3話
シンが指輪を見て怒声を上げてから数分後、プリムがシンの前で床で正座させられていた。プリムの前には椅子に座ったシンが、頭を抱えている。正座しているプリムは、シンの怒声を聞いて涙目になってガクガク震えている。
「自分に嵌めたのは、まだいい。でだ、どうして自分だけじゃなくて、俺にまで指輪を嵌めたんだ。」
シンが指輪を見せながら、プリムを問い詰める。
「あ、そ、そのわたし結婚に憧れがありまして、その、シンさんを夫役に、その、想像を・・・・・す、すみません。」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにする。まあ、お姫様となると自由な結婚なんて無理なんだろうから、それで、結婚に憧れを抱いたのだろうか?
まあ、この指輪は結婚なんて甘い物ではないが。
「この指輪は、『不別の指輪』という魔法具で、大昔の結婚指輪のような物だ。そして嵌めた二人に、一生を共にすることを強いる指輪なんだ。」
「えっ、それじゃあシンさんが本当に旦那様ということに」
「ならんならん、昔の話だ」
プリムが指輪を外そうとするが、もちろん外れない。
「と、取れません」
「取れないよ。諦めろ、自業自得だ。」
プリムが呆然とする。まあ仕方ないだろう、俺を夫役にしたからといって、本当に結婚したかったわけではないだろうからな。それにしても、寝ている間にとんでもないことをしてくれたなこの元お姫様は。
状況を整理すると、プリムは命を狙われている。プリムが死ぬと俺も死ぬ。プリムの命を狙っているのは、隣国の王・・・・・面倒なことになった。俺は嫌でもプリムを隣国の王から守らないといけなくなった、ということだ。
シンの対応が少々冷たくなっても仕方ないだろう。
「プリム、聞いてるか?」
「結婚・・・いえ、これはあくまで生涯を共にするというだけで、でもそれってあまり夫婦と変わらない気が・・・・」
「プ、リ、ム」
まだ呆然としているプリムを、シンが少し強めに名前を呼ぶ。
「は、はい」
「この指輪について、俺の知っていることを話す。ちゃんと聞けよ。」
「わかりました。」
指輪について知っていることをプリムに説明した。
説明が終わってプリムの最初の言葉は
「あれ?それだと、私はシンさんに護衛してもらえるということに」
俺を面倒事に巻き込んでおいて、少しお灸をすえる必要があるようだな。
シンは、プリムの頬をに手を伸ばして、頬を左右に引っ張った。実は、このやわらかそうな頬が気になっていたのだ。それにしてもよく伸びる。
「ふえ、なにふうんでふか」
「君は、俺を巻き込んだことを、少しは反省するべきだ。」
シンが、頬を放して、少し強めに反省を促す。
「えへへ、ごめんなさい」
ごめんなさい、と言いながらもちょっと嬉しそうだった。
「ど、どうした?」
「普通に接してくれる方は久しぶりで」
幸せを噛み締めるように、プリムが言ってくる。王宮に居た頃、慕ってくれる者はいたが、プリムを敵視する者を恐れて、表立って親しくしてくれる者はいなかった。プリムを王宮から逃げるときに手助けをしてくれたのは、彼らだった。その彼らとも、王族という身分の壁が邪魔をして、最後まで親しくできなかった。
「そうか。苦労したんだな。」
シンにはそんなことはわからなかった。ただ、どんな生活を送っていたのかを、想像することしかできなかった。
「それにしても、指輪のこと、知らなかったんだよな?」
「は、はい。」
まあ、そうだよな。
シンが黙り込んでいることに、不安になったのか、プリムがすまなそうに、足を正座のまま頭を下げてくる。
「あの、シンさんの人生をめちゃくちゃにしてしまって、本当にごめんなさい」
幸せそうな顔は消え失せて、暗い表情を浮かべている。忙しい子だな。
「もういいよ。俺がその辺に放置していたのも悪かったし」
正直、一生となるとあまり実感がない。
「あの、これから、どうしましょう?」
「予定を変更して、先に町に行く。弔いはギルドの人間に頼むことにしよう。」
「わかりました。」
プリムとしては、彼らは自分で弔いたかったが、そんなことを言える雰囲気ではなかった。
ぐうう~~
シンのお腹がなる。そういえば昨日の夜は、何も食べなかった。
シンは麻袋からりんごを取り出して、丸かじりした。
くう~
「あ、いや、これは、その」
プリムは言い訳しようとするが、うまくいかず、最後の方では今までで一番顔を赤くして俯いた。彼女的には一番恥ずかしかったらしい。
少しするとおねだりするようにこちらを見てくる。一々可愛らしいなあ。天然でやっているのなら、末恐ろしいな。
「りんごでいいか?」
「は、はい。ありがとうございます。」
プリムが、渡されたりんごを小さく齧る。それにしても、朝から猛烈に疲れた。
その後、他にもパンなど色々食べて、食事を済ませた二人は、すぐに山小屋を出た。プリムに山道はかなりきつかったようで、何度か休憩を挟んだので、普段の倍の二時間ほどで町に辿り着いた。
町に着いたシンはすぐにギルドに向かおうとするが
「わあ~、可愛い」
通り道で犬を見つけると、ふらふら~とそちら向かっていく。シンはプリムの外套の襟を掴んで引き止める。
「きゃう」
「お姫様、先にギルドだ」
首が絞まったことに、驚いているプリムに、怒りを抑えながらシンが本来の目的を口にする。
シンはそのままプリムを引き摺って行く。
「あの、じ、自分で歩きますから、余所見もしませんから」
「本当か?」
「はい。」
「・・・わかった。」
シンは襟を放したが、また一人でどっかに行かれても困るので手を繋ぐことにした。
「あっ」
「どうした?」
「な、なんでもないです。」
歩き出すとプリムが、繋いだ手や町並みを見ながら、嬉しそうにしている。
「やっぱなんかあるだろ。」
「実は少し。私、なかなかお城を出ることができなかったんです。ずっとお城から、城下町を眺める毎日でした。恋人や家族が手を繋いで歩いているのを羨ましく思っていました。だから、手を繋いで歩けるのが嬉しいんです。」
「そっか」
しばらくして二人はギルドに着いた。シンはプリムと共にギルドに入る。すると、いつもより強い侮蔑の視線を向けられた。殺気すら混じっている気がする。
「ああ」
シンが昨日のことを思い出して納得する。俺はサリナを利用してギルドマスターに近づいたことになっているんだったな。そこにシンが別の可愛い少女を連れてきた。彼らの中で、シンは二股男、最低のクズ、という形が確定したのだろう。
・・・・・あれ?もしかして、まずったか。アルフレッドに怒られるかもな~
「おい、てめえ。やっぱり、サリナのことは遊びだったのか!」
「許せない」
「女の敵」
ギルドにいたギルドメンバー達の中から、よくサリナと一緒に居るのを見る三人が、シンに近づいてきた。男が一人と女が二人だ。男の名前は、ジルだったかな。短い茶髪をツンツン尖らせた野生的な風貌をしている男だ。二人の女の内、茶髪をポニーテールにしているのがミュリンで、三人の中では一番小さい。もう一人はこの辺りでは珍しい女の獣人で、猫族のライラだったはずだ。毛色は白で、猫耳と長い尻尾が愛らしい女の子だ。三人とも、サリナと同年代で今は青を基本にした戦闘服に身を包んでいる。
その三人が、それぞれの武器を持って近づいてくる。ジルはハルバートを、ミュリンはレイピアを、ライラは、二人から一歩下がって白いタクトのような杖を手に持っている。
「あ~~君たちは、サリナの友達だよな、俺がサリナを利用したと思ってるのか?」
「違うとでもいうつもりか。じゃあその女はなんだ!」
ジルが、プリムを指差す。
「えっ、私ですか」
驚くプリム。女を連れていただけで、何故サリナを利用した事になるのだろうか?
「サリナは、マスターの伝言役をしてくれていただけだ。」
「嘘よ。どうせ、ギルドマスターに近づくために、サリナに言い寄ったんでしょ。」
「どうして、あなたにマスターが声をかけるんですか。碌に仕事もないと聞きました。おかしいです!」
彼らは頭の中でシンへの悪いイメージを膨らませ、そのイメージを噂と長い誤解の時間が強固なものにしてしまっていた。彼らはシンの言葉を聴く耳を持たず、シンに武器を突きつけてくる。シンは面倒になって、説得を諦めた。
「じゃあ、勝負しよう。」
「勝負?」
「そう、俺一人と君たち三人でね。俺が勝ったら、俺がマスターと会うことは自然なことで、サリナはマスターの伝言役、ということでいいかな?」
ギルドに寄せられる依頼は、何らかの力が必要なものが多い、そのためギルドは実力主義な面が強く、特に戦闘力を重視する傾向がある。世間でのギルドの立場を強くしているのは、危険な依頼を請け負うからなのだから、戦闘力を重視するのは自然なことだった。なので、実力さえがあれば、マスターに会うことは、それほど不思議なことではないということになる。それを証明するために、シンから多対一を申し出たのだ。三人は、シンの持ちかけた勝負に乗ってきた。
「いいだろう。やってやる。」
「私達、チーム『ブルーバード』が負けるはずありません。」
「私達のチームランク〔CC〕なんですよ。サリナが居なくても勝つのは私達です。」
サリナも『ブルーバード』に所属しているらしい。チームとは、依頼を効率良く安全に達成するために結成するもので、ギルドも3人から5人くらいのチームを作ることを推奨している。チームランク〔CC〕の彼らには、依頼ランク〔CC〕の依頼を問題なく達成する力があるということだ。つまり、彼らは以前シンが倒したヘルハウンドを倒せるということだ。
ここでランクについて整理すると
依頼ランク=魔物ランク=チームランク=個人ランク×3~4
といったところだ。
彼らのチームは4人だったから、個人ランクは〔C〕~〔CC〕の間といったところだろう。シンは、そんなことには全く頓着せず、開始を告げる。
「じゃあ、始めようか。」
「来いよ。三対一だ。そっちからでいいぜ。」
ジルが自信満々で言ってくる。シンの戦いを一度も見たことが無く、実力もわからないにも関わらず、ずいぶんな自信だ。何処にも根拠は無いのに、シンを弱いと決め付けているのだ。それだけ彼らの中で、シンの評価が低いのだろう。
「それじゃあ、お言葉に甘えて・・・『刃雷』」
シンが刀を抜くと同時に、雷を纏わせ、抜刀と同時に斬撃を放つ。これにギリギリ反応したミュリンは、後ろを確かめずに後方に飛んだ。ものすごい勢いでテーブルに突っ込んでいった。大丈夫だろうか?
次の瞬間、ジルのハルバートは、シンの斬撃により鉄製の柄が半ばから断たれ、刃の付いた部分は床に金属音を立てながら落ちて、ハルバートはただの鉄の棒になっていた。
「なっ!?」
ジルは、手に残った鉄の棒と床に落ちた部分を見て呆然としていた。後ろに飛んだ際に、テーブルにぶつかったミュリンも、その光景を見て放心していたが、すぐに自分を取り戻してライラに呼びかける。
「ライラ、下がって!」
ミュリンが、レイピアを構えてシンに向かって走り出す、入れ替わるように元々少し後ろに居たライラが、さらに後ろに下がった。そのライラの前に青い魔方陣が浮かび上がる。『氷槍の雨』の魔方陣だった。『氷槍の雨』は、多数の氷を雨のように降らせる魔術で、室内で使うには強力すぎるのだが、ジルの武器を破壊したのを見たライラは迷わず発動準備に入った。
「それは、やりすぎだろう」
シンは、そのライラに向けて走り出す。ライラまでの道にミュリンが立ちふさがる。さっきの攻撃を見たミュリンに、シンを侮る考えは無かった。
「『七穿』」
レイピアの先端が光る。『七穿』は連続で七回突きを放つ技だ。ミュリンは、ライラの準備時間を稼ぐために、手数の多い技で足止めしようとしたのだ。
だがシンは、刀をレイピアに添えるように当てて、最初の一撃を滑らせるように受け流した。そのままシンは、ミュリンの後方に逃れた。
「・・うそ」
シンは、三秒とかからずにライラの前に到達する。驚いて硬直するライラ。シンは、抱きしめるように後ろに手を伸ばして、ライラの可愛い白く長い尻尾を掴んで、にぎにぎした。
「にゃん!」
ライラは、ビクッと身体を震わせると、その場に座り込んでしまった。その拍子に魔法陣は霧散してしまった。獣人にとって尻尾は、とってもデリケートな部分らしく、触られるとゾクゾクするらしい。ライラは顔を少し上気させて、座り込んだまま潤んだ目でシンを睨みつける。潤んだ目で睨みつけられても可愛いだけだった。
「何しているんですか!」
シンは、突然後ろから怒鳴られ、後ろを振り向いた。そこには、ギルドの入り口に立つサリナの姿があった。
「え~と、誤解を解こうと」
「黙ってください。そんなのギルド内で問題を起こして、いい理由にはなりません。」
「サリナ、こいつの言っていることは、本当なのか?マスターの伝言役をやっていただけなのか?」
サリナの登場でやっとジルが復活した。彼らは、今までチームメイトであるサリナにも話を聞いていなかったらしい。まあ、サリナが弄ばれていると勘違いしていたのだから、聞きづらかったのかもしれないな。
お前は弄ばれている、なんて言いづらいだろう。
「ええ、言うのが遅れてごめんなさい。といっても、私も昨日聞いたのだけど、シンさんと父は、昔からの友人らしいわ。」
「友人?」
「昔からの?」
三人の顔に疑問が浮かぶ、ここで言う昔がどれほど昔なのかわからないが、シンが今よりさらに若い頃にマスターと友誼を結んだことが信じられなかった。だが今自分達は相手にもならなかった。最初の攻撃でやろうと思えばシンは自分達を殺すことができただろう。ということぐらいは、わかった。つまり手加減されたのだ。
「ええ、そうらしいです。詳しく知りたかったらシンさんか父に直接聞いてください。」
サリナはこう言っているが、シンが答えるはずもないし、彼らがギルドマスターに尋ねるのはランク的に難しい。彼らが知るには、力を付けるか、シンと仲良くなるしかない。どちらも容易なことでは無いだろう。簡単に強くなれれば苦労はしないし、シンとは争ったばかりだ。(ちなみにシンに争ったつもりは無い)
「それでシンさん、その子は誰なのですか?」
サリナがプリムを観察するように見る。か、可愛い。サリナは観察を終えると、シンに対しては、少し冷たい視線を送る。それが周りからは嫉妬のように見えていたりする。
「ちょっとな。昨日の話にも少しは関係がある。それより、いいところに来てくれた。アルフレッドに用があるんだが。今、会えるか?」
「・・・・・昨日のですか。・・・・・わかりました。私も一緒に聞かせてもらいます。少し上で待っていてもらえますか?」
サリナがシンとプリムを交互に見て、そう言ってくる。
「わかった。それで構わない。二階の応接室で待ってる。」
正直一階には居づらかったので、シンはすぐに二階に向かった。蚊帳の外だったプリムもついて来る。二階に着いたときにプリムが聞いてきた。
「あの、ギルドでの、シンさんの立場ってどうなっているんですか?」
プリムはシンに対して、ギルドマスターの知り合いということから、もっと違うイメージを抱いていた。
「立場か?ギルドメンバーには、卑怯者と思われているらしいな。さっきので評価がどう変わるか、わからないがな。」
力は示したが、ちょっと不意打ち気味だったし、最後があれだったから、イメージがどう変わるかわからないな。そんなことを考えながら、シンは二階にある応接室に入った。プリムもシンに続いて応接室に入る。
「俺のことは、いいんだよ。それより、今更なんだが、ギルドマスターとさっきのサリナには、全部話すがいいか?」
「はい、お願いします。」
シンとプリムは、ギルドマスターとサリナが来るまで、しばらく応接室で待つことになった。