1話
パラミア地方東部にある山の中で、チーム・ブルーバードの面々が魔物と戦っていた。
シンとプリムが、その戦いを離れたところから見ていた。シンはプリムに膝枕をしてもらい横になっている。
シンは二十歳くらいの男で、体型は中肉中背、髪は短い黒髪の覇気の無い眼をした青年だ。黒いシャツに黒ズボン。近くに魔物がいるのに武器すら持っていない。左腕にある刺青の『武器庫』から武器が取り出せるから必要ないのは確かだが、戦う気はまったくなさそうだった。
プリムはウェーブの掛かった桜色の髪を、腰まで伸ばした穏やかそうな女の子だ。服装は水色のワンピースだ。こちらも戦う格好ではない。
魔物は、最近この辺りで悪さをしている『怒猿』の群れだ。すごい形相をした猿型の魔物で、いつも怒っている。
それほど強い相手ではない、ランクも精々〔DD〕くらいだ。チームランクが〔CC〕のサリナたちなら余裕だ。
「おい!昼寝するぐらいなら手伝えよ!」
シンに向かって吼えているのは、チーム・ブルーバード唯一の男であるジルだ。ツンツン頭の野性っぽい16、7歳ぐらいの少年だ。武器はハルバートだ。チームカラーの青を基調とした服装の上に鎧を着ている。
ジルは戦列を離れ、シンの近くまで行って怒鳴っている。
「何言ってんだ?お前達の依頼だろ。さっさと戻れ。女だけに戦わせるなんてかっこ悪いぞ。」
「お前だって戦ってねえだろ!それにイチャイチャしてんじゃねえ!気が散る!」
「ジル、シンさんは、ほっといて、仕事しなさい」
ジルを諌めているのはミュリンだ。ミュリンは快活そうな雰囲気のポニーテール少女だ。武器はレイピアで青い服装の上に最低限の皮鎧を着ている。下はミニスカートだ。ジルとは幼馴染になる。
「いや、でも」
「いいから」
「・・・・・・わかったよ」
ミュリンに有無を言わさぬ声音で言われ、ジルが渋々戦いに戻る。しばらくすると、戦いは終了した。
その後、サリナにたっぷりと説教されてしまった。
「シンさん、仕事を手伝えとは言いませんが、イチャイチャするのはやめてください。ライラとジルが戦いに集中できません。それにあなたの依頼は私達の護衛なのですから、武器くらいは出しておくべきでしょう。それなのにあなたは、・・・・・・・」
サリナはチームのリーダー的存在で、蒼髪の美しいクール系の大人びた少女だ。
話に出てきたライラは、確かに戦いに集中できていなかった。ライラは白猫の獣人で可愛らしい少女だ。シンに助けられたことがあり、シンに思いを寄せている。なので、プリムといちゃいちゃしているのを羨ましく思っていた。その所為で戦いに集中できず、キョロキョロしていたのだ。
サリナの説教が終わると、シン達はクルセウスに帰っていった。これが最近のシンの日常だ。
シン達がギルドに戻ったのは、翌日の昼頃だった。シンも一応護衛としてサリナ達に同行していた。その報酬を貰うために、ケイトの元に向かった。ケイトはギルドの窓口係で、眼鏡の似合う美人だ。
シンは基本的にケイトからしか報酬を受け取れないので、顔見知り程度には親しくなった。
手続きを済ませて、銀貨を貰う。
受け取るとシンが周りを見回して、ケイトに訊ねる。
「何かあったのか?」
ギルド内が妙に騒がしかったのだ。いつもより人も多いように感じる。
「ヤマト国が浄化戦の人員募集をかけているんです。海を隔てているとはいえ、グンダーラ王国はヤマト国とかなり近く、仲も良いですからね。早くも国から支援を送ることが決まったそうですよ」
「ヤマト国、か」
シンがどこか懐かしそうにする。それをケイトが不思議そうに見ていた。ケイトから見たシンは、二十歳くらいの、短い黒髪で中肉中背の何処にでもいそうな青年だ。あえて言うなら覇気の無い眼が気になるくらいだ。
だがケイトは、シンがSクラスの実力者だと知っている。シンがSクラスなのを知っているのはギルド内で数人だけだ。
ケイトは、強いこと以外ほとんどシンのことを知らない。
懐かしそうにヤマト国の名前を口にするシンを見て、好奇心を抱いた。
「シンさんはヤマト国に行ったことがあるのですか?」
「ああ、それなりの期間滞在していた」
「ヤマト国では何を?」
「・・・・・何も。ただ、逃げた」
シンの顔が一瞬曇り、返事までに少し間もあった。逃げるというシンの言葉を聞いて、ケイトは想像を膨らませたが、Sクラスのシンが何から逃げたのか気になった。
(戦いとは思えませんし、人間関係でしょうか?)
気になったが、あまり聞かれたくない様子だったので、ケイトはそれ以上聞くのをやめた。
「あ、あの、えと、この後一緒に食事でもどうですか?もう今日は上がりなんです」
「わるい、家で多分用意していると思うんだ。」
「そ、そう、ですか」
ケイトが残念そうにするのを見たシンが少し考える仕草をした後、誘いをかけた。
「ケイトさん、家に飯食いに来ないか?」
「よろしいんですか?」
「ああ」
「それじゃあお邪魔します」
シンとプリム、『ブルーバード』にケイトを加えて、屋敷に向かった。屋敷の門に着くと、メイド服を着たそっくりな二人の女の子が屋敷から出てきた。マナとカナだ。
プリムがこの無駄に広い屋敷を買ってすぐに、色々手の届かない部分が出てきた。屋敷は部屋数だけで二桁以上あるし二階建てでさらに地下もあった。屋敷はとにかく広く、さらにシンは家事なんてしないし、プリムとライラはあまり役に立たない、サリナ一人ではどうにもならなかった。
それを聞きつけた孤児院の子供達が、果樹園の手伝いの変わりに屋敷を交代で訪れ、家事を手伝ってくれているのだ。今日の当番はマナとカナのようだ。
「「お帰りなさいませ。ご主人様」」
シンを門まで迎えに来た二人がそう言って出迎えた。それを聞いたケイトが少しシンから離れた。
「そう言ったご趣味が」
「ち、違う。二人ともその呼び方はやめろ」
「いいじゃないですか、メイド服の時だけなんですし」
「そうそう」
マナとカナはとても良い笑顔でそんなことを言う。とても楽しそうだった。それを見たシンは、何も言う気が無くなり、頭を撫でてから屋敷に向かった。他の者たちもシンを追いかけていった。
屋敷では、すでに昼食の用意を済んでいた。マナとカナ作のようだ。プリムが作るよりは余程できが良い。チラッとシンがプリムを見ると、プリムと眼が合った。
プリムが頬を膨らませる。
「わ、私だって、いつかは、作れるように」
「当分後になりそうですけどね。」
辛らつな評価を下したのは、サリナだった。
「最近サリナさんの言葉がきつくなっているような」
「愛の鞭です。それに未だにミスも多いですし、きつくもなります。」
「す、すみません」
その後、みんなで食卓を囲んで、昼食となった。
「はい、ご主人様、これなんてどうですか?」
「ご主人様、これも美味しいよ。取ってあげる」
マナとカナが甲斐甲斐しくシンの世話を焼いている。それをライラが羨ましそうに見ている。マナとカナの料理は美味しかった。
昼食が終わりそうになった頃、屋敷に来客が訪れた。
アルフレッドだった。ギルド『青竜の爪』のギルドマスターでサリナの父親だ。歳を感じさせない蒼髪の美男子だ。たまに人族なのか疑いたくなる。
「お邪魔するよ」
「邪魔だから帰っていいぞ」
「そう邪険にしなくてもいいだろう。まあ、今日持ってきた話はあまり良くない内容なんだが。」
「げっ」
シンが顔を顰めた。あまりねえ、アルフレッドがこういう物言いをするときは大抵面倒なことになるんだよなあ。
「実は君のことが王族の方たちにばれちゃってね。これ、召喚状」
「・・・・・はあ!?」
「「「ええええ!?」」」
全員が驚いた声を出した。召喚状、つまり王族に直接会うということだ。
「ま、待て。お前に頼んだ偽情報はどうしたんだ?」
「はっはっは、相手は商業大国の王族お抱えの諜報機関だ。時間稼ぎにしかなら無かったよ。それに王族の中に君を積極的に探している方がいてね。この召喚状はその方からだよ」
「それって、ニーナ王女か?」
「ああ、やっぱり知り合いなんだね」
「そんなんじゃない。浄化戦で少し一緒になっただけだ」
そう言ったシンは、椅子にもたれかかって、眼を閉じた。しばらく間をおいて
「すっぽかす」
「それは困る。僕が王族に怒られてしまう」
偽の情報をながしてSランクの存在を秘匿し、さらに要請を断るようなことをすれば、『青竜の牙』の心象は悪くなるだろうな。偽の情報を流すように頼んだのは俺なんだし、責任が無いわけではない。
それでも、王都は遠いし、その他にも色々面倒だ。物臭な性格のため、素直に行くとは言えなかった。
「・・・・・・」
「依頼扱いでいいからさあ。頼むよ~」
「・・・・・・」
「金貨3枚」
「・・・・・はあ、わかったよ」
いかにもめんどくさいという感じのシン。
「おお!ありがとう」
大喜びするアルフレッド。意外と切羽詰まっていたのかもしれない。
「それじゃあ。これ王都に行ける『転移珠』ね。ああ、到着の期限は三日後までだから急いでね。皆も一緒に行って来るといい」
アルフレッドはそう言って袋を二つ置いてすぐに帰って行った。アルフレッドが置いていった袋には、『転移珠』が10個入った袋が二つあった。片方が行き用で、もう片方が帰り用。
「王都なんて初めて、楽しみだなあ」
「王都かあ~サリナは行ったことある?」
「ええ何度か行ったことはありますよ」
「ねえねえどんなとこなの?」
突然の王都行きが決まり、プリムと『ブルーバード』の面々がはしゃぎ出す。
ケイトとマナ、カナは少し困惑していた。
「あの私達も行って良いんですか?」
「まあ帰り用の『転移珠』もあるから、ケイトさんはギルドマスターがああいったんだし、休みを取れば問題無いだろ。マナとカナも大丈夫だろ」
そういうと三人の表情も華やいだ。やっぱり楽しみらしい。
「はあ~~~、王都か、あそこ人が多くて面倒くさいんだよな~~」
皆が楽しそうに話している中、シンだけが憂鬱そうにしていた。




