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烙印戦記 ー破滅エルフと棄てられた箱庭の英雄ー   作者: 弌黑流人


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第4話 管理者の計算盤

 大陸の中央に位置するバルム帝国の帝都。その最深部、地下数百メートルに位置する「円卓の間」には、外の世界の喧騒も、太陽の光も届かない。

 天井に埋め込まれた膨大な数の魔石が、地上ではありえない淡い蓄光を放ち、広大な石盤を青白く照らし出している。その石盤こそが、三カ国のパワーバランスを制御し、世界の寿命を司る、この世で最も残酷な計算盤であった。

 石盤の上には、三つの勢力を示す色とりどりの駒が無数に並べられ、それらは複雑な魔術回路によって、現実の戦場と密かに同期している。


「今期の帳尻は、どうなっている」


 低い、よく通る声が冷たい空気の中に響いた。

 声の主は、帝国の第一皇子であり、軍の総司令官でもあるゼノスだ。彼は石盤を覗き込み、手にした細い銀の針で、バルム帝国領の辺境にある駒を一つ、無造作に弾き飛ばした。駒は乾いた音を立てて転がり、盤の外へと消えていく。


「はっ。バルム、聖レギウス教国、そして連邦。三カ国合計の戦没者数は現在、四十八万六千五百。予定されていた供物量まで、あと一万三千五百といったところです。誤差の範囲内でございます」


 影の中から現れた記録官が、表情一つ変えずに答える。


「一万三千強か。次の戦域で十分に調整可能な範囲だな。来月予定されているバルム北部の『小競り合い』で、第三歩兵大隊を全滅させれば、帳尻は合う」


 ゼノスは満足げに、冷酷な計算を口にした。

 この世界において、戦争は政治の延長ではない。ましてや領土の奪い合いでも、正義のぶつかり合いでもない。

 それは、大地そのものが要求する定期的な生贄の儀式である。

 なぜ戦わねばならないのか。なぜ殺し合わねばならないのか。その真実を知るのは、この円卓に集う各国の最高幹部のみだ。

 大地の底に眠る何か――あるいは世界を維持するシステムそのもの――が、一定期間ごとに、純度の高い魂を食らわねば、世界は崩壊へと向かう。かつてこの真実を知った賢者たちは、無秩序な絶滅を避けるため、効率的に、そして「英雄」という美名の下に命を消費する戦争のルールを作り上げた。

 英雄は、立派に戦い、立派に死なねばならない。その死の瞬間に放たれる高潔な精神のエネルギーこそが、この箱庭のような世界を繋ぎ止める楔となるからだ。


「英雄の供給過多も、また問題だ。強すぎる光は、時としてシステムを焼き切る恐れがある」


 ゼノスが呟くと、記録官は手元の書簡をめくり、一つの報告書を差し出した。


「懸念事項が一つございます。一週間前、鉄血連隊の英雄候補であったカイルという男が、予定された戦域での死を拒絶しました。本来ならば、そこで華々しく戦死し、魂を供給すべき一等品だったのですが」

「カイル? ああ、あの『不戦の叫び』を上げた男か。背中に烙印を押してリメス村に放り込んだと報告を受けたが」

「はい。供物としての質は高かったのですが、システムを拒絶した魂は、もはや生贄としては役に立ちません。ただの廃棄物として、隔離村――リメスで腐るのを待つのみです」


 ゼノスは銀の針を弄びながら、石盤の端にある小さな、目立たない地点を指した。


「そこは、死ぬことも殺すことも禁じられた、感情の墓場だ。英雄としての誇りを焼かれ、ただの泥として生きる。一度あの場所へ落ちた者が、再び剣を握ることはない。システムにとってのバグは、あそこで完全に無力化される」


 ゼノスの言う通りだった。リメス村に送られた者は、人としての尊厳を奪われ、かつての戦友や家族からも忘れ去られる。彼らの背に刻まれた「否」の文字は、単なる罰ではなく、彼らの内にある「英雄の資質」を吸い出し、無力な家畜へと変える魔術的な枷でもある。


「左様でございますな。あの村からは、過去百年、一人の反逆者も出ておりません。あそこにいるのは、もはや人間ですらありません。ただ、決められた場所で、決められた生殖を行い、次世代の英雄候補――すなわち次なる供物の素体を供給し続けるだけの存在にすぎませんので」


 二人は、自分たちの足元で何が起きているのか、まだ知る由もなかった。

 彼らの計算盤には載っていない存在。

 人族の姿をした、システムの外部から侵入した闖入者の存在を。

 そして、その女によって「否」という拒絶を「新たな力」へ変換された男の存在を。

 ゼノスは銀の針を石盤に突き立て、冷酷な笑みを浮かべた。


「あと一週間もすれば、今期も無事に終わる。世界はまた、平穏な百年を手に入れる。些細なバグなど、気にする必要もない。死すべき者は死に、残された者は平和を享受する。実に美しい理ではないか」

 その時。

 記録官の手元にあった、水晶の感知器が微かに震えた。

 それは、世界のエネルギーバランスに、僅かな「乱れ」が生じたことを示す警告灯だった。


「……何か?」

「いえ、魔石の出力の揺らぎかと思われます。リメス村の監視兵からも、特に異常報告は入っておりません。定時連絡では、不戦犯たちは大人しく泥を耕しているとのことです」


 記録官は感知器を仕舞い込んだ。彼らにとって、監視兵から送られてくる「異常なし」の報告こそが真実であり、そこで何が芽吹いているのかを想像する余地はなかった。

 管理された戦争。演出された死。

 彼らが「平和」と呼ぶそれは、無数の英雄たちの死体の上に築かれた、薄氷のような均衡にすぎない。

 ゼノス皇子が席を立ち、円卓の間を後にしようとしたその背後で、石盤の上の駒が、ほんの僅かに、物理法則を無視して位置を変えた。

 それは、リメス村を指す座標にある駒だった。

 彼らが「些細なバグ」と切り捨てた場所で、一人の男が「英雄の死」という運命を、自らの意志で踏み越えようとしていた。

 計算盤の上に並べられた駒の一つが、自らの意志で動き出し、やがて盤全体を食らい始める。その動きは、彼らが百年かけて作り上げた緻密な戦記を、根底から破壊する序曲であった。

 帝都の地下深くに響くのは、管理された死のカウントダウンではなく、新たな時代の産声であった。


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