夜更かしは肌に悪いのですけどね。この美しい肌に疲れが出るではありませんか」
嘘つくんじゃねぇよ。あんたが薬盛ってんだろうが。
こんな医者がいて、果たしていいのだろうか。つーかこういうことしちゃう医者って、かなりヤバいよね。危険度が高すぎ。
そして嫌悪感で、すごい鳥肌ボーボー。
「さて、お茶でも入れてもてなしたいところですが、生憎動けません。申し訳ありませんが、ご自分で」
「いえ、結構です」
間髪入れず、断る。
保健室にあるもの全てが警戒対象だっつーの。怖くて口にできるかっ。
この男の三文芝居にイライラしながら、あたしは話を進めることにする。
「さっさと惚気てくれませんか。早く帰りたいんです」
「はっきり物を言いますね。……いいでしょう」
――――そして冒頭に戻る。
この変態保険医、確かに顔はいいし、優しげで穏やかな話し方で生徒からの人気が高い。
年齢は三十……だっけ? 黒い柔らかそうな髪、銀縁眼鏡の奥にある少し目尻の下がった優しげな目。細身だけど、まぁまぁの筋肉質な身体つき。
でも整い過ぎたその容姿で、彼女への偏執的な愛情を、無関係のあたしに話しながら恍惚の表情を浮かべているって本っ気で気色悪い。
しかも彼女の太もも撫でながら。
キモい、きしょいっ! このエロ医者!! 滅びろ! それが人類のためだ。
この男に思慕を抱いている女子に、声を大にして言いたい。
『イケメンなら、こんな変態でも許されるんですか――?』と。
あたしは変態なイケメンより、ブサイクでもごく平凡がいい。あたしの中で男の魅力は強さだからね。顔は二の次。理想はあたしより強い男だけどな。
「黙り込んでどうしました? 僕の琴への深い愛情に感動しましたか?」
んなわけねーだろ、ボケェッ!
「ええ。あまりに素晴らしくて耳が腐りそうです」
「ふふっ。もっと聞きたいのですか。わかりました」
「いえ、今日はもう帰らせてください」
これ以上は精神が危険です。速やかに退避させろ、コノヤロウ!!
小町はツッコミ気質