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儚げ少女は元不良様  作者: いとみ
敵は理性グラグラのヘタレ狼
24/31

残りの時間は感傷的

 内部入試審査の結果はとある放課後、一人ずつ職員室にて通知される。

 田原は緊張した面持ちでじっと俺を見つめている。


「…………」

「…………」


 結果を知っているのに俺まで緊張してくる。

 その一方でこのまま黙って田原を見つめていたいが、焦らすのもかわいそうなので口を開いた。


「……合格だ」

「よっしゃぁあああああ!!」

「馬鹿、声がでかい!」


 ガッツポーズしながら雄叫びをあげた田原の頭を、思わず軽く叩いてしまった。

 どうなることか不安だった審査も地道な努力の結果か、はたまた運がよかったのか、ギリギリとはいえ無事通過することができた。

 俺自身も肩の荷が下り、自分が大学に合格したとき以上の喜びを感じている。


「おめでとう。よく頑張ったな」

「ええ、もうそれはそれは頑張りましたよ」


 えへんと胸を張る様子に、あの田原がよくぞここまでと感心する。

 本人はもちろんだが、俺も頑張ったよなと心中で自分を褒めた。

 するとフッと真面目な顔をして、田原が頭を下げた。


「先生、いろいろとありがとうございました。先生がいなきゃ、あたしきっと大学なんて無理でした」

「……まあ、そうだろうな」

「ちょっとは謙遜してくださいよ」


 口を尖らせて拗ねる顔がかわいらしくて、うっかり手が出そうになるのを必死に押し止める。


「このあたしが大学生とか夢みたいです。正直卒業すら危ういかと」

「去年のままの生活態度だったら危なかったけどな」

「あの……今更ですけどちゃんと卒業できますよね?」


 不安そうに俺を見つめるので、安心させるように頭をポンポンと軽く叩く。


「大丈夫だ。学年末テストがオール赤点でも何とかしてやる。毎日補習してでもな」

「……それは嫌です」


 田原が進学先を決めて、卒業の見込みもほぼ大丈夫だというのに、俺の心中は安堵以上に寂しさが大きい。

 卒業してしまえば接点などほとんどなくなってしまうだろう。今のように毎日顔を合わせることなど皆無だ。

 そして大学に入学した田原には新しい出会いが待っている。同年代の男と知り合う機会もたくさんあるだろう。その中から気が合う男と付き合って、キスして、いつかは……。

 想像するだけで胸が痛い。たとえ卒業後にこの気持ちを告げても、きっと受け入れられることはないだろう。田原が俺を男として見ていないことは明白だ。

 それに教え子の自分を恋愛対象に見ている教師など気持ち悪いと思うかもしれない。門倉のことを毛嫌いしていることからも、その可能性はある。

 典子のときのように気持ちを告げて吹っ切ることも考えたが、拒絶されてもう二度と会えなくなることを考えると恐ろしくて、とてもじゃないが実行できそうにない。俺と門倉が、田原と九条が友人で居続ける限り、彼女と顔を合わせる機会がないとは言えない。数えるほどしかないそのチャンスを潰すことなど、臆病な俺には無理な話だ。

 卒業式が近づくにつれ、俺は勝手な想像で思い悩むようになった。





 三年生は自由登校期間に入った。当然田原も姿を見せなかった。

 四月からはこんな毎日が当たり前になるんだと、俺は内心落ち込んでいた。

 しかしある日の放課後、社会科準備室に田原が姿を見せた。


「進藤先生」

「おお、何か用か?」

「ちょっと一緒に来てくれませんか?」


 言われるままに中庭まで連れて行かれた。田原は俺から隠すように何かを後ろ手に持っている。


「で、どうした」

「先生、これあげます」


 差し出したのは、綺麗にラッピングされた箱だった。驚いたが、すぐに何でもないように装う。


「……これは?」

「えっと……勉強見てもらったお礼です」

「お礼? そんなのいいのに……。ちなみに中身を聞いてもいいか?」

「今日はバレンタインなんでチョコレートです」


 頭が真っ白になって、二の句が継げなかった。

 今日がバレンタインデーだということはもちろん知っていた。朝から職員室で義理チョコを貰い、生徒からも何人かにチョコを渡された(もちろん丁重に断ったが)。

 だがまさか、あの田原からチョコレートを貰うことなど誰が予想できる。そんな行事に微塵も興味がなさそうなのに。

 まじまじと箱を観察する。見た感じ、市販で売られているものではなさそうだ。ラッピングにところどころぎこちない部分が見受けられる。


「もしかして……手作りか?」

「あ、はい。で、でもちゃんと味見して大丈夫だったんで、手作りが嫌だとかじゃなかったら食べてもらえると嬉しい、かも……」


 自信なさげに声が小さくなっていく。

 勉強の礼でしかなくても、他意はなくても、バレンタインに惚れている女からチョコを貰えて喜ばない男などいない。しかも手作り。一気に気分が急上昇する。


「ありがたくいただくよ」


 受け取ると、ホッとしたように表情を緩めた。

 田原が帰った後、そのまま保健室へ向かった。

このときの俺は自分でもありえないほど浮かれていて、ふとあいつに自慢したくなったのだ。

 しかし保健室の扉を開けて門倉が手にしていた物を見た瞬間、浮かれ気分が一気に地に落ちた。


「……おい、それ誰から貰った?」


 奴の手には俺が貰った物と同じラッピングの箱があった。

 睨み付けると、奴は俺の手元をチラッと見てから呆れた視線を向けてきた。


「僕が琴美さん以外から贈り物を受け取る男だとでも?」


 それもそうかと思うが、まだ納得できなかった。

 門倉はしかめ面の俺を見て、苦笑しながら席を勧めてきた。


「あなたが何を思っているかはわかります。これを田原さんからの贈り物だと思ったのでしょう?」


 椅子に座りつつ無言を貫く。奴は構わず続けた。


「琴美さん曰く、昨日田原さんと一緒にチョコレートを作ったそうです。だから中身もラッピングも同じものなのだと思います。付け加えるならあなたへチョコレートを贈るように勧めたのも琴美さんだそうです。勉強のお礼として贈ったらどうかと」


 ということはこの状況は九条によって作り出されたものということか。


「……九条に礼をした方がいいか?」

「しなくて結構です。大した用でもないのに琴美さんに話しかけないでください」


 確かに大した用ではないが……。何だか複雑だが、心の中で九条に礼を言う。

気を取り直して、手にした箱を眺めると自然に顔が緩む。チョコレートを貰ってこんなに心躍らせるのは初めてかもしれない。

 しばらくそうしていると、急に目の前に封筒が出てきた。


「何だこれ」

「結婚式の招待状です」


 封を切って中を見れば、式の日取りはほぼ二週間後だ。


「お前なぁ、普通こういうものはもっと早めに知らせるだろう」

「いいではありませんか。ちゃんとあなたの休みの日です。出席してくれますよね?」

「そりゃ行くけど……」

「当たり前ですよね。進藤が僕と琴美さんの結婚を祝うのは当然です」


 何だコイツ。もっと言い方ってもんがあるだろうが。

 腹が立ってそっぽを向く。すると門倉は自分に注意を向けるように、わざとらしく咳払いをする。


「そうそう、もう一つ言うのを忘れていました。式には田原さんも呼んでいます」


 ドキッとした。


「……マジで?」

「ええ。出席の返事を貰っています。僕に恨みがましい視線を向けてきましたけれど」


 式は卒業式の三日後だ。卒業後も、会えるのか……。


「式の頃には、もう田原さんはあなたの教え子ではありませんからね」


 門倉の言いたいことがわかり、思わず俯く。要するに、結婚式にどうにかしろと発破をかけているのだ。


「……俺にどうしろって言うんだよ」

「好きにしたらいいのですよ。あくまで教師として接してこれっきりにするもよし、その先の関係に進めるように手を尽くすもよし。それぐらい自分で考えてくださいよ。お膳立てはここまでです」

「お膳立てって……どういう風の吹き回しだ」


 何か裏でもあるのかと勘繰ると、目の前の男は心外だと言わんばかりに顔を歪ませる。


「友人の恋を応援して何がいけないのでしょう」


 マジか……。俺、こいつにちゃんと友達認定されていたのか。


「まぁ、あなたと田原さんがくっつけば、彼女が僕たちに干渉してくることもなくなるでしょうし」


 やっぱりか。どうせそんなことだろうと思った。感動して損した。

 門倉がお茶を入れてくれたので、お互いチョコレートの箱を開けてみた。門倉の箱には手作り感満載の少し歪な形のトリュフ。俺は箱の中身を――思わず二度見した。


「おやおや、それは食べられるものなのですかね」


 俺の箱をチラ見した門倉が失笑する。

 もちろん俺は笑ったりしない。だけど……少しだけその物体を口にするのに躊躇する。

 九条と一緒に作ったということは、多分これはトリュフなのだろう。だが目の前の物体は何と言うか……一言で言えばアメーバだ。

 門倉がトリュフを口に入れて表情を緩ませたのを確認し、恐る恐るアメーバを掴み、口に入れる。


「……うまっ」


 見た目はアメーバでも味は普通のトリュフだった。いや、想像以上にうまい。ギャップって凄いな。


「本当においしいのですか?」

「うまいって言ってんだろ」


 疑いの目を向ける男を一睨み。


「この得体のしれない物体がおいしいのは、きっと琴美さんのおかげです。そうでなければ納得できません」

「馬鹿にすんな。田原だってやればできる」


 ……かもしれない、と心の中で呟く。


「やけに庇いますね。恋は盲目、あばたもえくぼ、というところでしょうか」


 からかい交じりにニヤニヤする顔がムカついて、フンと顔を背けてお茶を飲む。

 田原はあばたじゃねーっつーんだよ!






 そして三月に入り、今日は卒業式。普段は着崩している服装もさすがに式典ではきちんとする。

 毎年この時期になると少し感傷的になる。巣立っていく生徒を見ていると喜ばしいことだけど、どこか寂しさもある。特に今年は三年生を受け持っていたため、例年よりそれが大きい。

 卒業証書授与のときに一人ずつ名前を読み上げる。こうして一人一人の名前を口にするのも今日が最後なのだ。入学当初から比べ成長した彼らの姿は立派で、肩の荷が下りた心地である。


 式が終わり、各々が友人や教師と別れを惜しんでいる。俺のところにも続々と生徒が訪れ、卒業アルバムに一言添えたり、一緒に写真を撮ったりと忙しかった。

 生徒の波が途切れて一息つくと、田原が九条を伴って姿を見せた。


「進藤先生、一言ください!」


 九条が卒業アルバムを差し出すので、それを受け取る。

 彼女の飛躍を望む一言を書き込んだものの、おそらく大学は卒業できないだろうと思う。彼女の夫となる男は一刻も早く彼女を籠の中の鳥にしたいだろうから、自由もせいぜい一年ってところかな。

 複雑な思いを抱えながらアルバムを返すと、俺がこんなことを思っているとは知らない九条は笑みを浮かべて礼を述べる。


「先生、ついでにあたしも書いてください」

「ついでとはなんだ。いちいち一言多いんだよ」


 文句を言いながら、田原からアルバムを受け取る。

 こういう風に田原と気軽に軽口を言い合うこともなくなるんだと、ズキズキと胸が痛む。

 それを押し隠し、何を書こうかを考えていると、田原が訊いてきた。


「そうそう。この間のアレ、どうでした?」

「アレ? ……ああ、チョコか。うん、うまかった。ありがとな」

「よかった」


 ホッとした顔はヤバいぐらいかわいい。

 沈んだ気分が少し和んだ次の瞬間、


「おいしいに決まってますよね~。大半は琴美ちゃんが作ったんだから」

「……は?」


 耳を疑った。


「おい、田原。手作りって言ったよな?」

「言いましたよ」

「大半を九条が作ったって……お前は何をしたんだ」

「形作っただけです」


 畜生。門倉の言う通りだったじゃねーか。したり顔のあの男が脳裏に浮かんで舌打ちしたくなった。

 俺と田原の間の微妙な空気を感じ取ったのか、九条が慌ててその場をとりなそうとした。


「そ、それだけじゃないでしょ小町ちゃん。ラッピングも自分でしたじゃない」

「うん。ぐちゃぐちゃになってイラついたけど、なんとか」


 もしかしてイラついて箱ごと投げたんじゃねーだろーな。それならアメーバも納得なんだが。

 裏話を聞くと、あんなに嬉しかった気持ちがどんどん萎んでいく。が、二人が俺の内心を知るはずもないので、その鬱々した気持ちを振り払うように咳払いをする。


「ま、とにかく礼を言っておく」


 ささっと一言書き、アルバムを返す。すると急に真面目な顔をした田原が頭を下げた。


「いろいろとお世話になりました。またどこかで会うかもしれませんが、どうぞお元気で」

「馬鹿。今生の別れみたいに言うな。すぐに会うだろうが」

「え?」

「小町ちゃん、進藤先生も結婚式に来るのよ」

「ああ、そっか」


 これはどう考えても脈なしだな。田原の態度は俺を教師以上に思っていないことが明白だ。

 二人が去った後、言いようのない疲労感だけが重く圧し掛かった。




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