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不機嫌のワケ2

ちょっと長めです

 元々高遠さんが学校側に掛け合ってくれて、明日から通う高校の下見に行く予定だったけど、なんだか現実逃避のようですっきりしないし、廊下で会った芳野さんが何か言いたげな顔をしていたのも気になる。

 何か話しかけようかと思ったがこんな時にどう反応していいのか分からず、結局気づかないフリですり抜けて家を出た。


 出掛ける旨を相葉さんに伝えたら坂本さんに一言声をかけた方がいいと言っていたので、ひとまず階段で一階下に下がって坂本さんの部屋に向かう。


 ━━ピンポーン


『…………はい』

「綾野です。これから少し出掛けます」

『……何処に行く?金は?』

「高校の下見に行きます。相葉さんから自転車で行ける距離だと聞いたので、それで行きます。お金は、使う予定はありませんが両親から貰っていたお小遣いが残っているので、」

『待ってろ』

「え、あ」


 ━━ブッ


「………」


 すぐに中で人の動く音がしたので、大人しく待っていると急にドアが開いた。


「っ!」


 インターフォンの正面よりも若干だけドア側に立っていたせいで、頭の左側を直接コースでドアが襲いかかってくるのを必死で避ける。


「……意外と落ち着きがないのな」

「…………」


 変な場面を見られてどうにも弁解しにくくて数瞬の間気まずい沈黙が流れた。

 何とか気を取り直して用件を聞こうとしたとき、何かをずいっと押し付けられた。


「ん」

「?」

「まずは受け取れ。話はそのあとだ」


 一見なんの変哲もない茶封筒だ。

 開けていいのかと坂本さんを見やると、顎をくいっと上げた。

 僕はそおっと中をのぞき見た。


「……?」


 中に入っていたのは、三つ折りになった紙と通帳とカード、それに印鑑だった。

 これは何か、と聞こうとすると、それより先に坂本さんが話し始めた。


「ここのシステムは高遠さんから簡単には聞いていると思うから割愛する。それはお前の生活費。その口座に毎月の生活費が振り込まれるから自由に使って」

「え、でも領収書……」

「領収書があったって、毎月きっちり使い切れる訳でもないし、端数が出る以上は管理しきれない。そもそも、それじゃあ自販機が使えないだろう。要するに、金は大切にってこと。

 ………門限は特にないけど、遅くなり過ぎないように。遅くなるなら誰かに連絡を入れろ。その日の食事当番にいえば問題ない」

「はい」


 僕の返事を聞くなり、坂本さんがうん、と頷いてドアを閉めた。

 そのままでいても仕方がないのでエレベーターに向かおうとドアから数歩離れると、後ろから小さく鍵が掛かる音がした。

 日野さんが礼儀正しいのは、もしかしたら相葉さんよりも坂本さんの影響が強いのかもしれない。




 昨日運んでもらっておいた自転車を駐輪場から出してマンションを飛び出した。


 高校までの道は単調明快。

マンションから南に大通りに続く一本道をまっすぐ進み、最初の十字路を左に折れて信号を渡ってさらにまっすぐ。二つ目のコンビニを更に左に折れてもうしばらく進むと見えてくる学校が明日から通うことになった桜陽大学付属高等学校だ。

 道路を挟んだ正面にあるのが本体の桜陽大学。こっちの方が校舎も大きいし敷地も広いから違いが一目瞭然で有難い。

 他にも色々な施設があるらしいけど、今分かるのはこれだけ。


 ひとまず高校の敷地に向かう。

 見学の許可は高遠さんが取ってくれたので駐輪場に自転車を置いて直接職員玄関へ。

 中にいた受付の人から入校許可証を貰って職員室に行くと、職員室前で僕の担任になる予定の先生が待ってくれていた。


「初めまして。明日からお前を受け持つ雪間ゆきま透夜とうやだ」

「初めまして、綾野瑞樹です。よろしくお願いします」

「立ち話もなんだから、取り敢えず教室に行こう」

「はい」


 僕が明日から通うことになる、3組の教室に向かうらしい。

 移動の間も学校についてのあれこれを話してくれて、通り掛かったところだけでもと校舎見学もさせてくれた。

 2階にある職員室から中央階段で3階に登り、東西に伸びている廊下の東側の、奥から3番目の教室に入った。


「お前の席はそこな、そう。座っていいぞ」

「はい」


 教室は北向きで、机は縦6列横7列で、後ろのドア側の2つがなくて40人のクラスらしい。

 僕の席は窓側から2列目の後ろから2番目。

 雪間先生は僕の隣の席に腰を下ろした。


「学校についての大まかな所はさっき話した通りだ。なんとなくでいいから頭に入れておけ。いずれ覚えるさ」

「はい」

「あとは年間行事だけど、うちの学校はイベント好きで細かいものまでは俺でも頭に入りきらないくらいある。まあ、特に大口のやつだけ伝えとくな」

「はい」

「さっきも言った通り、うちは男女共学で男女比は半々くらい。やろうと思えば出来る環境は整っているけど、授業としてはプールやスキーはやってない。で、年に1回ずつマラソン大会とリレー大会がある。マラソンは春に男子18㎞女子12㎞を一人で走る。リレーは秋にクラスの全員でフルマラソンの42.195㎞を走る。

学校祭も秋で期間は3日間。その前の準備期間は結構大変だから今から覚悟しておけ。

 まだまだ色々あるけど特にでかいのはこれくらいだな、覚えられそうか」

「…はい、何とか」

「そうか」


 一気に情報を詰め込んで混乱しかけている僕を見て、ふっと頬を緩めた雪間先生の表情に、なぜか死んだ父が一瞬重なって、小さく首を振って寂しさを払いのける。

 そんな僕をどう解釈したかは分からないけど、先生はすっと真面目な顔になった。僕もつられて身構えてしまう。


「綾野」

「はい」


 先生は何か、言葉を探すような素振りをした。

 言い難いことと言うことは、両親についてか。


「俺は、お前のことは何も聞いていない」

「え」


 担任のなる以上はある程度聞かされていると思ったから、ちょっと本気で驚いてしまった。


「もちろん、転校してきた理由は知ってる。だけど、それ以上の、お前自身の事情は知らない。わかるか?」

「……はい」


 つまり、両親が死んだことは知ってるけど、死んだ理由とその後の経緯は知らない、と。


「辛いことを思い出させてしまったようだが、あらかじめ言っておいた方がいいと思った。俺はお前の事情を知らないから、特別扱いはしない。……だけど、もし、何か、一人では抱えきれないことがあるのなら、無理強いはしないから、話してほしいと思う」

「……はい」

「あと、」

「?」


 気の重い話は終わりなのか、急に声が明るくなって訝しんでいると、とんでもない爆弾を落とされた。


「俺は特別扱いはしないけど、理事長の配慮でお前は遠縁の芳野槇と同じクラスになった」

「は………え、遠縁、てゆうか学年……え?」


 先生の予想以上の反応をしてしまったのか、抑えてはいるけど頬が引きつっている。


「おい、落ち着け?お前、前の学校単位制だったろ?そこでお前が得た単位がこの学校では2年満了分だったんだよ。で、同じ内容をもう1年させるのもなんだし、学年を上げれば槇もいるから安心だろうって。嫌か?」


 まるで悪戯が成功した子供みたいな意地の悪い笑顔で補足をするところがなんとも憎たらしいのだが、今はそれどころじゃない。


「い、いやではないですけど……。え、でも」

「綾野が望めば1年にも入れるけど、学校としては優秀な生徒は大学に上げて、大学院に行ってもらいたいのが本音だ。もちろん、本人の希望を優先はするが」

「え、と」

「とゆうか、高遠さんがとっくに話してると思ってたけど、初耳だったんだな」

「はい……」

「どうする?」


 考える時間をくれるらしい。それ以上は何も言わずに待ってくれていた。

 なにやら先生本人が高遠さんを知ってるような口ぶりが気になったけど、それも今はスルーだ。


 でも、どうするって言われても、学費を払うのは僕じゃないし………あ。


「……高遠さんには恩があります。私に何も言わずにいたということは、高遠さんがそれを望んでいるということだと思うので、私は高遠さんに従います」


 しばらく間をおいて、僕が出した答えを口にすると、雪間先生の眉間にかすかに皺が寄った。


「つまり、2年に編入すると?」

「はい」


 僕の意思を確認して、何かを考えるように間をおいたあと、渋々といった風に納得してくれた。

 よかった。この人は頭の回転のいい人だ。


「……わかった、理事長にはそう伝えておく。あ、それと、綾野の制服は槇が持ってるから、今日中に貰っておけよ。明日は教室に入る前に俺のところに来い」

「…はい」

「それじゃあ今日はここまでだな」

「はい、ありがとうございました」

「玄関まで送る」

「助かります、お願いします」

「はいよ」


 3階からまた中央階段で1階に下がる、職員玄関に行く前に僕の靴箱に案内してくれた。

 その間も絶え間なく話は続いた。

 事務的な話は済んでいたから、最後にと、僕が槇の名前を聞くたびに渋い顔になる理由を聞かれた。

 答え方次第ではクラスを変えて貰えるかもしれないけど、それもずるいような気がして、


「今朝、ちょっとケンカしまして」


 とだけ言って誤魔化した自分を褒めたい。


 1階を一周して職員玄関まで送ってくれたので、靴を履いて玄関扉に手を掛ける。


「気を付けて帰れよ」

「はい、失礼します」


 僕は見送ってくれている雪間先生にもう一度礼をして外に出た。


新キャラ登場でした

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