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烙印戦記 ー破滅エルフと棄てられた箱庭の英雄ー   作者: 弌黑流人
箱庭の国

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第49話 墜ちる楽園、拓かれる地平。

 編纂室の最深部、そこは物理的な距離感を喪失させるほど膨大な、光の記憶ログが明滅する空間だった。中心に鎮座する巨大な水晶の核の中、一人の少年が静かに浮かんでいる。カイルと瓜二つの顔、しかし成長を止めたままのその姿こそ、数千年前にこの箱庭の基盤として捧げられたヨルの弟、アキだった。


「……アキ。ようやく、ここまで来た」


 ヨルの一歩は重く、そして震えていた。だが、その再会を阻むように、水晶から溢れ出した黄金の魔力が、アキの肉体を包み込んで膨れ上がった。それはアキの意志ではない。この箱庭を管理し、命を部品として消費し続けてきたシステムそのものの「生存本能」が具現化した、異形の神の影だ。


『不適格、不適格。管理個体ヨルの反逆を確認。血脈個体カイルの排除を開始。世界の記述を正常化する』


 無機質な声が響くと同時に、影から放たれた光の触手が、カイルたちの存在そのものを消し飛ばさんと襲いかかる。


「させるかよ……! 俺たちは、もうあんたたちの操り人形じゃない!」


 カイルは漆黒の大剣を横一文字に振るい、光の触手を真っ向から切り裂いた。背中の烙印が、アキの肉体と共鳴して激しく脈動する。それは先祖から受け継いだ血の導きであり、今この場所で「拒絶」を完成させるための予兆だった。


「カイル、澪、俺が核の防衛律プロトコルを引き受ける! その間に、アキを……このシステムを縛る呪いを断ち切れ!」


 ヨルが叫び、再生した漆黒の剣を天に掲げた。彼の全身から、数千年の孤独を溶かし込んだような濃密な闇が溢れ出し、神の影が放つ黄金の光を食らい尽くしていく。


「エルフの秘儀、聖獣の咆哮! ――すべての偽りを無に帰せ!」


 聖獣乙女となった澪が、白銀の聖槍を核の根源へと突き立てた。彼女の九本の尻尾が宙を舞い、箱庭の外の世界、すなわち「本来の命の巡り」を記述した翠の術式を強制的に注入していく。システムの計算盤が悲鳴を上げ、空中都市全体が崩壊の振動に包まれた。


 光と闇、そして翠の魔力が渦巻く中心で、カイルはアキを閉じ込める水晶の前に立った。


『やめろ、血脈の子よ。核を壊せば、この世界は支えを失い、すべてが崩れ落ちる。お前たちの住む地上さえもな!』


 システムの警告がカイルの脳内に直接響く。だが、カイルは迷わなかった。


「……支えが必要なら、俺たちが自分の足で立ってやる。誰かの犠牲の上に築かれた空なんて、最初から必要なかったんだ!」


 カイルは大剣を高く振り上げた。背中の烙印――英雄失格の証として焼き付けられた「否」の文字が、この瞬間に反逆の象徴へと昇華する。


「これが俺たちの答えだ! 墜ちろ、偽りの楽園!!」


 渾身の一撃が、アキを封じていた水晶の核を真っ二つに叩き割った。


 カィィィィィィィィィン!!


 世界の終わりのような高い音が響き、核から溢れ出した純白の光が編纂室を、空中都市を、そして赤黒く染まった空を飲み込んでいく。アキの肉体がゆっくりと光の中に溶け、その意識が数千年ぶりに解放された。


「……兄さん……?」


 小さな、だが確かな声が聞こえた。ヨルはその声を拾い上げるように、光の中へと手を伸ばす。


「ああ、アキ。もういいんだ。もう、眠らなくていい」


 ヨルの肉体もまた、システムの一部として生きてきた代償を支払うかのように、光の粒子となって崩れ始めていた。彼は優しく微笑み、カイルと澪の方を振り返った。


「カイル、澪……あとの世界は、お前たちに任せた。……アキによろしく、と言いたいところだが。それは、俺が直接伝えてやる」


 ヨルは最期の力を振り絞り、解放されたアキの魂を抱きしめるようにして、光の渦の彼方へと消えていった。


 同時に、重力制御を完全に失った空中都市が、巨大な轟音と共に地上へと落下を開始した。天を覆っていたホログラムの天蓋が、ガラスのようにひび割れ、剥がれ落ちていく。その剥落した空の向こうから差し込んできたのは、偽りの光ではない、本物の、温かな太陽の輝きだった。


「……終わったのね、本当に」


 聖獣乙女の姿から戻った澪が、カイルの隣で空を見上げた。


「ああ。……ここからは、俺たちの空だ」


 空中都市は、ヨルが最期に残した「慈悲」の術式によって、荒野へとソフトランディングを果たしていた。数千年続いた支配の象徴が地に墜ち、土埃が舞う中、カイルたちは自分たちの足で、新しい世界の土を踏みしめた。


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