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烙印戦記 ー破滅エルフと棄てられた箱庭の英雄ー   作者: 弌黑流人
箱庭の国

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第39話 澪の確信

 戦場は混沌を極めていた。

 ボルグとアルヴァスに鼓舞された兵士たちが、震える手で武器を取り、空から降り注ぐ騎士たちの光槍に抗い始めている。それは数千年の間、天使の使徒たちの管理下に置かれていたこの世界において、初めて「家畜」が「人間」へと戻ろうとする、原始的な咆哮であった。


 だが、その地上の喧騒すら、カイルと執行官が演じる死闘の前では遠い。

「……出力、限界突破。因果の固定を解除し、目標を……消去……」


 執行官の男の首筋で、黄金の回路が赤黒く変色し、肉を焼く異臭が漂う。システムによる強制的な「演算強化」は、彼の肉体を崩壊させながら、その剣筋を神の領域へと押し上げていた。


 漆黒の細剣が、幾重にも重なる「無」の線となってカイルを襲う。


 カイルは背中の烙印が発する激痛で視界を赤く染めながら、辛うじてそれを漆黒の大剣で受け流していた。だが、一撃ごとに魂を削られるような感覚があり、意識が遠のきそうになる。


「カイル、受けて! 私の全魔力を……あなたの烙印へ!!」


 澪が覚悟を決め、自身の命を削るような禁忌の術式を展開した。彼女の掌から放たれた翠の閃光が、一直線にカイルの背中へと突き刺さる。

 その瞬間、カイルの背の烙印が、もはや光ではなく「炎」となって爆発した。


「おおおおおっ!!」


 カイルは大剣を両手で握りしめ、執行官の細剣を真っ向から叩き伏せる。

 鋼と鋼が触れ合い、翠と黒の魔力が一点で爆縮したその時、世界の均衡が崩れた。


 ――接触面を伝って、カイルの意識が「彼」の深層へと引きずり込まれる。


(……兄さん。約束だよ、二人で一緒に、あの空の向こうへ行こう)


 カイルの脳裏に、鮮烈な情景が流れ込んできた。

 それはこの世界にある石造りの家でも、荒廃したリメスの街でもない。

 空を覆うほどの巨大な鉄の鳥。夜を昼に変える眩い街灯。そして、同じ黒い瞳、同じ黒い髪を持ち、自分を「兄さん」と呼ぶ幼い少年の姿。


「……これ、は……」


 衝撃に弾かれたカイルと執行官は、互いに距離を取った。

 カイルの頬を、熱い汗ではなく涙が伝う。その記憶が自分のものではないと分かっていても、魂が千切れるほどの郷愁と悲しみが胸を締め付ける。


 一方、執行官の男は、生まれて初めて「困惑」という表情をその面に浮かべていた。

 首筋の回路がショートし、パチパチと火花を散らす。彼の黒い瞳から感情の空白が消え、底知れぬ混乱と、そして懐かしさが混ざり合った、人間としての色が戻り始めていた。


「識別……エラー。貴様は……なぜ、弟の……『約束』を、持っている……?」


 男の口から漏れたのは、システムの合成音声ではない、掠れた、しかし確かに「人間」の言葉だった。

 澪はその様子を見て、確信を持って一歩前に踏み出した。


「やっぱり……! あなたは天使の使徒なんかじゃない。カイルと同じ、この世界の『外』から来た、彼の……」


 だが、その言葉が終わる前に、空が割れんばかりの激しい雷鳴が響き渡った。

 不湯家ふゆけの当主が、執行官の異常を察知し、さらなる強制介入を開始したのだ。


「バグが、伝染したというのか……! 執行官よ、思考を止めろ。貴様はただの、清掃機械であればよいのだ!!」


 執行官の身体が、再び不自然に跳ね上がる。

 カイルは、大剣を握り直し、その男を見据えた。

 今、確信した。この男は殺すべき敵ではない。自分と同じ「烙印」を背負い、永劫の時を孤独に彷徨い続けてきた、自身の根源に繋がる者なのだと。


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