第32話 傲慢を切り裂く刃
黄金の鎧を纏った空中騎士は、宙に浮いたまま腕を組み、退屈そうに鼻を鳴らした。その冷ややかな瞳に映っているのは、眼下の戦場で無残に散っていく数千の命ではなく、単なる「作業の進捗」に過ぎない。
「貴様のような泥を啜る者が、我ら『使徒の末裔』に刃を向けるか。分をわきまえよ、不戦犯。貴様らに許されたのは、泥を耕し、供物としての家畜を育むことのみだ」
「家畜、だと……?」
カイルの瞳に、静かな、しかし凍てつくような怒りが宿った。彼が上着を脱ぎ捨てると、剥き出しになった背中――そこに刻まれた忌まわしき「否〈アラズ〉」の烙印が、澪の魔力に呼応して凄まじい翠の光を放ち始めた。
かつては英雄の資質を奪う枷だったその文字が、今や理外の力を引き出す回路へと変質している。背中の文様から溢れ出した翠の輝きが、観測者から授かった漆黒の大剣へと絡みつき、闇の色をより深く、鋭く研ぎ澄ませていく。
「アルヴァス、ボルグ! あの黄金の連中を地に引きずり落とすぞ!」
「心得た。騎士を名乗る不届き者に、地上の礼儀を教えてやろう」
アルヴァスが低く構え、銀色の籠手を鳴らす。
「へっ、空飛ぶ鳥の羽を毟るのは、俺の得意分野だ。あのピカピカの鎧を、地上の泥で染めてやるよ!」
ボルグが黄金の鉄甲を打ち合わせ、大気を震わせる咆哮を上げた。
「不届きな。……塵に還れ」
先頭の空中騎士が指先を向けた瞬間、虚空から光の槍が幾条も降り注ぐ。地上では神の裁きと恐れられる絶大な破壊。だが、その光の雨を遮ったのは、澪が前方へ突き出した両手から展開された巨大な翠の術式だった。
「カイル、行って! この光、私が全部止めてみせる……一人も死なせない!」
澪がその細い指先を踊らせ、虚空に直接描き出す術式は、騎士の放った光を次々と中和し、霧散させていく。その動きに淀みはなく、放たれる翠の光は空中都市の法さえも書き換えるほどに強大だった。
その隙を逃さず、カイルは地を蹴った。背中の「否」の字が焼けるように熱く脈動し、フェンリスの加護を受けた脚力が荒野の土を爆ぜさせる。
「何っ、我らの法を無力化しただと!?」
騎士が初めて狼狽の声を上げた。その目の前まで、カイルは一跳びで肉薄していた。
「あんたたちが『法』だって言うなら、俺がその法をぶっ壊してやる!」
背中から大剣へと奔る翠の雷光。カイルは漆黒の大剣を横一文字に薙いだ。
騎士は慌てて腰の光剣を抜き放ち、迎え撃とうとしたが、その表情はすでに恐怖に強張っている。黄金と漆黒、二つの刃が空中で激突し、凄まじい衝撃波が周囲の荒野を薙ぎ払った。
「……ぐ、おぉぉ!」
「バカな、地上のゴミが……なぜこれほどの力を! 貴様のその刻印は、無力化の証のはずだぞ!」
「ゴミじゃねえ。……俺たちは、自分の意志で生きると決めた『人間』だ!」
カイルの力任せの一撃が、騎士の光剣を根元から叩き折った。漆黒の刃はそのまま黄金の鎧を紙のように両断し、騎士を地上へと叩き落とす。
地に落ちた「使徒」を、ボルグの鉄拳が、アルヴァスの追撃が容赦なく襲い、地上の土へと埋めていく。
「さて、次だ」
カイルは肩で息をしながら、戦場の中央で魂を喰らい続ける「聖杭」を見据えた。
背中の「否」という文字が、勝利の予感に震えるように、さらに強く輝きを増していた。




