俺、ヒロイン確定?
あれから一週間ほどたった、ある日。
仕事を終えて学校を出たところで、ガラの悪い数人の男に囲まれた。その顔に見覚えはないし、囲まれる理由もない。
「あんた、進藤さんだろ?」
「そうですが……何か?」
「ちょっと顔、貸してくれないか」
突っぱねることもできたが、学校の前で騒ぎを起こされるのもまずい。俺は大人しく男たちに続いた。
男たちは港の方に向かって歩いて行く。ショッピングモールのそばを通り過ぎると、その先には倉庫しかない。当然、人の気配はないに等しい。
これはやばいかもしれない。そう思ったが後の祭り。倉庫の一つに押し込まれた。そこに待っていたのは沙知絵と数人の男だった。
「沙知絵……」
「進藤さん、いらっしゃい。待ってたわ」
「何の真似だ」
「私とよりを戻してくれる?」
「まだそんなことを……。それは無理だ」
「……そう。お兄ちゃん、やって」
きっぱりと断ると、沙知絵は一人の男に視線を向ける。するとその男は俺の後ろにいた数人の男に目配せをした。その途端、身体に衝撃が走った。
「ぐっ……」
鳩尾に蹴りが入り、倒れそうになるのを寸でのところで止まると、今度は背中に痛みが走る。その直後に地面に当たる金属音が耳に届く。
「オラ、進藤さんよ。まだまだこんなもんじゃないぜ。俺達と遊んでくれよな」
楽しげに笑う男たちに、そのまま好き放題に殴られ蹴られ、俺は自力で動けないほど痛めつけられた。その間、沙知絵はボコボコにされる俺を見ながら、口元に笑みを浮かべていた。
「おい、サチ。なかなか根性ある男じゃねーか」
「ふふっ、私が選んだ人だもの。当然でしょう。……そうだわ。あの女も呼んで、痛い目に遭わせましょうか。そうしたら私の進藤さんに二度と近づいて来ないわ」
「そうだな。いい女なら俺が相手してやってもいいぜ。――おい、やめろ」
一声で暴行が止み、それからすぐに沙知絵の兄がこちらに近づいてきてしゃがみ、蹲る俺の髪を掴んで顔を上げさせた。
「進藤さん。あんたの新しい女ってやつ、ここに呼べよ」
「くっ……い、やだ。あいつは……関係ない」
「へー。そんなにその女が大事ってか? すぐに呼びたくなるぜ。……続けろ」
その合図で、俺はまた暴行され続けた。
どれだけ時間が経ったのだろう。痛みで意識が朦朧としてきた頃、倉庫内に甲高い音が響き渡った。目を凝らせばどこから飛んできたのか、一斗缶が地面に転がっている。
「誰だ!!」
すぐに周囲を見回す男たち。すると正面より少し右側の木材が積まれているその一番上に女がいた。
「お望み通り来てやったわよ」
聞き覚えのある声によくよく姿を確認し、俺は目を見開いて驚いた。
「……た、はら……?」
何で、ここに……?
彼女はふわりと地面に降り立ち、声を張り上げた。
「あたしに用があるんでしょ? 何の用?」
「あんたの……あんたのせいで私は進藤さんに振られたのよ? あんたさえいなければ……」
沙知絵の恨みがましい言葉は何一つ正しくない。本当に巻き込んでしまった。田原は何にも関係ないのに。
二人の男が彼女に近づこうとしたのを止めようとして動くが、そばにいた男に押さえつけられてそれは叶わなかった。
田原は自分に向かって来る男を鼻で笑った。俺にはどうしてそんなに落ち着いていられるのかが不思議で仕方ない。
「女一人に男二人って卑怯だよねぇ。複数じゃなきゃいけないぐらい、弱いの?」
彼女の挑発に乗ったのか、一人だけが近寄る。
「お嬢ちゃん、悪いことは言わねぇ。大人しくしてくれりゃ、俺たちがかわいがってやるよ」
「悪いけど、あんたたちタイプじゃないんだよねぇ~。それにヘタクソっぽいしねぇ、イロイロと」
「くそっ、このアマ!」
マズイ、逃げろ!
そんな願いはどこへやら、彼女は男が振り下ろした拳を軽くいなし、回し蹴りを繰り出す。男は綺麗に吹っ飛んだ。あっけなく地面に沈む男の顔をぐりぐりと踏みつけ、冷たい視線で見下ろした。
「……弱っ」
剣道の試合で見た以上に、彼女の覇気はすさまじかった。軽い殺気すら感じる。
その後も二人の男を難なく片づける。ナイフを持った男と対峙したときは胆が冷えたが、彼女は懐から出した特殊警棒で相手を蹴散らした。
地面に転がった三人の男を確認し、彼女はこちらに視線を向けた。
「もっとマシなの連れてこればよかったのに。……もういいよね? その人を解放しなよ」
俺は不覚にも泣きそうになった。
まるで人質になった少女を救出するヒーローじゃねーか。かっこよすぎだろ、お前。……ということは俺がヒロイン!?
まだ緊迫した状況であるにもかかわらずそんな能天気なことを考えていると、倉庫に車が二台入って来て、男が何人か降りてきた。
「……あ、こりゃ無理だ」
彼女の呟きで我に返り、サッと青ざめた。
「チッ、きたねーぞ!」
「もう構うか。おい、この女をやれ」
今度こそやばい。
何とか体が動かないか身を捩っていると突然、ものすごいスピードで赤いスポーツカーが倉庫内に侵入してきた。また敵かと思ったが、その車には見覚えがあった。降りてきたのは心強い悪友の姿だった。するとどこからか悪友の恋人が姿を現し、その胸に飛び込んだ。
おいおい九条、お前までいたのか。門倉に殺されるじゃねーか。田原も連れてくるなよ。
感動の再会だったようだが、すぐに九条は眠らされて車の中だ。門倉は一体どれだけの犯罪を続けるのだろうか。助けに来てもらって何だが、そう思わずにはいられない。
田原と門倉の会話はよく聞こえなかったが、ふと門倉の纏う空気が変わる。まるで昔のあいつに戻ったような……。
二人は同時に駆け出し、男たちをなぎ倒していく。
社会人になってすっかり丸くなったとばかり思っていた門倉は、昔と変わりないほど凶暴だった。さすが『サタン』と呼ばれた男だ。
田原も武器を使いつつ男たちをボコボコにしていく。
相手が残り一人となると、田原はこちらに近づいてくる。沙知絵は怯え、兄はナイフを出して俺に突き付けてきた。
「来るな! こいつがどうなってもいいのか!?」
「あんたさ、たかが恋愛沙汰でこんなことして恥ずかしくないわけ?」
「あんたのせいじゃない! あんたがいなければ……」
「あのさ、あたし全く関係ないんだけど。ただの教え子だし」
「う、嘘よ! だって進藤さん、付き合ってるときも私のことなんて見てなかった。他に好きな女がいたみたいだもん!」
こいつ、知っていたのか……。
「先生が他の人を想ってたのは事実。だけどそれはあたしじゃない。あんたの気持ちもわからなくもないよ。でもさ、こんな風に暴力で人の気持ちを取り戻そうなんて間違ってるよ。自分がますます傷つくだけじゃん」
沙知絵に真っ当な意見を述べると、今度はこちらに視線を移した。
「先生も、彼女に謝ってください。他に好きな人がいるのに付き合うなら、それを悟らせないぐらいの配慮をするべきです。結果的に彼女を傷つけたのは先生です」
視線を逸らし、苦い顔をした。正論過ぎてぐうの音も出ない。
「ボス、ナイフを下してください。これ以上の暴力行為は不要です。拳で語り合えるのは男の友情だけですよ」
沙知絵の兄は俺に突き付けていたナイフを下した。俺は沙知絵に視線を向けた。
「……すまなかった。俺は君を傷つけたようだ」
「進藤さん。私、本気であなたが好きだったの。他に好きな人がいるっていうのは、はじめから知ってた。でも私が絶対忘れさせるんだって思ってた。だけど……結局、あなたは私を見てはくれなかった。それが悔しかったの」
いつも勝気で、涙を流すところなど見たことがなかった。初めて目にするものにどんどん罪悪感が湧き上がる。
これも自分のした不始末。きちんとケリをつけるべき。俺はふらつく身体に鞭を打ち、立ち上がってこうべを垂れた。
「本当にすまない。俺は君を……愛せなかった」
「私もごめんなさい。こんなことをしても、進藤さんが私を見てくれないのはわかりきってたのに……」
弱々しく謝る様子に、俺のせいでこんなに傷つけてしまったんだと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。全部俺のせいだ。
馬鹿みたいにへこんでいると、門倉の呆れた声と田原の少し焦った声が耳に入って来た。
「全く、揃いも揃って人騒がせですね」
「……あ、そういえば警察って呼んじゃったんですか?」
「いいえ。暴れるつもりだったので、呼んでいません」
すると沙知絵の兄が申し訳なさそうに、警察には知らせないように懇願してきた。
「僕は車の修理代を弁償していただければ、それで構いません。進藤は?」
「俺も構わない。自分で蒔いた種だ」
「田原さんは?」
「いいんじゃないですか。それに警察に通報したら、あたしもヤバいんで」
そのあと沙知絵たちが倉庫から去り、張りつめていた緊張感が緩んだ。グラッと身体が傾き、すぐそばにいた田原に向かって倒れ込んだ。
彼女が慌てた様子で俺を抱えてくれたが、二人揃ってそのまま地面に崩れ落ちた。
「先生、大丈夫ですか!?」
「ああ……悪い」
身体にうまく力が入らない。全くもって情けない。
目を閉じてそのまま大きく息を吐くと、気まずそうな謝罪が聞こえた。
「……先生。この前は……すみませんでした。あたし、酷いこと言いました。それなのに先生、さっきあたしを呼べって言われてたのに、一人で我慢して、あたしは関係ないって……」
「……事実、お前は関係ないだろう。俺が巻き込んだんだ」
事実を言うが、彼女は納得のいかない様子。
「でも、どうして反撃しないんですか」
「俺は教師だ。暴力を振るうことはできない」
「じゃあ、あのまま殺されてもよかったってことですか? あいつらの言うように、あたしを呼べばよかったんです。そうすればそんな怪我しなくても……」
「お前を巻き込めるか」
「そういうところがいい子ちゃんだって言うの! 巻き込めばいいじゃん! 何、一人でかっこつけてんの!?」
イラついた表情に、こちらも腹が立った。
巻き込めるはずがない。何も関係のない生徒を、俺の私情で危ない目に遭わせた。大けがを負ってもおかしくなかった。最悪の場合、女性として屈辱な目に遭う可能性だってあった。
それにもしこの件が公になれば内申に影響することは避けられず、内部進学など不可能。今から他校の受験など、恐らく彼女には困難だ。
そんなことはわかりきったはずなのに、田原は自分を巻き込めと言い張る。教師として、男として、そんな真似できるはずがない。
「巻き込めるか! お前は大事な生徒で、……女だ!」
怒鳴りつけるように叫び、その華奢な身体を強く抱きしめた。
「頼むから! ……もう二度と、こんな無茶なことはするな……」
懇願するように縋れば、素直に「はい」という返答があった。
震える身体が抑えられない。
無事でよかった……。本当によかった……。
閉めきられて風通しのない、ムワッすると不快な蒸し暑さの倉庫内にもかかわらず、彼女の体温が怯える俺を安堵させる。彼女は俺の腕の中でじっと大人しくしていた。
しばらくそのままでいたが、教師と生徒がこんな状況はマズイと思った瞬間、田原の腕が背に回り、ポンポンと優しく叩いた。
うっかり泣きそうになった。何だ、この包容力は。
しかしそんな心温まる雰囲気が長続きするはずがなかった。
「進藤、もうそれぐらいにしませんか? 怪我の手当てをしましょう。いつまでここにいるつもりですか?」
そういえば居たな、門倉が。少し名残惜しさを感じながら、彼女から離れた。
それから門倉の実家の病院に連れて行かれ、怪我の処置をされる。
脳にも骨にも異常がなく、入院の必要もないとのことだ。
「こんなにボロボロも久しぶりね、忍」
顔見知りである門倉の姉が手当てしつつ、苦笑した。
昔、門倉とやんちゃなことをしていた頃、怪我をしたときにはこうやって手当てされていた。門倉はいつも無傷で、ボロボロなのは大抵俺だった。
「いいんですよ。自分が蒔いた種ですから」
「お、今回は壱流のとばっちりじゃないのか。昔はさ、極悪壱流の弱点扱いでよく拉致されていたものよね。まさにヒロイン」
「やめてください、ヒロインなんて」
「で、今回は? またヒロイン?」
「…………」
返す言葉が見つからない。無言を貫いているとノックの後、門倉が姿を見せた。
「終わりましたか?」
「ええ、終わったわ。私の処置は完璧よ」
「ありがとうございます、姉さん。忙しいところを」
「いいのよ。さーて、あんたがここにいるうちに、かわいい未来の義妹をいじくり倒してこようかしら」
「姉さん、琴美さんに余計なことをしたら……わかっていますよね?」
「さぁね」
「……身内だろうが容赦しませんよ?」
「フン、返り討ちにしてやるわよ」
バチバチと火花を散らして睨みあう門倉姉弟。ああ、生きた心地がしない。他でやってくれよ、頼むから。
少し浮かれた様子で彼女が出て行った後、門倉がベッドに横たわる俺を無言で見下ろした。
「門倉、一応礼を言っておく。ありがとな」
「……あなたは本当によく捕まる人ですね。一度鍛えますか?」
「勘弁してくれ」
「今回だって、本当は助けに来るつもりはありませんでした。あなたもいい大人ですし、流石に自力で何とかするだろうと」
一応友人だっていうのに、あまりの冷たい言葉にムッとした。
「じゃあ何で来たんだよ」
「田原さんのせいです。彼女が琴美さんを連れて、あなたを救出するなどと言うから」
「田原が?」
「ですので礼なら田原さんに言ってください。僕はただ、琴美さんの無事を確認することと憂さ晴らしをしただけですから」
「……田原はまだいるか?」
「ええ、呼びましょうか?」
「頼む」
門倉が部屋を出て少しし、田原が処置室に現れた。身体を起こして椅子を勧める。
「先生、痛々しいですね」
「しばらくはこんな感じだろうな」
見た目は酷いが、これぐらいで済んだだけマシだ。殴られ方が上手かった。
俺は田原をじっと見つめ、口を開いた。
「悪かったな、お前を巻き込んで。それから……ありがとな」
「え?」
驚きで目を丸くした彼女が俺を見る。
「助けに来てくれたことと、……この前のことも」
「いやいや。この前のことは、むしろあたしが謝るべきものでして」
いや、それは違う。俺は微かに首を横に振る。
「あのときは頭に血が上って、補習もやめてしまった。教師としては駄目だよな」
「でも人としては怒って当たり前です。あたしは先生の努力をふいにしかねない発言をしたんですよ? いっぱい暴言も吐いちゃったし……」
「でもお前の言ったことも間違ってないと思う。自分の気持ちに蓋をしているから、俺はあいつへの気持ちを昇華できないのかもしれない」
「先生……」
俺がもっとしっかりしていれば、こんなことが起きることはなかった。
典子への気持ちも、沙知絵との付き合いも、全ては俺が自分自身から目を背けていたことが原因だ。
しかし彼女はペコッと頭を下げて謝ってくる。
「先生、ごめんなさい……」
「もういい。過ぎたことだ。忘れろ」
そう言い、彼女を安心させるように小さく笑いかけた。
「……俺、自分の気持ちを言うよ。あいつへの気持ちを過去のものにして、前に進む。ありがとう、田原。背中を押してくれて」
それから無言だったが、俯いた顔からぽたりぽたりと雫が落ちた。それに気づいて目を見張る。
「……田原、泣いてんのか?」
「違います。目から汗が噴き出てるんです」
「嘘つけ」
「……先生の代わりに泣いてあげてるんじゃないですか。感謝してください」
上から目線の強がりに、素直じゃないなと思う。
口は悪いが、本当に優しい奴だ。こんな俺のために泣いてくれるなんて。
どうしたらいいのかわからなくて、戸惑いながら田原の頭に手を乗せる。
「……ああ、感謝する。ありがとな、田原」
すると彼女が鼻をすすりながら首を振る。
それでも泣き止むまで、ずっと頭を撫で続けた。
次回からもウジグル進藤。
きっと難産。




