13話
昼を過ぎた頃の施設の玄関で、瓜二つの容姿をした少女二人がシンにしがみついていた。
「もうちょっとだけ」
「お兄ちゃんと話したい~」
「また来るから」
シンがそう言うとマナとカナが不貞腐れた表情を浮かべた。
「嘘、お兄ちゃんあんまり来ないって、キリちゃんから聞いたもん」
マナ、カナの後ろで拗ねている長い金髪の女の子がそうだ。気の強そうな女の子で、マナ、カナと同じくらいの年だ。
キリもシンがこの施設に連れてきた。遠方で拾った子で、少し間一緒に旅をした。最初はこちらを警戒していたが、旅の最中に打ち解け、別れる時には泣いていた。
「シン兄は、嘘つきです」
拗ねた様子のキリが口を尖らせながらそう言った。別れる時にシンは偶に会いに来るといったのだが、ここ最近はプリムのことがあってあまり施設に行っていなかった。そして久しぶりに来たと思ったらたくさんの女を連れてきたのだ。キリはそれも気に入らなかった。
「最近は色々あったんだよ。許せ、キリ」
キリの頭を撫でてやると、拗ねていた顔がすこし緩んで笑顔になった。
「私も頭撫でてー」
「撫でてー」
それを見たマナとカナにおねだりされ、断る理由もなかったので、二人の頭を撫でてやる。すると、二人も気持ち良さそうに目を細めた。
シン達はフローラと子供達に見送られて施設を出た。施設に来た時とは別の道を通ってクルセウスに向かう。
クルセウスに着いたシン達は、報酬を受け取るためにギルドに向かった。シンは、受付でサリナ達が今回の報酬を受け取るのを見ていた。シンはいつもギルドマスターから直接報酬をもらっている。受付でもらうには報酬金額が大きいことが多く、受付嬢に騒がれるのを嫌ったからだ。ギルドマスターのアルフレッドも手渡しに賛成した。
サリナ達の手続きが終わると、二階に上がるためにそこを後にして二階に行くために階段を目指す。すると、階段近くの受付嬢に声をかけられた。
「シン様、今日からはこちらで報酬を受け取るようにと、マスターから指示を受けています。」
受付嬢は落ち着いた感じのする女性で、年はシンと同じくらいの20前後、髪は長い黒髪だ。第一印象は、クールな美人秘書といった感じだ。
「なんで?」
シンがすごく嫌そうな顔をする。アルフレッドは、手渡しに同意してくれていたはずなんだがな
「マスターからは先日のような騒動が起きないようにするためと聞いています。あと、勝手に決めてごめんとも」
印象通りクールな対応だった。マスターの軽い調子の謝罪を平然と伝えてきた。普通はマスターの軽さに戸惑ったり、奇異の視線をシンに向けると思うのだが、受付嬢の反応はいたって普通だった。
シンは場所が階段の近くのためかあまり人が居ないこと確認する。
「わかった」
「ご理解ありがとうございます。シン様の依頼は護衛とイレギュラーが出た際の討伐報酬ですね。ではこちらに手を」
四角い黒い石板を出してきた。石版の中央が手の形に凹んでいた。
これは『読心盤』という魔法具で、一週間以内に倒した魔物の名と討伐日と数がわかる。サリナ達が『記録珠』に討伐後の廃墟の映像を撮ったのは、あくまで依頼に殲滅が義務付けられていたからだ。
『読心盤』にシンが手を置くと、『読心盤』が淡く光り、読み取りはすぐに終わった。
『読心盤』の手前のスペースに出た結果を受付嬢が見ると、そのピクッと動いて固まった。少しすると、顔を『読心盤』から離してシンの顔を凝視して、すぐに『読心盤』に目を戻す。そしてまたすぐにシンを見る。これを何度か繰り返した後、今度はマスターの娘であるサリナの方を見る。その視線にサリナは頷き返した。そのおかげで現実だと理解できた受付嬢はなんとか立ち直った。だが、受付嬢からはクールな様子は消え失せ、おずおずとした様子で質問してきた。
「あの、〔AA〕ランク、ギガント・ゴーレムとありますが、これはどうやって?」
「お兄さん一人で倒したんだよ」
その様子を面白がったミュリンがすかさず答えた。正確にはライラも手を出したが迷惑の方が多かったから、ミュリンはなかったことにした。ミュリンの隣にいたライラは、なかったことにされてちょっと凹んでいた。
「えと・・・わ、わかりました。〔AA〕ランクの魔物討伐の報酬は・・・・・金貨10枚です」
慣れているシンと金銭感覚がズレているプリム以外が、その額に驚愕する。
「金貨10枚!?」
思わずジルが大声で報酬額を叫んだ。それを聞いた周りのギルドの『メンバー』がシン達に視線を向ける。
「銀貨な銀貨、こいつの言い間違いだ」
シンがそういうと彼らは興味を無くしたように、視線を外した。ジルははっきり金貨と言ったのだが、金額10枚という額に現実味がなく、簡単にシンの言葉を信じて視線を外した。
「おい、少し黙ってろ」
割と本気でイラついた様子のシンが、小声でジルに注意する。
「えと、護衛の報酬が銀貨10枚になります」
受付嬢が同じ大きさの袋を二つ出してきた。
シンはそれを受け取って、懐に入れる。緊張した様子で受付嬢が続ける。
「申し遅れましたが、私はケイトと申します。これからは私がシン様に関する手続きのすべてを担当することになりました。以後、よろしくお願いします。」
シンの相手をするのは、このケイトだけらしい。アルフレッドも複数の受付嬢にシンの相手をさせて、無闇にシンのことを知る者を増やすつもりはなかったようだ。ケイトだけならケイトが黙っているかぎり、シンの依頼内容は他者には漏れない。逆に漏れた時は真っ先に疑われる。アルフレッドが選んだということは、おそらく口が堅いのだろう。
「まあ、よろしく」
「よろしくお願いします。後こちらを」
そう言いながら一週間の時間表を出してきた。時間表には赤で塗られた時間帯があった。
「赤の時間帯が私の勤務時間です。できるだけ、その時間帯に来てくれると助かります。」
「了解」
「・・・・・え~と、お疲れ様」
シンは出口に向かい、そのまま外に出ていった。シンをサリナ達が追いかける。
「ねえ、お兄さん。お金も入ったんだし、ご飯でも食べに行こ。もちろんお兄さんの奢りで」
「いいですね。依頼達成のお祝いをしましょう」
「駄目ですよ。数日出ていましたから、食品を買いに行かないと、シンさんには荷物持ちをしてもらいます。」
「私も手伝います。私はシンさんの従者ですから、お手伝いするのは当然です」
追いついた女達が思い思いのことを口にするが、シンからの反応がまったくなかった。サリナ達が疑問に思った時、サリナたちも異変に気付いた。
囲まれていた。
堂々と取り囲んでいるわけではない。四方から多数の視線を注がれているのだ。ギルドの近くなため人通りが多く、シンにも正確な人数はわからない。大体の当たりをつけているシンはともかく、状況を理解できていないサリナ達には、余計気味が悪かっただろう。
シンには驚きも焦りもなかった。どちらかというと、こうなるのを期待していたぐらいだった。
当たりか外れか。以前きた刺客はいかにも下っ端という感じで外れだったため、プリムを泣かせてしまった。できれば当たりであってほしい。
シンがそんなことを考えていると、シン達を囲んでいる奴らから中年の男が二人出てきた。
一人は髪に白髪が混じり始めた細身の男で、もう一人は太った中年の男で、どちらも高そうな服を着ている。
細身の男が、最初に口を開いた。
「プリム王女、お迎えに上がりました。」
「ガーラ伯爵、我々はあれを引き摺ってでも連れて帰るために来たのだ。いい加減、あれを生徒と思うのはやめまたえ」
脂ぎった顔に笑みを浮かべながら、プリムをあれ呼ばわりする。プリムは俯いて悔しそうに唇を噛んでいる。それを聞いたガーラ伯爵が不快そうに渋面を浮かべた。
「わかっている。モルデル卿」
ガーラ伯爵を見ていないモルデル侯爵はその言葉に満足そうに頷いた。そしてモルデル侯爵がプリムを指差す。
「さあ、引き渡して貰えるかな。その」
「お前は何だ?」
言い終わる前にシンが口上を遮った。さらにプリムの前に立ちはだかってモルデルからプリムを隠した。モルデル侯爵は不愉快そうな顔を浮かべたが、すぐにこちらを見下した表情に替えた。
「私はキルマイア王国のモルデル侯爵、外務大臣をしている。」
「(侯爵でさらに外務大臣か、本物なら当たりだ)失礼した。しかし、私は護衛として、この場で彼女を引き渡すことはできない。その代わり、ギルドで話し合いの場を設けたい」
「・・・・・ふん、いいだろう」
モルデル侯爵も、往来でドンパチする気はなかったらしく、不満そうではあったが簡単にこちらの提案を受け入れた。数人の見張りを残して、モルデル侯爵は先にギルドに向かった。擦れ違った時に、気持ち悪い視線をプリムに注ぎながら歩いていった。
「プリム王女」
モルデルがいなくなると、ガーラ伯爵がプリムに近づいてくる。『魔寄せ』をプリムに渡したガーラ伯爵をシンは危険視していたので、腕をあげて近づくの阻止する。ガーラ伯爵はそんなことはお構いなしに、止められたところでガーラ伯爵が話し始めた。
「すまない。あの首飾り、『魔寄せ』だったらしいんだ。早く壊さないと、あれはどこに」
ガーラ伯爵から出てきたのは、謝罪の言葉だった。プリムはその言葉を信じたかった。治癒術と再生術を教えてくれたのは、このガーラ伯爵、つまり恩師なのだ。だがシンがガーラを警戒していたので、プリムは返事に困った。プリムはガーラのこと信じているが、同じくらいシンのことを信用していた。
オロオロしているプリムを見て、シンが仕方なそうに少し体を引いて話せるようにした。
「あ、あれなら、シンさんが破壊してくれました」
「そうか、ありがとう。私は王宮でプリム王女の先生をしていた。ガーラと言う者だ。君は?」
「ただの護衛だ」
シンの返答は素っ気なかったが、ガーラ伯爵は気にしなかった。
「そうか、プリムを守ってくれてありがとう。プリム王女、本当にすまなかった。」
「いいえ。兄さんに助けてもらいましたから」
「兄さん?」
「わ、わたしから頼んだんです。」
プリムが少し恥ずかしそうにする。それを見たガーラの表情が穏やかなものになった。
「そうか、彼を信頼しているんだね。」
「はい」
プリムが幸せそうに頷いた。
「それなら彼にも聞いてもらおう。プリム、王宮には帰ってこない方がいい。帰ってきたら、モルデル侯爵と結婚させられる。それに・・・」
「む、無理です。生理的にモルデル侯爵は無理です。」
ガーラ伯爵の言葉をプリムが遮る。何気に結構酷いことを言う。
「年齢差がありすぎるだろ」
プリムは10代、モルデル侯爵は40はすぎてる30以上の差がある。
「貴族はあまり年齢をきにしないのだ。まあ、女性は気にするが」
「い、嫌です。兄さん助けてください。そ、そうです。逃げましょう。二人でどこか遠いところへ」
「落ち着け。そのためにギルドで話し合うんだ。そこでだ、お前らは帰れ。」
最後の言葉は、後ろで聞き耳をたてている、チーム『ブルーバード』の4人に向かって言ったものだった。だか、4人とも帰るのを拒否した。プリムを心配しているようだ。
もともとサリナには頼みたいこともあったので、好きにさせることにした。
シン達は、元来た道を戻って、ギルドに向かった。




