チャラ男の恋煩い
やってしまった……。
あの日から三週間が経った。
来る日も来る日もあのときの自分の行動を思い返し、後悔を繰り返す。
披露宴のときの言葉をほんの数時間の間にど忘れしたのか。こともあろうか告白前にキスしてしまうとは。結局好きだと言えてないし。
あいつ――田原はどう思ったんだろう。変態、ロリコン、淫行教師……。うわ、俺最悪だ。
それに「ごめんなさい」って、やっぱり俺はフラれたのか。
職員室で頭を抱えて唸っていると、不意に頭上に衝撃が走った。振り返ると、たくさんの紙袋を手にした、呆れ顔の門倉が立っていた。
「痛ってーな! ……つーかお前、何で来てるんだ?」
現在春休みに入り、こいつがここに来る必要はない。
「一応結婚の報告と新婚旅行の土産を渡しに。それと、あなたに会いに」
「俺?」
「悩んで落ち込んで暗くて鬱陶しいからどうにかしてくれと青柳先生に頼まれまして」
「酷っ」
確かに悩んで落ち込んで暗かったかもしれないが、鬱陶しい――は、こいつの後付けだな。
「恩師の頼みですから仕方がありません。話を聞いて差し上げましょう。特別に無料で」
「金取る気だったのか!」
俺、こいつと友達でいいんだろうか。薄情すぎる。
それでもこんな話をできるのはこいつだけなので、誘われるまま保健室へ向かった。
「それでどうしたのですか」
お茶を入れてもらい、土産の菓子を開けつつ門倉が切り出した。
「うん……」
「うん、ではなく」
「何ていうか……」
「ウザい。早く言え」
酷過ぎ。本性出てるぞ。
「……キス、しちまった」
「それで?」
「…………」
「え、それだけですか」
「ああ」
「……馬鹿馬鹿しい。小学生ですか。いいえ、小学生に失礼でしたね。今どき幼稚園児でもキスぐらいでガタガタ言わないでしょうに」
「うるせーな! フラれたんだよ!」
「おや」
おや、じゃねーよ! 口に出した途端にそれが現実だと実感して悲しくなった。
「キスして、抱きしめて、あっちもそれに応えてきたからいけると思ったんだけどな。『ごめんなさい』って、逃げられた」
「ふむ。告白はしていないと」
「ああ」
「なるほど。それであの電話ですか」
「は?」
「いえ、こちらのことです。お茶、冷めますよ」
門倉は思案顔でお茶を飲む。俺はなんだか落ち着かなくて、焼き菓子に手を伸ばした。マドレーヌを口にしたが、あまりの甘さに顔を顰めた。慌ててお茶で口直しする。海外のお菓子って、歯が痛くなりそうな甘さだな。
「それであなたはその行動に対して田原さんに何もフォローしていないのですか」
「してないな。そもそもどの面下げて会いに行けと」
「その面以外にありますか?」
ごもっとも。正論過ぎてムカつくな。
「どうでもいい女性には手が早いくせに、本当に本命にはヘタレですね。……ああ、手はもう出してしまいましたか」
「うるせっ」
耳が痛くなるような皮肉をどうもありがとうよ。
奴は不貞腐れた俺を小馬鹿にしたように笑いながら、手にした湯呑を机に置く。
「……少し探りでも入れてみますか。今の僕は世界一の幸せ者なので協力して差し上げましょう」
素直に感謝するのが癪だ。
四月に入り、新学期に向けて忙しい日々を過ごしていたある日。
「すみません。失敗しました」
門倉が言葉とは裏腹に清々しい笑顔で報告してきた。
「失敗?」
「琴美さんに田原さんのことを聞いたのですが、僕が田原さんのことが好きになって自分には飽きたのではないかと嫉妬しましてね。ありえないことなのに、僕の琴美さんは本当にかわいらしい」
もしや俺は惚気を聞かされているのか?
「ですので田原さんのことは訊けません。残念ですが」
全く残念だと思っていない口調で言いやがる。結局、お前にはどうでもいいことだしな。
「それでどうします? このままでいいのですか?」
「いいわけない」
どうにかしたい。会いたい。会って謝って、ちゃんと言葉にして伝えたい。それでフラれたら、それはそれで仕方がない。
「そう言うと思っていましたよ。ここで諦めるなどとほざきやがったらあなたを見限るところでした。手は打ってあります」
「手?」
門倉は不気味なほどニッコリと笑った。
「今度の土曜に会わせて差し上げますよ、田原さんに」
土曜。門倉が指定してきたのは遊園地だった。現地集合だったため、車で向かった。
待ち合わせの正門前にはすでに門倉が待っていた。数人の女から声を掛けられているのを断っているようだ。相変わらず、外面だけは完璧な男だ。
俺を見つけた奴は、驚いた顔をして目を見開いた。女達を振り切り、こちらに近づいてくる。
「よう。待たせたな」
「……何と言えばいいのやら。かなりのイメージチェンジですね」
ジロジロ見られて、酷く落ち着かない。まだ自分の格好に自分でも慣れていないせいだ。
今の俺はこれまででは考えられないような地味な格好をしている。ほぼ金色だった髪を黒に染め、アクセサリー類はすべて外した。着崩すことなく身につけられた衣服は、まるで鎧を外した感じでどこか心もとない。
「どこをどう見ても完璧な好青年ですよ。一体どうしたのですか」
「……チャラ男は苦手なんだとよ」
「なるほど。外見を田原さんの好みに合わせるほど、自分に余裕がないのですね」
当たり前だ。今の俺にはマイナス要素しかないのだから。少しでも好かれる努力をするに越したことはない。
いい歳をした男が二人で遊園地など恥ずかしいことこの上ないが、羞恥など感じている場合じゃない。
「さて、どこにいるのでしょうね」
田原は九条と二人でここに来ているらしい。今日までの入園券を渡したようだ。
園内はほどほどに込み合い、連絡も取らずに二人を見つけるのは骨が折れそうだ。再会するまでに心の準備をしなければ。今すぐ会いたいのに、やっぱり会うのが怖い。
「早く見つけなければ、僕の愛しの琴美さんに害虫が群がってしまいます。おまけの田原さんにも一応」
「あいつをおまけにすんな!」
「はいはい、すみませんね。あなたの愛しの人をおまけなどと。……ああ、いましたね」
「え、もう!?」
早くないか? まだ心の準備ができていない。二人のいるであろう方を見られない。
「も、もう少しあとで合流するってことは……」
「ここまで来て何を言っているのですか。往生際が悪いですよ」
「いや、でもさ」
「……逃げるなよ」
急に声を低くし口調を変えた門倉が、鋭い視線を向けてきた。
「逃げやがったら今後お前をウジ虫扱いしてやるからな。この俺にここまでさせたんだ。いい加減覚悟決めろ」
周囲の温度が急に下がった気がした。お前、最近ちょいちょい本性出てるぞ。
少し離れたところで「せんせー!!」と九条が叫ぶと、さっきまでの雰囲気がどこへやら、門倉は優しげな顔に戻り、「行きますよ」と俺を促し歩き出した。
到着が待ちきれなかったのか、九条が駆け寄り門倉の胸に飛び込んだ。羨ましいほどラブラブだな。腹の立つほどに。
ここでようやく覚悟を決め、田原に視線を向ける。今日も相変わらず抱きしめたくなるほどにかわいいが、少し顔が引きつったまま門倉たちを見ていた。こちらを決して見ない。
これは避けられている。わかっていたがショックが大きい。
「せんせー、用事があったんじゃなかったの? びっくりした」
「すみません。琴美さんを驚かせたくて」
夫婦の再会を十分に堪能してから、門倉が田原に胡散臭いほどの満面の笑みを向けた。
「おはようございます、田原さん。お久しぶりですね」
「……おはようございます」
「僕だけでなく、もう一人にも挨拶をされたらいかがですか? 知らない仲ではないのですから」
こっちに振られた。気まずいが、いつまでもこのままじゃいられない。
「……おはよう。久しぶりだな、田原……」
「お、おひさしぶりです……先生」
田原は言葉に詰まりながら何とか返事をしてくれた。
それから当然のことのように四人で回ることになった。乗り物の類は二人乗りが多いので、門倉夫婦がペアになる。必然的に俺と田原がペアになるわけだ。会話もなく、まるで他人が相乗りしているかのような静けさだ。そんなに俺と居るのが嫌か。悲しくてちょっと泣きそうになって、ほぼ俯いていた。
昼になっても気まずさはそのままだ。フードコートに入ったものの、全く落ち着かない。門倉夫妻以外、会話らしい会話も一切ない。どこまで把握しているかは知らないが、九条があまりの気まずさに耐えかねて立ち上がる。
「わ、私お腹空いちゃったなぁ~。小町ちゃんも空いたよね? うん、きっとそうだ。何か買ってくるねっ」
「そうですね。進藤、琴美さんについて行ってください。あなたは財布と荷物持ちです」
「え……俺?」
指名されて驚いた。あの門倉が九条を他の男と二人きりにするなんて。天変地異の前触れか。
ふと田原と視線が交差したが、やっぱりすぐに逸らされてしまった。
フードコートの行列に並んでいる間、九条は無言でじっと俺を見つめていた。
「九条。あまりジロジロ見ないでくれないか」
「……もし軽い気持ちなら、二度と小町ちゃんに構わないでください」
「えっ」
普段では考えられないような冷たい口調で、九条は言い放つ。
「小町ちゃん、ずっと悩んでました。先生、何もフォローもしないんですよね。ちょっと酷いんじゃないですか」
正論過ぎて二の句が継げない。
「遊ばれてるんじゃないかって、冗談なんじゃないかって」
「そんなわけない!」
強い口調で言い切ると、九条が押し黙る。
「……好きなんだ」
視線を逸らしてポツリとつぶやくと、大きなため息をつかれた。
「言う相手が違いますよ。ちゃんと言葉にしてあげてください。小町ちゃん、予想以上に鈍いですよ」
「……怒らないのか? 気持ち悪いとかロリコンとか言わないのか?」
九条に視線を戻すと、彼女は苦笑している。
「私がですか? 言えるはずないじゃないですか。進藤先生がそうなら、せんせーだってそうなんですから」
「田原、そんなに悩んでいたのか」
「とーっても。先生が小町ちゃんのこと好きかもって言っても、全然信じないし」
「……お前、門倉からどこまで聞いてるんだ」
「何も。私は小町ちゃんからしか聞いてません。でも先生が小町ちゃんを……ってこと、みんな薄々気づいてましたし。本人以外は」
「マジか」
「噂になってたの、知りません?」
「知ってるけど」
「知ってて放置してたってことは、やっぱりその頃からもう好きだったんですか?」
急にグイグイ来るな。教え子に自分の恋愛事情知られるとか、ものすごく恥ずかしい。今更だが。
「黙秘」
「ケチんぼですね。代わりに私とせんせーの愛の軌跡も言いますから」
「すまん。聞きたくない」
「えー。そこは聞きましょうよ」
「勘弁してくれ」
ここで注文の順番が回って来て、なんとかこの気まずい状況から逃げ出すことができた。
昼食中も、田原は決して俺と目を合わせようとしなかった。覚悟はしていたが、心が折れる。
二人が化粧室から戻るのを待つ間、門倉が昼食を買っているときのことを訊いてきた。
「あなた、琴美さんと二人きりで変なことしてないですよね」
「馬鹿か。するかそんなこと。つーか、あの席から丸見えだっただろーが」
「……そうですけど」
「安心しろよ。田原とのことしか話してない。釘を刺されたよ。『軽い気持ちなら二度と構うな』ってな」
「そうですか。……あ、メールです」
門倉が携帯を眺めると、苦笑した。
「残念なお知らせです。この後は田原さんと二人で回りたいそうです。逃げられましたね」
「……マジか」
俺、今日ここに何しに来たわけ? ただ田原から完全に避けられるのを実感しただけなんだけど。
目に見えて落ち込む俺に、奴はニコリと笑む。
「心配しないでください。夕方、必ず田原さんと二人で話す機会を作りますから。それまでに何を伝えてどうするか、しっかり考えて覚悟を決めてください」
言われるまま、夕方まで悶々と悩み考え、フードコートで時間を潰した。
そして夕方。門倉は妙に慌て、急ぐように俺の腕を掴んで引きずっていた。
「何なのですか、この人ごみは。全然前に進まない」
どうやら広場でなんとかっていうアイドルがイベントをやっている。あまり知らないが、かなり人気があるらしい。そのファンの渦に呑まれ、身動きが取れない。
俺の腕を掴む門倉の手に力が籠る。舌打ちまで出て、苛立っているのが丸わかりだ。やかましいぐらいの大音量の曲に合わせて踊る男が俺達にドンとぶつかってきた途端、奴の限界が超えた。
「……退け。殺すぞ」
地の底から出たような低い声で威嚇した瞬間、「ひっ」と悲鳴が起きてサッと道が開く。チラッとこちらを見て、「進藤、行くぞ」と走り出した。
怖い、怖い。一体どこへ連れて行かれるわけ? すげードナドナ気分なんだけど。
ほぼ全力で走り続けると、奴は観覧車乗り場に駆け込んだ。そこには九条と、観覧車に乗り込んだ田原がいた。
「あ、来た! 早く!」
九条の慌てた声が聞こえたと思ったら、門倉に田原が乗っている観覧車に押し込まれていた。
「「えっ!?」」
「早く閉めてください!」
二人きりって観覧車のことか。ちょっと待て。密室って、かなりヤバいんだけど。それにこれ、確か一周三十分だったはず。
混乱しているうちに、門倉の声に催促された係員がドアをロックしてしまう。
どんどん離れていく門倉達に、すぐ隣で田原が怒鳴っている。
門倉と視線が合うと、「頑張れよ」と口パクで言っているのがわかった。ありがとよ。軽く頷き、視線で感謝を伝えた。




