両刀は理解不能
大変お待たせしました。
さっきの言葉がいまだに信じられず、やけにニッコリ顔の昭二くんに再度確認してみた。
「冗談……だよね?」
「冗談って思いたいかもしれないけど、残念。本気だよ」
「またまたぁ~。あたしをからかっても面白くないよ?」
「小町をからかうのは面白いけど、これはそういうのじゃないから」
「……マジ? 大マジ?」
「うん」
な、なんてこった!!
ちょっとこれってどういうこと!?
驚きと混乱の狭間にいる小町です。
前回、進藤の本気の告白をちゃんと考えようと思った矢先、兄の恋人の昭二くんから告白されました。どうやら彼はバイらしいです。まさかのモテキです。何かがおかしいです。
でも考えるまでもない。結論は簡単に出た。
「ごめん、無理。あたし、昭二くんを兄貴と共有するつもりはないから」
サイアク。男を誰かと共有なんて女でも嫌なのに、何でよりによって実の兄貴とそんなことをしなきゃならんのだ。ありえない。
それに昭二くんみたいな思考が読めないタイプは苦手だ。兄みたいな存在ならまだいいが、彼氏にしたら疲れそう。いや、絶対疲れる。
すると彼は聞こえるか聞こえないかのような小さな声で、耳を疑うようなことを呟いた。
「どっちかっていうと、小町を僕と光で共有するって方が正しいかも」
よりありえんわ! 近親相姦は死んでも無理。それにその言葉だと、兄貴があたしに恋愛感情を抱いているみたいに聞こえるじゃないか。キモい、鳥肌、うげぇえええ。
「光もきっと祝福してくれると思うよ。将来、三人で仲良く暮らそう」
「絶対イヤ。そもそも昭二くん、兄貴のこと本気なの? あたしに告白するなんて、昭二くんはうちの馬鹿兄貴を何だと思ってんの?」
ちょっとイラッときましたよ。
ずっと言ってきたけど、あたしは浮気する人間が大嫌いだ。滅亡しろとさえ思っている。恋愛面ではこういうところで潔癖かも。
兄貴から昭二くんと付き合うって聞かされても別に偏見はなかったし、兄貴が幸せそーだから応援してあげようとこっそり思っていた。
普段ウザくても、あたしにとってたった一人の兄だ。それなのにその兄をゲイの道へ引っ張り込みながら、自分は女とも付き合いますってちょっと虫が良過ぎね?
あたしの中で昭二くんの株が大暴落。上場廃止だよ。
「兄貴のことは遊びだったんだね。酷いよ!」
声を荒げて非難すると、彼はいけしゃあしゃあと言いやがった。
「光のことは大好きだよ。もちろん本気だし」
「だったら何であたしに告白できんの? それって兄貴に本気じゃないってことだよね。兄貴だけを想っていたわけじゃないんだね。見損なったよ、昭二くん。人の兄貴をゲイにしたくせに。責任取れよ!」
沸々と怒りが湧き上がる。昭二くんを睨み付けると、なぜかフフッと笑い出した。そのせいで苛立ちが倍増する。
「何がおかしいわけ!?」
「いや、小町って純情だなぁって」
「馬鹿にしてんの?」
「ううん。かわいいって思ってる」
「馬鹿にしてるよね?」
「ヤバイ、超かわいい」
「……一発殴ろうか?」
「痛いの嫌いだなぁ~。小町は意外に腕力あるし」
「もう黙ってくれない?」
やはりあの兄貴と一緒にいる人間だ。類は友を呼んだね。かなりムカつく。
笑いが止まるまで放置していると、彼は笑い疲れたように大きく息をついた。それから説明を始めた。
「小町。僕はね、光のことが大好きだよ。一番大切で、本音を言えば一生一緒にいたいよ。でも僕は沢村流を継ぐ人間。だから結婚して子孫を残さなきゃいけない。……それは光にも言ってある。光はすべてを承知で、僕を受け入れてくれたよ」
「ちょっと待ってよ。昭二くんが家を継ぐの? じゃあ宋兄は?」
昭二くんには宗一郎という三歳上の兄がいる。宋兄は次期家元として厳しく躾けられてきたし、本人も乗り気だったみたいだから、当然家を継ぐんだと思っていたのに。
すると彼は少し疲れたようにため息をついた。
「兄さんは継がない。『愛に生きる』って、家を出て行った」
「マジで!?」
愛のために家を捨てたんだ。かっこいいじゃん!
「本当。今、“和菓子や日下”に住み込みで修行しているよ。大学辞めてね」
その言葉に、宋兄への羨望が瞬時に消えた。話の雲行きが怪しくなってきたぞ。
「愛に生きるって、まさか相手は……」
彼は苦い顔で頷いた。
「そう。ご主人の孫娘の双葉ちゃん」
「げっ」
絶句した。
“和菓子や日下”とは、沢村家と懇意の街の和菓子屋さん。あたしも頻繁に通っていて、あの店の一家とは仲良し。もちろん孫娘の双葉ちゃんも知っているし、たまに一緒に遊ぶ。
だけどそれを受け止められない。だって……。
「……年齢差、いくつよ」
「えっと……十三?」
そうなのだ。双葉ちゃんは今年十歳の小学生なのだ。今年二十三歳の宋兄とは十三歳差。
いや、歳の差が問題ではなく(だって琴美ちゃんと門倉も一回り違うし)、小学生を恋愛対象として見ていることが問題なのだ。
「宋兄って……ロリコンだったんだ」
「そう。だから僕がバイだってことなんて、大した問題じゃないんだ」
沢村家って、ちょっとどうかしてる……。冷や汗が出てきた。
「双葉ちゃんは一人娘だからね。婿に入って跡を継いでくれる男じゃないと駄目だってご主人が言ったら、兄さんはあっさり家を捨てたよ」
「いや、小学生相手は駄目でしょうよ。それによく住み込みで雇って貰えたよね」
「いろいろ条件があったらしいけど、全部クリアしたらしい。愛の力ってすごいよね」
愛云々の問題じゃないと思うんだけど。
「おじさんやおばさんは? 反対しなかったの?」
「しても無駄だって諦めたよ。兄さんは言い出したら聞かないから」
「じゃあ、双葉ちゃんはどうなのよ」
「『将来、宋お兄ちゃんと結婚する』って言っているよ。刷り込みって恐ろしいよね」
「頭痛くなってきた……」
双葉ちゃん、もっと自分を大切にしようよ。そして考え直そうよ。宋兄なんかよりいい男なんて、この世に星の数ほどいると思うよ。
「疲れた小町に追い打ちをかけるようで悪いけど……一時期兄さん、小町のこと狙っていたんだよ」
「えっ!?」
うわぁあ、鳥肌立った。いやぁああああっ。もう宋兄と顔合わせられない……。
「僕と光で阻止したからね。感謝してよ」
「あ、ありがとう……」
「ま、小町相手じゃロリコンには当たらないかもしれないけど」
でも無理。絶対無理。生理的に無理。
「そういう理由で、僕はいつか誰かと結婚する。もちろん光にも生涯独身を通せとは言わないよ。いい人見つけて結婚して、幸せになってもらいたいし」
「……意味がわからない」
一番好きな人と一緒になれないのはつらいけど、それって相手の女の人にも失礼な気がする。
それにはじめから誰かと結婚しなきゃいけないなら、兄貴に告白しないで欲しかった。そしたら今頃彼女の一人や二人、出来ていたかもしれないのに。その結果、あたしに対する干渉も減ったかもしれないのに。
困惑するあたしを見て、彼は困り顔で少しだけ笑った。
「わからなくても仕方がないよ。――ただ、家元夫人の座を虎視眈々と狙う女狐と結婚するなら、小町が僕のお嫁さんになってくれたらいいなって思ったわけ。小町なら光と仲良くしてくれるだろうし」
「それってあたしに対してすごく失礼……」
単なる消去法じゃないか。あたしを好きってことじゃない。あたしが相手なら兄貴と付き合い続けられるから、都合がいいだけじゃん!
そんな理由で結婚して、昭二くんは幸せになれるとでも思っているのだろうか。モテキで一瞬浮かれた気分を返せ!
また昭二くんの株を下げていると、会話が止まり、急にリビングに沈黙が落ちる。
カチッ、カチッ、と時計の秒針の音が静寂なリビングに響く。
……き、気まずい。あたしは妙に居心地が悪くなる。
昭二くんはもう冷めてしまったであろうお茶を、涼しい顔をして飲んでいた。
しかし彼の纏う空気が突然変わった気がする。嫌な汗が背中を伝う。
無意識に、座ったまま彼から距離を取ろうとする。すると怪訝な視線とぶつかった。
「小町?」
「あっ……えっと、お茶! そう、お茶のお代わり持ってくるね」
慌てて立ち上がって、キッチンに向かおうとして彼の横を通り過ぎようとした瞬間……。
「――っ!」
「お茶はいいから、座りなよ」
ガシッと腕を掴まれた。
とっさのことに反応できない。手を払いのけて逃げることも、言われるがまま座ることも。腕を掴まれたまま、ただ硬直して立ち尽くしていた。
あたしは動揺を押し隠し、あたしを引き止めた男を見下ろす。
「昭二くん、離して……」
「駄目。離したら小町は逃げるでしょう?」
あたしを見つめる視線が怖い。ギラギラと獲物を狙う猛獣のような光を、彼の眼の中に見たような気がした。
頭の中で警告音が大きく鳴り響く。幼馴染で兄のような存在の昭二くんのこんな顔は見たことがなくて、言いようのない恐怖心が自分の中に湧き上がる。
それでも何とか腕を払いのけようと動かした瞬間、逆に引っ張られて床に仰向けに倒れ込み、頭と背中を思いきり床に打ち付けた。
「痛っ……」
じんじんと鈍い痛みに耐えながら視線を上げると、いつの間にか昭二くんがあたしに圧し掛かっていた。両手首は頭上に片手で抑え込まれ、床に押し付けられた。
まさかこんな強引なことをするとは思わず、目を見開いて驚いた。
「ちょっと何これ……。冗談はやめて」
「冗談じゃないよ」
さっきまでの穏やかさは欠片も残っていない。あたしは彼を睨みつけながら、必死で抵抗した。だけど拘束は解けない。
このまま視線を合わせ続けるのが嫌で顔を背けると、真顔で見下ろす彼は露わになったあたしの首筋をスッと撫でた。
「こんなマーキングされて……。ムカつくなぁ……」
そう呟くとあたしの耳に唇を寄せ、囁いた。
「ねぇ、小町。このマーキング、僕が消してあげる。だって彼と付き合ってないんでしょ。だったらいいよね? 全部忘れさせてあげる」
何故だかスッと熱が引いて行く。あたしは身体から力を抜き、抵抗するのをやめた。彼の言葉に同意したと思ったのか、ふっと手首の拘束が緩む。
その隙をついて胸ぐらを掴み、片足を上げ、昭二くんの腹部に足先をかけて勢いよく後ろに投げ飛ばした。軽い彼はあたしの頭上に吹っ飛んだ。
床に叩きつけられて呻く彼を確認すると同時に起き上がる。そしてすぐに片腕に足をかけ、関節技を決める。
「イダダダダダッ。ちょ、ギブギブギブ! ごめん、無理。本当に腕もげるから!!」
見たか。巴投げからの華麗なる腕拉ぎ十字固め。あたしを武道だけの女だと思ったら大間違いだぞ。しかも騒ぎすぎ。だいぶ手加減してあげてるのに。
涙目であまりにも騒ぐので、渋々解放してあげた。その途端にあたしから距離を取り、彼は腕をさすり始めた。
「冗談が過ぎるよ、昭二くん。好きでもない女を押し倒すなんて最低っ!」
非難の視線を向ければ、さっきまでの雰囲気はどこへやら、昭二くんは苦笑していた。
「小町には敵わないな。……でも答え、出たんじゃない?」
「は? 答え?」
言っている意味が分からなくて、眉間に皺を寄せる。
「そう。彼のマーキング、消されるの嫌だったんでしょう?」
「はぁ?」
「小町はさ、馬鹿みたいに素直だから、本気で嫌だったらこうやって手段選ばず拒絶するでしょう。それがたとえ兄と同等の僕でもさ」
さっきのことで株は大暴落したけど、昭二くんが兄と同等なのは確か。でもそれは違うと思う。
「別にマーキングを消されるのが嫌とか、そういうのじゃないよ。昭二くんは兄貴の恋人なのに、あたしにあんなことするから……」
「そうかもしれないけど、それだけじゃない。彼のときは拒絶しなかったんでしょう? もう答えは出てると思うけど」
昭二くんの言う通り、進藤にされたことは嫌じゃなかった。
でも昭二くんは嫌だった。それは彼があたしのことなんて好きじゃないからとか、兄貴の恋人だからってことで……。
だけどそれじゃ、あたしのことが好きなら誰にされても不快に思わないってこと?
……それはない。あたしにだって選ぶ権利はある。じゃあ何故だ?
グルグル考えを巡らせて黙っていると、焦れた彼があたしの肩をガシッと掴み、乱暴に揺さぶった。
「もう、じれったいな。はっきりさせなよ。小町は、その彼のことが好きなんじゃないの?」
好き……?
何故だろう。この言葉がストンとはまった気がした。
「そう……なのかも」
そうか……。進藤にされるのはよくて、昭二くんが駄目だったのはそういうことか。
あたし、進藤が好きなんだ。
認めてしまえば、これまでどうしてあんなにウジウジグルグル悩んでいたんだろうと不思議に思うぐらいだ。気づくの、遅すぎ。あたしって琴美ちゃんが言うように、本当に鈍感だったんだ。
あたしが素直に認めたら、途端に昭二くんは申し訳なさそうにシュンとした。
「あんなことしてごめんね、小町」
「いや……いいんだけど、何であんなことしたの?」
昭二くんは好きでもない女にあんなことをするような人じゃない。むしろ興味のない人間には干渉しない人だ。だから彼の行動が不思議でしょうがなかった。
疑問をぶつけると、彼は言いづらそうにあたしから視線を逸らして口を開く。
「……光が、『小町に男ができたかもしれない。だからまだ傷の浅いうちに、昭二が小町を落としてよ』とか言うからさ……」
ブチッ。
あんのクソ兄貴ぃいいい!! テメーが元凶かぁあああ!!
ようやく自覚した主人公。遅すぎ。
次回、この章ラスト。




