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烙印戦記 ー破滅エルフと棄てられた箱庭の英雄ー   作者: 弌黑流人
箱庭の国

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第36話 虚無を刻む刃

 荒野の温度が、一瞬にして凍てつくような冷気へと変わった。


 風が止み、先ほどまで息を吹き返した兵士たちの歓喜さえも、物理的な重圧に押し潰されていく。彼らはただ、天から降り立った「死」そのもののような男を前に、言葉を失い跪くしかなかった。


「……来たわ。でも、何かがおかしい」


 澪がその細い指先を揃え、瞬時に幾重もの翠の術式を展開した。彼女の視線の先、何もなかったはずの空間が歪み、漆黒の服を纏った「執行官」が唐突に姿を現す。


 男の瞳には、怒りも憎しみもない。ただ、そこにある不純物を排除するという事務的な無機質さだけが宿っていた。だが、澪はその男の容姿――この世界には珍しい「漆黒の髪」と「深い闇のような黒い瞳」を見て、息を呑んだ。


「個体識別、カイル。不戦を掲げし、理の欠落者。その背の烙印ごと、因果を断絶する」


 執行官が右手の細剣をわずかに振るった。

 ただそれだけの動作で、カイルの目の前の空間が「断裂」した。


「カイル、避けて!」


 澪の叫びと同時に、カイルはフェンリスの加護を借りて横へと跳んだ。一瞬前まで彼がいた場所の空気が、鋭い音を立てて切り裂かれ、背後の岩山が音もなく真っ二つに分かれる。


 カイルの背中にある「否」の烙印が、危機を察知して激しく脈動した。翠の光が溢れ出し、漆黒の大剣に命を吹き込む。


「……速いなんてレベルじゃない。今、何をした?」

「因果の削除だ。我の刃に触れるものは、この世界の演算から消え去る」


 執行官が無感情に告げ、再び踏み込む。今度は転移ではない。だが、その動きはあまりに合理的で、一切の予備動作がない。澪は必死に彼に語りかけようとした。


「待って! あなたは本当に、天使の使徒の言いなりなの? その瞳、その力……あなたはもっと別の……!」


 だが、その言葉は届かない。執行官の首筋に浮かび上がった黄金の回路が、彼の自由意志を奪い、強制的に「殲滅機械」へと変貌させている。彼の動きは加速し、もはや言葉を介する余地など一欠片もなかった。


「ボルグ! ……アルヴァス、左を頼む!」

「言われるまでもない。だが……こいつは今までの騎士とは格が違うぞ。魂の重さを感じさせない、ただの『破壊現象』だ!」


 アルヴァスが影に潜み、死角から銀色の籠手で心臓を狙う。だが、執行官は背後に目が付いているかのように、最小限の動きでそれをかわし、細剣の切っ先をカイルの眉間へと向けた。


 カイルは歯を食いしばり、背中の烙印から引き出した全魔力を大剣へと込める。


「俺たちがここにいるのは、あんたたちの計算盤の上じゃない。……ここで生きてるんだ!」


 漆黒の大剣と、理を断つ細剣が正面から衝突する。

 翠の雷火と虚無の闇が混ざり合い、戦場に異様な衝撃波が吹き荒れた。カイルの腕が、その圧倒的な「重み」に悲鳴を上げる。執行官の剣は、筋力ではなく、世界そのものがカイルを否定しようとする絶対的な圧力だった。


 衝突の瞬間、カイルは見た。

 感情を失ったはずの執行官の黒い瞳が、カイルの顔を見て、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、激しく揺らいだのを。


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