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烙印戦記 ー破滅エルフと棄てられた箱庭の英雄ー   作者: 弌黑流人
箱庭の国

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50/50

第50話 箱庭を越えた先にあるもの

 空が、剥がれ落ちていく。

 数千年の間、地上を覆い尽くしていた赤黒い雲と、偽りの星々は、ガラスの破片のように砕け散り、光の塵となって消えていった。


 墜落した空中都市から舞い上がった土埃が落ち着いた頃、カイルたちは初めて目にした。地上の塵さえも黄金色に染め上げる、本物の太陽の光を。

 その光に照らし出されたのは、荒野の先に広がる未知の緑と、どこまでも青く透き通った本当の空だった。


「……これが、外の世界」


 カイルは背中の烙印が、もはや熱を帯びていないことに気づいた。役割を終えた「否」の文字は、ただの古い痣のように静まり返っている。隣に立つ澪もまた、聖獣乙女の力を解き、いつもの穏やかなエルフの姿に戻っていた。


 ふと、世界の境界線に視線を向ければ、そこには異様な光景が広がっていた。

 箱庭を隔絶していた不可視の壁が崩れ去るのを、外側に住む四方の種族たちは静かに観測していたのだ。気高き誇りを持つ竜人族、山を背負う巨人族、翼を持つ天空の民、そして澪の同胞であるエルフたち。彼らは驚異的な力を持ちながらも、誰一人として箱庭の中へ踏み込もうとはしなかった。

 それは、澪がこの地に入る前に交わした約定があるからだ。


 ――真の意味で箱庭の理が壊れるその時まで、外の者は決して干渉しない。


 システム上の壁が壊れた今、次に試されるのは、中に残された人々が自らの意志で一歩を外へ踏み出すかどうか。その精神的な自立こそが真の解放であり、外の者たちはそれを見守ることで、新たな隣人への最大の敬意を払っていた。


 戦いを終えた一行は、瓦礫の山となった空中都市の入り口で、それぞれの道を選ぶ。


「カイル。私はここに残り、三つの国を繋ぐ礎となろう」


 かつては他国の騎士団副団長として名を馳せたアルヴァスが、凛とした表情で告げた。カイルとは別の国で英雄的役割を担っていた彼だが、今やその瞳には、一国のためではない、この地に生きる全人類のための覚悟が宿っている。


 混乱に陥った三つの国を一つにまとめ上げ、武力ではなく法と対話によって新たな秩序を築く。それは、誰よりも高潔な騎士である彼にしかできない、尊い仕事だった。


「お前が示した『英雄ではない戦い方』。それを今度は私が、この地の新たな歴史にするつもりだ」


 アルヴァスの言葉に、カイルは深く頷いた。一方、ボルグは隣に立つシュラインを見て、豪快に笑った。


「澪の話だと、外の世界には『獣神国』って場所があるらしいじゃねえか。巫女様への待遇がめちゃくちゃ厚いんだろ? なら、俺がこの聖女様をそこまでエスコートしてやらなきゃならねえ。フェンリス、お前もついてくるだろ?」


 シュラインは少し顔を赤くしながらも、嬉しそうに頷いた。彼女の癒しの力は、外の世界でも多くの命を救うことになるだろう。

 そして、カイルは澪に向き合った。


「カイル。……私は、自分の故郷であるエルフの国へ戻るわ」


 澪の黄金の瞳が、カイルを真っ直ぐに見つめる。

「日本で一度死に、エルフとして転生して……私はずっと、この箱庭を解放することだけを考えて生きてきた。でも、これからは違う。……カイル、あなたに私の見てきた世界を、あの美しい森と風を見てほしいの。一緒に来てくれる?」


 カイルは迷わなかった。漆黒の大剣を背負い直し、彼女の手を強く握る。

「ああ。あんたが見てきた世界、そしてヨルやアキが夢見た自由を、俺もこの目で見たい。一緒に行こう、澪」


 二人は、まだ見ぬ地平線へと歩み出した。

 英雄でも、失格者でもない。ただ一人の青年として、愛する人と共に。


【後記:箱庭を囲む観測者たちの約定】

箱庭を囲む四方の種族たちは、システムの物理的な壁が消失したあとも、その場を動かなかった。彼らは澪との約定を履行し、自らの干渉によって新たな支配や混乱が生まれることを避けたのである。彼らが境界を守り続けたことは、箱庭の人々に「与えられた未来」ではなく「自ら掴み取る自由」を完成させるための、静かなる祝福であった。


第一章『箱庭の国』完結いたしました。

ここまでお読みくださり感謝の極みでいっぱいにございます。


今後の展開は、箱庭の中の三国を人族の国として確立した後の話を、新たな登場人物で描いて行こうと思っております。

今のところ、第二章のタイトルは未定ですが、内容がまとまり次第、シリーズものとして投稿連載して参ります。それまで、どうかお待ちくださいませ。


それでは、ここまでのご拝読、誠にありがとうございました!!

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