第38話 逆順の終焉
カイルと執行官の衝突が引き起こす衝撃波は、もはや戦場という枠組みを破壊しつつあった。
宙を舞う土塊は一瞬で塵へと還り、二人が踏みしめる大地は同心円状に陥没していく。カイルの背の烙印は、執行官の細剣が放つ虚無の波動を浴びるたびに、呼応するように翠の輝きを増幅させていた。
「ノイズ……除去不能。出力、最大へ移行……」
執行官の男の瞳から、最後の一欠片の光が消えた。首筋の黄金の回路が皮膚を焼き切らんばかりに発光し、彼の肉体は「システムの末端」として強制再起動される。もはや、そこに人としての温もりはない。
だが、絶望はそれだけではなかった。
真っ黒な渦を巻く上空の雲から、再び無数の黄金の光柱が降り注いだ。それは聖杭ではない。天使の使徒たちが送り込んだ、数百を超える空中騎士の増援であった。
「くっ、まだ来るのか……! まさか、生き残った兵士たちを再び狙うつもりか!?」
アルヴァスが騎士たちの動向を見て、忌々しげに吐き捨てた。騎士たちはカイルに目もくれず、先ほど魂の雨で救われたばかりの兵士たちの群れへと、容赦なくその光槍を向けたのだ。
「使徒様……どうして……?」
「私たちは、あなたたちの教えに従って……っ!」
呆然と立ち尽くす兵士たち。彼らにとって使徒は絶対の正義であり、死さえも捧げるべき対象だった。だが、今、その「神」は自分たちを再び生贄として切り捨てようとしている。その冷徹な現実に、彼らの脳内を埋め尽くしていた従順な停滞が、音を立てて崩れ始めた。
「跪いている場合か! あいつらはあんたたちの命なんて、計算盤の上の数字としか思ってねえんだよ!」
ボルグの咆哮が戦場を震わせた。彼は光槍の一撃を黄金の鉄甲で受け止め、騎士の一人を地面へと叩き落とす。
「いいか、生き延びたかったら動け! カイルが空の核を壊してくれたんだ、あんたらの魂は、あんたらのものだろ!!」
アルヴァスもまた、影から影へと転移し、兵士たちの喉元に迫る死を次々と刈り取っていく。
その必死の姿に、そして自分たちの命を弄ぶ「神」への疑念に、兵士たちの中で何かが爆発した。
「……そうだ。俺たちは、生きたい……!」
一人の兵士が、震える手で地面に落ちていた剣を握りしめた。それは四聖家が定めた「逆順な奉仕者」としての終焉であり、地上軍という新たな反逆の火が灯った瞬間であった。
その混乱の中、澪は執行官と激突し続けるカイルの側から離れられずにいた。彼女の瞳には、バーサーカー状態に陥り、獣のような咆哮を漏らす執行官の姿が、ただの敵としては映っていなかった。
「話を聞いて! あなたの記憶にあるのは、本当にその冷たい命令だけなの……!?」
叫びは、執行官の細剣が放つ黒い閃光によって断ち切られる。
言葉が通じない。意思の疎通すら許されない。だが、その激しすぎる戦闘の渦中で、澪は確信していた。執行官の剣が、カイルの烙印と触れ合うたびに、悲鳴のような「寂しさ」を奏でていることに。




