5話
サリナ、ライラ、ミュリン、ジルの4人はクルセウスへの帰り組と分かれた後、まずはヤマト国の情報収集が先決だと判断した。今からヤマト国に向かっても、国内に入れなかったり、着く時に戦いが終わっていては意味が無い。
その後は旅支度だ。食料と移動手段を手に入れる。
ベストなのはヤマト国直行の転移珠があることだが、浄化戦を前にしてヤマト国直行の転移珠が市場に出回ることは無いだろう。
ヤマト国は王都から北の方に海を隔てた島国だ。おそらく北方の町への転移珠を探すことになるだろう。転移珠は距離で値段が変わるし、元々安くない。街ごとに値段が変わるのだ。それでも北方の町に転移する転移珠くらいなら何とかなる、と思う。
「どこで情報を集めましょう?」
「ギルドじゃないのか?」
「無理じゃない。ギルドって他所のギルドメンバーに対して閉鎖的だし、情報屋を探すしかないでしょ」
基本的にギルド同士は、仕事を取り合うライバル関係だ。交友があるならともかく、積極的に他所のギルドに情報を渡そうとはしないだろう。だから、自分のギルドがある街以外では、普通は情報屋で情報を集める。
「いいえ、そうでもありません。王都のギルドはかなり大きく、地方のギルドとはちょっと気質が違っていて、他所のギルドメンバーに対して開放的です。浄化戦の情報くらいならなんとかなるかもしれません」
『青竜の爪』のギルドマスターの娘であるサリナは、王都のギルドのことを少し知っている。ギルドの名前は、『勇商連合』といい、グンダーラ王国でもっとも大きなギルドだ。商業ギルドにも所属しており、かなりの資産を所有している。
グンダーラ王国は大国だ。その中でもっとも大きいギルドである『勇商連合』が総動員をかけ、金で雇える傭兵も加えれば、かなりの戦力が集まる。しかもSランクのメンバーも3人在籍しており、その戦力は小国くらいなら落とせるほどだ。
「じゃあ、『勇商連合』に行ってみよーーー」
サリナの説明で方針が決まり、四人で『勇商連合』に向かった。
しばらく後、4人の目の前には、7階建ての建物が建っていた。
「でっけえーー」
ジンが『勇商連合』のギルドを見上げて、感嘆の声をあげる。
「そう、ですね。ウチとは大違いです」
「い、いや、ウチはウチで良いと思うぞ。クルセウスにこんなのが建ってたら邪魔だし」
沈んだ様子のサリナが自嘲的な発言をした。それを見たジンが慌てフォローする。
まあ仕方ないんですけどね。ウチは大戦後に出来た新しいギルドですからね。
「ほら、さっさと中に入ろうよ」
ミュリンが先に入っていく。
「どのようなご用件ですか?」
「うえ?」
ミュリンがギルドに入るとすぐに誰かに話しかけられた。入り口の右側に受付嬢のテーブルがあり、その内の一人に話しかけられたようだ。
普通のギルドは身内だけを相手にするので、受付嬢のテーブルは奥にある。他所を相手にする『勇商連合』では出入りをチェックするために出入り口にも受付嬢を置いているのだ。
入ってすぐに声をかけられるとは思っていなかったミュリンは戸惑ってしまった。
「えっと」
「あのヤマト国の浄化戦のことが知りたいのですが?ここで教えてもらうことはできますか?」
言葉に詰まっていたミュリンを見かねてライラが代わりに質問する。
「それでしたら、あちらの棚に資料のコピーがありますので、銀貨一枚で十枚まで持っていって構いませんよ。原則として、立ち読みはご遠慮ください」
「ありがとうございます。銀貨はこちらで?」
「いえ、棚のところに料金箱があるので、そちらにお願いします」
「どうも」
ライラが小走りで棚に近づいていく。一刻も早く、シンが向かったヤマト国の情報を知りたいのだろう。
サリナ達は資料棚で、銀貨を一枚料金箱に入れ、ヤマト国の情報が載った資料を選んで『勇商連合』を出た。ヤマト国の情報が載ったのは10枚もなかったので、何枚かは自分達の趣味で選んだ。
資料からわかることは、次の通りだ。
・浄化戦はまだ準備中、始まっても終了まで最低でも一ヶ月以上かかる
・浄化戦に参加するには最低でもランクC以上のチームか、個人ランクBB以上の実力が必要。
・長期戦のためヤマト国は大量の物資を欲している
・指揮を取るのはヤマト国の国王
・現在、有角族とは緊張状態で、有角族は浄化戦に対しては静観している
その他にもヤマト国の簡単な地図や、ヤマト国でもっとも多い鬼系の魔物の情報が載っている物などがあった。
浄化戦が一ヶ月以上かかるのは、浄化戦が魔物の徹底的な殲滅戦だからだ。
浄化戦には段階がある。
1、まずは戦うための準備、国と『魔窟』が接する辺りに戦力を終結させる
2、次に自国内、特に国境付近に生息する魔物を殲滅する
3、殲滅が済むと『魔窟』内の国境に近いところの魔物の群れか集落と戦闘する。これはほとんど戦争に近い
4、『魔窟』の前線を突破すると魔界内の魔物を人海戦術で殲滅していく
5、粗方の魔物が片付くと魔界の長が率いる本隊と戦う
6、本隊を蹴散らした後、また人海戦術で魔物を殲滅、または端っこに追いやる
ここまでしてようやく浄化戦は終わる。
浄化戦には莫大なお金と人材、時間を使う。だからどこの国も浄化戦には踏み切れず、『魔窟』は今でも各地に残っている。
その代わりどこの国も他国が浄化戦をする際、出来るだけ援助をするようにしている。自分達が浄化戦をするときに手伝ってもらうためだ。
自国だけで浄化戦を行うのは難しいし、他国が『魔窟』に侵食されると次は自国の番になるので、他国の浄化戦は他人事ではないのだ。
「結局、浄化戦の決行日はわからなかったけど、戦いが終わるのは一ヶ月以上も先なんだよね」
「シンさんが終わりの人海戦術の戦いには参加せずにヤマト国を去るかもしれないじゃない!」
ミュリンの楽観的な言葉に、ライラはちょっとぴりぴりした様子で怒鳴る。
「そんなに怒んないでよ」
「ごめんなさい」
「決行日が未定なので絶対ではわかりませんが、一ヶ月あるなら決行日にはともかく、戦いには間に合うでしょう。行きましょうヤマト国」
「うん」
「はい」
「おう」
サリナの言葉に三人が頷いてみせる。4人は今後のことを話し合った。
「まずは出来るだけ北方の町の転移珠ですね」
「どこに行けばいいんだろう?浄化戦の前だし、市場に無いよね?」
「『勇商連合』の資料には、国営の店に集められてるようですね」
「どうして国が転移珠を?」
ライラが資料を片手に読み上げると、ミュリンが不思議そうに質問する。その質問にはサリナが答えてくれた
「豪商達による転移珠の買占めと値の吊り上げを封じるためでしょう。浄化戦を前にして北方方面に行く転移珠の値段が高騰しているでしょうから」
「へえ、それにしても順調じゃん。必要な情報も手に入ったし、なんとか間に合いそうだね」
「そうですね。一先ず転移珠だけでも今日中に手に入れましょう。食料などはその後にでも」
「さんせー」
四人でもう一度、街の中央に向かった。国営の店は王宮の近くにあるためだ。
「えっ!?転移珠が無いってどういうこと!『勇商連合』の資料には置いてあるって」
食ってかかるミュリンに対して、申し訳なさそうに店員が事情を説明する。
「それが数日前に大量に物資を運ぶことになりまして、その際にかなりの転移珠を使ったのです。それに転移珠を求めてやってくるお客様は他にもおりますので」
「そんな~~~ってライラ!大丈夫?」
ミュリンが悲鳴を上げる隣で、ヤマト国に行けると思っていたライラが悲愴な表情を浮かべている。
「あ、で、ですが、一週間後にはヤマト国から転移珠が届くはずなので、その時なら」
「一週間後ですかわかりました。ほらライラ泣かないの、一週間なら何とか待てるでしょ」
サリナは仲間を連れて店内の端に移動した。
「どうしましょう?お金が問題ですね。王都に一週間滞在するだけでお金がかかります」
「それに一週間のロスがあるから、転移珠もできるだけヤマト国に近い街行きじゃないといけないから、転移珠の値段も高くなるよな」
サリナとジルが今後の課題を口にする。要するに金が足りなくなる可能性がある、ということだ。
ここはクルセウスではないので、彼らが所属するギルド『青竜の爪』も無いので依頼を受けることもできない。
「何か仕事を探すしかないかな。また『勇商連合』に行く?」
「いえ、あそこで資料を見ると銀貨を一枚取られます。割りにあいません」
『勇商連合』の資料10枚=銀貨一枚というシステムはよく考えられている。
『勇商連合』を訪れた者たちにとって本当に必要な情報は数枚で、10枚になるように重要度の低い物をいくつか選ぶことが多い。『勇商連合』はそうやってお金を稼いでいるのだ。
仕事だけを探しに行って、銀貨1枚は割に合わない。
「でも王都のことはわかんないしなあ」
「そうですね」
「・・・・・・両親にお願いしてみましょう」
ライラはあまり気が進まない様子でそう言った。ライラの両親は商会を経営している貴族だ。貴族といっても一代限りの物だが。両親の商会は王都にもある。
連絡を取ってお金を借りることが出来るかもしれない。ライラも親の脛を齧るような行為はあまりしたくない。それでも、ライラにとってシンに追いつくほうが大事なのだ
「ライラ、それは」
「仕方ないわ」
「・・・・・わかった。でも、それは最後の手段よ」
「・・・・・・わかったわ。でもどうするの?」
「それはこれから考えます」
4人は王都に慣れていない。サリナとライラは両親に連れられて来たことがあるくらいで、ジルとミュリンに関しては今回が初めてだ。
王都で手っ取り早くお金を稼ぐ方法なんて4人にはわからなかった。4人は国営のお店で途方にくれていると、店内に兵士と思われる甲冑を纏った者が四人入ってきた。
店内を見渡し、サリナ達を見つけると近づいてきた。
「失礼。『蒼雷』のシン殿のご友人でしょうか?」
「私の主です」
「は?」
「ライラ、それだと話が進まないわ」
サリナがライラを押しのけて話を代わる。
「はい。友人のつもりです。置いてかれましたけど」
「あるお方がお会いしたいと」
「誰ですか?」
「先ほどシン殿が会っていた相手、と答えるように言われています」
「「「!!」」」
「い、行く!」
「・・・・・そうですね。わかりました。伺います」
サリナ達は兵士達について王城に向かった。
「な、なあ、あいつが会いに行ったのって王女様だよな。俺達なんかが行っていいのか」
「良いんじゃない、あっちが来いって行ってるんだし」
「あ、あの、シン殿はお元気ですか?」
「へ?・・・まあ元気だと思うけど」
いつもダラダラしていたから、元気溌剌というイメージは無いけど、病気とかでは無いはず。
「そうですか。よかった。実は私、以前浄化戦で助けて頂いたんです」
「わたしは、遠目に見たことしかないのですが、戦場で濃い青の雷を纏って魔物をなぎ払う姿は圧倒的で、あれは圧倒されました」
兵士の内の2人がシンの話を始めた。
「すいません。その2人はシン殿のファンでして、大目に見てください」
「いいじゃないか、緘口令で関係者以外にはシン殿のこと話したらいけないんですから」
「そうですよ」
「軍の中にはシン殿を尊敬している者がいるのです。緘口令のためあまり数は多くないのですけどね。自分もその一人ですが」
その数少ないシンのファンを手元に置いているニーナ王女ってどういう人なんだろう?
ミュリンがそんな疑問を浮かべている時、ライラがシンの話題に食いついてきた
「わたしも助けてもらったことがあるんです。しかも二度も」
「おお!」
ライラと兵士達のシンの話は王城に着くまで続いた。
ちょっとした身体検査をされた後、城内に通された。シンのように素通りとはいかなかった。
ニーナ王女の執務室の扉を兵士達がノックする。
「連れてまいりました」
「通して」
扉が開かれ、サリナ達が中に入る。兵士達は中には入ってこなかった。
執務室にはニーナが執務机を挟んで椅子に座っており、その隣にコーネリアが立っていた。
ニーナ王女を見た四人の感想は小さいだった。ニーナ王女の前にある執務机や、高身長のコーネリアがそれを強調している。
「小さい」
ミュリンがつい口を滑らせた。ニーナ王女の顔がピクッと引きつった。
「す、すみません」
「ま、まあ、いいわ。確か私はちょっと他の人より小さいからな」
「ちょっと・・・・・」
「なにかしら?」
ニーナ王女がミュリンを睨みつける。
「い、いえ、なんでもありません」
「さっさと用を済ませましょう。あなた達に頼みたいことがあるの」
「頼みたいこと?なんでしょう」
「あなた達にヤマト国に送る物資の護衛をしてもらいたいの。あなた達ヤマト国に行きたいんでしょ。報酬はヤマト国に行くための転移珠とその他の物資、ヤマト国では自由にして良いわ」
「転移珠があるんですか!?」
「ええ、送るのが遅れている物資があるの。転移珠で行けるのはグンダーラ王国の北端ね。物資を送るのは二日後」
サリナ達にとって渡りに船の話だった。だからこそサリナは不審に思った。
「・・・・・どうして、私たちなんですか?」
「あなた達、シンと親しいのでしょう。出来ればでいいんだけど、シンの様子を見てきて欲しいのよ。ヤマト国の話をした時の様子がおかしかったから」
ニーナ王女が心配そうな表情を浮かべる。ニーナはシンがあそこまで動揺したところを初めて見た。考えを改め、ヤマト国行きの話は無かったことにしようとしたのだが、シンが自ら行くと言い出した。
シンならヤマト国に行くなんて造作も無いし、行ってくれと頼んだ手前止めることも出来ない。それにニーナは、シンなら充分な戦力になるとも考えていた。王族としてシンが戦うことは賛成なのだ。
シンをヤマト国に直接送ったのは、ヤマト国に直接遅れる転移珠が二つ分しか残っていなかったからだ。
それでも心配なのは心配なのだ。そこにコーネリアからサリナ達の話を聞き、利用しようと考えたのだ。
「あなた達、国営の店にいたって事は転移珠を探していたんでしょう。どお?悪くない話だと思うけど。答えを聞かせてくれる?」
「・・・・・・みんないいかな?」
4人の中で一番シンを追いかけたいライラが、残りの3人に問う。
「いいですよ」
「いいぜ」
「もち」
「ありがとう。王女様、行きます」
その答えを聞いてニーナ王女が満足そうに頷く。
「お願いするわ。でも、出発は二日後よ。ちょっと、お茶にしない?」
「え、お、王女様とそんな」
「気にしないで、シンの話も聞きたいのよ」
ニーナが机の上のベルを鳴らすと、メイドが入ってきてすぐにお茶のセットして下がる。席は6人分だった。
結局お茶会をすることになってしまった。立って話をするのと、一緒の席で話をするのではかなり違う。結局シンの話題で意気投合したライラ以外は碌に会話もできなかった。




