第40話 極限の衝突
不湯家の当主による強制介入。執行官の首筋に刻まれた回路が、肉を焦がすほどの熱量を帯びて再起動する。
男の瞳から人間らしい光が再び塗り潰されようとしていたが、カイルの脳内に流れ込んだ「記憶」の残滓は、もはや消し去ることはできなかった。
「……あいつは、ただの道具じゃない」
カイルは、激痛に叫ぶ背中の烙印をねじ伏せるように、漆黒の大剣を正眼に構えた。
今、確信している。あの記憶の中にいた「弟」は、自分たちの先祖そのものだ。だとすれば、目の前でシステムに心を削られているこの男は、自分にとって誰よりも遠く、そして誰よりも近い血族。
「澪、もう一度……力を貸してくれ。あいつを殺すんじゃない。あいつを縛っている『理』だけを叩き切る!」
「……わかったわ、カイル! 私の全存在をかけて、その道筋を編んでみせる!」
澪の両掌から放たれる翠の光が、カイルの全身を包み込む。フェンリスの加護による烈風が、カイルの肉体を限界の速度へと押し上げた。
対する執行官は、システムの命じるままに「因果の削除」を最大出力で展開する。
彼の周囲の空間は、触れるもの全てを塵に変える虚無の檻と化していた。
「目標の完全消去を開始。エラーログ、強制破棄――」
機械的な音声が響くと同時に、執行官の漆黒の細剣が、世界の境界を消し飛ばすような一撃として放たれる。
カイルは逃げなかった。避ければ、背後の澪や兵士たちが消滅する。彼は背中の烙印に宿る全ての魔力を大剣の一点へと凝縮させ、その「虚無」の真っ只中へと飛び込んだ。
ドォォォォォォォン!!
翠の雷火と漆黒の虚無が正面から激突し、戦場全体が真っ白な閃光に包まれる。
その光の渦の中で、二人の剣が再び触れ合った。
(……約束だよ、兄さん。いつか、あの空の向こうの、本当の自由を見に行こう)
今度は、カイルの魂が執行官の深層へと叫んだ。
自分の中に眠る、数千年経っても消えない「血の記憶」。
カイルの背中の烙印が、執行官の細剣に宿る「削除の理」を、否定という力で上書きしていく。
「思い出せ……! あんたが本当に守りたかったのは、こんな空の操り人形になることじゃないはずだ!」
カイルの絶叫と共に、漆黒の大剣が執行官の細剣を真っ向から両断した。
それと同時に、男の首筋で狂ったように発光していた黄金の回路が、音を立てて粉々に砕け散る。
光が収まった戦場に、沈黙が訪れた。
そこには、剣を失い、膝をついた漆黒の男の姿があった。
彼の黒い瞳からは、もはや機械的な冷徹さは消え失せていた。彼は震える手で、自分の顔を見つめるカイルの姿を、まるで奇跡を見るかのように仰ぎ見る。
「……ああ、そうだ。お前は……あいつの、俺の弟の……」
男の掠れた声が、今度ははっきりと、確かな意志を持って響いた。
強制的なバーサーカー化から解き放たれ、数千年の時を経て「人間」としての魂を取り戻した瞬間であった。




