自分の部屋
場面は瑞樹の部屋に移ります。
部屋にはまだ未開封な段ボール箱が積んである。
僕は寝間着と洗面具だけ取り出して、着替えて歯を磨いてロフトに登り、ベッドに身を滑り込ませた。
さっき携帯で確認したらまだ夜の10時を少し過ぎたくらいだったけど布団の暖かさと睡魔には勝てず、明日の予定を聞きそびれたな、なんて思いながらもアラームを付けることもなく寝入ってしまった。
朝日が眩しくて目を覚ますと昨夜はカーテンを引くことすらしていなかったことに今更気が付いた。なんとなく二度寝の気分になれなくて、ロフトを降りて窓の外に目を移す。
以前とは似ても似つかない景色に、ここに来たのが夢ではないことと、今の自分の立場を再認識させられた。
まだ太陽が随分と低い位置にあって、改めて携帯を見ると朝の6時半を回る頃だった。
こんな時間に部屋の外に人の気配があるわけもない。
とりあえず寝具を整えてからジャージに着替える。
僕は部屋に散らばしたままの段ボール箱の荷解きを始めた。段ボール箱の中の服を備え付けのクローゼットに入れていく。服の全てを畳み直したりハンガーに掛けたりするのは結構な手間だったから、今季分の服以外はそのまま段ボール箱ごとクローゼットの下に押し込んだ。
服を弄っていたせいか部屋中が少し埃っぽくなっていて、換気をするために大きな窓を開けた。
さっきは気づかなかったけれど窓の外には小さなバルコニーが付いていた。
ちょっと外に出てみようかな。
「うわぁ…」
部屋の中からは分からなかったが、周辺のビルや家々に朝日が反射する様はとても綺麗だった。日光のお蔭か季節の割に暖かく、風は少し冷たいけれど、寝起きに荷解きの作業で火照った身体には心地いい。
朝の風は気持ちいいけど流石に外気はまだ冷たいから、念のためにブランケットを羽織ってバルコニーに出た。
しばらくそうしてバルコニーの柵に寄りかかって朝日を見ていると、朝日とは反対の右側からクスクスと軽い笑い声が聞こえた。
ここでに入居した人に与えられる部屋番号は、きっちりこの部屋の人、というよりも誰が何番目にここに来たか、という意味合いのほうが強く、いうなれば番号は部屋に付いているのではなく人に付いている。
現に普通は4号室と6号室の間には5号室があるはずだが、ここの5号室は南側の東の角部屋で、南側西の角部屋は3号室、反対のの北側西の角部屋は2号室、北側東の角部屋は6号室だった。
つまり、南向きの僕のいる5号室より西、右手側には3号室の芳野さんと4号室の日野さんしかなくて、声は男性のものだから消去法で芳野さんの筈で、声のほうに振り返るとやはり芳野さんが3号室のバルコニーの柵に寄りかかっていた。
細身の身体つきで背も高く、整った容姿にサラサラな黒髪が艶やかな彼は、僕と目が合うと口元に笑みを残しながら
「おはよう、随分と早起きなんだな」
と言った。
そういえば、僕が外に出てから物音はしなかったと思う。もしかすると彼は僕よりも早くから外に出ていたのかも。
「……おはようございます、寒くないんですか」
僕の答えになっていない返答に、彼はまた小さく笑い声をあげた。
「そうだな、流石に少し冷えてきた。……もう7時を過ぎているし、そろそろ智恵さんも起きるかな。お前もリビング行くか?」
智恵さんって、1号室の相葉さんの名前のはず。
7時を過ぎれば部屋から出てもいいのかな?
僕も少し冷えてきたし、やることないもなくて暇だから付いて行ってみようかな。
「行きます」と僕が言うと「おう」と返ってきた。
部屋に戻って羽織っていたブランケットを畳んで置き、風に乱れた髪を直してから部屋を出る。
ちょうど同じタイミングで芳野さんも出てきて、2人でリビングに向かおうと身体の向きを変えた時、1号室から相葉さんが起きてきた。
彼女のセミロングより少し長い髪は、パーマか自前か、緩くウェーブがかかっている。色素が薄いのか、髪は茶色がかっていて、肌も白くて綺麗だ。
「おはよう、智恵さん」
「おはよう、槇ちゃん、瑞樹ちゃん」
「おはようございます」
僕が挨拶を返したことが余程嬉しかったのか、相葉さんは大きな瞳に柔和な笑みを刻んだ。
僕は、あぁ、可愛い人だな、と思った。
3話ではただ携帯とテレビを見つめるだけだった芳野さんがやっと喋ってくれました(笑)