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儚げ少女は元不良様  作者: いとみ
敵は荒くれ者の転生者
20/31

残念な彼女の違う一面

大変お待たせしました。

 放課後の職員室。俺は自分の席で腕を組み、唸っていた。

 机上には一枚の期末テストの成績表。学年順位は下から数えた方が早い、散々な成績。

 ただ、赤点は一教科だけ。それも俺が担当する日本史のみ。他の教科は赤点をギリギリ免れる点数。だが受験生の、それも付属の大学に内部進学を希望する生徒の成績とは思えない。


 しかし今回は頭ごなしに説教することもできない。なぜならこの成績表は田原小町のものだからだ。

 俺が面倒な頼みをしたせいでテストに身が入らなかった――――そう思いたい。いや、そうであって欲しい。


 赤点を取った生徒は、夏休みに三日間の補習がある。さすが超進学校なのか、はたまた受験生だからなのか、日本史の赤点は田原ただ一人。……さて、いつにするか。夏休みに入ってすぐが通常なのだが……。

 そんなことを考えていると、とある教師が俺に声を掛けてきた。五十代の、普段は温厚だが時に鬼と化す、俺も学生時代にお世話になった大先輩だった。


「どうしました? 青柳先生」

「進藤先生、一つお願いがあるのだが」


 珍しい。あらたまって、何だろう。


「先生のクラスの、田原小町のことなんだが……」

「田原が何かしましたか?」


 彼女が何かやらかしたと勝手に思った俺の焦った表情を一瞥し、彼は苦笑した。


「いや、したと言えばしたんだろうが……」


 俺はどんどん不安になっていく。一体何をしたんだ、田原。青柳先生を怒らせるな!

 だが、次の言葉に拍子抜けした。


「先生の担当する教科で、田原は赤点を取っただろう? その補習をしばらく待ってもらいたいのだが」


 俺が考えるような大ごとではなくて安堵したが、なぜそれを彼が?


「それは構いませんが、またどうして……?」

「田原が剣道部なのは知っているかい? あの子はなかなか強くてね。全国狙えるほどの選手なんだ。だから大会が終わるまで、剣道に集中させたいんだ」

「そこまで、なんですか?」


 彼女が剣道部に所属していることは知っている。どうやら運動神経がいいということも。

 この学校は進学校ゆえ、あまりスポーツに熱心ではない。だから付属の大学にもスポーツ推薦がないのだ。

 俺の問いに、彼は大きく頷いた。


「ああ、強い。この学校では珍しいほど、今年の剣道部はいい選手がそろっているよ。私はこれを機に、この学校でもスポーツに力を入れるように上に進言したいんだ」


 青柳先生は体育教師。この学校の生徒は勉強ばかりで運動には熱心ではないところがある。彼はそれが歯がゆくて仕方ないのだろう。気持ちはわかる。俺だってこれでも昔はスポーツ少年だったのだ。


「もしよかったら、一度試合を見に来たらどうかな。普段の田原とは全然違うから」


 普段ならやんわりと断るところだが、その誘いになぜか心惹かれた。


「君が来たら、女生徒のモチベーションが上がるだろうし。あ、差し入れもよろしく」


 そういうところはちゃっかりしている恩師に、俺は頷いた。





 夏休みに入り、田原は順調に県大会まで進んだようだ。地区予選は都合がつかなくて見に行けなかったから、県大会に進んでくれてよかった。

 会場に着いたときには、個人戦の準々決勝だった。俺は差し入れを手に青柳先生の元へ行き、嬉しそうに俺を囲む女生徒達に労いの声を掛けた。

 しかし、田原はその場にいなかった。


「田原はどうした?」


 そう訊くと、一人の生徒が教えてくれた。


「お気に入りのジュースを探しに行っています。でももう試合なんで、すぐに戻ってきますよ」

「そうか」


 ジュースを探しにって……大事な試合前なんだろう?

 彼女の行動に少し呆れてしまった。


 もうすぐに試合が始まるそうなので、邪魔にならないように二階の観客席に向かった。

 俺が席に着いた頃、田原が姿を見せた。

 彼女は普段と同じで、どこか眠そうだった。あんな状態で大丈夫なのだろうかと心配になるが、出迎えた部員たちの表情に不安はないように見える。たとえ大会でも彼女は相変わらずのようだ。


 しかし防具を身につけてから、彼女を纏う雰囲気がガラリと変わった。他の試合も行われ、その応援などで周囲は騒がしいはずなのに、田原の周囲だけピンと張りつめたような緊張感が漂う。

 ゾクリとした。授業中に寝ては怒られてばかりの彼女と同一人物だとは思えなかった。

 背筋を伸ばし凛とした姿。だが十代の女子高生とは思えぬ威圧感。遠巻きに眺めているだけなのに、まるで自分が蛇に見込まれた蛙のような状態になってしまった。


 審判に促され、田原は竹刀を手に試合場の中央まで進んでいく。相手選手と対峙し、礼をする。数歩前に進み竹刀を構えて蹲踞し、審判の「始め」の声がかかり試合が始まった。

 先に仕掛けたのは相手だった。声を張り上げて気勢を発し、技を繰り出す。はじめは田原が押されていると思っていた。


 やばい、このままだと負けてしまう……。

 そう思い、両手をギュッと組んで祈るように見守っていた。が、しかし……。


「一本!」


 田原が先制した。どう見ても押されていたはずなのに、彼女はあっさりと一本を取ってしまった。凝視していたのに、俺には対戦相手のどこに隙があったかなどわからなかった。

 二本目は瞬殺だった。相手には申し訳ないが、明らかに次元が違う。


「すげぇな……」


 礼をして引き上げる田原を目で追いながら、無意識に呟いていた。


 そして準決勝。相手はどうやら優勝候補らしい。先程の試合とは打って変わり、田原はかなりの苦戦を強いられていた。技の応酬で、一瞬たりとも目が離せぬ攻防。だが相手が彼女のほんのわずかな隙をつき、一本を取った。

 もちろん田原も負けていなかった。積極的に技を繰り出し、一本を取り返す。

 そして最後。次に一本を取ったほうが決勝に進むことができる。俺は「頑張れ」と呟きながら必死に祈っていた。だが願いは虚しく、田原は相手に一本を取られ、準決勝敗退となった。


 負けてしまったが、いい試合だった。普段は残念な彼女の、新たな一面を垣間見ることができた。授業中は不真面目なところに注目しがちだが、どうやら部活は一生懸命取り組んでいたようだ。担任として少し安心した。


 下に降りて労いの言葉でもかけようかと思ったが、何と声を掛けていいのだろう。上から眺めていると、田原は気を使う他の部員に笑って対応していた。

 悔しくないはずがない。それなのに周囲を気遣い、悲しさや悔しさを出そうとしない。今俺が慰めようとしても、笑顔でやんわりと拒絶するのだろう。それがわかっていて、掛ける言葉が見つからなかった。


 ふと顧問の青柳先生と視線が交差した。俺はぺこりと一礼してそのまま会場を後にした。






 学園に戻り、仕事をしていると、職員室に青柳先生が姿を見せた。


「青柳先生、お疲れ様です」

「ああ、進藤先生。差し入れ、ありがとう」

「惜しかったですね」 

「ああ、本当に。個人も団体も例年以上だ。特に田原は全国まであと一歩だったからな」

「そう、ですね」


 そのまま黙っていると、彼が「ああ、そうだ」と思い出したかのように言った。


「かなり待たせてしまって申し訳ない。田原の補習、いつでも構わないよ。三年はこれで引退だから。もう少しあいつらの剣道を見たかったがね」

「はい」


 そうだった。補習をしなければ。すっかり忘れていた。


「青柳先生。今、田原がどこにいるかご存知ですか?」

「打ち上げも終わって解散したからわからない。多分まだ帰ってはいないと思うけど」

「ありがとうございます。探してみます」


 俺は補習のことを伝えるために、彼女を探しに向かった。

 





 田原はすぐに見つかった。昼休みに九条と食事をしている中庭にいた。

 芝生の上に体育座りをし、膝に顔を埋めて微動だにしない。一人にならなければ落ち込むこともできないのか。九条のことになると怒ったり笑ったり忙しいのに。


 そんな彼女から視線を外すと、たまたま自動販売機が目に留まる。俺はそこへ向かい、お茶を買った。それから踵を返し、田原の元へ向かった。

 正面に立ち、俺に気付かぬ彼女の頭上にペットボトルを乗せた。のろのろと上げたその顔は、かなりへこんでいるようだった。


「お疲れ。惜しかったな」

「……進藤先生」


 驚きと困惑が入り混じった顔で俺を見上げる。お茶を受け取る彼女の横に座り込んだ。それから世間話のように何気なく言った。


「話には聞いてたが、お前強いんだな」

「見たんですか?」

「まぁ、暇だったからな」


 お茶を飲み、言葉を返す彼女はどこか遠い目をしていた。


「いろいろ反省はありますが、悔いはないんで」

「そうか」


 強いな、と思う。たとえそれが強がりだったとしても。もっと素直に泣いたり悔しがったりしてもいいのに。まだ子供なんだから。

 それからお互い黙り込み、どれぐらいの時間を二人で過ごしただろうか。自分の目的を思い出して立ち上がり、彼女を見下ろして切り出した。


「今日は早く帰ってゆっくり休め。で、明日九時に教室に来い」

「……はい?」

「わからんのか? 補習だ、補習。お前は期末で日本史、赤点取ったの忘れたか」


 そう言うと、納得したように「ああ」と小さく漏らす。

 マンツーマンだということを告げると、かなり嫌そうな苦々しい表情に変わる。まったく失礼な奴だ。忙しい中わざわざ時間を作るというのに。


「ということでちゃんと教材持って来いよ。遅れたら課題倍にするからな」


 そう釘を刺し、職員室に戻った。






 翌日。今日から三日間の補習が始まる。とはいっても午前中だけなので、言うほど仕事に支障はないはず。これを念頭に置いて仕事をこなしてきたことだし。

 九時一分前、田原が教室にやって来た。時間ギリギリで本当に惜しい。課題を倍に増やしてやれたのに。心の底から残念だと思う。

 自分の席に着こうとするのを教卓の真ん前に座らせ、早速補習を始めるのだが……。


「ここはテストに出るぞ」

「…………」


 イラッ。


「戦国時代の……」

「…………」


 イライラッ。


「――ゴホン。えー、織田信長は……」


 グ―……フガッ!


「…………」


 ……ブチッ。


 クルクルクル。

 スパーンッ!! 

 ゴツン!!


「イテッ!」

「たーはーらー。俺とマンツーマンの補習で居眠りするとはいい度胸だな」


 こんなに早く眠りこけられたのは八年の教師生活で初めてだ。

 たった十分、しかも教師の真ん前で眠りこけるとは。胆が据わっているのか、ただの馬鹿なのか。

 イラついて丸めた教科書で思わず殴りつけてしまった。いかん、冷静になれ。体罰なんて騒がれたら困るからな。

 殴られた拍子に額を机に打ち付けたようで、そこを擦りながら顔を上げる田原を、腕を組んで見下ろした。

 少しは反省しているのか、彼女は素直に謝って来た。


「すみません。が、日本史は意味がわからんのです」

「嫌いか?」

「嫌いっていうか、人の名前とか、仏像の名前とか、本の名前とか、建物の名前とか、覚えられませぬ」

「そうか……」


 ふむ……。田原の日本史への苦手意識は相当深いようだ。これは普段通りに補習を続けても意味がなさそうだ。仕方がない。


「田原。今日は予定変更だ。教材は片づけろ」


 困惑している彼女を尻目に、俺は教卓側の椅子に腰かけた。


「日本史に興味が持てなければ、普通に教えても頭に入らんだろう。だから今日はお前が興味の持てそうな話をする」


 そう告げて、話を始めた。

 戦国から安土桃山時代のことをやっていたため、とりあえず有名な武将の話から入った。

 初めの方は面倒そうに俺の話に耳を傾けていた田原だったが、次第に関心を持ってくれたようで、熱心に聞き入ってくれた。


「うわー、織田信長って門倉先生っぽい」

「ちなみにどこが?」

「邪魔な人間は排除しようとするところとか」

「言えてるな。でもいつの時代もそんなもんだぞ。親子や兄弟、仲間同士で争い、足を引っ張り合うとかな。どっちが後を継ぐかとかな。あとは大奥みたいな女の争いとか」

「ふへー。昼ドラみたい」

「その通りだ。他にも跡目争いなんて腐るほどあったんだ。今も昔も、金と権力と女は諍いの元ってことだ」

「他にはないんですか? ドロドロの昼ドラ的展開!」


 昼ドラか……。それなら大奥なんてピッタリなんだがな。女って、どうしてそういう愛憎劇が好きなんだろうか。

 期待に応えて話そうと口を開きかけたが、時計を一瞥すると補習の時間を過ぎていた。


「残念、時間切れだ。続きはまた明日」

「えーっ」


 普段なら一目散に帰りそうな彼女の意外な言葉に、苦笑してしまう。


「補習にはならなかったが、お前が興味を持ってくれたみたいだからよしとしよう。その代わり、渡したプリントはちゃんとやってこいよ。明日チェックするからな」

「……はーい」


 肩を落とし、がっかりしながら帰る準備をしている。

 ここでふと、あることが脳裏に浮かんだ。


「そうだ、田原。ちょっと職員室に寄っていけ」


 言われるままに職員室についてきた彼女に、俺は自分の机から一冊の本を取り出し、それを差し出した。彼女はそれを不思議そうに見つめた。


「何ですか、これ」

「伝記だ。豊臣秀吉のな。これこそまさに成り上がりの見本だ。気が向いたら読んでおけ」

「とよとみ、ひでよし……」


 そのたどたどしい口調で受け取る様子に、「あ、こいつ知らねぇな」と直感したが、そこには触れないことにした。本を読んで、少しでも日本史に興味を持ってくれたらそれでいい。


「じゃあまた明日、同じ時間な」

「はい。ありがとうございました。さようなら」

「気を付けて帰れよ」


 ペコリと頭を下げて、彼女は職員室を出ていった。


 椅子に腰かけ、少し反省した。


 この学園は偏差値が高く、難関大学を目指す生徒ばかりのためか、大抵の基礎知識は頭に入っている前提で授業が進む。これまではそれで問題なかったし、これからもそれでいいと思っていた。

 だが田原とこうして補習をしていて、それが自分の思い上がりだと痛感した。たとえまぐれで入学したとしても、できないことをできないままにして見捨てることなんてできないし、してはいけない。教師として、まだまだ未熟だなと反省しっぱなしだ。


 大きく息を吐き、自分に喝を入れて仕事に取り掛かった。




ストック切れましたので、またしばらく潜ります。

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