14話
ギルドに戻ったシンは、アルフレッドに話し合いの場のセッティングを頼んだ。
しばらくして準備ができ、話し合いの場はモルデル侯爵の希望で、ギルドでもっとも広い会議室が使われることになった。町の有力者全員が入れる広さで、2階の4分の1を使っており、広すぎて年に1回か2回しか使われない部屋だ。ここが使われることになった理由は、モルデル侯爵がこちらより多くの護衛を部屋に入れることを希望したからだ。
シンが部屋に入ると、そこにはすでに役者が揃っていた。
中央に大きなテーブルを挟んでソファーが左右に二つあり、左側にサリナ達チーム『ブルーバード』の4人がソファーの後ろに立ち、プリムがソファーに座っている。プリムは気分が悪いのか、顔色が悪かった。そのプリムの横にシンが座り計6人。
シンが入ってきた扉から右側のソファーにはモルデル侯爵とガーラ伯爵が座り、シン達と対面する形になる。その後ろに10人の軍人がいて、軍服のどこかに白い盾に赤い双剣をX字に描いた紋章つけている。確か白盾赤剣の紋章はキルマイア王国軍の象徴だったはずだ。
「それでは話し合いを始めたいと思います。立会人は『青竜の爪』のギルドマスターである私がさせていただきます」
「立会人なぞいらんだろ。さっさとそれを引き渡せばそれで済む話だ。」
プリムを指差してモルデル侯爵が傲慢な物言いをしてきた。まるでプリムを物扱いだ。
「それはできない。できないからこそ落としどころを探すために話し合いの場を作ったんだ。」
「状況がわかっているのか?」
後ろの軍人のことを言っているのだろう。それをアルフレッドが注意する。
「この場で武力行使は禁止です。」
「・・・・・ふん」
モルデル侯爵が不満そうにしていたが、アルフレッドとしては、戦って痛い目をみるのはモルデル侯爵側だと思っている。シンは武力で解決すると後々面倒だから話し合いをしているだけだ。
「で、なんでお偉い外務大臣様であるモルデル侯爵さまが、わざわざこんな田舎まで出張っているんですか?」
「田舎で悪かったな」
シンが馬鹿にした感じで訊ねる。それを聞いたアルフレッドが不満そうにするのをよそに、モルデル侯爵がプリムを指差す。
「我らの王が心配しておられるのだ。それだけで理由は充分だろう。」
まあそうだよな。理由としては充分だ。
だが、シンはモルデル侯爵の物言いから、この理由を建前だと感じていた。しかし、建前だと言いきる証拠がなかった。さて、どうしたものか。
「う、嘘です」
意外にもプリムがそれを否定した。
「私に・・・・・王族の血は流れてはいません。」
プリムが震えた声で前提を否定した。
シンは訳がわからなかった。モルデル侯爵もガーラ伯爵もプリムが王女だと言っていた。本人も王女だと名乗った。
「私は、妾の連れ子です。当時戦争で子供を失い悲しんでいた王が、平民の娘を見初めたおりに、その平民の娘を王族に迎え入れたんです。それが私です」
そういう場合、普通は信頼できる貴族に預けたりするものなのだが、子供を失った深い悲しみが、王をその行動に走らせた。だが、それを周りが受け入れるはずもく、プリムは貴族に虐めを受けていた。晩年の王に、できないと思われていた子供ができてからは、さらに居場所がなくなり、直接罵倒されたり、反対に居ないものとして扱われることも珍しくなかった。
「私は王宮で、王女として扱われたことなんかありません。母は平民時代の象徴である私の存在を疎んじていました。最初は優しかった王様は子供ができてからは、私を遠ざけるようになりました。キルマイア王国は私がいなくなって喜んでいたはずです。だから私は・・・・・」
「プリム、もういい。」
辛そうに話すプリムをシンが遮った。プリムが涙を流していた。プリムはシンに止められて、自分が泣いていることに気付いた。
「あっ、ご、ごめんなさい」
プリムが涙を拭う。
「もう一度聞く。モルデル侯爵、あなたが出張ってきた理由はなんだ?」
「ちっ、自分から話すか・・・・・君らがどう思っているか知らないが、現在我が国とグンダーラ王国の関係は微妙なものになっている。」
「『秘術』か?」
「そうだ。グンダーラ王国に『秘術』が渡ると困るのだ。わかるだろう」
意外と真っ当な理由だったな。確かに『秘術』が他国に渡れば、キルマイア王国にとっては大きな損失になるだろうし、力関係に影響がでるかもしれない。それに簡単に口にしていい類の話でもない。
「それなら『秘術』を非常時以外で使わないと誓う。それでいいだろ」
「グンダーラ王国がどう動くかわからん。国っていうのは国益のためならなんでもするものだ。個人の意思など関係ない。それに貴様たち自身も信用ならん。」
「お前も言っていただろ。『秘術』をおおっぴらに使うのはリスクが高い。多用はしないさ。国に関しては、知り合いのグンダーラ王国の王族に頼んでみる。」
「な、なに?」
モルデル侯爵が、驚いてシンを見てくる。
「それは私が保証しましょう。確かに彼は王族に知り合いがいます。連絡すれば後日、正式な回答がされるかと」
アルフレッドがそれを保証する。立会人でありギルドマスターであるアルフレッドは、安易に嘘を言える立場ではない。そんなことをすればギルドの信用問題になりかねないので、王族に知り合いがいるというのが嘘ではないと、この部屋にいる全員が信じた。『ブルーバード』の4人とプリムは、食事会の時にそれっぽいことは聞いていたが、頼み事ができる間柄だとは知らなかったので驚いていた。
とりあえずは王族との関係を信じたモルデル侯爵が、まったく別の方向から攻めてきた。
「理由はそれだけではない。それは私の許嫁でもある。」
それを聞いたプリムが、ピクッとで体を震わせる。シンの方を向いて、首を横に何度も振っている。モルデル侯爵が見てるぞ。前の理由からの落差が激しいな。
それにしてもこいつ、婚約の話をするときもプリムを物扱いか・・・・・・・いいこと思いついた。
突然シンはプリムの肩に腕を回して抱き寄せた。
「き、貴様!」
モルデル侯爵が怒鳴るが、シンは無視してプリムの左手を取る。そこには『不別の指輪』の片割れの銀の指輪がある。そして同じ作りの金の指輪がシンの左手にもあった。元々この二つは対の指輪で形は同じ物だ。モルデル侯爵達には、お揃いの指輪をつけているように見えただろう。そこにシンが追い打ちをかけた。
「俺とプリムは結婚しているんだ。婚約なんか知らないな」
まあ嘘なのだが。モルデル侯爵はそれなりにショックを受けていた。プリムは・・・・・顔を真っ赤にして固まっていた。まあ、ボロを出されるよりはいいだろう。プリムを解放して元の位置に座らせる。
「・・・・・ふ、ふふふ」
モルデル侯爵が気持ち悪い顔で気持ち悪い笑い声を出す。
「ま、まだだ、まだ理由はある」
やっと本音が聞けるかもしれない。
「『秘術』の、つまり『再生術』の軍事利用の実験にそれが必要なんだよ。」
軍事利用か、だから軍人が護衛についていたわけだ。そしてこいつらがプリムを欲する理由もはっきりした。
「今のキルマイア王国では『秘術』の習得は、王族と公爵家にしか許されていない。軍で使うには、それなりの人数が習得しなければ意味がない。習得の可能な身分を低くしないといけない。」
モルデル侯爵は楽しそうに話を続ける。
「国法を変えるには、どれだけ役立つかの実験が必要だ。実験には戦場にも出てもらうかもしれないからな。王族や公爵家を使うのは何かと難しい。だから」
「ああもういいよ。ちょっと黙れ。もう戦争は終わったんだよ。」
シンがモルデル侯爵の言葉を遮る。その声はかなりイライラしているらしく、刺々しかった。
「『魔窟』はまだたくさんある。なのに、国は軍縮に向かっている。個々の質を上げるしか方法が無いのだ。」
「子供を戦いに巻き込むな。さっさと帰れ」
「なら話し合いは終わりだな」
モルデル侯爵の後ろで直立していた軍人達が、腰の剣に手を伸ばした。部屋に緊張が走る。
「な、なんだ!?」
軍人達がなにかに驚いていた。剣が鞘から抜けないのだ。驚愕は困惑に変わった。
「うおおーーー」
そんな中、軍人の一人が雄叫びを上げながら剣を鞘から抜いて、シンに斬りかかった。剣を抜くことに力を使ったのか、その動きは単調だった。
シンは『刃雷』を右手に纏わせて、降り下ろされた剣を素手で掴んだ。シンが青い雷を右手から放ち、斬りかかってきた男を弾き飛ばした。弾き飛ばされた男は壁にぶつかって気を失った。
「中尉!」
軍人の何人かが、叫びながら吹き飛ばされた男に駆け寄る。残りはシンを睨みつけて、身構えた。へえ、中尉だったのか、磁力で固めた剣を鞘から抜いただけのことはある。
モルデル侯爵が、魚みたいに口をパクパクさせている。外務大臣が情けない。これからどうするかを考えていると、軍人の中からゴツイ男が質問してきた。
「その濃い青の雷、あなたはあの『蒼雷』か?」
「ああ、そうだが」
男は目を見開いた後、突然シンに頭を下げた。
「先ほどは部下が失礼した。私はキルマイア王国軍所属のゴラン少佐だ」
「た、隊長!」
伸びている中尉以外の軍人が、自分たちの隊長がシンに謝罪したことに驚く。
ゴラン少佐はモルデル侯爵に顔を向ける。
「モルデル卿、我々では彼には勝てません。ここは引き下がるべきです。」
「なっ!?何を言っている!こちらの方が数は多いんだぞ」
「隊長!何故です!?」
自分たちの隊長が仲間がやられたにも関わらず、謝ったり引き下がることを進言したのを聞いて、ゴラン少佐に問う。
「・・・・・彼の戦闘力はSランクです。」
「な!?だ、だが、軍人である君らのほうが、実戦経験が」
「彼は大戦の参加者です。実戦経験でも、我々は劣ります。」
「なっ、あ、だが」
動揺しまくりのモルデル侯爵を見て、ゴラン少佐が説明する。
「彼の経歴を簡単に説明します。まず、大戦時は青い雷にちなんで『蒼雷』と呼ばれ、大戦後は複数の武器を扱うところから『戦千具』の異名で呼ばれました。戦後は『魔窟』の浄化に力を注ぎ、我が国も彼には大恩があります。」
そう言いながらゴラン少佐がシンを見る。その目からは尊敬いていることが見て取れた。尊敬の眼差しを向けられて、シンが居心地悪そうにする。
「私は知らんぞ、そんな話」
「彼が名前が広まるのを嫌ったんです。知っているのは、軍上層部と当時彼の近くで戦いに参加した者だけです。」
「だ、だが」
食い下がるモルデル侯爵を、ゴラン少佐が諌める。
「はっきり申し上げます。我々の判断で敵対していい相手ではありません。ここは退くべきです」
「しかし、それでは、我々は何のためにこんな田舎まで、それに陛下になんと報告すれば」
プリムの身を軍事利用する件を話した以上、シンは絶対に引かない。この場で連れて帰ることが、事実上不可能になったにも関わらず、モルデル侯爵は踏ん切りがつかなかった。わざわざこんな田舎まで出向いて、国に帰って無理でしたでは、面目丸潰れだからだ。
その様子を見たシンが、おもむろに立ち上がる。シンが動いたことにモルデル侯爵がビクッと震えて怯えるが、シンは無視して入ってきた扉に向かい、扉を開けて人を迎え入れる。
「ケイトさん、入って来てくれ」
「失礼します」
シンが呼ぶと、クール系受付嬢のケイトが、お盆に三つの袋を乗せて入ってきた。
「ありがと、ケイトさん」
「いいえ、別に」
シンは袋を1つ取ってモルデル侯爵の前に投げた。落ちた時、ジャラっと音がした。
「開けてみろ」
言われるがままモルデル侯爵は、袋を開けた。
「き、金貨か?」
「50枚入っている」
「ご、じゅ・・・・・」
貴族に取っても金貨50枚は大金だ。平民なら質素に暮らせば一生働かなくていい金額だ。
「それはあんたらの報酬だ。で、これがプリムの身請け金。」
さらにもう1つ袋をモルデル侯爵の前に置いた。モルデル侯爵の目の色が変わる。
「も、もう1つは?」
「手切れ金だ」
最後の袋をモルデル侯爵の前に置く。もちろんすべて金貨だ。全部で金貨150枚。夫婦が一生を遊んで暮らせる金額だ。
「手切れ金?」
「もし、キルマイア王国の関係者から俺達が襲われた場合、俺はキルマイア王国を潰す。そうならないようにモルデル侯爵、あんたがキルマイアの国王を説得しろ。そのための手切れ金だ。」
モルデル侯爵は少しの間黙考した後に返答してきた。
「・・・・・わかった。言う通りにしよう。」
「交渉成立。早く国に帰って、説得してくれ」
モルデル侯爵達は、金貨が詰まった袋を抱えて、シンの横を通って部屋を出ていった。その時、大尉がシンに礼をして出ていった。気絶した中尉は引き摺られていた。これでキルマイア王国は片付いたな。
「プリム、これでお前は自由だ。すぐには無理だが、お前が望むばらクルセウスで暮らしをしてもいい。」
「兄さんもですか?」
「いや俺は森でいい」
「ならいいです。私は兄さんと一緒がいいです。ずっと一緒に居たいです。」
「そ、そうか」
プリムのまっすぐな言葉に珍しくシンが照れた。
「じゃあ帰るか」
「はい」
そう言ってプリムは幸せそうに微笑んだ。




