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儚げ少女は元不良様  作者: いとみ
敵は暴力を誘う悲しき恋心
10/31

刃傷沙汰はご勘弁

ものすごく長くなってしまいました。読み応え抜群。


暴力描写があります。苦手な方はご注意を。

 進藤に近づくにつれ、話し声もだんだん鮮明になっていく。


「ねぇ進藤さん。もう観念したら? 私とヨリを戻して、あの女をここに呼び出すだけじゃない。そうすれば、あなたはもう殴られなくて済むのよ?」

「い、やだ……あ、いつは……関係な、い……」


 拒否した途端、進藤は男に殴られた。思わず目を背ける。


 ごめんなさい、先生。あたし、もう思いっきり関係しちゃってます。

 つーかあたしを巻き込まないために、殴られても蹴られても、抵抗すらしないなんて……。あたしこの前、進藤にすごく酷い暴言吐きまくったっていうのに……。馬鹿だよ、あんた。


 思わず目頭が熱くなるが、泣いてなんていられない。あたしは気合を入れなおした。





 このピリピリとした緊張感、久しぶりだな……。

 闘争本能が疼く小町です。

 あらすじは、……まぁ省略で。とにかく、進藤を救出します。




 木材が積んであるところによじ登り、その上に置いてあった空の一斗缶を蹴り飛ばした。缶が地面に当たる音が倉庫内に鳴り響く。


「誰だ!!」


 すぐに周囲を見回す男たち。あたしは少し高い位置から男たちを見下ろす。やはりヒーローは、少し高いところから登場するものだ。


「お望み通り来てやったわよ」


 進藤はあたしの姿を確認し、目を見開いて驚いていたようだ。


「……た、はら……?」

「あんた、あのときの……」


 弱々しく呟く進藤。恨みの籠ったような鋭い視線を向けるギャル。

 あたしは軽々と、そして華麗に地面に降り立つ。


「あたしに用があるんでしょ? 何の用?」

「あんたの……あんたのせいで私は進藤さんに振られたのよ? あんたさえいなければ……」


 すっげー逆恨みじゃん。やだやだ。


 すると下っ端二人が近づいてくる。進藤が止めようとして動くが、もう一人の下っ端に押さえつけられた。

 近寄ってくる下っ端に対して、あたしは鼻で笑ってやった。それを見て、男たちはムッとし、眉を吊り上げた。


「女一人に男二人って卑怯だよねぇ。複数じゃなきゃいけないぐらい、弱いの?」


 はい、挑発してます。でもね、昔のあたしならいざ知らず、今のあたしでは一対二でも勝てると思うけど、少しキツイ。ここは一人ずつ沈めていくのが得策。

 あたしの挑発に乗ってくれたみたいで、一人だけがあたしに近寄ってきた。


「お嬢ちゃん、悪いことは言わねぇ。大人しくしてくれりゃ、俺たちがかわいがってやるよ」


 ニヤケ顔がキモいんだよ! モブのモブめ!


「悪いけど、あんたたちタイプじゃないんだよねぇ~。それにヘタクソっぽいしねぇ、イロイロと」


 嘲笑うように言うと、怒りで顔を真っ赤にする。駄目だねぇ。冷静さを失ったら、そこで終わりだよ?


「くそっ、このアマ!」


 男が振り下ろした拳を軽くいなした。あたし相手にそんなことをされるとは思っていなかったようで、相手が怯んだところで華麗なる回し蹴り。男は綺麗に吹っ飛んだ。


 痛いでしょ~? この靴、鉄板入りで超重いから。何で鉄板入りかって? それは基礎体力の向上のためじゃい! 日常生活は筋トレです。うん、これ名言。


 あっけなく地面に沈む男。顔をぐりぐりと踏みつけ、冷たい視線で見下ろす。


「……弱っ」


 思わず呟くと、もう一人がこちらに走って向かってくる。


 当然殴りかかって来るでしょ? スッと避けて、男がバランスを崩したところで鳩尾に膝で一撃。

 なおも抵抗を見せる男の胸ぐらを掴んで、思い切り背負い投げ。崩れ落ちた男を地面にうつぶせに押し付け、馬乗りになる。それから首に腕をかけて締め上げる。

 男はもがいていたが、しばらくすると大人しくなった。ふっ、落ちたな。


「さっきの男より頑張ったよね」


 意識のない男に褒め言葉(一応)をかけながら、襟首を掴んで邪魔にならないところまで引きずって行った。……地味に重い。


 すると今度は、進藤を押さえつけていた男がナイフを手にこちらへ向かってきた。

 うわ、きたねっ。女相手に凶器使うかよ。


「田原っ!!」


 進藤が叫ぶ。きっと声を出すのもつらいはずなのに……。


 ナイフ男が三メートルぐらいまで近づいてきたとき、あたしはショートパンツの後ろポケットから棒を出し、それを地面に向かって振り下ろした。その棒はシャキーンと伸びる。名付けて、伸縮自在の棒、そのまま。またの名を特殊警棒(こっちがホント)。


 それを構え、ナイフ男を見据える。すると男の足が止まった。あたしはただただ男に視線を留める。集中力を高めていると、緊張からか、男の額に汗が流れる。

 男が一歩踏み出した瞬間、手首をめがけて棒を振り下ろす。

 落ちるナイフ、目を見開く男。

 あたしは一瞬の隙をついて、男の胴に棒を叩きつけた。

 地面にあおむけに倒れる男。あたしは腹に一発蹴りを入れた後、棒を男に振り下ろした。棒先は男の耳を掠め、地面に突き刺さる。

 恐怖で震える男を見下ろし、吐き捨てた。


「この見た目をなめてるから沈むんだよ。……じゃあ、おやすみなさい」


 棒で頭をガツンと殴ると、男はぐったりとして動かなくなった。

 それを確認し、あたしはギャルとボスの男に視線を移す。


「もっとマシなの連れてこればよかったのに。……もういいよね? その人を解放しなよ」


 進藤は泣きそうな顔であたしを見つめる。

 チャラ男、もはや姫だな。王子はあたしか? それもイケてる。


 ギャルはいまだにあたしを睨み付け、ボスは携帯電話を取り出して何か話した。

 すると倉庫に車が二台入って来て、男が何人か降りてきた。


「……あ、こりゃ無理だ」


 その人数を見た瞬間、呟いていた。


「チッ、きたねーぞ!」

「もう構うか。おい、この女をやれ」


 この「やれ」は「殺れ」ってことかい? 小町、ピーンチ!!

 ……とりあえず元不良様のプライドにかけて、無様なことだけはしないようにしよう。

 あたしは深呼吸をして、男たちを見据えた。


 するとここで突然、ものすごいスピードで赤いスポーツカーが倉庫内に侵入してきた。その車はあたしと男たちの間で急停止する。

 騒然とする倉庫内。降りてきたのは、想像通りの人物だった。


「全くあなたという人は……。相変わらず考えなしで困りますね」

「せ、せんせーっ!!」


 門倉の姿を見て我慢できなかったのか、物陰から琴美ちゃんが飛び出してきて、その胸に飛び込んだ。

 それを抱き留め、門倉は安堵したように息を吐いた。


「琴美さん、怪我はありませんか?」

「うん、大丈夫……」

「いいですか。田原さんの言いなりになったら危ないですから。彼女とあなたではつくりが違うんです。もう彼女の言うことは聞かないでください」

「……ちょっと、随分な言い草ですね」


 バチバチっと火花を散らす。やっぱりあんたは天敵だ。


 あたしが睨みつけている間に、門倉はポケットから何かを取り出した。その手を琴美ちゃんの首筋に当てると、急に彼女の身体が崩れ落ちた。それを抱き留め、門倉は彼女を抱き上げる。それから車の後部座席に彼女を寝かせ、ドアを閉めてロックをかけた。


「……あんた、何したの?」

「少し眠ってもらっただけですよ。これから起こることを琴美さんに見せるわけにはいきませんから」


 そう言いながら、門倉は手の中の細い針をあたしに見せた。

 そんなもんも常備してんのか。やっぱこの男、怖っ!

 ……ポリスよ。この男に職務質問しろよ。ヤバいもん、いっぱい持ってるぞ。職質のやり甲斐があるぞ。この男あって平和なしだぞ。気づけ!!


 あらためて変態の危険度を実感しつつ、気を取り直して横目で門倉を見る。


「まさかあんたが来るとは思わなかった」

「嘘をつかないでください。僕が来るように、彼女を巻き込む素振りを見せたのでしょう?」

「……バレたか」


 この変態なら、彼女にGPSの一つや二つは付けていると思ったんだよね。電話口で彼女と一緒に向かうことを示唆すれば、この男は絶対に来る。

 さすがに一人じゃ心もとないからね。変態も巻き込む。ちょっとは役に立て!


「やはりあなたは油断なりませんね」

「お褒めに預かり、光栄です」

「おい、お前ら! 俺たちを無視するな!」


 呑気に門倉としゃべっていたら、ボスに怒られました。いや、忘れてたわけじゃないんだよ。

 門倉は男たちを見回し、ため息をついた。


「田原さん。僕が来るのが遅かったら、どうするつもりだったのですか?」

「そりゃ下っ端に殴られても蹴られても、ボスだけは潰してたかな」

「あなた、一応女性なのですから。無謀なことはやめてください」

「一応じゃなくて、れっきとした乙女なんですけど」


 いちいち癪に障るな。やっぱこいつ、嫌い。


「何とか間に合ったので、小言はこれぐらいにしましょう。――田原さん、どれぐらいならいけますか?」


 下っ端は七人、ボスとギャルだからとりあえず……。


「三か四……かな」

「では僕は五、六ですね。あなたは進藤を救出してください。……ああ、それからあまり僕に近寄らないでくださいね。近くにいるとあなたも潰しますよ」

「返り討ちにしてやりますよ」


 イラッとしながら答えると、門倉は目を閉じてフッと笑った。


「……いい度胸だ」


 急に口調が変わった。声も低く、あたしが殺されかけたときの雰囲気になる。それを見て、思わず息を呑む。

 こいつ、危険度MAXなだけあるな。ほんの少しだけ、その威圧感が羨ましいぜ。


「じゃあ、始めようか」


 あたしと門倉は同時に駆け出した。


 率直に言えば、門倉はめちゃめちゃ強かった。過去に荒れまくっていたのは事実らしい。容赦なく男たちを潰していく。門倉があっさりと二人倒した時点で、男たちはあたしへ向かってきた。


 くそう……。あたしの方が弱いってか? 馬鹿にしやがって。

 懐から催涙スプレーを出し、男の顔を目掛けてぶっかけてやった。のた打ち回る隙をついて鳩尾に一発。アッパーでフィニッシュ。ふふっ。華麗だ、小町。


「さ、催涙スプレーなんて卑怯だぞ!」

「女相手に複数で来る方が卑怯だっつーの!」


 下っ端はあと四人。門倉が一人をタコ殴りにしている隙に、一人の男が車をこじ開けようとしていた。人質を取るつもりだな。マジ汚い。

 あたしはすかさず車のボンネットに飛び乗り、男の顔を目掛けて飛び蹴り。その勢いのまま、男が地面に突っ伏したところを足で踏みつけた。

 殴られ過ぎて気絶した男の胸ぐらを掴みながら、車のボンネットを一瞥した門倉は舌打ちをした。


「おい、俺の車……」

「琴美ちゃんと車、どっちが大事なわけ?」


 返す言葉がないようで、門倉は黙り込んだ。


 下っ端が残り一人となった。あたしはそれを門倉に任せ、進藤の方に近づいた。ギャルは少し怯えを見せ、ボスはナイフを出して進藤に突き付けた。


「来るな! こいつがどうなってもいいのか!?」


 だーかーら、凶器とか本当に汚いよ。


「あんたさ、たかが恋愛沙汰でこんなことして、恥ずかしくないわけ?」


 ギャルに向かってそう言えば、怒り顔で噛みつくように詰められた。


「あんたのせいじゃない! あんたがいなければ……」

「あのさ、あたし全く関係ないんだけど。ただの教え子だし」


 意外だったのか、戸惑いながらもギャルは声を上げる。


「う、嘘よ! だって進藤さん、付き合ってるときも私のことなんて見てなかった。他に好きな女がいたみたいだもん!」


 やっぱギャルも気づいてたのか……。


「先生が他の人を想ってたのは事実。だけどそれはあたしじゃない」


 断言すると、ギャルは呆然となった。あ、よかった。兄貴よりまだ話が通じるかも。


「あんたの気持ちもわからなくもないよ。でもさ、こんな風に暴力で人の気持ちを取り戻そうなんて間違ってるよ。自分がますます傷つくだけじゃん」


 ギャルは唇を噛み締めて、俯く。あたしは進藤に視線を移した。


「先生も、彼女に謝ってください。他に好きな人がいるのに付き合うなら、それを悟らせないぐらいの配慮をするべきです。結果的に彼女を傷つけたのは先生です」


 進藤はあたしから視線を逸らし、苦い顔をした。

 ただ一人、ボスだけはどうすればいいのか戸惑っているようだ。


「ボス、ナイフを下してください。これ以上の暴力行為は不要です。拳で語り合えるのは男の友情だけですよ」


 ボスって言われたのにびっくりしたのか、目を見張る。でも進藤とギャルの様子を見て、ボスはナイフを仕舞った。

 進藤はギャルに視線を移し、弱々しい声で言った。


「……すまなかった。俺は君を傷つけたようだ」

「進藤さん。私、本気であなたが好きだったの。他に好きな人がいるっていうのは、はじめから知ってた。でも私が絶対忘れさせるんだって思ってた。だけど……結局、あなたは私を見てはくれなかった。それが悔しかったの」


 ギャルの目から涙が溢れる。進藤はフラフラしながら立ち上がり、ギャルに頭を下げた。


「本当にすまない。俺は君を……愛せなかった」


 最後の一言に、ギャルが身体を揺らす。はっきり言われたら傷つくけど、あいまいなままだと、二人はきっと前に進めない。これでいいと思うよ。


「私もごめんなさい。こんなことをしても、進藤さんが私を見てくれないのはわかりきってたのに……」


 ギャルも頭を下げる。すると黙って見ていたボスが口を開いた。


「進藤さん、俺はあんたが妹を傷つけたのは許せない。だけどあんた一人を複数でリンチしたのは謝る。悪かった。……それからお嬢ちゃんも、すまなかったな」


 おお、ボスはギャル兄か。まさか、こいつもシスコンか?


「いいっすよ。凶器持ち出されたときはマジムカついたけど、久々に暴れられたし」

「お嬢ちゃん、女の割にいい度胸だ。なぁ、俺の女にならねぇか?」

「シスコンはお断りです」


 シスコンは兄貴だけで十分だっつーの。きっぱり断れば、ボスは苦笑した。

 それをそばで見ていた門倉が呆れた声を上げた。


「全く、揃いも揃って人騒がせですね」


 もう口調が戻っている。門倉の後ろには屍が多数。怖いよ、やっぱり。


「……あ、そういえば警察って呼んじゃったんですか?」


 門倉に訊けば、否定される。


「いいえ。暴れるつもりだったので、呼んでいません」


 するとボスが申し訳なさそうに、警察には知らせないように懇願してきた。


「僕は車の修理代を弁償していただければ、それで構いません。進藤は?」


 門倉がそう訊けば、進藤も頷いた。


「俺も構わない。自分で蒔いた種だ」

「田原さんは?」

「いいんじゃないですか。それに警察に通報したら、あたしもヤバいんで」


 これでも受験生なもんで。今、素行が悪いとマイナスだもん。

 バレたらバレたときだけど、できることなら警察の世話にはなりたくない。しかも武器使っちゃったし。


 それからボスとギャルは、下っ端たちを連れて倉庫を後にした。


 緊張の糸が切れたからなのか、急に進藤が倒れこんできた。近くにいたから慌てて抱きかかえるも、力の入っていない大人の男の身体は支えきれなかった。二人そろって地面に座り込む。うー、重い。

 慌てて進藤に声をかける。


「先生、大丈夫ですか!?」

「ああ……悪い」


 チャラ男自慢のイケメンが台無し。傷だらけで、血も出てる。見てるだけで痛々しい。


 ……き、気まずい。さっきまでは非常事態だったから平気だったけど、やっぱりこの前のこと、ちゃんと謝ったほうがいいよね。あたし、明らかに言い過ぎた。


「……先生。この前は……すみませんでした」


 言葉に詰まりながら謝るが、反応がない。


「あたし、酷いこと言いました。それなのに先生、さっきあたしを呼べって言われてたのに、一人で我慢して、あたしは関係ないって……」


 タコ殴りにされても、抵抗もせずに……。


 唇を噛んで俯いていると、進藤が小声で呟いた。


「……事実、お前は関係ないだろう。俺が巻き込んだんだ」

「でも、どうして反撃しないんですか」

「俺は教師だ。暴力を振るうことはできない」

「じゃあ、あのまま殺されてもよかったってことですか?」


 そこまではさすがにしないだろう。でも軽傷では済まなかったはずだ。もっと酷いことになっていたかもしれない。


「あいつらの言うように、あたしを呼べばよかったんです。そうすればそんな怪我しなくても……」

「お前を巻き込めるか」

「そういうところがいい子ちゃんだって言うの! 巻き込めばいいじゃん! 何、一人でかっこつけてんの!?」


 ああ、またムカついてきた。確かにあたしを巻き込みたくなかったかもしれない。でも呼び出された時点で警察に通報するとか、あたしだって馬鹿じゃないんだから手は打つし。

 イライラしていると、進藤も表情を強張らせて怒鳴り始めた。


「巻き込めるか! お前は大事な生徒で、……女だ!」


 突然、ぎゅーっと痛いぐらいに抱きしめられた。ビックリして離れようかと思ったけど、ふと気づいた。進藤の身体が震えているのだ。


「頼むから! ……もう二度と、こんな無茶なことはするな……」


 あまりの剣幕に、あたしはただただ驚いて「はい」と素直に返事をしてしまった。こんな進藤、初めて見たよ。

 今、進藤の顔は見えない。泣いて……は、いないよね? さすがに。


 あたしはしばらく進藤に抱きしめられたままでいた。ちょっと苦しいけど、気が済むまで大人しくしていよう。あんなことがあったんだもん。人恋しいのかもしれない。

 今の進藤はウサギさんだ。寂しいと死んじゃうんだ。

 そっと背中に手を伸ばし、赤ちゃんをあやすようにポンポンと軽く叩いてあげた。気分はマミー。


 その異様な雰囲気をぶち壊してくれたのは、やはりあの男だった。


「進藤、もうそれぐらいにしませんか? 怪我の手当てをしましょう。いつまでここにいるつもりですか?」


 門倉のその言葉で、進藤はあたしから離れた。それから門倉の手を借りて助手席に乗り込む。あたしも琴美ちゃんの隣に座り、倉庫を出た。


 つーか赤いスポーツカー(しかも外車)って、もう嫌味だよね。国産車の何が悪い。

 行先はどうやら門倉の実家の病院らしい。ボンボンかよ。やっぱり嫌味な奴。

 その道中で、ようやく琴美ちゃんが目を覚ました。


「ん……。あれ、私……」

「目が覚めましたか、琴美さん」


 運転しながら門倉が声をかける。

 彼女は走行中の車の中にいることに驚いていたが、門倉の「琴美さんは僕が来たときに緊張の糸が切れて気絶した」とか「相手とは話し合ってわかってもらえた」とかいう嘘を、疑うことなく信じ込んだ。


 いやいや、ちょっとは不信感を持とうよ! ツッコミどころ満載だよ!? 針で刺されたんだよ!? おかしいって思わなきゃ!! 


 到着した門倉の実家の病院は、それはもうデカかった。門倉も普段はここに勤めてるんだって。それも心療内科医。

 ……もしかして琴美ちゃん、こいつに洗脳されてるのかも。あーやだ、怖い、怖い。そしてキモい。いっそ干乾びろ。


 進藤は処置室で傷の手当て、琴美ちゃんは売店へ買い物に行っている間、あたしは門倉からガミガミ説教されていた。

 「琴美さんを危ないところに連れてくな」とか「琴美さんと一緒のときは、彼女を第一に守れ」とか、琴美ちゃんに関することばかりだった。


 普通はさ、「女の子が危ないことに首を突っ込むな」とか「暴力なんてもってのほか」とかが妥当でしょ。いろいろズレてる。もう琴美ちゃん以外どうでもいいってことが丸わかりだった。まぁ変態らしいけど。


 進藤の手当てが終わると、処置室に呼ばれた。幸いにも骨に異常がなく、打撲程度だったらしい。それを門倉から聞き、ホッとした。入院の必要もないらしい。


 ちなみに琴美ちゃんは門倉に送られて帰って行った。どうやらあたしは自力で帰れってことらしい。別にいいけどさ。ここ、どこだかよくわかんないけど。


 処置室に入ると、進藤はベッドに横たわっていた。あたしが姿を見せると起き上がる。

 あたしは勧められるまま、ベッドのすぐそばにある椅子に腰かけた。


「先生、痛々しいですね」


 まだ少し気まずくて、先に口を開く。すると進藤は苦笑を返した。


「しばらくはこんな感じだろうな」


 顔は痣と絆創膏、ガーゼで本当に痛々しい姿。服に隠れて見えないけど、多分ボディも散々殴られたはずだ。

 教師がこんな姿になって大丈夫かな? だって夏休みでも仕事があるんでしょう? もしこのことが原因で、クビになったりしたらどうしよう……。


 やっぱりあたしを呼べばよかったんだよ。あたしは見た目通りの女じゃないし、守られるようなタイプじゃない。そんな女なのに、この人は全力で守ろうとしてくれたんだ……。

 罪悪感がどんどん増していく。やっぱりもう一度、この前の暴言について謝ったほうがいいだろうか……。

 迷っていると、逆に謝罪された。


「悪かったな、お前を巻き込んで。それから……ありがとな」

「え?」

「助けに来てくれたことと、……この前のことも」

「いやいや。この前のことは、むしろあたしが謝るべきものでして」


 そう言っても、進藤は微かに首を横に振るだけだった。


「あのときは頭に血が上って、補習もやめてしまった。教師としては駄目だよな」

「でも人としては怒って当たり前です。あたしは先生の努力をふいにしかねない発言をしたんですよ? いっぱい暴言も吐いちゃったし……」

「でもお前の言ったことも間違ってないと思う。自分の気持ちに蓋をしているから、俺はあいつへの気持ちを昇華できないのかもしれない」

「先生……」


 ちくしょう。大人すぎるぞ。あたしだったら、人の言うことなんてまともに聞かないのに。


 この人、もしかしたら意外に強いのかもしれない。腕力とかじゃなくて、何て言うか……芯が。確かに恋愛面でウジウジしてたけど、結構頑固で強情。そしてやっぱり生徒想い。


 この前は助けてもらった。今度は守ってもらった。


 あんな凶器を持った複数の男に暴力を働かれたら、普通なら言われるままにあたしを呼びつけてもおかしくない。

 それにあたしはこの人に暴言を吐いた人間だ。この人が苦しみながら秘めていた恋心を、真っ向から否定したんだ。進藤自身もかなり怒っていた。自分が助かるために、あたしを差し出すことだってできたはず。


 それなのに、この人は応じなかった。どれだけ殴られても、痛くても、血だらけでも、必死であたしを守ろうとしてくれた。教師としても、人間の本質としても、多分強い人……。

 もしあたしが進藤と同じ立場だったとしたら、果たして同じことをできただろうか。できる、とは断言できない。悔しいけど、あたしは自分が一番かわいい。


 この人は芯の強さ、人の意見を受け入れる柔軟さを持っている。特に柔軟さは、あたしにはないものだ。

 負けた。……もう負けでいいよ。この人には――きっと敵わない。


 やっぱりもう一度、謝ろう。あたしは進藤に頭を下げた。


「先生、ごめんなさい……」

「もういい。過ぎたことだ。忘れろ」


 それから進藤は、何かが吹っ切れたかのように小さく笑った。


「……俺、自分の気持ちを言うよ。あいつへの気持ちを過去のものにして、前に進む。ありがとう、田原。背中を押してくれて」


 あたしは俯いた。


 その笑顔を見ていると、心臓がギューってしてくる。

 この人からの感謝の言葉が嬉しくて、でもちょっと切なくて――――。

 今のあたし、何かおかしいよ……。いろいろな感情がぐっちゃぐちゃで、わけがわからない。


 ……暑いな。暑いから、目から汗が噴き出してきたよ。あはは……。


「……田原、泣いてんのか?」

「違います。目から汗が噴き出てるんです」

「嘘つけ」


 そこは汗で同意してほしいのに!


「……先生の代わりに泣いてあげてるんじゃないですか。感謝してください」


 涙を見られたことが恥ずかしくて憎まれ口を叩くと、進藤は戸惑いながらあたしの頭にポンと手を置いた。


「……ああ、感謝する。ありがとな、田原」


 何でだろう……。何で他人のことで泣いているんだろう……。あたし、馬鹿みたい。


 進藤はあたしが泣き止むまで、頭を優しく撫で続けてくれた。






 弟よ

 恋って時に残酷で恐ろしいね

 あたしにはまだ、そういうのはわからない

 でも……少し羨ましいかな

 そんな恋ができるように見守ってろよ

                      敬具




これにて第二章完結。

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