第47話 偽りの楽園
不湯家当主の消滅と共に、バベルの最上階を覆っていた黄金の結界が霧散した。しかし、それと同時に塔の内部には、主の死に反応した無数の自動防衛兵器――「神の処刑者」が雪崩れ込んでくる。
「カイル! 澪! 上へ行け! ここは一歩も通させねえ!」
ボルグが咆哮し、その黄金の鉄甲を床に叩きつけた。衝撃波が螺旋階段を揺らし、迫り来る機械兵の先頭集団を粉砕する。彼は全身に無数の傷を負いながらも、その仁王立ちの姿は微動だにしない。
「俺は地上の、ただの荒くれ者だ。だがなあ……神様気取りの機械人形に、俺の仲間の邪魔をさせるほど安くはねえんだよ!」
ボルグの鉄拳が唸りを上げ、鋼鉄の兵士たちを紙細工のように歪ませていく。
その影に潜み、冷徹な死を振りまくのはアルヴァスだった。
彼は実体を持たないかのような速度で戦場を駆け、機械兵の関節や動力源を正確に、音もなく断ち切っていく。
「……光り輝く玉座など、影がなければ成立しない。お前たちの『完璧な理』に、底無しの闇を教えてやろう」
アルヴァスが影から放つ無数の短剣が、空中を舞う自動追尾弾を全て迎撃し、ボルグの背中を完璧に守護していた。剛と柔、地上の誇りが天の軍勢を圧倒していく。
そして、その中央で聖なる光を放つのはシュラインだ。
彼女は祈りの杖を高く掲げ、傷つき倒れようとする兵士たちに「生」の活力を注ぎ込み続けていた。
「皆さんは部品ではありません! 痛みを感じ、涙を流す、尊い命です! ……天の意志ではなく、ご自分の鼓動を信じてください!」
彼女の祈りは、単なる回復呪文を超え、兵士たちの魂に宿る「管理への恐怖」を打ち消していた。シュラインの光に包まれた兵士たちは、かつて神と仰いだ空中都市を見上げ、今やそれを「超えるべき壁」として見据えていた。
仲間たちが作り出した刹那の隙を突き、カイルと聖獣乙女となった澪は、塔の頂上から空中都市の基部へと飛び移った。
たどり着いたその場所は、不自然なほど静謐で、生命の温もりが一切排除された「死んだ楽園」だった。白磁の建築物と透き通るような水路。だが、そこを流れるのは水ではなく、地上の魂を磨り潰して得た純粋な魔力液だ。
「……なんて、冷たい場所」
澪がその光景を見て、悲しげに瞳を伏せる。
彼女の存在そのものが、都市の制御システムにとって最大の異物となっていた。澪が歩くたびに、九本の尻尾から放たれる翠の魔力が都市の「擬似太陽」と干渉し、完璧だった街並みに亀裂が走る。
「カイル、あそこよ。都市の核、全ての記憶と理が眠る『編纂室』」
指し示した先には、都市の中央にそびえ立つ、巨大なクリスタルで構成された塔があった。
そこを壊せば、この箱庭の呪縛は終わる。だが、そこにはこの世界の真の管理者が、最後の牙を剥いて待ち構えていた。
空中都市全体が、悲鳴を上げるように激しく振動し始める。
偽りの楽園が、ついにその最期を迎えようとしていた。




