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烙印戦記 ー破滅エルフと棄てられた箱庭の英雄ー   作者: 弌黑流人
箱庭の国

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第41話 その名はヨル

 膝をつき、砕け散った拘束具の破片の中で、男はゆっくりと、しかし確実に自らの意志で顔を上げた。

 つい先刻まで彼の自由を奪い、首筋を焼き焦がしていた黄金の回路は、カイルの一撃によって無惨に煤け、機能を停止している。代わりに、感情の空白だった彼の瞳には、数千年という想像を絶する孤独を溶かし込んだような、深く、そして澄んだ黒い輝きが宿っていた。それはこの箱庭の世界では決して見ることのできない、夜の深淵そのものの色だった。


「……永い、あまりにも永い眠りだった。俺の名は……『ヨル』。あの日、愛する弟のアキと自由を誓い合い、そして……空に全てを奪われた男だ」


 彼がその名を、数千年の禁忌を破って荒野に響き渡るほど声高に名乗った瞬間。

 世界のシステムが、目に見えるほどの震えを伴って最大級の拒絶反応を示した。管理者が認めていない「個」の復活と、記録から抹消されたはずの名の再定義。それは、この精緻に組み上げられた箱庭において、もはや修正不可能な致命的バグとして計算盤を焼き切らんばかりに暴走させる。


 ――刹那。

 天を覆う不気味な雲の隙間から、音もなく一条の光が降り注いだ。

 それは極細でありながら、触れるもの全てを事象ごと蒸発させるほどの熱量を持った白銀の光線。不都合な存在を物理的、かつ概念的に消去するために放たれた「神の指先」である。狙いは、覚醒したばかりのヨルの眉間。避ける間も、防御の術式を編む時間すら与えない、因果を無視した文字通りの神速。


「させんと言ったはずだ、天空の飼い主ども! 貴様らの操り人形の時間は、たった今終わったのだ!」


 ヨルは叫ぶと同時に、折れ残った漆黒の細剣の柄を、自らの血を滴らせながら握り直した。

 流れるような、しかし一切の無駄を排した究極の動作で、その切っ先を天へと突き出す。


 カィィィィィィィィン!!


 大気を震わせ、地上の兵士たちの鼓膜を揺さぶる鋭い衝撃音が響き渡った。


 絶対に回避不能、防御不能と思われた「理の光線」が、ヨルの放つ一閃によって左右へと強引に切り裂かれたのだ。二つに分かれた光は背後の大地を抉り、爆発と共に光の残滓が荒野を赤く染め上げる。だが、ヨルは眉ひとつ動かさず、ただ静かな怒りを湛えた黒い瞳で、傲慢な空を見据えていた。


「カイルと言ったか……。お前の中に、アキの血が、そしてあの日俺たちが交わした『約束』が、いまも脈打っているのを感じる。お前がその剣で俺の鎖を断ち切り、我が魂を呼び覚ましたんだ」


 ヨルは、折れた剣をまるで己の肉体の一部であるかのように力強く握り直し、カイルへと視線を向けた。その表情には、かつて管理者の手先だった頃の機械的な冷徹さは微塵も存在しない。そこにあるのは、永い年月を経て再会した同族への、不器用ながらも深い情愛だった。


「カイル、そして地上の娘よ。この偽りの空を墜とし、世界の理を書き換える術を、俺は知っている。俺の魂が、この借り物の肉体が消え果てる前に、この醜い楽園を終わらせよう。それこそが、数千年前に果たせなかった俺とアキの誓いだ」


 空からは、さらなる粛清の予兆として、雲が血のような赤黒さに染まり始めていた。天使の使徒たちの焦燥が、天候という形をとって地上に圧力をかける。


 だが、カイルの隣には今、数千年の知恵と武を持つ、かつてないほど心強い「先祖」が立っている。その背中は、どんな絶望からもカイルたちを守り抜くという強固な意志に満ちていた。


「……ああ。行こう、ヨル。俺たちの、そしてここに生きる者たちの本当の空を取り戻しに。あんたの想いも、俺が一緒に背負っていく」


 カイルの背中の烙印が、ヨルの存在に共鳴するように、熱を帯びながらもこれまでにないほど穏やかで力強い翠の光を放ち始めた。それは呪いの終焉であり、新たな神話の始まりを告げる輝きであった。


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